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第一章
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正午間際、白洛因は電話で起こされた。楊猛のいい声が電話口から聞こえてくる。
「兄弟、まだ寝てるのか? 今日から学校じゃないか。お前は二十七組になったぞ。早く来いよ。すごいサプライズがあるから」
白洛因はベッドに起き上がった。電話で起こされた苛立ちはまだ消え去っておらず、もう新学期が来たのかと思うとさらにうんざりした。楊猛は今頃教室に座っているのだろうが、彼は焦ることなくゆっくりと着替え始めた。
学校に向かう途中、白洛因は何かに足を取られてようやく気付いた。木のサンダルを履いたまま来てしまったのだ。
仕方ない。ここまで来たし、もう戻りたくない。
二年二十七組と書かれた教室を見つけ、白洛因は中に入った。
最後に入ってくる学生が注目されるというのは世の鉄則で、白洛因も例外ではなかった。
しかし彼はまったく気にせず、遅刻の言い訳もせず、堂々とひとつだけ空いている机の椅子を引いて座り、このうえなく落ち着いた表情を浮かべた。
すると、教室中が彼に不満の声を上げる。
その理由がわからずにいると、隣の男子が教えてくれた。
「お前、絶好のチャンスを逃したんだぞ」
白洛因はおざなりに聞く。
「何のチャンスだ?」
「前を見てみろよ」
白洛因は目線を上げ、担任の顔をしばらく見つめた。大人気の先生だ。とても美人なので、どこかに学校代表を出席させるときには必ず彼女が選ばれる。そして学校中の男子生徒は彼女の学生になりたがっていた。
「もし俺がお前だったら遅刻の謝罪をきっかけにまず先生とお近づきになるよ」
「お前が机を蹴飛ばしたら、先生のほうからやってきてお近づきになれるぞ」
隣の男子生徒は忍び笑いをする。
「ありだな」
楊猛の言うサプライズの正体はこの先生のことだろう。だが白洛因は実のところ年上の成熟した美人女性にはあまり興味がない。さらにこの女性は彼の母親にひどく似ていた。
机にものを置いた時、ボールペンが床に落ちた。それを拾おうと身をかがめると、目の前に座っている学生もサンダルを履いていることに気づく。それだけではなく彼はハーフパンツをコーディネイトしてとびきりしゃれこんでいた。
「みなさん」
セクシーな唇が話を始めると、教室は針が落ちる音が聞こえるほど静まり返る。特に男子たちは息をすることすら忘れたようだった。
「私がみなさんの担任、羅暁瑜です。これが私の携帯番号」
担任は後ろを向いて黒板に書いていく。
「以前の生徒には教えていないのよ。あなたたちは特別」
教室に雷のような拍手が響き渡る。
その中で、二人だけ携帯番号を書き留めない生徒がいた。一人は白洛因だ。実際彼は最も賢い選択をした。何故ならこの番号はつながったことがないからだ。もちろん、それが分かるのはまた後の話だ。
学生たちは順に自己紹介をしていく。白洛因はハーフパンツとサンダル男に注目した。
「俺は天津人(北京近郊の天津という街出身)で、俺の名前は、特に」
白洛因はその続きを待ったが、彼はすでに颯爽と席に戻ってきていた。
「お前の名前は特に? 特にどうした? なんで続きを言わずに戻ったんだ?」
白洛因が口の中でぶつぶつ言いながら顔を上げると、黒板の一角に『尤其(特に)』の二文字が残されていた。
つまり、彼の名前が『尤其(特に)』ということなのだ。
白洛因は崩れ落ちたが、幸い彼の独り言を聞いた人間はいなかった。
「これは皆から集めた名前カードです。座席表に書き込んで放課後に提出してくださいね」
白洛因は黙って受け取り、一枚ずつ書き込んでいく。
隣の男子生徒はちらちら羨望の眼差しを向けてきた。まだ学校が始まって二日目なのに、担任が彼に手伝いをさせる理由がわからないのだ。だが実際白洛因は慣れていた。これまでも新しいクラスになるたびに担任に選ばれて座席表を書き込んできた。その理由は、彼の文字がとても綺麗だったからだ。
もちろんハンサムな外見の魅力も文字に劣ることはなかった。
“高超,王健,魏沢龍,古新,方小詩……”
白洛因はひとつずつ紙に書き込んでいったが、最後から四枚目のカードを手に取った途端、茫然として手を止めた。
顧……渇? 違う。
顧……母? 誰がそんな名前をつける!
顧……琅? それも違う。
一分近く悩み、ついに尤其の肩を叩いた。
「なあ、これなんて読むんだ?」
尤其は片手でカードを持ち、もう片方の人差し指を鼻筋に当てる。深く考えこむ様子はとても恰好が良かった。だがその数秒後にくしゃみをし、慣れた仕草でティッシュを取り出して鼻をかむと、無頓着に答えた。
「まるでスターの書いたサインみたいだな」
「それがこいつの嫌なところだ」
白洛因は長年座席表を書いてきたおかげで大抵の汚い字は判別できる。彼が一番反感を覚えるのはわざと芸術的に書いた文字だ。文字の構造を変えてしまい、まったく判別できない。
「あっちに行って聞いてみろよ。どうせ座席はわかってるんだ。直接聞けばいいんじゃないか?」
白洛因は恰好をつけて自分は他の人間とは違うとアピールし、浮ついた言動でみんなからの支持を得ようとするような輩は一番相手にしたくなかった。
顧海が俯いて本を読んでいると、その本が誰かに奪い去られた。
白洛因は冷静な面持ちで一ページ目をめくる。そこには顧海の名前が書いてあったが、やはり格好つけたスターのサインにしか見えず、判別できなかった。
顧海の殺人光線を浴びながら、白洛因はまったく気にせず顧海の机に置いてある本を一冊ずつ開いていったが、どの本にも例外なく同じスターサイン風の名前しか書かれていなかった。
「なにすんだよ」
低い声は脅すような色合いを含んでいる。
白洛因はようやく正面から顧海と視線を合わせた。
「座席表を作っているんだ。名前を教えてくれよ」
「顧海」
白洛因は呆然と固まってから淡々と答えた。
「人間なんだから人間らしい文字を書けよ」
顧海は驚いた。これまでこんな攻撃的な言葉を父親以外に面と向かって放った人間はいない。その一番の理由は、過去十数年間彼の立場を知る人間としか接してこなかったからだ。そして今彼は完全に自由な一般人になったのだ。
たまには人から謗られるのも悪くない。
この字が海に見えるか? 白洛因は再度じっくりカードを眺める。この字がどうやったら『海』になるんだ? まったく違うじゃないか!
腹を立てつつ白洛因はその名前をしっかりと紙に書き込んだ。
「兄弟、まだ寝てるのか? 今日から学校じゃないか。お前は二十七組になったぞ。早く来いよ。すごいサプライズがあるから」
白洛因はベッドに起き上がった。電話で起こされた苛立ちはまだ消え去っておらず、もう新学期が来たのかと思うとさらにうんざりした。楊猛は今頃教室に座っているのだろうが、彼は焦ることなくゆっくりと着替え始めた。
学校に向かう途中、白洛因は何かに足を取られてようやく気付いた。木のサンダルを履いたまま来てしまったのだ。
仕方ない。ここまで来たし、もう戻りたくない。
二年二十七組と書かれた教室を見つけ、白洛因は中に入った。
最後に入ってくる学生が注目されるというのは世の鉄則で、白洛因も例外ではなかった。
しかし彼はまったく気にせず、遅刻の言い訳もせず、堂々とひとつだけ空いている机の椅子を引いて座り、このうえなく落ち着いた表情を浮かべた。
すると、教室中が彼に不満の声を上げる。
その理由がわからずにいると、隣の男子が教えてくれた。
「お前、絶好のチャンスを逃したんだぞ」
白洛因はおざなりに聞く。
「何のチャンスだ?」
「前を見てみろよ」
白洛因は目線を上げ、担任の顔をしばらく見つめた。大人気の先生だ。とても美人なので、どこかに学校代表を出席させるときには必ず彼女が選ばれる。そして学校中の男子生徒は彼女の学生になりたがっていた。
「もし俺がお前だったら遅刻の謝罪をきっかけにまず先生とお近づきになるよ」
「お前が机を蹴飛ばしたら、先生のほうからやってきてお近づきになれるぞ」
隣の男子生徒は忍び笑いをする。
「ありだな」
楊猛の言うサプライズの正体はこの先生のことだろう。だが白洛因は実のところ年上の成熟した美人女性にはあまり興味がない。さらにこの女性は彼の母親にひどく似ていた。
机にものを置いた時、ボールペンが床に落ちた。それを拾おうと身をかがめると、目の前に座っている学生もサンダルを履いていることに気づく。それだけではなく彼はハーフパンツをコーディネイトしてとびきりしゃれこんでいた。
「みなさん」
セクシーな唇が話を始めると、教室は針が落ちる音が聞こえるほど静まり返る。特に男子たちは息をすることすら忘れたようだった。
「私がみなさんの担任、羅暁瑜です。これが私の携帯番号」
担任は後ろを向いて黒板に書いていく。
「以前の生徒には教えていないのよ。あなたたちは特別」
教室に雷のような拍手が響き渡る。
その中で、二人だけ携帯番号を書き留めない生徒がいた。一人は白洛因だ。実際彼は最も賢い選択をした。何故ならこの番号はつながったことがないからだ。もちろん、それが分かるのはまた後の話だ。
学生たちは順に自己紹介をしていく。白洛因はハーフパンツとサンダル男に注目した。
「俺は天津人(北京近郊の天津という街出身)で、俺の名前は、特に」
白洛因はその続きを待ったが、彼はすでに颯爽と席に戻ってきていた。
「お前の名前は特に? 特にどうした? なんで続きを言わずに戻ったんだ?」
白洛因が口の中でぶつぶつ言いながら顔を上げると、黒板の一角に『尤其(特に)』の二文字が残されていた。
つまり、彼の名前が『尤其(特に)』ということなのだ。
白洛因は崩れ落ちたが、幸い彼の独り言を聞いた人間はいなかった。
「これは皆から集めた名前カードです。座席表に書き込んで放課後に提出してくださいね」
白洛因は黙って受け取り、一枚ずつ書き込んでいく。
隣の男子生徒はちらちら羨望の眼差しを向けてきた。まだ学校が始まって二日目なのに、担任が彼に手伝いをさせる理由がわからないのだ。だが実際白洛因は慣れていた。これまでも新しいクラスになるたびに担任に選ばれて座席表を書き込んできた。その理由は、彼の文字がとても綺麗だったからだ。
もちろんハンサムな外見の魅力も文字に劣ることはなかった。
“高超,王健,魏沢龍,古新,方小詩……”
白洛因はひとつずつ紙に書き込んでいったが、最後から四枚目のカードを手に取った途端、茫然として手を止めた。
顧……渇? 違う。
顧……母? 誰がそんな名前をつける!
顧……琅? それも違う。
一分近く悩み、ついに尤其の肩を叩いた。
「なあ、これなんて読むんだ?」
尤其は片手でカードを持ち、もう片方の人差し指を鼻筋に当てる。深く考えこむ様子はとても恰好が良かった。だがその数秒後にくしゃみをし、慣れた仕草でティッシュを取り出して鼻をかむと、無頓着に答えた。
「まるでスターの書いたサインみたいだな」
「それがこいつの嫌なところだ」
白洛因は長年座席表を書いてきたおかげで大抵の汚い字は判別できる。彼が一番反感を覚えるのはわざと芸術的に書いた文字だ。文字の構造を変えてしまい、まったく判別できない。
「あっちに行って聞いてみろよ。どうせ座席はわかってるんだ。直接聞けばいいんじゃないか?」
白洛因は恰好をつけて自分は他の人間とは違うとアピールし、浮ついた言動でみんなからの支持を得ようとするような輩は一番相手にしたくなかった。
顧海が俯いて本を読んでいると、その本が誰かに奪い去られた。
白洛因は冷静な面持ちで一ページ目をめくる。そこには顧海の名前が書いてあったが、やはり格好つけたスターのサインにしか見えず、判別できなかった。
顧海の殺人光線を浴びながら、白洛因はまったく気にせず顧海の机に置いてある本を一冊ずつ開いていったが、どの本にも例外なく同じスターサイン風の名前しか書かれていなかった。
「なにすんだよ」
低い声は脅すような色合いを含んでいる。
白洛因はようやく正面から顧海と視線を合わせた。
「座席表を作っているんだ。名前を教えてくれよ」
「顧海」
白洛因は呆然と固まってから淡々と答えた。
「人間なんだから人間らしい文字を書けよ」
顧海は驚いた。これまでこんな攻撃的な言葉を父親以外に面と向かって放った人間はいない。その一番の理由は、過去十数年間彼の立場を知る人間としか接してこなかったからだ。そして今彼は完全に自由な一般人になったのだ。
たまには人から謗られるのも悪くない。
この字が海に見えるか? 白洛因は再度じっくりカードを眺める。この字がどうやったら『海』になるんだ? まったく違うじゃないか!
腹を立てつつ白洛因はその名前をしっかりと紙に書き込んだ。
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