ハイロイン

ハイロインofficial

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第六章

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 狭いシングルベッドの脇にはお揃いの靴が二足並んだ。
 顧海グー・ハイは横を向いて寝転び、白洛因バイ・ロインのうつ伏せ寝の様子を眺めた。両手足を投げ出し、ランニングはめくれ上がって立派な背骨が露わになっている。月明りに照らされた肌はゾウおばさん手作りの豆腐脳のように滑らかに見え、顧海は思わず手を伸ばして撫でてみる。肌はすべすべで弾力性が抜群だった。
 白洛因は顔を横に向ける。彼は目を半分閉じて眠っているようで、気だるげな表情のまま静かに横たわっていた。
 顧海は息を止め、思わず手を伸ばす。
 白洛因は顧海が何をしようとしているか分かっているように突然彼の手を掴んだ。
「俺がなんで怒ったのかわかるか?」
 やはり審判は始まった。顧海もそう簡単に終わらないだろうとは思っていた。
「いなくなる前に声をかけなかったからか?」
 白洛因が目を開くと、暗がりに蕾が花開くようだった。
「お前がつらいとき俺のところに来なかったからだよ」
 顧海は怒涛のような感動に襲われる。まさか白洛因が口には出さず、顧海と同じ感情を自分に抱いてくれているとは思ってもみなかったのだ。
目を合わせただけで相手の心の奥にある気持ちを読み取り、相手の笑顔ひとつでその日一日の気分が決まる。そんな心の通じ合いはまるで天の定めのようだ。共に過ごした時間が短くても一瞬で炎のように燃え上がる。
 どうにか気持ちを落ち着けてから、顧海はようやく口を開いた。
「お前の気分が悪くなるかと思って」
「それがムカつく原因だよ」
 白洛因は眉をひそめ、軽くシーツを叩く。
「俺を他人扱いして蚊帳の外に放り出しただろう」
 白洛因のぷんぷん怒った様子に、顧海の両目はあやしく光る。白洛因が感情をむき出しにすると、その生き生きとした表情はとても魅惑的だった。
「考えすぎだよ。他人扱いなんてしてない」
「じゃあなんでだよ」
 本当はお前を巻き込みたくなかったからだと言いたかったが、そんな強がりは到底口に出せなかった。また壁の古時計が落ちて来るかもしれない。
「もういいだろう。これからは全部お前に話すよ。それでいいか?」
 白洛因は些細なことにこだわる人間ではないので、顧海の言葉に文句を言わなければそれはつまり納得したということだ。 
 二人はしばらく黙り込む。顧海はふといまこそ自分の身分を彼に明かすときではないかと閃いた。これまで話せなかったのは白洛因が自分をどう思っているかわからなかったからだ。彼の言葉に感動したこの瞬間にこそ自首すべきだろう。
「実は、お前に隠してたことがあるんだ」
 白洛因は鼻で笑う。
「お前が言いたいのは、このあたりに住んでるんじゃなくてあの部屋は賃貸だってことだろう」
「えっ」
 顧海は驚いて飛び起きる。
「なんで知ってるんだ?」
「お前が借りてる部屋の隣にいる老夫婦は俺の大叔父と大叔母だからな」
「……」
「それからお前の家が実はすごく金持ちだってことか?」
 顧海はそれを聞いて背中から首筋までサーッと冷汗をかき、茫然とする。まさか自分がたった二日いなかっただけで全部バレてしまうとは。こんなに周到に計画して注意深く動いたのに、やはり白洛因には見破られてしまった。
 どうしよう。まさかこれが白洛因と一緒に寝られる最後の夜じゃないだろうな。
 俺たちの縁はこれで尽きてしまうのか?
「なんで俺がわかったのか、聞かないのか?」
 顧海はがっくりと肩を落とし、しょんぼりと尋ねる。
「なんでわかったんだ?」
「新学期の頃、毎日お前の家の運転手が校門まで迎えに来ているのを見てたから」
「……」
「それにお前が俺の後ろの席に来たばかりの頃、ブレゲの限定版の腕時計をしてたから」
「……」
 顧海は枕に頭を突っ込み撃沈した。最初から知ってたなら早く言えよ! 俺が売り払った腕時計や携帯、ノートパソコンは誰が弁償してくれるんだ? 俺が我慢したあの苦しい日々は誰が償ってくれる? お前は俺の芝居を高みの見物で楽しんでいやがったのか。俺が自白しなければどうせそのままずっと知らんぷりを続けたんだろう?
 顧海が鋭い視線を向けると、白洛因は片目を外に出し、喜んでいるのが見て取れた。
「笑うのか? よし、笑わせてやる」
 顧海は猛然と白洛因を押し倒し、くすぐりまくる。最後は二人とも息が上がったが、顧海はそれでも白洛因を弄りまわした。
 白洛因は笑いすぎて耳まで赤くなったが、態度は変わらず強硬なままだった。
「まだやる気か? 言ってみろ。誰が先に嘘をついたんだ?」
「わかった。非は認めるよ。俺が先に隠し事をした。でもお前も悪いよ。知ってて黙ってるなんて。よし、こうしよう。これでこのことは終わりだ。お前もこれを理由に俺を遠ざけたりするなよ。これで貸し借りなしだ」
 白洛因は返事をしない。
 顧海は心配になり、白洛因を蹴る。
「なあ、本当に怒ったわけじゃないよな?」
「俺はそんなに怒りんぼじゃないぞ」
 白洛因は横目で顧海を睨む。
「それに俺はそんなに女々しくない。俺が言ったのは奴ら家族のことだけだ。別に金持ち全員を毛嫌いしてるわけじゃない。俺が街中のベンツやBMWをボコボコにして回ると思うのか?」
 顧海は白洛因の頬をつまむ。
「なんで早く言わなかったんだよ」
 白洛因は顧海を蹴り飛ばした。
「言うきっかけがなかったんだよ!」
 疚しいことがなくなり、本当に清々しい。これからはもうこそこそしなくていいのだ。
 顧海はわくわくしながら白洛因を振り返っておしゃべりし、この喜びを分かち合おうとした。だが白洛因の両目は閉じてまつ毛が揺れ、瞼の下の眼球は不規則に動いている。まさに眠りに落ちる瞬間だった。
 だが彼はまだ俯せになっている。
 顧海は軽く白洛因の背中を叩いて小声で呼びかける。
「因子、因子、まだ寝るな。上を向いてから寝ろ。そのままじゃ心臓を圧迫するだろう」
 白洛因は眠気に負け、顧海の言葉が耳に届かない。自分が気持ちのいいように動くだけだ。
 顧海は見ていられず、白洛因の肩を掴んで無理やりひっくり返した。だが二秒と経たないうちに白洛因はまた寝返りを打ち、気持ちよく俯せになる。顧海はさらに白洛因をひっくり返し、彼はまた寝返りをうち……その後十分ほど、顧海はひたすら煎餅を焼くように白洛因をひっくり返し続けた。
 そして顧海はついに我慢の限界に達する。この子はなんで言うことを聞かないんだ? やさしくしてもダメなら厳しくするしかない。そこで心を鬼にして白洛因の尻をパンと叩いた。
 顧海の力はとても強く、普通の人間なら耐えられない。白洛因は呻いてぱちっと目を開けた。その瞳は獰猛な虎のようで、唸り声を上げ顧海に掴みかかる。顧海は自分の力の強さに思い至り、あわてて柔らかい双丘をそっと揉み摩ってあやした。
「わかったわかった、もうぶたないよ。おやすみ」
 すると白洛因の目はとろんと濁り、すぐに眠ってしまった。



 真夜中に顧海は凍えて目を覚ます。見ると、隣の奴は気持ちよさそうにスースー寝息を立ててるやがる! 白洛因はカタツムリの殻のように布団をすべてぐるぐると自分に巻き付け、顧海の分を奪っていた。
 この状況はこれまでも幾度となく発生した。白洛因は普段はぼんやりしているくせに、布団を奪うのは得意だった。寒さが理由ならまだマシだ。二本の脚は外に出し、大きな球を背負っているかのようにまともに布団をかぶっていない。それなのになぜ俺の布団を奪う?
 これまでと同じように顧海は掛け布団を広げて白洛因にかけてやり、自分のほうにも引っ張った。だがそのとき顧海は気づいた。白洛因はまた俯せに寝ている!
 顧海は釈然としなかった。白洛因は生まれてこの方ずっとこんなふうに寝てきたのか? 誰も教えてやらなかったのか? こいつは布団をかけずに寝冷えし、俯せ寝で体が圧迫されながらもこんなにでかく成長したのか? まったくもって医学の奇蹟だ。だが考えてみれば白洛因は小さい頃両親が離婚し、ずっと父親と過ごしてきたのだ。男親がどうやってまともに子供の面倒を見る? 顧海は少なくとも母親と三、四年は一緒に眠れた。白洛因はきっと小さい頃から一人で寝てきたのだろう。そうでなければこんなひどいことにはならない。
そう思い至ると顧海は無理に白洛因をひっくり返すことをやめ、腕を伸ばして直接彼を胸に抱き込んだ。
これで寝返りできないだろう!
今夜白洛因の眠りは格別に深く、顧海が抱き込んでもまったく反応がなく、熱い寝息はすべて顧海の頬にかかった。
 顧海は至近距離にある彼の顔を眺める。見れば見るほど美しく、愛しさが募り、つい指で頬をそっと撫でた。そんな自分に茫然とする。
 俺は真夜中に男相手に何をふざけたことをしているんだ?
 俺はさすがにこいつのことが好きすぎるんじゃないか?
 顧海は気づいた。白洛因と一緒にいると心臓が普通の動きをしない。まるで体の中に二つのプログラムがあるようだ。他の人間といるときは普通の動きなのに、白洛因と一緒にいると勝手に違う動きに切り替わる。それも自分ではコントロールできない。まったくもっておかしな状況だ。
 次の朝、白洛因は気持ちよく目を覚まし、自分が顧海の腕の中にいることに気づく。
 こいつ、また俺に抱きつきやがって!
 白洛因は拳をくらわそうとしたが、その手は空中で止まった。
 彼は静謐に穏やかに気持ちよく眠っている。このままゆりかごに突っ込みたくなるほどだ。これだけの美丈夫が邪気もなく無心に眠っている姿を見れば誰でも拳を叩きこむのを躊躇するだろう。白洛因はしばらく彼を眺めているうちに、奇妙な思いに駆られた。この男は眠っていると悪くない。いっそこのまま永遠に眠っていればいいのに。
 顧海の心の中にいる小鬼が出てきて叫ぶ。
「わあああ! 永遠に目が覚めないってそれはつまり、死ぬってことだろう!」
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