ハイロイン

ハイロインofficial

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第六章

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 白洛因バイ・ロインはチームメイトにパスを回し、暴れゴリの左側をすり抜けリターンパスを受け取る。暴れゴリは腹を立て、体の向きを変えて白洛因に突進していった。
 白洛因は飛び上がってパスを受け取ったため、足元が安定していなかった。そこに暴れゴリが突っ込み、白洛因は吹き飛ばされてゴール下のポールにぶつかる。
 顧海グー・ハイは暴れゴリを止めようとしたが間に合わなかった。大急ぎで駆けつけて白洛因を抱きとめようと手を伸ばしたが届かず、彼はゴール下の台座に叩きつけられる。
 顧海が真っ青になったのをその場の誰もがはっきりと見て取った。白洛因を助け起こす顧海の手は震えていた。白洛因のケガは軽くはなかった。顔の半分は紫に変色し、鼻の下は鼻血で赤く染まり、唇の皮も破れている。
「なにやってんだよ! どうして押したんだ!」
 顧海は暴れゴリの襟元を掴み、頭から貪り喰らって生皮を剥ぐような目で睨んだ。誰も止めに入ることはできず、顧海は暴れゴリの足の付け根を蹴る。暴れゴリは痛みに大きな声を上げ、両足をふらつかせた。顧海はさらに二発拳を埋め込み、およそ百キロある巨漢を倒した。床でもがく彼に何発か激しく蹴りを入れると、ついに暴れゴリは声も上げられなくなる。
 尤其ヨウ・チ―はティッシュで白洛因の顔を拭き、体についた埃を丁寧に払う。
 顧海は鬱憤を晴らすと白洛因の元へやってきて、尤其をおしのけて優しく話しかけた。
「ケガを見せてみろ。大丈夫か?」
「大丈夫だ」
 白洛因は眉をひそめる。
 顔を押さえている手をそっと外させてじっくりと見る。顧海は痛ましさを隠しきれなかった。
「これのどこが大丈夫なんだ。こんな有様なのに大丈夫だっていうのか?」
 顧海は怒りながらもつらそうな顔で白洛因を支え、外に向かう。そして歩きながら文句を言い続けた。
「このポールも硬すぎるだろう。あのバカも同じ目に遭わせてやる、クソが……」
 尤其は二人の鞄を持ってやりながら複雑な面持ちで後ろから付いて行く。
「ヘイ! お前だよ、名前がめっちゃ面白いあの……」
 ショックでぼんやりしていると、尤其は誰かに肩を叩かれた。振り返るとそこにとても綺麗な顔が現れる。
「どうしてここにいるんだ?」
 尤其の疑問に楊猛ヤン・モンは楽しげに笑って答えた。
「俺たちのクラスは次が体育の時間なんだ。お前たちはもう終わったんだろう? なんで白洛因がいないんだ?」
「前にいるじゃないか」
 楊猛は気まずげに笑う。
「メガネをかけてこなかったからさ」
「じゃあなんで俺のことはわかったんだ」
 楊猛はふんと鼻を鳴らした。
「お前のクソカッコつけた姿はすぐわかるさ。それはともかく、俺の隣に座ってる女子がお前を気に入って一日中お前の話ばかりするんだ。尤其がどうしたこうしたって。聞いててマジキモイんだけど」
 尤其は背の低い楊猛の首に腕を回して引き寄せ、牙をむく。
「殴られたいのか?」
「いやいやいや」
 楊猛は首をすくめつつも挑発する。
「俺は弱すぎる。お前に実力があるなら白洛因とやりあえよ」
 尤其は顎で白洛因を示す。
「あいつは戦えなくなった」
 楊猛は顔色を変えた。
「どうしたんだ?」
「自分で行って確かめてみろよ」
 楊猛は白洛因の前に駆け寄り、彼の姿を凝視する。その間、口は動き続けていたが言葉を発することはできなかった。白洛因が振り返ると楊猛はようやく「わあ」「なんてことだ」と声を上げ、狼にぺしゃんこに踏みつぶされたような顔になった。
「因子、どうしてこんなになるまで殴られたんだ?」
 白洛因は最近楊猛に会っていなかったが、彼が痛ましげに眉をひそめる顔を見た途端とても親しみを覚えた。手を伸ばせば簡単に腕の中に抱き込めるし、それに楊猛の顔はとても綺麗なので、遠目には女子のように見える。白洛因がいつものように楊猛の柔らかい頬をつねると、楊猛は肘で白洛因の腹を突く。二人は幼い頃と同じように仲良くじゃれ合った。
「お前のその顔、どうしたのかまだ聞いてないぞ」
 白洛因は肩をすくめて口をへの字に曲げた。
「バスケットゴールの台座にぶつかったんだ」
 楊猛は驚きながらも半笑いになる。
「いやいや……バスケをしてたんじゃないのかよ。なんでゴールの台座にぶつかるんだ?」
 そう言って白洛因の口元に手を伸ばして触れると歯の間から息を吸い、まるで自分がケガをしたかのように大騒ぎした。
「うちのクラスのデブが俺にぶつかってきて、よろけたんだ」
「何キロ?」
「百キロ近くあるだろうな」
 楊猛は焦る。
「向こうのキャプテンもひどいじゃないか。百キロもある奴を出してきて、わざとケガをさせようとしたんじゃないか? クソッ、相手に医療費を請求してやれ!」
 楊猛の言葉に世界が静まり返る。まるで隣の柳の木まで凍りついたようだ。さっきからずっと黙ったままの男の顔を見ると、彼の顔はどす黒く変わっていた。
 尤其は笑いをこらえ口元を引き攣らせている。
 楊猛は顧海を見た。相手もじっと彼を見る。楊猛は震えた。この兄さんはなんでまた閻魔大王に憑りつかれたような顔をしているんだ?
「因子、お前の隣にいるのは誰だ?」
 楊猛は小声で尋ねた。
 白洛因は簡潔に答える。
「キャプテンだ」
 うわ……楊猛は目を見開いて唾を飲み込み、探るように顧海に声をかける。
「その、ごめんな。さっきの話は聞かなかったことにしてくれ」
 顧海はわずかに目を細め、鋭い視線で楊猛を一瞥する。その笑顔からは殺気が透けて見えた。
「俺は顧海。よろしく、美人さん」
 楊猛はカッとする。
「ちゃんと見ろ。俺は男だ」
 顧海は「悪いな」と笑った。
「そうか? 全然わからなかったよ」
 白洛因は白い目で顧海を見やる。
「どんな目をしてるんだよ」
 顧海は淡々と答えた。
「俺の目がどれだけ悪くても、人を見る目くらいはある。誰かさんみたいに転んで目が見えなくなったりはしない」
 白洛因の顔はサッと曇り、語気も硬くなる。
「いい加減にしろ! 楊猛も間違いを認めただろう。そんなにこき下ろす必要があるか? こいつは別に俺たちとバスケをしたわけでもないし、お前がキャプテンだってわかるわけないだろう」
 顧海の心には天秤がある。誰かに踏まれればもう一方が高くなり、傾いた天秤から嫉妬が激しく吹き出して胸を塞ぐ。
 あいつはさっき暗に俺を貶めたのに、お前は庇ってくれなかった。俺はあいつに冗談を言っただけなのに、お前はあいつにずいぶんご執心なんだな!
 わかった。お前は俺が目障りなんだろう? 俺様はもうお前にかまったりしない!
 顧海は白洛因の服を彼に投げつけると、何も言わずに身を翻して立ち去った。
「なあ、あの兄さんの気性はなんでこんなに粗いんだ?」
 楊猛は理解ができないという顔をする。白洛因は暗い表情のまま何も答えなかった。
 楊猛は探るように白洛因に尋ねる。
「大丈夫か?」
「大丈夫だ。あいつにはかまうな!」
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