ハイロイン

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第七章

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 夕方遅く、都市建設局の局長は顧海に呼ばれてお茶を飲んでいた。
「顧首長はご健勝ですか?」
 顧海は無表情で答える。
「ええ、とても。あなたは?」
「私ですか。私も元気ですよ」
「一目でわかります。身体だけでなく精神状態もいいようですね」
 局長は控えめに笑う。
「精神状態はまあ、そう良くもないです。最近色々あって……」
「精神状態が悪い状態で優秀な執行部隊を率いることなんてできますか?」
 顧海は局長の言葉を遮った。局長は青ざめ、笑顔も固まる。 
「顧坊ちゃん、何かあればはっきりおっしゃってください。もし私たちに至らないところがあれば、どうぞご指摘ください」
 顧海は鋭い眼差しでじっと局長を眺め、黙ったままだ。
 局長は顧海の冷たい眼差しに鳥肌を立て、動悸が早くなる。一体何がこの坊ちゃんを怒らせたんだ?
「俺のおばさんが開いている朝食の屋台をあなたたち執行官に壊されて、おばさんは今もまだ病院にいます。どうしてくれるんですか?」
「それは……」
 局長はサッと顔色を変え、言葉を詰まらせる。
「いやはや……あいつら……なんでまたあなたのおばさんの屋台まで壊したんだか。顧坊ちゃん、どうかお気を鎮めてください。後で奴らの隊長に話をして、ことを起こした人間を引っ張り出し、ひとりずつおばさんに謝らせますから」
「つまり俺のおばさんの屋台でなければ壊していいってことですか?」
「いや、そんな」
 局長は掌に冷汗をかく。
「誰の屋台でもダメに決まってますよ! 私は何度も教育してきました。人道的な管理をしろ、徳をもって信服させろと言い聞かせているのに奴らは聞き入れないんですよ……」
 顧海は局長に冷たい目を向ける。
「ではこうしましょう。いまから俺を管理局に連れて行ってください」
「これから?」
 局長は腕時計を見て顔をしかめる。
「もうみんな退勤してしまって、行っても会えないですよ!」
 顧海は冷淡に笑った。
「退勤? 都市管理局も具体的な出勤時間があるんですね」
「もちろんです」
 局長は乾いた声で笑う。
「都市管理局も他の職業と同じように規則通りに出勤しないと。そうでしょう?」
「じゃあ朝の出勤時間は何時ですか?」
「九時です」
「でも彼らは朝六時におばさんの屋台を壊したんですよ」
 局長は無言で固まった。



「さあ、これでみんな揃いました。どう処分しますか?」
 局長は顧海に丁寧な口調でそう話した後、振り返って四人をあらゆる口汚い言葉で罵った。
 顧海は彼らをさっと見渡し、短く答える。
「一人足りない」
 局長は冷汗をかいた。そのひとりとはまさに今朝一番ひどく暴れたあの坊主頭の執行官で、彼は局長の甥だった。
「記憶違いでは? 今日の当番は彼ら四人しかいないですよ」
 四人の執行官はそれを聞いて心の中で歯噛みをした。
「もし俺がその一人を捜し出したら、すべての責を彼に負わせますが、それでもいいですか?」
 局長は声もなく口をぱくぱくさせていたが、やがて長いため息をつき、電話をかけにいった。
 ほどなくしてあの尊大な坊主頭の執行官が現れたが、彼は顧海を見て茫然とする。まさかバックに大物がいる人間があんなところで朝食を食べているとは!
 今朝はチンピラの風情だった彼も、ここでは完全におとなしくなり、局長に視線で必死に助けを求め続けている。
 顧海が煙草を取り出して口に咥えると、局長は身をかがめてさっと火をつけた。その様子を見て、坊主頭の執行官は自分がやらかした過ちの大きさに気づく。
「どうでしょう。彼らに罰金を払わせて、そのお金をあなたのおばさんの医療費と屋台の再建費用に充てるのはいかがですか?」
「そんな手間は無用です」
 顧海は煙草の灰を弾き落とした。
「おばさんが屋台で商売をしては、またあなたたちの管理の対象になるでしょう。今後のことも考えておばさんにはちゃんとした店舗で商売をしてもらうことにしました」
 局長は顔色を変えたが、無理やり賛同する。
「そうですね。やはり店舗のほうがいいですよ。でも……店舗を探すのも大変でしょう。私が代わりに探してあげましょうか」
「必要ないです。もう目星をつけている場所があるので」
 顧海は煙草の火を消し、悠然と微笑んだ。
「新街口の角にある店がいいと思うんですが、店の人と相談すればおばさんの店をそこに移せると思いますか?」
 局長の顔色は極端に悪くなった。顧海は事前に調査済みだった。その店は局長の親戚が経営していて、最高の立地条件を満たした物件を独占し、ここ数年商売はとても繁盛している。他人に譲るのは自分の肉を割くのに等しい。だが譲らねばどうなる? この手の人間を敵に回せるのか?
「わかりました。すぐに手配しましょう」
 顧海は立ち上がり戸口に向かったが、突然足を止めた。
 彼らは胸を撫でおろしていたが、顧海が戻って来るとまたサッと厳粛な表情に戻る。
「俺が思うに、君たち五人はとても素晴らしい」
 顧海は五人の執行官をじっくり眺め、わざと褒め讃えた。
「早朝六時に屋台を壊しに行くなんて、なんて勤勉なんだ!」
 五人は互いに顔を見合わせる。もうすぐ三十歳にもなるというのに、十七歳の小僧に一言も言い返せない。
「どうだろう。アルバイトをしないか? もうすぐおばさんが新しい店を開く。朝食を売る店だし、君たちの出勤時間とも被らないだろう。しばらく店の従業員をやってくれないか。君たちはあんなにキビキビと働けるんだ。こんなにいい仕事を他の人に譲ることはないよな」
 五人の顔色は一気に悪くなった。
 顧海の声は温度を下げる。
「やりたくないのか?」
「いいえ」
 彼らのうちの背の低い男が率先して口を開いた。
「俺たちは喜んでその仕事をします。給料は要りません」
 顧海は口角だけを上げる。
「それは申し訳ない」
「何も申し訳ないことなんてないですよ」
 局長が横から口を挟んだ。
「彼らにやらせてください。人手が足りなければもっと探します。それに俺の甥は絶対に使ってください。彼は以前サービス業をしていたので経験豊富ですよ」
 坊主頭の執行官は苦悶の表情を局長に向ける。
「おじさーん……」
 局長は彼を鬼の形相で睨んだ。こんな大きな厄介事を起こしてまだ俺を叔父さんと呼ぶのか? とっととこの機会に罪を償っておけ!
 顧海が帰ろうとしたとき、ワンワンと吠える犬に注意を惹かれた。
「へえ、このチベタンマスティフ、いいですね。あなたが飼っているんですか?」
 顧海は局長を振り向く。局長の口元は引き攣り、震えた。
「ええ……人からもらったんです」
「いいなあ。連れて帰って数日預かってもいいですか?」
「いや、それは危ないですよ!」
 局長は苦悶する。
「この犬は狂暴すぎます。万が一あなたを噛んだら大変ですよ」
「大丈夫。うちにはプロのドッグトレーナーがいるので、犬を粗末に扱ったりはしません」
 顧海は笑って隣にいる男に指示を出した。
「すまないが、この犬を家に連れ帰っておいてくれ」
 局長は顧海の肘を掴んで口を開こうとしたが、逆に彼に肩を叩かれてしまう。
「ありがとう!」
 局長は泣くに泣けない。彼の大事な宝物が、なにより可愛がった子が、朝食の屋台ごときのために消えてしまったのだ!
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