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第七章
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三里屯のクラブにあるVIPルームで顧海は白洛因にずいぶん連絡を怠っていた友人たちを引き合わせた。
「こいつは学校で知り合った俺の新しい友達で、白洛因っていうんだ」
周似虎は笑いながら白洛因の肩を叩く。
「兄さん、カッコいいな!」
顧海は李爍を指さした。
「こいつは李爍っていう」
李爍はグラスを持ち上げ白洛因のグラスと合わせる。
「俺は周似虎だ」
白洛因は彼に笑いかける。
四人の若者はおしゃべりで盛り上がった。家庭環境の差こそあれ同年代の若者同士、好きなものはそう変わりはない。はちゃめちゃな学校生活から好きな車のブランド、好みの女の子と話題は進み、やがて誰からともなくエロ話になった。
李爍は白洛因の肩に手を回して問いかける。
「大海は学校で他の女とデキてるのか?」
白洛因は正直に伝えた。
「それはない」
「だから言っただろう?」
周似虎は信じ切った様子だった。
「大海の璐璐姉さんに対する忠誠心は誰も真似できない。正直ありえないよ」
李爍は顧海がこんなに長い間顔を出さないのは新しい相手ができたからだと思っていたが、白洛因の言葉を聞けば彼は遠距離恋愛を固く続けているようだった。李爍は顧海に感心する。自分が七、八人の美女を取り換えている間、彼はずっと一人の猛女に首根っこを掴まれている。
「なあ、金璐璐を知ってるだろう?」
周似虎は白洛因をつついた。白洛因は頷く。
「知ってるよ。一度会ったことがある」
「大海は金璐璐に対して完璧なんだぜ。二人が一緒にいるところを見たことがないだろう。もし見たらあんなの大海じゃないって思うだろうよ」
確かにあれは顧海らしくなかったが、でもそれほど金璐璐に尽くしていたとも思えない。
周似虎の口は機関銃のように言葉をまくしたてる。彼は顧海の暴露話をすべて白洛因に語り尽くさなければ気が済まないようだった。
「普段はクールな顔をしてるくせに、璐璐を見た途端笑い皺が三日は消えない勢いだ。俺たちとしゃべってるときにはいつも口を開けば金璐璐の名前ばかりで耳にタコができるよ。だから俺たちは頼みごとがあればまず金璐璐に頼むんだ。彼女が言えば顧海はどんなことでも聞くから……」
周似虎がべらべら話す中、白洛因は一言だけ返す。
「顧海ってそんな感じか?」
「おっと」
周似虎が反応するよりも前に顧海が割って入り、白洛因の肩に手を置き、含みのある笑顔を浮かべる。
「何の話をしてたんだ?」
白洛因は酒を一口飲み、ぞんざいに答える。
「別に何も」
顧海は白洛因のグラスになみなみと酒を注ぐ。
「これを飲んでみろよ。味はどうだ?」
白洛因はストローで一口吸い、軽く眉をよせる。飲んだ後、わずかに煙草の味がする。
「後味が少しいがらっぽい」
顧海は白洛因のグラスを自分のほうに引き寄せ、白洛因が使ったストローに直接口をつけて飲んだ。すると今までの倍以上美味しく感じられ、まるで違う酒のようだった。
「俺は美味いと思うけどな!」
李爍は驚き周似虎をつつく。
「これまで大海が誰かの飲みかけを飲んだことがあるか?」
周似虎は乾いた笑い声をあげた。
「大海の最近の境遇を知ってるだろう。そこまで生活が苦しいのかもな?」
「……」
外の激しい音楽が若者の敏感な耳を刺激する。四人は部屋を出てバーカウンターに座り、にぎやかな雰囲気がもたらす非日常な刺激を楽しんだ。ダンスエリアでは男女が狂ったように身をくねらせて踊り、点滅するストロボライトがそれぞれの孤独な顔を映し出す。
李爍は白洛因をつついた。
「お前、彼女はいるのか?」
「いたけど別れた」
李爍は笑う。
「向かいの姉さんがずっとお前を見てるぞ」
白洛因は顔も上げず、李爍に禁断の質問を投げかけた。
「顧海は……前にあんたたちとよく抜きっこをしていたか?」
その言葉に李爍はむせ返り、落ち着くまでしばらくかかった。
「ちょっと待ってろ」
李爍は白洛因を越えて顧海の側に近づき、彼の太腿をあやしく撫でまわす。すると顧海は顔色をどす黒く変えて怒った。
「失せろ!」
李爍は戻ってきて白洛因に目配せする。
「そんなことがあると思うか?」
白洛因は顧海の反応が答えだと知る。李爍は言葉を続けた。
「大海の奴は誰かに触られるのが何より嫌いなんだ。もしお前の言うとおりのことをしたら、ここには俺たちの死体が並ぶだろうよ」
「……」
夜の寝室で白洛因はわざと掛け布団にしっかりと自分をくるみ、蚕のような姿になる。掛け布団の両端をしっかり体で抑え込んでまったく隙間を残さなかった。
すると白洛因の予想通りに顧海の足が延びてきて、白洛因の布団の端を探り、潜り込める隙間を探し続ける。しかし残念ながら白洛因は鉄壁の守りで、顧海の努力は無駄に終わった。
「そんなふうに寝たら窮屈で苦しいだろう? ほら兄さんが寛げてやるよ」
顧海は恥知らずに近寄って来る。
「俺から離れろ」
顧海の足はそれでも名残惜しげに布団の隙間を探し続けた。顧海の両足が大きな虫のように緩急自在に彼の掛け布団の上を這いまわるので、白洛因は煩悶して気持ちをかき乱される。
「なにしてるんだよ。寝ないなら出ていけ」
顧海の瞳からは邪な光が透けていた。
「お前の布団が寒いと思って」
「俺の布団が寒いかどうか、お前に関係ないだろう」
「あっためてやるよ!」
顧海はそう言いながら白洛因にのしかかって来る。白洛因は怒りと懊悩でため息をついた。
「お前はなんでいつもそんなふうなんだ。どうかしてるんじゃないか? 一晩くらいおとなしく寝ることもできないのか。今日はめちゃくちゃ眠いんだ。明日は週末だし、お前も……おい」
顧海は白洛因のセクシーな顎に噛みつく。
「この野郎!」
白洛因は両手で顧海の髪の毛を鳥の巣のようにぐしゃぐしゃにした。顧海は自分の体面をかなぐり捨て、その隙に白洛因の駆け布団をまくり、両手を伸ばして猛然と彼の懐に潜り込む。彼に抱きつくとこのうえない満足を感じ、よだれが地面にこぼれそうになった。
「因子~」
顧海は語尾をどこまでも長く伸ばして彼の名を呼ぶ。
白洛因は完全にお手上げだった。こんなに理不尽な人間がいるか? 本気で腹を立てれば自分がしんどいだけで彼はまったく気にしないし、下手をするともっと調子に乗る。我慢するとしてもこれがいつまで続くかわからない。彼のような人間が自ら道理を悟る日なんてやって来るのか?
顧海の手はまたもや白洛因のパジャマのズボンに忍び込んでくる。
今回ばかりは白洛因は情け容赦なく言い返した。
「こんなふうにするのはおかしいと思わないか?」
「おかしくなんかないぞ」
顧海はさっと手を引き、誠実で嘘のない表情を浮かべる。
「俺はこういう癖があって、友達と仲良くするのが好きなんだ。今日お前李爍と会っただろう? いつもあいつともイチャイチャひっついてる。あいつは触ってもいつもおとなしく言いなりになるぞ。なんでお前はこんなに抵抗するんだ?」
白洛因は顧海がしれっと大ぼらを吹くさまに、いっそ恥ずかしくなった。
「いい加減にしろよ! 李爍はお前とそんなことしたことはないって今日俺に言ったぞ」
「……」
顧海はしばらく硬直したが、それでもまだ嘘をつき続ける。
「それはあいつが恥ずかしくて認めたくなかっただけだよ。あいつは俺と一緒で体面を気にするんだ」
白洛因は両手の拳を合わせて顧海に感服の意を表し、それから顧海を布団から蹴り出した。
顧海はすぐには戻ってこず、天井を見ながら考える。
「なあ……お前もなんで李爍にそんなことを聞いたんだ?」
白洛因は答えなかった。白洛因は勝手に推測する。
「まさか本当に俺とやってみたかったのか? それで心配になったから李爍に確認して安心したかったんだろう?」
白洛因は眉を跳ね上げた。
「なあ、今夜はやけに 阿郎が吠えないか? おかしいからちょっと行って見てくる」
「……」
「阿郎、阿郎」
中庭に白洛因が呼ぶ優しい声が響く。阿郎の鳴き声はさらにひどくなり、ワンワンと驚くような声を上げる。白洛因が懐中電灯の明かりでよく見てみると、足の爪がケージの鉄柵の間に挟まっていた。白洛因は注意深く抜いてやり、阿郎の頭を撫でる。阿郎はすぐに鳴き止み、ケージの入り口に伏せた。白洛因は阿郎の口元に血がついていることに気づく。たぶん足を引っ張り出そうと鉄柵を噛んだのだろう。
白洛因は胸を痛め、阿郎の口にキスをした。
顧海は冷たい秋風に晒されながら立ちすくみ、涙目になる。こんなに長い間一緒にいるのに、俺は犬にも及ばないのか!
白洛因が部屋に戻ると、顧海はベッドに座り何度も息を吸い込んでいた。
「俺の口元に口角炎ができたみたいで、すごく痛い」
白洛因は指を鳴らす。
「待ってろ。家に軟膏がある」
「わざわざ軟膏なんて使うのか?」
顧海はわざと白洛因を誘導した。もちろん使う。白洛因はうやうやしく軟膏を掲げ、脱脂綿に少しつけ顧海の口元に丁寧に塗ってくれた。
キスはしてもらえなかったが、白洛因の献身的な手当てに顧海はとても感動する。
脱脂綿を渡してくれればそれでいいのにその手で塗ってくれるなんて、本当に俺を大事にしてくれている。塗られた場所を指で触ると清涼感があり、感動的に気持ちがよかった。
「この軟膏はなんの薬だ? すごく効くな!」
「痔の薬だよ」
白洛因は冷静に答える。
「……!!」
白洛因は怒る顧海の肩を押さえ、辛抱強く慰めた。
「心配するな。この薬は万能なんだ。俺の口角炎もこれで治したからな」
「じゃあもし何でもないのに塗ったらどうなる? 副作用はないのか?」
白洛因は手を止める。
「副作用? たぶん痔瘻ができるくらいじゃないか?」
顧海の顔は漆黒の夜と一体になり、剥き出した白い歯以外何も見えなくなった。
「こいつは学校で知り合った俺の新しい友達で、白洛因っていうんだ」
周似虎は笑いながら白洛因の肩を叩く。
「兄さん、カッコいいな!」
顧海は李爍を指さした。
「こいつは李爍っていう」
李爍はグラスを持ち上げ白洛因のグラスと合わせる。
「俺は周似虎だ」
白洛因は彼に笑いかける。
四人の若者はおしゃべりで盛り上がった。家庭環境の差こそあれ同年代の若者同士、好きなものはそう変わりはない。はちゃめちゃな学校生活から好きな車のブランド、好みの女の子と話題は進み、やがて誰からともなくエロ話になった。
李爍は白洛因の肩に手を回して問いかける。
「大海は学校で他の女とデキてるのか?」
白洛因は正直に伝えた。
「それはない」
「だから言っただろう?」
周似虎は信じ切った様子だった。
「大海の璐璐姉さんに対する忠誠心は誰も真似できない。正直ありえないよ」
李爍は顧海がこんなに長い間顔を出さないのは新しい相手ができたからだと思っていたが、白洛因の言葉を聞けば彼は遠距離恋愛を固く続けているようだった。李爍は顧海に感心する。自分が七、八人の美女を取り換えている間、彼はずっと一人の猛女に首根っこを掴まれている。
「なあ、金璐璐を知ってるだろう?」
周似虎は白洛因をつついた。白洛因は頷く。
「知ってるよ。一度会ったことがある」
「大海は金璐璐に対して完璧なんだぜ。二人が一緒にいるところを見たことがないだろう。もし見たらあんなの大海じゃないって思うだろうよ」
確かにあれは顧海らしくなかったが、でもそれほど金璐璐に尽くしていたとも思えない。
周似虎の口は機関銃のように言葉をまくしたてる。彼は顧海の暴露話をすべて白洛因に語り尽くさなければ気が済まないようだった。
「普段はクールな顔をしてるくせに、璐璐を見た途端笑い皺が三日は消えない勢いだ。俺たちとしゃべってるときにはいつも口を開けば金璐璐の名前ばかりで耳にタコができるよ。だから俺たちは頼みごとがあればまず金璐璐に頼むんだ。彼女が言えば顧海はどんなことでも聞くから……」
周似虎がべらべら話す中、白洛因は一言だけ返す。
「顧海ってそんな感じか?」
「おっと」
周似虎が反応するよりも前に顧海が割って入り、白洛因の肩に手を置き、含みのある笑顔を浮かべる。
「何の話をしてたんだ?」
白洛因は酒を一口飲み、ぞんざいに答える。
「別に何も」
顧海は白洛因のグラスになみなみと酒を注ぐ。
「これを飲んでみろよ。味はどうだ?」
白洛因はストローで一口吸い、軽く眉をよせる。飲んだ後、わずかに煙草の味がする。
「後味が少しいがらっぽい」
顧海は白洛因のグラスを自分のほうに引き寄せ、白洛因が使ったストローに直接口をつけて飲んだ。すると今までの倍以上美味しく感じられ、まるで違う酒のようだった。
「俺は美味いと思うけどな!」
李爍は驚き周似虎をつつく。
「これまで大海が誰かの飲みかけを飲んだことがあるか?」
周似虎は乾いた笑い声をあげた。
「大海の最近の境遇を知ってるだろう。そこまで生活が苦しいのかもな?」
「……」
外の激しい音楽が若者の敏感な耳を刺激する。四人は部屋を出てバーカウンターに座り、にぎやかな雰囲気がもたらす非日常な刺激を楽しんだ。ダンスエリアでは男女が狂ったように身をくねらせて踊り、点滅するストロボライトがそれぞれの孤独な顔を映し出す。
李爍は白洛因をつついた。
「お前、彼女はいるのか?」
「いたけど別れた」
李爍は笑う。
「向かいの姉さんがずっとお前を見てるぞ」
白洛因は顔も上げず、李爍に禁断の質問を投げかけた。
「顧海は……前にあんたたちとよく抜きっこをしていたか?」
その言葉に李爍はむせ返り、落ち着くまでしばらくかかった。
「ちょっと待ってろ」
李爍は白洛因を越えて顧海の側に近づき、彼の太腿をあやしく撫でまわす。すると顧海は顔色をどす黒く変えて怒った。
「失せろ!」
李爍は戻ってきて白洛因に目配せする。
「そんなことがあると思うか?」
白洛因は顧海の反応が答えだと知る。李爍は言葉を続けた。
「大海の奴は誰かに触られるのが何より嫌いなんだ。もしお前の言うとおりのことをしたら、ここには俺たちの死体が並ぶだろうよ」
「……」
夜の寝室で白洛因はわざと掛け布団にしっかりと自分をくるみ、蚕のような姿になる。掛け布団の両端をしっかり体で抑え込んでまったく隙間を残さなかった。
すると白洛因の予想通りに顧海の足が延びてきて、白洛因の布団の端を探り、潜り込める隙間を探し続ける。しかし残念ながら白洛因は鉄壁の守りで、顧海の努力は無駄に終わった。
「そんなふうに寝たら窮屈で苦しいだろう? ほら兄さんが寛げてやるよ」
顧海は恥知らずに近寄って来る。
「俺から離れろ」
顧海の足はそれでも名残惜しげに布団の隙間を探し続けた。顧海の両足が大きな虫のように緩急自在に彼の掛け布団の上を這いまわるので、白洛因は煩悶して気持ちをかき乱される。
「なにしてるんだよ。寝ないなら出ていけ」
顧海の瞳からは邪な光が透けていた。
「お前の布団が寒いと思って」
「俺の布団が寒いかどうか、お前に関係ないだろう」
「あっためてやるよ!」
顧海はそう言いながら白洛因にのしかかって来る。白洛因は怒りと懊悩でため息をついた。
「お前はなんでいつもそんなふうなんだ。どうかしてるんじゃないか? 一晩くらいおとなしく寝ることもできないのか。今日はめちゃくちゃ眠いんだ。明日は週末だし、お前も……おい」
顧海は白洛因のセクシーな顎に噛みつく。
「この野郎!」
白洛因は両手で顧海の髪の毛を鳥の巣のようにぐしゃぐしゃにした。顧海は自分の体面をかなぐり捨て、その隙に白洛因の駆け布団をまくり、両手を伸ばして猛然と彼の懐に潜り込む。彼に抱きつくとこのうえない満足を感じ、よだれが地面にこぼれそうになった。
「因子~」
顧海は語尾をどこまでも長く伸ばして彼の名を呼ぶ。
白洛因は完全にお手上げだった。こんなに理不尽な人間がいるか? 本気で腹を立てれば自分がしんどいだけで彼はまったく気にしないし、下手をするともっと調子に乗る。我慢するとしてもこれがいつまで続くかわからない。彼のような人間が自ら道理を悟る日なんてやって来るのか?
顧海の手はまたもや白洛因のパジャマのズボンに忍び込んでくる。
今回ばかりは白洛因は情け容赦なく言い返した。
「こんなふうにするのはおかしいと思わないか?」
「おかしくなんかないぞ」
顧海はさっと手を引き、誠実で嘘のない表情を浮かべる。
「俺はこういう癖があって、友達と仲良くするのが好きなんだ。今日お前李爍と会っただろう? いつもあいつともイチャイチャひっついてる。あいつは触ってもいつもおとなしく言いなりになるぞ。なんでお前はこんなに抵抗するんだ?」
白洛因は顧海がしれっと大ぼらを吹くさまに、いっそ恥ずかしくなった。
「いい加減にしろよ! 李爍はお前とそんなことしたことはないって今日俺に言ったぞ」
「……」
顧海はしばらく硬直したが、それでもまだ嘘をつき続ける。
「それはあいつが恥ずかしくて認めたくなかっただけだよ。あいつは俺と一緒で体面を気にするんだ」
白洛因は両手の拳を合わせて顧海に感服の意を表し、それから顧海を布団から蹴り出した。
顧海はすぐには戻ってこず、天井を見ながら考える。
「なあ……お前もなんで李爍にそんなことを聞いたんだ?」
白洛因は答えなかった。白洛因は勝手に推測する。
「まさか本当に俺とやってみたかったのか? それで心配になったから李爍に確認して安心したかったんだろう?」
白洛因は眉を跳ね上げた。
「なあ、今夜はやけに 阿郎が吠えないか? おかしいからちょっと行って見てくる」
「……」
「阿郎、阿郎」
中庭に白洛因が呼ぶ優しい声が響く。阿郎の鳴き声はさらにひどくなり、ワンワンと驚くような声を上げる。白洛因が懐中電灯の明かりでよく見てみると、足の爪がケージの鉄柵の間に挟まっていた。白洛因は注意深く抜いてやり、阿郎の頭を撫でる。阿郎はすぐに鳴き止み、ケージの入り口に伏せた。白洛因は阿郎の口元に血がついていることに気づく。たぶん足を引っ張り出そうと鉄柵を噛んだのだろう。
白洛因は胸を痛め、阿郎の口にキスをした。
顧海は冷たい秋風に晒されながら立ちすくみ、涙目になる。こんなに長い間一緒にいるのに、俺は犬にも及ばないのか!
白洛因が部屋に戻ると、顧海はベッドに座り何度も息を吸い込んでいた。
「俺の口元に口角炎ができたみたいで、すごく痛い」
白洛因は指を鳴らす。
「待ってろ。家に軟膏がある」
「わざわざ軟膏なんて使うのか?」
顧海はわざと白洛因を誘導した。もちろん使う。白洛因はうやうやしく軟膏を掲げ、脱脂綿に少しつけ顧海の口元に丁寧に塗ってくれた。
キスはしてもらえなかったが、白洛因の献身的な手当てに顧海はとても感動する。
脱脂綿を渡してくれればそれでいいのにその手で塗ってくれるなんて、本当に俺を大事にしてくれている。塗られた場所を指で触ると清涼感があり、感動的に気持ちがよかった。
「この軟膏はなんの薬だ? すごく効くな!」
「痔の薬だよ」
白洛因は冷静に答える。
「……!!」
白洛因は怒る顧海の肩を押さえ、辛抱強く慰めた。
「心配するな。この薬は万能なんだ。俺の口角炎もこれで治したからな」
「じゃあもし何でもないのに塗ったらどうなる? 副作用はないのか?」
白洛因は手を止める。
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