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第八章
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その夜、顧海は白洛因に尋ねた。
「おじさんはどうして鄒おばさんと一緒に店をやらないんだ?」
「なんで一緒に店をやらないとならないんだ?」
白洛因は逆に聞き返す。
「考えてもみろよ。あそこは最高の場所で家賃もかからず税金もいらない。従業員は間に合わせだが、稼いだ金は全部利益になるんだぞ! 鄒おばさんだけじゃ手が回らないだろうし、もしおじさんが手伝うなら二人の店ってことになる。どっちにしてもいまの仕事より気楽に稼げるだろう」
白洛因はため息をついた。
「お前はいい想定しかしてないけど、父さんは絶対やりたがらないよ」
「どうしてだ?」
顧海は理解できない。白洛因は顧海をチラリと見て、耳を近づけるよう示した。
顧海は喜んで体ごとくっつこうとする。白洛因は掛け布団を広げ、二人は布団に頭まで潜り込んだ。頭と足をくっつけ合い、ひとつの布団に籠って内緒話を始める。
「え?」
顧海は驚いた。
「鄒おばさんは旦那に先立たれたわけじゃないのか?」
「彼女には旦那がいて、出稼ぎに行ってるんだ」
白洛因の温かい息が顔にかかると、顧海の半身は煽られて熱を帯びる。
「つまり彼らは周りに噂されるのを恐れてるってことか?」
白洛因はしばらく黙った後、肩を落とした。
「俺は多分鄒おばさんが父さんに嘘をついてるんじゃないかと思うんだ。前の旦那とはもうとっくに離婚してるんじゃないかな。考えてみろよ。もう何年もここに住んでるのに、年越しや中秋節に一度も戻ってこないなんておかしいだろう?」
いつもとは違う白洛因の様子に、顧海は彼の耳を摘まみたくなった。
「俺の話を聞いてるか?」
白洛因に腹を叩かれ、顧海は彼の手を掴んで笑う。
「聞いてるよ。つまりお前が言いたいのは、鄒おばさんはもう独身だってことだろう?」
「うん。でも父さんはいつも否定するんだ」
「俺が思うに、おじさんはきっと心の中ではわかってるんだよ」
顧海はそう言いながら太い指で白洛因の掌を弄った。指の間や手の皺、指紋を指の先で軽く撫で、なにげない素振りでからかうように弄り回す。白洛因は掌の敏感な場所をすべて触られ、腕まで痺れが伝わった。口を開いて咎めようとすると顧海は急に動きを止め、ただぎゅっと手を握りしめてくる。
「お前はお父さんが別の女と親しくしても嫌じゃないのか?」
「俺はずっと父さんに鄒おばさんと結婚しろって言ってるよ」
白洛因は淡々と語った。
「俺が覚えている限り、父さんはずっと独り身だった。でも死ぬまでこのままってわけにはいかないだろう?」
「お前は両親に復縁してほしいとは思わないのか?」
「それは一度も考えたことがない」
白洛因はきっぱり言う。
「鄒おばさんがいいよ。もう父さんを苦しめたくないんだ」
その言葉に顧海は複雑な心境になった。白洛因は語り続ける。
「でも父さんがおばさんと一緒に店をやらないのは、噂話が嫌だからというだけじゃない。考えてみろ。店は鄒おばさんのものだ。俺の父さんがプライドを捨ててそこに首を突っ込むことはないよ。同じ男としてその感覚は理解できる。他の女ならまだ可能性があるかもしれないけど、相手が鄒おばさんならありえないよ」
「それもそうだ」
顧海は考え事をしているようだった。
布団の中に沈黙が落ちると白洛因は布団をめくって顔を出し、大きく口を開けて外の空気を吸った。
顧海は白洛因の胸が大きく波打ち、目を閉じて深呼吸する姿を見ているうちに、ふたたびドキドキしてくる。白洛因のわずかに開いた唇は毅然とした魅力がある。男の唇は女性のように柔らかくないことはわかっていても、顧海はそれでもキスがしたかった。
自分の気持ちがあらぬ方へ向かっている自覚はあったが、正す気はなかった。他の男には一切情動は動かない。相手が白洛因だからだ。あまりにも彼への評価が高まり、好きになりすぎている。彼が気になりすぎて友情という雪玉が転がって大きくなり、ついには境界線を越えて顧海が把握できる視野から消えてしまった。それでも追いかけて引き戻したりはしない。この制御できない不安をあえて楽しもうと思う。
真夜中に風が強くなり、顧海は窓を閉めに行く。
ベッドに戻って横たわると白洛因が寝返りを打って近づき、頭を柔らかい場所に乗せようとさまよい、最終的に顧海の肩のくぼみに落ち着いた。温かい頬が顧海の左胸にぴったり張り付き、爽やかな香りの髪が首の周辺にかかる。それから白洛因は腕を軽く回して顧海の下腹に手を置いた。顧海はその心地よさにうっとりとなる。
それは突然のことで、圧迫された腕すらもったいなくて抜くことができなかった。少しでも動けば白洛因は無意識に寝返りを打って向こうに行ってしまうかもしれない。彼の呼吸が規則正しく変わってから顧海は安心して緊張を解く。そして腕の中の彼を眺めながら細心の注意を払い、その顔を大切な宝物のように撫でる。それから目を閉じ、静かに美しい夢の訪れを待った。
「白さん、工場長が呼んでます」
白漢旗は防塵マスクを外し、疲れた体を引きずって工場長の部屋に入った。
「白さん、さあ座って」
いつもは木で鼻をくくったような工場長が何故か今日はやけに腰が低い。白漢旗のために椅子を持ってきただけでなく、お茶まで淹れてくれるなんて。
白漢旗は訝しがる。いったい工場長はどういうつもりだ?
「白さん、うちの工場はお前を解雇することに決めた」
白漢旗の胸は音を立て、顔は蒼白になった。工場長がいつもと違ったのは彼を解雇するためだったのだ。白漢旗は湯呑を持つ手を震わながら机に置いて身を起こし、工場長の前に直立する。その姿はまるで過ちを犯した者のようだった。
「工場長、ご存じでしょうが、うちの息子は高校生で一番金のかかる時期です。それに我が家は老人を養っていて、薬代もかかるんです」
「わかっているよ」
工場長は白漢旗の話を遮る。
「だからこそ私は君が辞めることに同意したんだ。さもなければ君のように十年選手のベテラン技術者を手放すわけがないだろう」
「じゃあなぜ俺を辞めさせるんで?」
白漢旗は焦りのあまり拳を握る。
「あなたはうちの家族を路頭に迷わせるつもりですか?」
「なぜ路頭に迷うんだね」
工場長は白漢旗の言葉に面食らったようだった。
「あちらは君に電話をしていないのかね?」
「どちらですか?」
白漢旗は茫然とする。
工場長は焦ったように頭を掻いた。
「どうやらまだ知らせを受け取っていないようだな。いま私があちらに電話をかけるので……」
そのとき、誰かが部屋をノックした。工場長は扉を開け、背広姿に革靴を履いた男の姿を見て笑顔を浮かべた。
「おやおや、いらっしゃったんですね。ちょうどお電話を差しあげようと思っていたところです」
男は笑って頷き、視線を白漢旗へ移した。
「こちらは?」
工場長はすぐに白漢旗を呼ぶ。
「こちらが白さん。つまりあなたのお目当ての人です」
男はサッと手を差し出す。白漢旗は申し訳なさそうに笑顔を浮かべた。
「俺の手は汚れてますんで、握手はやめておきます」
男はそれ以上無理強いをしなかった。
隣に立つ工場長が主動的に紹介を始める。
「こちらは同潔製冷設備有限公司の人事部部長で、苗さんだ。苗部長とお呼びすればいい」
白漢旗は苗部長に挨拶をする。工場長は苗部長にもお湯を差し出すと用事を理由に席を外し、部屋には白漢旗と苗部長だけが残された。
「実はわが社の技術部門にエンジニアとしてあなたをお迎えしようとお願いにきまして。月給は手取りで二万元、そのほか毎月一度の旅行手当、住宅手当五千元、通勤手当二千元、食事手当二千元、ボーナスは半年分です。勤務時間は一日八時間で、祝日は休みで完全週休二日制……」
白漢旗は途中から内容が理解できなくなった。
「苗部長……あなたの会社は偽札を作ってないですよね?」
苗部長は話に興が乗っていたところを遮られ、すぐに反応できなかった。
「白さんは本当にユーモアがありますね」
白漢旗は乾いた声で笑う。
「冗談を言っているわけではなく、あなた方の条件が信じられないんですよ」
苗部長は自分の名刺を差し出した。
「あなたは十年以上ここに勤務し業務にも詳しいでしょう。我が社の製品のおよそ半分の部品はこの工場で作られているし、私は工場長とも知り合いです。それでも信じられませんか?」
白漢旗はそれでもまだ信じられなかった。
「肝心なのは俺にはそんな技術はないってことです。あなたたちのエンジニアなんて到底務まらないですよ」
「それは心配いらない。現場で指導を受けられます」
「それなら直接条件に合うエンジニアを雇えばいいでしょう。面倒も減るし」
苗部長は煩悶する。なんて頑固な男だ。いいチャンスじゃないか。俺だったら絶対逃すものか。相手のことまで考えるなんてどうかしてる。
「白さん、もしまだ迷っているようなら、まず私の会社に来てみませんか? もう仕事場は用意できていますので」
白漢旗は夢見心地のまま苗部長と共に彼らの会社へ向かい、中へ足を踏み入れる。広々として清潔な工場はすべてオートメーション化され、彼らが手作りしてきた部品は目の前で組み立てられた完成品の中ではゴマ粒ほどの大きさだった。
「白さん、こちらです」
白漢旗は我に返り、苗部長について部屋に入った。
三十平米強の部屋は広くて明るい。中央にはきちんと事務机があり、その後ろには専門書の詰まった大きな書棚が置かれ、ソファーに茶器、エアコン、テレビ……すべてが揃っていた。掃き出し窓から見える外の景色は作られたばかりの小さな公園だ。さすが部長のオフィスは違う。白漢旗は感心した。
「これからはここがあなたの仕事場です」
白漢旗はその言葉に凍りつく。
「……は? なんと?」
苗部長は辛抱強く白漢旗に説明を繰り返した。
「もしあなたがうちの会社に来てくださるなら、まずはこの部屋で過ごしてください。今後ご不満があれば、我々はいつでもあなたの望むように調整します」
白漢旗は部屋の中央に立ち、彫像のように固まった。苗部長は引き出しを開け、茶封筒を取り出す。
「ここに五千元ありますが、これは我々の気持ちです。もしこの気持ちを受け入れてくださるなら、どうぞお納めください。そして明日から出勤してください」
「……」
「おじさんはどうして鄒おばさんと一緒に店をやらないんだ?」
「なんで一緒に店をやらないとならないんだ?」
白洛因は逆に聞き返す。
「考えてもみろよ。あそこは最高の場所で家賃もかからず税金もいらない。従業員は間に合わせだが、稼いだ金は全部利益になるんだぞ! 鄒おばさんだけじゃ手が回らないだろうし、もしおじさんが手伝うなら二人の店ってことになる。どっちにしてもいまの仕事より気楽に稼げるだろう」
白洛因はため息をついた。
「お前はいい想定しかしてないけど、父さんは絶対やりたがらないよ」
「どうしてだ?」
顧海は理解できない。白洛因は顧海をチラリと見て、耳を近づけるよう示した。
顧海は喜んで体ごとくっつこうとする。白洛因は掛け布団を広げ、二人は布団に頭まで潜り込んだ。頭と足をくっつけ合い、ひとつの布団に籠って内緒話を始める。
「え?」
顧海は驚いた。
「鄒おばさんは旦那に先立たれたわけじゃないのか?」
「彼女には旦那がいて、出稼ぎに行ってるんだ」
白洛因の温かい息が顔にかかると、顧海の半身は煽られて熱を帯びる。
「つまり彼らは周りに噂されるのを恐れてるってことか?」
白洛因はしばらく黙った後、肩を落とした。
「俺は多分鄒おばさんが父さんに嘘をついてるんじゃないかと思うんだ。前の旦那とはもうとっくに離婚してるんじゃないかな。考えてみろよ。もう何年もここに住んでるのに、年越しや中秋節に一度も戻ってこないなんておかしいだろう?」
いつもとは違う白洛因の様子に、顧海は彼の耳を摘まみたくなった。
「俺の話を聞いてるか?」
白洛因に腹を叩かれ、顧海は彼の手を掴んで笑う。
「聞いてるよ。つまりお前が言いたいのは、鄒おばさんはもう独身だってことだろう?」
「うん。でも父さんはいつも否定するんだ」
「俺が思うに、おじさんはきっと心の中ではわかってるんだよ」
顧海はそう言いながら太い指で白洛因の掌を弄った。指の間や手の皺、指紋を指の先で軽く撫で、なにげない素振りでからかうように弄り回す。白洛因は掌の敏感な場所をすべて触られ、腕まで痺れが伝わった。口を開いて咎めようとすると顧海は急に動きを止め、ただぎゅっと手を握りしめてくる。
「お前はお父さんが別の女と親しくしても嫌じゃないのか?」
「俺はずっと父さんに鄒おばさんと結婚しろって言ってるよ」
白洛因は淡々と語った。
「俺が覚えている限り、父さんはずっと独り身だった。でも死ぬまでこのままってわけにはいかないだろう?」
「お前は両親に復縁してほしいとは思わないのか?」
「それは一度も考えたことがない」
白洛因はきっぱり言う。
「鄒おばさんがいいよ。もう父さんを苦しめたくないんだ」
その言葉に顧海は複雑な心境になった。白洛因は語り続ける。
「でも父さんがおばさんと一緒に店をやらないのは、噂話が嫌だからというだけじゃない。考えてみろ。店は鄒おばさんのものだ。俺の父さんがプライドを捨ててそこに首を突っ込むことはないよ。同じ男としてその感覚は理解できる。他の女ならまだ可能性があるかもしれないけど、相手が鄒おばさんならありえないよ」
「それもそうだ」
顧海は考え事をしているようだった。
布団の中に沈黙が落ちると白洛因は布団をめくって顔を出し、大きく口を開けて外の空気を吸った。
顧海は白洛因の胸が大きく波打ち、目を閉じて深呼吸する姿を見ているうちに、ふたたびドキドキしてくる。白洛因のわずかに開いた唇は毅然とした魅力がある。男の唇は女性のように柔らかくないことはわかっていても、顧海はそれでもキスがしたかった。
自分の気持ちがあらぬ方へ向かっている自覚はあったが、正す気はなかった。他の男には一切情動は動かない。相手が白洛因だからだ。あまりにも彼への評価が高まり、好きになりすぎている。彼が気になりすぎて友情という雪玉が転がって大きくなり、ついには境界線を越えて顧海が把握できる視野から消えてしまった。それでも追いかけて引き戻したりはしない。この制御できない不安をあえて楽しもうと思う。
真夜中に風が強くなり、顧海は窓を閉めに行く。
ベッドに戻って横たわると白洛因が寝返りを打って近づき、頭を柔らかい場所に乗せようとさまよい、最終的に顧海の肩のくぼみに落ち着いた。温かい頬が顧海の左胸にぴったり張り付き、爽やかな香りの髪が首の周辺にかかる。それから白洛因は腕を軽く回して顧海の下腹に手を置いた。顧海はその心地よさにうっとりとなる。
それは突然のことで、圧迫された腕すらもったいなくて抜くことができなかった。少しでも動けば白洛因は無意識に寝返りを打って向こうに行ってしまうかもしれない。彼の呼吸が規則正しく変わってから顧海は安心して緊張を解く。そして腕の中の彼を眺めながら細心の注意を払い、その顔を大切な宝物のように撫でる。それから目を閉じ、静かに美しい夢の訪れを待った。
「白さん、工場長が呼んでます」
白漢旗は防塵マスクを外し、疲れた体を引きずって工場長の部屋に入った。
「白さん、さあ座って」
いつもは木で鼻をくくったような工場長が何故か今日はやけに腰が低い。白漢旗のために椅子を持ってきただけでなく、お茶まで淹れてくれるなんて。
白漢旗は訝しがる。いったい工場長はどういうつもりだ?
「白さん、うちの工場はお前を解雇することに決めた」
白漢旗の胸は音を立て、顔は蒼白になった。工場長がいつもと違ったのは彼を解雇するためだったのだ。白漢旗は湯呑を持つ手を震わながら机に置いて身を起こし、工場長の前に直立する。その姿はまるで過ちを犯した者のようだった。
「工場長、ご存じでしょうが、うちの息子は高校生で一番金のかかる時期です。それに我が家は老人を養っていて、薬代もかかるんです」
「わかっているよ」
工場長は白漢旗の話を遮る。
「だからこそ私は君が辞めることに同意したんだ。さもなければ君のように十年選手のベテラン技術者を手放すわけがないだろう」
「じゃあなぜ俺を辞めさせるんで?」
白漢旗は焦りのあまり拳を握る。
「あなたはうちの家族を路頭に迷わせるつもりですか?」
「なぜ路頭に迷うんだね」
工場長は白漢旗の言葉に面食らったようだった。
「あちらは君に電話をしていないのかね?」
「どちらですか?」
白漢旗は茫然とする。
工場長は焦ったように頭を掻いた。
「どうやらまだ知らせを受け取っていないようだな。いま私があちらに電話をかけるので……」
そのとき、誰かが部屋をノックした。工場長は扉を開け、背広姿に革靴を履いた男の姿を見て笑顔を浮かべた。
「おやおや、いらっしゃったんですね。ちょうどお電話を差しあげようと思っていたところです」
男は笑って頷き、視線を白漢旗へ移した。
「こちらは?」
工場長はすぐに白漢旗を呼ぶ。
「こちらが白さん。つまりあなたのお目当ての人です」
男はサッと手を差し出す。白漢旗は申し訳なさそうに笑顔を浮かべた。
「俺の手は汚れてますんで、握手はやめておきます」
男はそれ以上無理強いをしなかった。
隣に立つ工場長が主動的に紹介を始める。
「こちらは同潔製冷設備有限公司の人事部部長で、苗さんだ。苗部長とお呼びすればいい」
白漢旗は苗部長に挨拶をする。工場長は苗部長にもお湯を差し出すと用事を理由に席を外し、部屋には白漢旗と苗部長だけが残された。
「実はわが社の技術部門にエンジニアとしてあなたをお迎えしようとお願いにきまして。月給は手取りで二万元、そのほか毎月一度の旅行手当、住宅手当五千元、通勤手当二千元、食事手当二千元、ボーナスは半年分です。勤務時間は一日八時間で、祝日は休みで完全週休二日制……」
白漢旗は途中から内容が理解できなくなった。
「苗部長……あなたの会社は偽札を作ってないですよね?」
苗部長は話に興が乗っていたところを遮られ、すぐに反応できなかった。
「白さんは本当にユーモアがありますね」
白漢旗は乾いた声で笑う。
「冗談を言っているわけではなく、あなた方の条件が信じられないんですよ」
苗部長は自分の名刺を差し出した。
「あなたは十年以上ここに勤務し業務にも詳しいでしょう。我が社の製品のおよそ半分の部品はこの工場で作られているし、私は工場長とも知り合いです。それでも信じられませんか?」
白漢旗はそれでもまだ信じられなかった。
「肝心なのは俺にはそんな技術はないってことです。あなたたちのエンジニアなんて到底務まらないですよ」
「それは心配いらない。現場で指導を受けられます」
「それなら直接条件に合うエンジニアを雇えばいいでしょう。面倒も減るし」
苗部長は煩悶する。なんて頑固な男だ。いいチャンスじゃないか。俺だったら絶対逃すものか。相手のことまで考えるなんてどうかしてる。
「白さん、もしまだ迷っているようなら、まず私の会社に来てみませんか? もう仕事場は用意できていますので」
白漢旗は夢見心地のまま苗部長と共に彼らの会社へ向かい、中へ足を踏み入れる。広々として清潔な工場はすべてオートメーション化され、彼らが手作りしてきた部品は目の前で組み立てられた完成品の中ではゴマ粒ほどの大きさだった。
「白さん、こちらです」
白漢旗は我に返り、苗部長について部屋に入った。
三十平米強の部屋は広くて明るい。中央にはきちんと事務机があり、その後ろには専門書の詰まった大きな書棚が置かれ、ソファーに茶器、エアコン、テレビ……すべてが揃っていた。掃き出し窓から見える外の景色は作られたばかりの小さな公園だ。さすが部長のオフィスは違う。白漢旗は感心した。
「これからはここがあなたの仕事場です」
白漢旗はその言葉に凍りつく。
「……は? なんと?」
苗部長は辛抱強く白漢旗に説明を繰り返した。
「もしあなたがうちの会社に来てくださるなら、まずはこの部屋で過ごしてください。今後ご不満があれば、我々はいつでもあなたの望むように調整します」
白漢旗は部屋の中央に立ち、彫像のように固まった。苗部長は引き出しを開け、茶封筒を取り出す。
「ここに五千元ありますが、これは我々の気持ちです。もしこの気持ちを受け入れてくださるなら、どうぞお納めください。そして明日から出勤してください」
「……」
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