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第十二章
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顧海は車のキーを白洛因に渡し、自分でドアを開けさせて中に入る。ルームランプがつくと、新品の内装が目に入る。男はみんな車が大好きだ。新しい車は予想外だったが、白洛因は高級感のある内装デザインと乗り心地のいい運転席に本心では満足していた。ハンドルに手を添え、内心興奮していると、思わずアクセルを踏んでドライブしてみたくなる。
「明日この車を運転して俺を温水プールに連れて行ってくれよ。長いこと泳いでいないし、マンションのプールは冷たいからお前は耐えられないだろう」
顧海の言葉に白洛因は驚きを目に表す。
「まだ数日しか練習してない人間に運転させるのか?」
「大丈夫だよ。やってみろ。俺がついてるし、自動車事故を起こしても死ぬのは一緒だ」
白洛因はためらったが、彼は本当にこの車を運転してみたかった。顧海は白洛因の腕を叩く。
「ほら、後ろの席にも行ってみろよ」
「後ろには何があるんだ?」
白洛因はそう言いながらも顧海について車を降り、後部座席のドアを開けて中に入る。
「気持ちがいいな」
白洛因はシートに座って感想を述べた。顧海は体をくっつけ、熱い息を白洛因の顔に吹きかける。
「本当に気持ちがいいか?」
車内の空間は狭く、顧海に隅に追いやられると、動ける余地がなくなる。どうもおかしいぞと思ったとき、顧海の魔の手が彼からリモコンキーを奪い、ドアをロックした。白洛因は心の中で叫ぶ。しまった、騙された!
「顧海、引っぱたかれたいのか?」
「じゃあやってみろよ。お前が叩けば叩くほど俺は元気になる。ほらほら、やれよ!」
白洛因は信じられなかった。
「ここは車庫だぞ」
「車庫がどうした。うちの家のだぞ。俺たち以外誰が入って来るんだ?」
白洛因はバックミラーに映った自分の歪んだ顔を見た。赤くなり、恥ずかしさと憤怒が入り混じり、抗いたくても本気ではない顔だ。次の瞬間、天地が入れ替わり、車の天井といやらしい顔をしたイケメンしか見えなくなる。
車は激しく揺れ、中には煽情的な喘ぎ声が満ちる。白洛因は低く吠え、車のシートに崩れ落ちた。額を車窓に押し付け、まだ興奮の余韻から冷めやらず、ぼんやりと漆黒の壁を見つめる。けだるくて何もしたくなかった。
顧海は白洛因を自分の側に引き寄せ、手で首を支えて無理やり目を合わせる。
「お前は俺のものだ」
顧海は言い切る。白洛因は唇を動かそうとしたが、何も言わなかった。
「俺は無限にお前を許すし、譲るし、お前のすべての要求に応える。だが一点だけ覚えておけ。お前の心に別の人間が入り込むことだけは永久に許せない」
顧海の鋭い視線が彼の心に隠された不安を炙り出す。そうだ。彼は恐れていたのだ。より高圧的な態度を取ったのは不安の表れだった。深みに嵌れば嵌るほど、抜け出せなくなる。彼は白洛因を失うわけにはいかなかった。考えることさえしたくない。
「もし俺に疚しいことをしたなら、容赦しないぞ」
白洛因は目を逸らす。顧海はまた彼の顔を引き戻した。
「本当だぞ。俺がもし本当に残酷になったら、お前は一生恐怖に晒されることになる」
次の日、白洛因は本当に彼の新しい車で路上を運転した。まだ慣れないのでスピードが出せず、顧海は隣でからかった。
「あそこにいる車椅子の男と競争してるのか?」
白洛因は顧海に笑われても無視し、自分の速度を守り、二時間近くかけてようやく目的地へ着いた。温水プールで泳ぐ人は少なく、二人は着替えてすぐプールに入った。温水とはいえ、入るときにはやはり冷たい。だが広いプールでしばらく泳いでいると徐々に温まってきた。
「やるな。速いじゃないか」
顧海はこっそり手を伸ばして白洛因の腰を掴む。白洛因は猛然と顧海の頭を水に沈め、両足で水を蹴って魚のようにさっと泳ぎ去った。顧海はプールから上がって十メートルのジャンプ台に行き、白洛因に向かって口笛を吹く。
白洛因が目を向けると顧海はさっと身を躍らせ、まるで教科書のように美しい姿勢で一直線に着水し、水面に綺麗な円を描いた。白洛因は目を大きく見張る。カッコ良すぎるだろう! 飛び込みの技術は基本的な経験がなければ、十メートルはもちろんのこと、三メートルでも水面にぶつかって大変なことになる。飛び込み台のあるプールの水温は低く、顧海はそこから上がって温水プールへ戻り、体を温めようとした。頭まで浸かってから上がって来ると、白洛因の姿がどこにも見当たらない。
突然口笛が聞こえ、顧海は愕然とする。
「危ないから飛び込むな!」
顧海は大声で吠えたが時すでに遅く、白洛因の体は垂直に水の中に飛び込んだ。姿勢は八割から九割方綺麗に真似できていたが、水に潜った後、まったく上がってこない。顧海は狂ったようにそちらに泳いでいき、白洛因が飛び込んだあたりに潜ってみたが、白洛因の姿はない。その付近を泳いで探しても見つからない。息が続かなくなって仕方なく水面から顔を出し、大きく息を吸い込んでもう一度潜ろうとしたとき、突然下半身がひんやりした。
隣に飛沫が立ち、それがプールサイドへ向かう。白洛因は水から顔を出して顧海の水着を手に持ち、大喜びしていた。
「上がって来いよ。もうすぐ時間だぞ」
顧海は凶悪な顔で白洛因を睨みつけた。
「こっちによこせよ」
「スケベなことが大好きなんだろう? 思う存分見せびらかせばいい」
白洛因がそう言った直後、プールに数名の美女がやってきて、笑いながらプールに入る。顧海は自分の股間に目をやった。プールの水はなんでこんなに澄んでいるんだ。俺様を殺す気か? そう思ったとき、美女たちはこちらに向かって泳いでくる。顧海は裸のまま泳いで彼らから離れるしかなかった。すると白洛因はプールサイドで叫ぶ。
「誰が水着をここに落としたんだ?」
顧海は追い詰められ、白い歯をむき出した。美女たちは白洛因が持っている水着を見てみんな顔を赤らめ、思わず目を逸らしながら罵る。
「誰がこんなことをするの? クソスケベ!」
顧海は体面を失い、いっそ水の底に潜ったまま消えてしまいたくなった。白洛因は笑いすぎてしゃがみこむ。だが最後にはやはり水着を顧海に返してやった。その報復は更衣室に戻ってからたっぷりと受け、顧海にひとしきりいじめられたのだった。
またも忙しい期末テストの時期がやってきた。頻繁に行われる模擬テストや大量の宿題に生徒たちは頭を悩ませる。教師たちは密かに競い合い、嬉々として授業を延長した。以前は明るいうちに帰れたのに、今ではいつの間にか自習時間が一時間増え、毎日朝から晩まで勉強漬けだった。詰め込み式学習の結果、白洛因はまた授業中に居眠りを始めた。顧海同志が丹精込めて世話をしたおかげで白洛因はこの悪い習慣からやっと抜け出せたのに、こうなっては顧海にもどうすることもできない。山積みの宿題はやらないわけにもいかず、眠らないわけにもいかない。イチャイチャも必要不可欠だ。
自習の時間、白洛因は問題を解いているうちに寝てしまった。顧海はそれを見て胸が痛くなり、今晩はイチャイチャせずに寝ようと決意する。それから引き出しからダウンを取り出し、白洛因にかけてやった。
静かだった教室が突然ざわつく。多くのクラスメートが首を伸ばして後ろを見た。正確に言うと、後ろのドアを見た。つまらない自習時間に少しでも刺激を与えれば、学生たちは当然騒ぎ出す。しかもこの刺激はまったく小さくはない。後ろの戸口にすごい美女が立っていたのだ。顧海はそこから近い場所に座っていたのでよく見えた。猛女好きな顧海でも認めざるを得ない。確かに彼女は綺麗だった。美しすぎてここには少し場違いなくらいだ。皮膚は透き通るように白く、目元のラインは西洋人のようだ。彫が深くて瞳には力があり、もの言いたげに見える。スタイルも抜群で、腰は細く胸は大きく、足は長い。彼女は高級ブランドの服に身を包み、優美で気品があった。
流行りの言葉で言うと、“白富美”(色白で金があり美しく、三拍子揃っている)だ。
だから教室中の“穷矮搓”(貧しく背が低く見た目も悪い)たちはそわそわと落ち着かなくなり、凝視するあまり視線で彼女のすべてを剥ぎ取る勢いだった。
何しにきたんだ? そんなに洒落込んで廊下に立つなんて、俺たちの忍耐力を試しているのか?
この女子はただものではなかった。こんなに大勢に凝視されているのにまるで臆することなく落ち着き払っている。
彼女はずっと誰かを見つめていた。
授業が終わると、まだ誰も動かないうちに彼女は教室の中に入ってきた。顧海の視線を浴びながら白洛因の前でしゃがみこみ、頬杖をついて上目遣いに笑った。それも鳥肌が立つほどの甘い笑顔だ。いったいどういうことだ? 俺の目の前で俺の“媳婦”を誘惑するつもりか? いい度胸だ。身の程知らずめ、お前は命が惜しくないようだな!
「何の用だ?」
顧海は冷たく問いかけた。女の子は視線を顧海の顔に移し、一足早く桃の花が咲くように魅力的な笑顔を浮かべる。
「用はないわ」
それからまた引き続き深く情を込めた視線を眠る彼に向け続けた。顧海は内心牙をむく。俺はなんで男の面子を保ってなきゃならないんだ?
教室は異様に盛り上がり、男子たちの視線は嫉妬や野次馬的な理由で無数に注がれた。こんなすごい美女がなぜ俺のところに来ない? どうして白洛因だけがいい目を見るんだ?
白洛因は相変わらず健やかに眠っていたが、彼女はまったく機嫌を損ねることなく、近くから椅子を引っ張って来て座り、頬杖をついて静かに黙って白洛因を眺め、自然に彼の目が覚めるのを待っていた。顧海は確信した。この女は白洛因が休み時間中に目を覚まさなければ、次の授業中も待ち続け、また次の休み時間に必ずここに来るだろう。
この来訪者は不吉だ。
先に我慢の限界を迎えたのは尤其だった。彼は白洛因の前に座っているので、この美女が側に来ると香りが強すぎて鼻炎を起こすのだ。そこで向きを変え、白洛因の机を叩く。
「起きろ、お前に客が来たぞ」
白洛因が嫌々身を起こすと、目も開かないうちから周囲の囃し声に気づく。
「起きた?」
白洛因は自分が夢を見ているのかと思った。表情は瞬時に凍りつき、茫然として言葉も出ない。美女は白洛因の前でひらひらと手を振る。
「どうしたの? こんなに早く私を忘れてしまったの?」
白洛因はなんとか気を取り直して尋ねた。
「なんで帰国したんだ?」
『帰国』の二文字を聞いた途端、顧海の血は凍りつき、心臓や肺、五臓六腑がすべて動きを止めた。石慧……白洛因が最初に酒に酔って彼女の名前を呼んだときや緊張の面持ちで彼女の電話を受けたとき、顧海は相手の女子に対して大きな好奇心を抱いていた。彼にとってはこの女子は仮想敵でしかなく、まさか突然生きて自分の目の前に現れるとは思ってもみなかった。しかも、こんな強力な美貌を兼ね備えて。
美しく、蠱惑的……白洛因の好みにぴったり合っている。
顧海は彼らがベッドの中にいるとき、白洛因の喘ぐ表情まで想像できた。彼女の誘惑を彼は拒まないはずだ。罵って追いやったりせず飢えた獣のように押し倒して綺麗に平らげ、一回では飽き足らず二回戦に突入し、事後には「ベイビー、ベイビー」と叫んで睦言を甘く囁き、三回戦のために十分な準備を整えるだろう……。顧海は心臓から血を吹き出しそうになった。
授業開始のベルが鳴ると、石慧は小声で白洛因に告げる。
「外で待ってるわ」
それから蠱惑的な姿勢で歩いて教室を出ていき、ふたたび後ろのドアのところに立った。
次の一時間、顧海は何もせずに脳内で軍事演習を行った。彼は図面を手に持ち、そこに戦略的配置を書き込んで説明する。隣には部下と数千人の陸軍将校や兵士が立っていた。 同じ憎しみを共有し団結した彼らは、足元の大地を守るため、自らの首を差し出して血を流し、尊い命を犠牲にすることも厭わない。
白洛因の心も千々に乱れていた。教室の外に立っている相手は手強く、後ろに座っている相手はさらに手強い。背後から鋭い視線を感じて思わず振り返ると、同時に二人分の目が視界に入った。ひとりは笑っている。本当の笑顔だ。もうひとりも笑っていたが、冷笑だ。
白洛因はすぐに前に向き直った。
「明日この車を運転して俺を温水プールに連れて行ってくれよ。長いこと泳いでいないし、マンションのプールは冷たいからお前は耐えられないだろう」
顧海の言葉に白洛因は驚きを目に表す。
「まだ数日しか練習してない人間に運転させるのか?」
「大丈夫だよ。やってみろ。俺がついてるし、自動車事故を起こしても死ぬのは一緒だ」
白洛因はためらったが、彼は本当にこの車を運転してみたかった。顧海は白洛因の腕を叩く。
「ほら、後ろの席にも行ってみろよ」
「後ろには何があるんだ?」
白洛因はそう言いながらも顧海について車を降り、後部座席のドアを開けて中に入る。
「気持ちがいいな」
白洛因はシートに座って感想を述べた。顧海は体をくっつけ、熱い息を白洛因の顔に吹きかける。
「本当に気持ちがいいか?」
車内の空間は狭く、顧海に隅に追いやられると、動ける余地がなくなる。どうもおかしいぞと思ったとき、顧海の魔の手が彼からリモコンキーを奪い、ドアをロックした。白洛因は心の中で叫ぶ。しまった、騙された!
「顧海、引っぱたかれたいのか?」
「じゃあやってみろよ。お前が叩けば叩くほど俺は元気になる。ほらほら、やれよ!」
白洛因は信じられなかった。
「ここは車庫だぞ」
「車庫がどうした。うちの家のだぞ。俺たち以外誰が入って来るんだ?」
白洛因はバックミラーに映った自分の歪んだ顔を見た。赤くなり、恥ずかしさと憤怒が入り混じり、抗いたくても本気ではない顔だ。次の瞬間、天地が入れ替わり、車の天井といやらしい顔をしたイケメンしか見えなくなる。
車は激しく揺れ、中には煽情的な喘ぎ声が満ちる。白洛因は低く吠え、車のシートに崩れ落ちた。額を車窓に押し付け、まだ興奮の余韻から冷めやらず、ぼんやりと漆黒の壁を見つめる。けだるくて何もしたくなかった。
顧海は白洛因を自分の側に引き寄せ、手で首を支えて無理やり目を合わせる。
「お前は俺のものだ」
顧海は言い切る。白洛因は唇を動かそうとしたが、何も言わなかった。
「俺は無限にお前を許すし、譲るし、お前のすべての要求に応える。だが一点だけ覚えておけ。お前の心に別の人間が入り込むことだけは永久に許せない」
顧海の鋭い視線が彼の心に隠された不安を炙り出す。そうだ。彼は恐れていたのだ。より高圧的な態度を取ったのは不安の表れだった。深みに嵌れば嵌るほど、抜け出せなくなる。彼は白洛因を失うわけにはいかなかった。考えることさえしたくない。
「もし俺に疚しいことをしたなら、容赦しないぞ」
白洛因は目を逸らす。顧海はまた彼の顔を引き戻した。
「本当だぞ。俺がもし本当に残酷になったら、お前は一生恐怖に晒されることになる」
次の日、白洛因は本当に彼の新しい車で路上を運転した。まだ慣れないのでスピードが出せず、顧海は隣でからかった。
「あそこにいる車椅子の男と競争してるのか?」
白洛因は顧海に笑われても無視し、自分の速度を守り、二時間近くかけてようやく目的地へ着いた。温水プールで泳ぐ人は少なく、二人は着替えてすぐプールに入った。温水とはいえ、入るときにはやはり冷たい。だが広いプールでしばらく泳いでいると徐々に温まってきた。
「やるな。速いじゃないか」
顧海はこっそり手を伸ばして白洛因の腰を掴む。白洛因は猛然と顧海の頭を水に沈め、両足で水を蹴って魚のようにさっと泳ぎ去った。顧海はプールから上がって十メートルのジャンプ台に行き、白洛因に向かって口笛を吹く。
白洛因が目を向けると顧海はさっと身を躍らせ、まるで教科書のように美しい姿勢で一直線に着水し、水面に綺麗な円を描いた。白洛因は目を大きく見張る。カッコ良すぎるだろう! 飛び込みの技術は基本的な経験がなければ、十メートルはもちろんのこと、三メートルでも水面にぶつかって大変なことになる。飛び込み台のあるプールの水温は低く、顧海はそこから上がって温水プールへ戻り、体を温めようとした。頭まで浸かってから上がって来ると、白洛因の姿がどこにも見当たらない。
突然口笛が聞こえ、顧海は愕然とする。
「危ないから飛び込むな!」
顧海は大声で吠えたが時すでに遅く、白洛因の体は垂直に水の中に飛び込んだ。姿勢は八割から九割方綺麗に真似できていたが、水に潜った後、まったく上がってこない。顧海は狂ったようにそちらに泳いでいき、白洛因が飛び込んだあたりに潜ってみたが、白洛因の姿はない。その付近を泳いで探しても見つからない。息が続かなくなって仕方なく水面から顔を出し、大きく息を吸い込んでもう一度潜ろうとしたとき、突然下半身がひんやりした。
隣に飛沫が立ち、それがプールサイドへ向かう。白洛因は水から顔を出して顧海の水着を手に持ち、大喜びしていた。
「上がって来いよ。もうすぐ時間だぞ」
顧海は凶悪な顔で白洛因を睨みつけた。
「こっちによこせよ」
「スケベなことが大好きなんだろう? 思う存分見せびらかせばいい」
白洛因がそう言った直後、プールに数名の美女がやってきて、笑いながらプールに入る。顧海は自分の股間に目をやった。プールの水はなんでこんなに澄んでいるんだ。俺様を殺す気か? そう思ったとき、美女たちはこちらに向かって泳いでくる。顧海は裸のまま泳いで彼らから離れるしかなかった。すると白洛因はプールサイドで叫ぶ。
「誰が水着をここに落としたんだ?」
顧海は追い詰められ、白い歯をむき出した。美女たちは白洛因が持っている水着を見てみんな顔を赤らめ、思わず目を逸らしながら罵る。
「誰がこんなことをするの? クソスケベ!」
顧海は体面を失い、いっそ水の底に潜ったまま消えてしまいたくなった。白洛因は笑いすぎてしゃがみこむ。だが最後にはやはり水着を顧海に返してやった。その報復は更衣室に戻ってからたっぷりと受け、顧海にひとしきりいじめられたのだった。
またも忙しい期末テストの時期がやってきた。頻繁に行われる模擬テストや大量の宿題に生徒たちは頭を悩ませる。教師たちは密かに競い合い、嬉々として授業を延長した。以前は明るいうちに帰れたのに、今ではいつの間にか自習時間が一時間増え、毎日朝から晩まで勉強漬けだった。詰め込み式学習の結果、白洛因はまた授業中に居眠りを始めた。顧海同志が丹精込めて世話をしたおかげで白洛因はこの悪い習慣からやっと抜け出せたのに、こうなっては顧海にもどうすることもできない。山積みの宿題はやらないわけにもいかず、眠らないわけにもいかない。イチャイチャも必要不可欠だ。
自習の時間、白洛因は問題を解いているうちに寝てしまった。顧海はそれを見て胸が痛くなり、今晩はイチャイチャせずに寝ようと決意する。それから引き出しからダウンを取り出し、白洛因にかけてやった。
静かだった教室が突然ざわつく。多くのクラスメートが首を伸ばして後ろを見た。正確に言うと、後ろのドアを見た。つまらない自習時間に少しでも刺激を与えれば、学生たちは当然騒ぎ出す。しかもこの刺激はまったく小さくはない。後ろの戸口にすごい美女が立っていたのだ。顧海はそこから近い場所に座っていたのでよく見えた。猛女好きな顧海でも認めざるを得ない。確かに彼女は綺麗だった。美しすぎてここには少し場違いなくらいだ。皮膚は透き通るように白く、目元のラインは西洋人のようだ。彫が深くて瞳には力があり、もの言いたげに見える。スタイルも抜群で、腰は細く胸は大きく、足は長い。彼女は高級ブランドの服に身を包み、優美で気品があった。
流行りの言葉で言うと、“白富美”(色白で金があり美しく、三拍子揃っている)だ。
だから教室中の“穷矮搓”(貧しく背が低く見た目も悪い)たちはそわそわと落ち着かなくなり、凝視するあまり視線で彼女のすべてを剥ぎ取る勢いだった。
何しにきたんだ? そんなに洒落込んで廊下に立つなんて、俺たちの忍耐力を試しているのか?
この女子はただものではなかった。こんなに大勢に凝視されているのにまるで臆することなく落ち着き払っている。
彼女はずっと誰かを見つめていた。
授業が終わると、まだ誰も動かないうちに彼女は教室の中に入ってきた。顧海の視線を浴びながら白洛因の前でしゃがみこみ、頬杖をついて上目遣いに笑った。それも鳥肌が立つほどの甘い笑顔だ。いったいどういうことだ? 俺の目の前で俺の“媳婦”を誘惑するつもりか? いい度胸だ。身の程知らずめ、お前は命が惜しくないようだな!
「何の用だ?」
顧海は冷たく問いかけた。女の子は視線を顧海の顔に移し、一足早く桃の花が咲くように魅力的な笑顔を浮かべる。
「用はないわ」
それからまた引き続き深く情を込めた視線を眠る彼に向け続けた。顧海は内心牙をむく。俺はなんで男の面子を保ってなきゃならないんだ?
教室は異様に盛り上がり、男子たちの視線は嫉妬や野次馬的な理由で無数に注がれた。こんなすごい美女がなぜ俺のところに来ない? どうして白洛因だけがいい目を見るんだ?
白洛因は相変わらず健やかに眠っていたが、彼女はまったく機嫌を損ねることなく、近くから椅子を引っ張って来て座り、頬杖をついて静かに黙って白洛因を眺め、自然に彼の目が覚めるのを待っていた。顧海は確信した。この女は白洛因が休み時間中に目を覚まさなければ、次の授業中も待ち続け、また次の休み時間に必ずここに来るだろう。
この来訪者は不吉だ。
先に我慢の限界を迎えたのは尤其だった。彼は白洛因の前に座っているので、この美女が側に来ると香りが強すぎて鼻炎を起こすのだ。そこで向きを変え、白洛因の机を叩く。
「起きろ、お前に客が来たぞ」
白洛因が嫌々身を起こすと、目も開かないうちから周囲の囃し声に気づく。
「起きた?」
白洛因は自分が夢を見ているのかと思った。表情は瞬時に凍りつき、茫然として言葉も出ない。美女は白洛因の前でひらひらと手を振る。
「どうしたの? こんなに早く私を忘れてしまったの?」
白洛因はなんとか気を取り直して尋ねた。
「なんで帰国したんだ?」
『帰国』の二文字を聞いた途端、顧海の血は凍りつき、心臓や肺、五臓六腑がすべて動きを止めた。石慧……白洛因が最初に酒に酔って彼女の名前を呼んだときや緊張の面持ちで彼女の電話を受けたとき、顧海は相手の女子に対して大きな好奇心を抱いていた。彼にとってはこの女子は仮想敵でしかなく、まさか突然生きて自分の目の前に現れるとは思ってもみなかった。しかも、こんな強力な美貌を兼ね備えて。
美しく、蠱惑的……白洛因の好みにぴったり合っている。
顧海は彼らがベッドの中にいるとき、白洛因の喘ぐ表情まで想像できた。彼女の誘惑を彼は拒まないはずだ。罵って追いやったりせず飢えた獣のように押し倒して綺麗に平らげ、一回では飽き足らず二回戦に突入し、事後には「ベイビー、ベイビー」と叫んで睦言を甘く囁き、三回戦のために十分な準備を整えるだろう……。顧海は心臓から血を吹き出しそうになった。
授業開始のベルが鳴ると、石慧は小声で白洛因に告げる。
「外で待ってるわ」
それから蠱惑的な姿勢で歩いて教室を出ていき、ふたたび後ろのドアのところに立った。
次の一時間、顧海は何もせずに脳内で軍事演習を行った。彼は図面を手に持ち、そこに戦略的配置を書き込んで説明する。隣には部下と数千人の陸軍将校や兵士が立っていた。 同じ憎しみを共有し団結した彼らは、足元の大地を守るため、自らの首を差し出して血を流し、尊い命を犠牲にすることも厭わない。
白洛因の心も千々に乱れていた。教室の外に立っている相手は手強く、後ろに座っている相手はさらに手強い。背後から鋭い視線を感じて思わず振り返ると、同時に二人分の目が視界に入った。ひとりは笑っている。本当の笑顔だ。もうひとりも笑っていたが、冷笑だ。
白洛因はすぐに前に向き直った。
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