103 / 111
第十二章
6
しおりを挟む
その後数日はとても静かで、石慧から電話がかかってくることもなく、白洛因の心は徐々に落ち着きを取り戻した。もしかしたら本当にあの日は周囲に触発されて感情の制御を失い、電話をかけてきただけなのかもしれない。失恋後の狂乱は誰もが経験するだろう。きっと徐々に過去になっていくのだ。
あっという間に元旦がやってきて、二人は実家の中庭で過ごした。
鄒おばさんと白漢旗は厨房で忙しく働き、白洛因は部屋の中で自分の持ち物を片付け、顧海は中庭で子供をからかっていた。
鄒おばさんの息子の名前は孟通天という。小さいが生意気で、七歳にして悩みに満ちている。
「そんなに小さいのに何をそんなに悩むことがあるんだ?」
顧海が尋ねると、孟通天はため息をつき、小さな口を動かしながら言いよどんだ。
顧海は悪い笑みを浮かべて彼の手を取る。
「彼女がいるのか?」
孟通天はしばし苦笑を浮かべた。
「いるのか? それともいないのか?」
「まあ、いるといってもいいのかな」
顧海は大きな手で孟通天の細い足をつねり、狂ったように笑った。このガキはおもしろい。孟通天は顧海の感情につられることなく、やはりぼんやりしていたが、しばらくして言った。
「女にふりまわされて死にそうだよ」
「女?」
孟通天は肩をすくめ、足で地面にのの字を書いた。
「彼女だよ」
顧海は心の底から理解し、彼を揶揄い続ける。
「彼女はどんなふうにお前を虐めるんだ?」
「イエスもノーも言わないんだ。俺をもてあそんでるのかな?」
顧海は大笑いをして、孟通天を叩く。
「お前はまさしく俺の弟だ。一緒にがんばろうぜ!」
そのとき、白洛因の携帯電話が鳴った。彼の携帯はリュックの中にあり、リュックは戸口の椅子の上に置いてある。彼は寝室にいて聞こえないようなので、顧海が電話を受けた。
「もしもし?」
相手はしばらく黙り込んでから口を開く。
「白洛因は?」
綺麗な声の女で、正しい標準語の発音だった。発音は正確で美しく、声色もやわらかい。聞いただけで相手の綺麗な顔が浮かぶ。もしこの声の主が顧海にかかってきたら彼はドキッとしただろうが、白洛因にかかって来たなら話は別だ。
「お前は誰だ?」
顧海の問いに、相手はとても丁寧に答えた。
「ごめんなさい。私は白洛因と話がしたいの。申し訳ないけど携帯電話を彼に渡してくれる?」
顧海は暗い声で返す。
「お前が誰だか言わなければ、俺は奴につながない」
相手は二秒ほど黙ってから答えた。
「私は彼の彼女よ」
顧海は冷笑し、激しく脅すように言った。
「お前が彼女だっていうなら、俺は奴の彼氏だ!」
そう言ってそのまま電話を切った。くだらない妄想女め……最初はそう思ったが、どうもおかしいと考え直した。相手は白洛因の名前を呼んだし、電話番号も知っている。確かに白洛因にかけたのだ。
今回はしっかり説明してもらうぞ。
白洛因は戸棚の中を片付けていて、偶然腕時計を見つけた。戸棚の奥底に長い間埋もれていたものだが、まだ新品のように光っていて、裏側には「慧」の字が刻まれている。もちろん石慧も同じものを持っていて、裏に「因」の字が刻まれている。カップル仕様のオーダーメイドで、高価な時計だ。
顧海が彼の後ろに立っていることに白洛因は気づかなかった。突然腕時計を奪い取り、顧海は親指で時計を撫でて笑った。
「いいじゃないか。どこぞのブランド品か?」
白洛因は黙ったままだ。どうやらこのことを話したくないらしい。顧海はひっくり返し、裏に刻まれた文字を見た。その途端、温かかった眼差しが一気に冷たく変わる。
「なんだ? 俺が目を離した隙に、お前はこっそり隠れて元カノを懐かしんでいたのか?」
顧海は膝で白洛因の尻を突いた。白洛因は沈んだ表情で腕時計を取り返し、元の場所に戻す。言い訳をするつもりはないようだった。顧海は絡み続ける。
「懐かしくなったのか? 心が揺れたのか? またロマンチックな昔の日々を思い出したか?」
白洛因は呆れたように顧海を見る。声には幾分ネガティブな感情が混じっていた。
「顧海、つまらないことを言うなよ。たまたま棚を片付けていたら出てきたからちょっと見ていただけだ。女みたいにうだうだ絡むなよ」
「誰が女みたいだって?」
顧海は怒り、白洛因の顎を掴む。
「冗談も言えないのかよ。誰が本気にする? それとも疚しいことがあるから怒るのか?」
白洛因の眼差しには暗い焔が上がる。
そのとき、携帯電話がまた鳴った。顧海が俯いて見ると、やはりさっきの番号だった。
「ほら、お前の彼女からだぞ」
それを聞いて白洛因は顔色を変える。もう隠しようがない。
「やっぱりお前の彼女なのか?」
顧海は軽く尋ねたが、心の中はちっとも軽くなかった。
白洛因は何も言わずに携帯を持って出ていく。
顧海は部屋に残され懸命に歯を噛みしめる。怒りに頭が破裂しそうだった。白洛因の表情が変わったあの瞬間、電話の相手が誰だかわかった。そして一連の疑問が湧いてくる。彼らはいつから連絡を取り合っていた? 俺が側にいないとき、こっそり電話をかけていたんじゃないか? 別れたんじゃなかったのか? なんで今でも自分を彼女だと言うんだ……。
人は妄想する生き物だ。特に恋愛中はその天賦の才能が最大限に発揮される。白洛因は顧海に背を向けて電話をしているので、表情は見えない。だが顧海の脳内では彼らの会話が再現されていた。慧ちゃん、俺に会いたい? 因子、すごく会いたいわ。さっきの変な男、あなたの彼氏だって言ってたけど。相手にしなくていい。あれはただの弟だ。本当? 因子、私本当はまだあなたが好きなの。シーッ、声を小さくしろ。あのバカに聞こえるからな。俺もお前が好きだよ……。
ないない、ありえない! 顧海はあえて自虐的な妄想をし、自分を死ぬほど苦しめた。
実際の会話はこうだった。
「石慧、もういい加減にしろよ。言うべきことは全部話しただろう。何度も繰り返したくないんだ」
「別れても私たち友達でしょう。おしゃべりもダメなの?」
「俺にとっては別れたら他人だ」
「白洛因、もし本当に気にしないんだったら、私と電話するのも構わないんじゃない?」
「俺は気にしなくても、気にする人がいる」
「……白洛因、どういう意味?」
「俺にはもう好きな人がいるんだ。じゃあな」
白洛因は電源を切り、部屋に戻ろうとしたとき、鄒おばさんの声が聞こえた。
「因子、ご飯よ。はやく大海を呼んできて」
顧海は部屋の中でまだ腹を立てている。白洛因は窓を叩き、冷たい声で告げた。
「出て来い、飯だぞ」
顧海はうまく感情を隠し、食事の間も楽しそうに笑っていた。さらにあれこれ料理を箸でつまんでは白洛因の茶碗に入れてくれ、しゃべったり笑ったりもした。だが白洛因はわかっていた。こいつは何か企んでいるかもしれない。時限爆弾が炸裂する前に手を打ったほうがいい。
午後、顧海は電話を受けて出かけて行った。白洛因は祖父母とともに過ごしていたが、あたりが暗くなってからやっと顧海は電話をよこした。口調はいつもと変わらず、「早くこっちに帰って来いよ」と催促する。だが白洛因は知っていた。顧海がこのままで済ませるはずがない。
扉を開けると、顧海はソファーで襟を正し、うやうやしく座っていた。
この様子だと裁判でも行うつもりか? 白洛因は近づく。
「開けてみろ」
顧海は平静な様子で言った。白洛因は少し驚き、ようやくローテーブルに置かれた大きな箱に気づく。いったいなんだ? 白洛因は疑惑に満ちて箱を開いた。
眩しくて目がくらみそうだ! プラチナのネックレス、金の腕輪、ダイアモンドの指輪、有名ブランドの時計……。
「なんだこれは」
白洛因は呆然とする。顧海は顎を上げた。
「お前にやる」
「俺にくれるって?」
白洛因は気づいた。すべてのものがペア仕様になっていて二つずつある。
顧海はソファーの上で身を起こし、白洛因の隣に座った。
「ほら、つけてやるよ」
白洛因はあわてて顧海を止める。
「どうかしてるぞ。俺みたいな男がこんなにアクセサリーをつけるわけがないだろう」
顧海は真面目に答えた。
「お前だけじゃない。俺もつける」
「午後どこに行ってたかと思えば、これを買ってたのか?」
「まだあるぞ」
そう言うと、顧海は隣にあった大きな箱を引き寄せ、中から色々取り出す。二人の名前が入ったリストバンド、名前の入ったベルト、二人の顔がプリントされたリュック、お互いのサイズが書かれたパンツ……箱の底が見えると、顧海は持ち上げてひっくり返す。金属音が二度響き、白洛因が拾い上げると、それはお互いの座右の銘が書かれた爪切りだった……。
白洛因は石のように固まった。
顧海に買えないものなどない。あるのは白洛因が思いつかないものだけだ。身につけて持ち運べるものはすべて二つずつ揃っている。
「そんな金がどこにあったんだ」
白洛因は赤くなったり青くなったりしながら問い詰める。顧海はポケットに手を突っ込み、煙草を咥えてまったく気にしない様子を見せた。
「兄さんが帰る前に二十万元くれた」
「それは当座の生活費にするって言っただろう」
顧海はソファーのひじ掛けに斜めに座り、淡々と答える。
「まだ少し残ってる。全部は使い切ってない」
「どれくらい残ってるんだ?」
白洛因は振り返り、アクセサリーが詰まった箱を見た。楽観的な状況ではない。顧海はポケットを探って二百元足らずの金を取り出すと、全部白洛因の手に押し込んだ。
白洛因は歯噛みをする。自分の金ではないとはいえ、胸が痛まないはずはない。
「顧海、たった二つの腕時計のためにここまでする必要があるか? こんな無駄遣いをしなくても、俺と彼女はよりを戻したりしないぞ」
顧海は静かに耳を傾けていたが、その瞬間突然顔色を変え、大股で白洛因の元へ近づき、彼の目を見て尋ねた。
「それは本当か?」
「お前を騙してどうするんだ」
顧海は白洛因の肩を強く揺さぶる。
「なんでもっと早く言わないんだ?」
白洛因は怒鳴る。
「お前が俺に言わせなかったんだろう!」
顧海は口を一文字に引き結び、白洛因の肩を叩いた。
「こっちに来てみろ」
白洛因は嫌な予感がした。二人は一緒にエレベーターに乗り、地下一階に行くと、顧海は鍵を取り出し自分の家の車庫を開ける。するとそこにはまったく同じ車が二台あった。一台は普段顧海が運転している車、新しい車はどうしたのか聞くまでもない。隣には二台の新しいマウンテンバイクが添えられている。
白洛因の顔は怒りで青くなった。顧海は軽く咳払いをする。
「カッとなってつい買っちまった」
白洛因は飛び上がって顧海の頭を叩きまくった。そして力尽き、悄然として尋ねる。
「金はどこからもってきたんだ?」
「母さんが俺に残した貯金を崩した」
白洛因は泣きたくなる。
「まさか家も買ったとか言うなよ?」
顧海は渋々答えた。
「お前も知ってるだろうが今の不動産はとても高くて、この金じゃ足りないけど、いずれ……」
「わあああああ」
白洛因は叫び、顧海の首を絞め、ギリギリと歯を噛みしめる。罵ろうにも口から言葉は出ず、何か言おうとしても喉が詰まる。白洛因は彼から手を放して壁際に蹲り、黙り込んだ。
顧海の母親に申し訳が立たない。白洛因は忸怩たる思いだった。金の問題じゃない。顧海が金持ちだと知ってはいても、それでも申し訳なさに胸が塞いだ。
「俺は後悔してないぞ!」
長い沈黙の後、顧海は突然口を開いた。それはまるで宣誓のようで、白洛因は怒りに顔色を変える。
「お前はしてなくても、俺が後悔してるんだ!」
こうなると知っていれば携帯をいつも肌身離さず持っていたのに、まさか彼女が突然電話をかけてきて、それをたまたま顧海が取るなんて思わなかった。
顧海は白洛因の隣に来てしゃがみ、彼の頭を撫でて慰める。
「気にするなよ。お前へのプレゼントで家を傾けても俺はかまわない。俺なんてまだたいしたことないぞ。少し前に見たニュースだと、ある男が彼女にネックレスを買うために自分の腎臓を売ったらしい。そいつに比べたら俺はまだまともだ。少なくとも自分の許容範囲内だし」
「そんなのと比べてどうするんだ」
白洛因は怒りに声を詰まらせた。
「そいつは頭がどうかしてるんだ」
「誰だって若い頃は衝動的だし、愛情のために喜んでバカなことをする。お前はまだそこまで俺を愛してないんだ。この野郎、お前の心にはまだ他の誰かがいるんじゃないか」
「また蒸し返すのか?」
白洛因は顧海を押しやる。顧海はぐらりと体を傾け、危うく尻もちをつくところだった。それから微妙に位置をずらし、白洛因と並んでしゃがみこむ。二人は互いに言葉もなく、そのまま蹲っていた。一月の寒さの中、気温が低い車庫で、互いに言葉にならない狂気を抱く。
しばらく経ってから顧海は煙草に火をつけ、白洛因に渡そうとしたが受け取らない。
「俺が買ったのはそもそも値打ちがあるものだぞ。金やダイヤモンドは投資だと思えばいい。いつか俺たちの金が足りなくなったら売ればいいんだし」
白洛因は怒りで内出血しそうになる。顧海は振り返って白洛因を眺め、手を伸ばして彼の頬を摘まむ。白洛因は身を躱したが、顧海はさらに手を伸ばし、白洛因の肩を引き寄せ、もう片方の手で彼の顎を擦った。
「そろそろ髭を剃らなきゃな。帰ったら剃ってやるよ」
白洛因はいいともダメだとも答えない。
「いいよ、もうなにも考えるな」
顧海は優しい言葉であやす。
「買っちまったものは仕方ない。もう少し喜べよ」
白洛因は変わらず表情を曇らせたままだった。顧海は顔を近づけ、白洛因の耳にキスをし、優しい声で呼び続ける。
「ベイビー、ベイビー、可愛いベイビー……」
いつもなら白洛因はとっくに張り飛ばしているだろうが、誰にでも心が弱っているときはある。白洛因は憤慨する一方で心の奥底まで申し訳なく思っていた。顧海の恥知らずな様子を見ていると、直接喉に噛みついてやりたい気持ちになる。
顧海は煙草の火をもみ消し、白洛因の手を引いて立ち上がらせた。
「ここでしゃがんでるのは寒すぎる。行くぞ。車の中に座ろう」
あっという間に元旦がやってきて、二人は実家の中庭で過ごした。
鄒おばさんと白漢旗は厨房で忙しく働き、白洛因は部屋の中で自分の持ち物を片付け、顧海は中庭で子供をからかっていた。
鄒おばさんの息子の名前は孟通天という。小さいが生意気で、七歳にして悩みに満ちている。
「そんなに小さいのに何をそんなに悩むことがあるんだ?」
顧海が尋ねると、孟通天はため息をつき、小さな口を動かしながら言いよどんだ。
顧海は悪い笑みを浮かべて彼の手を取る。
「彼女がいるのか?」
孟通天はしばし苦笑を浮かべた。
「いるのか? それともいないのか?」
「まあ、いるといってもいいのかな」
顧海は大きな手で孟通天の細い足をつねり、狂ったように笑った。このガキはおもしろい。孟通天は顧海の感情につられることなく、やはりぼんやりしていたが、しばらくして言った。
「女にふりまわされて死にそうだよ」
「女?」
孟通天は肩をすくめ、足で地面にのの字を書いた。
「彼女だよ」
顧海は心の底から理解し、彼を揶揄い続ける。
「彼女はどんなふうにお前を虐めるんだ?」
「イエスもノーも言わないんだ。俺をもてあそんでるのかな?」
顧海は大笑いをして、孟通天を叩く。
「お前はまさしく俺の弟だ。一緒にがんばろうぜ!」
そのとき、白洛因の携帯電話が鳴った。彼の携帯はリュックの中にあり、リュックは戸口の椅子の上に置いてある。彼は寝室にいて聞こえないようなので、顧海が電話を受けた。
「もしもし?」
相手はしばらく黙り込んでから口を開く。
「白洛因は?」
綺麗な声の女で、正しい標準語の発音だった。発音は正確で美しく、声色もやわらかい。聞いただけで相手の綺麗な顔が浮かぶ。もしこの声の主が顧海にかかってきたら彼はドキッとしただろうが、白洛因にかかって来たなら話は別だ。
「お前は誰だ?」
顧海の問いに、相手はとても丁寧に答えた。
「ごめんなさい。私は白洛因と話がしたいの。申し訳ないけど携帯電話を彼に渡してくれる?」
顧海は暗い声で返す。
「お前が誰だか言わなければ、俺は奴につながない」
相手は二秒ほど黙ってから答えた。
「私は彼の彼女よ」
顧海は冷笑し、激しく脅すように言った。
「お前が彼女だっていうなら、俺は奴の彼氏だ!」
そう言ってそのまま電話を切った。くだらない妄想女め……最初はそう思ったが、どうもおかしいと考え直した。相手は白洛因の名前を呼んだし、電話番号も知っている。確かに白洛因にかけたのだ。
今回はしっかり説明してもらうぞ。
白洛因は戸棚の中を片付けていて、偶然腕時計を見つけた。戸棚の奥底に長い間埋もれていたものだが、まだ新品のように光っていて、裏側には「慧」の字が刻まれている。もちろん石慧も同じものを持っていて、裏に「因」の字が刻まれている。カップル仕様のオーダーメイドで、高価な時計だ。
顧海が彼の後ろに立っていることに白洛因は気づかなかった。突然腕時計を奪い取り、顧海は親指で時計を撫でて笑った。
「いいじゃないか。どこぞのブランド品か?」
白洛因は黙ったままだ。どうやらこのことを話したくないらしい。顧海はひっくり返し、裏に刻まれた文字を見た。その途端、温かかった眼差しが一気に冷たく変わる。
「なんだ? 俺が目を離した隙に、お前はこっそり隠れて元カノを懐かしんでいたのか?」
顧海は膝で白洛因の尻を突いた。白洛因は沈んだ表情で腕時計を取り返し、元の場所に戻す。言い訳をするつもりはないようだった。顧海は絡み続ける。
「懐かしくなったのか? 心が揺れたのか? またロマンチックな昔の日々を思い出したか?」
白洛因は呆れたように顧海を見る。声には幾分ネガティブな感情が混じっていた。
「顧海、つまらないことを言うなよ。たまたま棚を片付けていたら出てきたからちょっと見ていただけだ。女みたいにうだうだ絡むなよ」
「誰が女みたいだって?」
顧海は怒り、白洛因の顎を掴む。
「冗談も言えないのかよ。誰が本気にする? それとも疚しいことがあるから怒るのか?」
白洛因の眼差しには暗い焔が上がる。
そのとき、携帯電話がまた鳴った。顧海が俯いて見ると、やはりさっきの番号だった。
「ほら、お前の彼女からだぞ」
それを聞いて白洛因は顔色を変える。もう隠しようがない。
「やっぱりお前の彼女なのか?」
顧海は軽く尋ねたが、心の中はちっとも軽くなかった。
白洛因は何も言わずに携帯を持って出ていく。
顧海は部屋に残され懸命に歯を噛みしめる。怒りに頭が破裂しそうだった。白洛因の表情が変わったあの瞬間、電話の相手が誰だかわかった。そして一連の疑問が湧いてくる。彼らはいつから連絡を取り合っていた? 俺が側にいないとき、こっそり電話をかけていたんじゃないか? 別れたんじゃなかったのか? なんで今でも自分を彼女だと言うんだ……。
人は妄想する生き物だ。特に恋愛中はその天賦の才能が最大限に発揮される。白洛因は顧海に背を向けて電話をしているので、表情は見えない。だが顧海の脳内では彼らの会話が再現されていた。慧ちゃん、俺に会いたい? 因子、すごく会いたいわ。さっきの変な男、あなたの彼氏だって言ってたけど。相手にしなくていい。あれはただの弟だ。本当? 因子、私本当はまだあなたが好きなの。シーッ、声を小さくしろ。あのバカに聞こえるからな。俺もお前が好きだよ……。
ないない、ありえない! 顧海はあえて自虐的な妄想をし、自分を死ぬほど苦しめた。
実際の会話はこうだった。
「石慧、もういい加減にしろよ。言うべきことは全部話しただろう。何度も繰り返したくないんだ」
「別れても私たち友達でしょう。おしゃべりもダメなの?」
「俺にとっては別れたら他人だ」
「白洛因、もし本当に気にしないんだったら、私と電話するのも構わないんじゃない?」
「俺は気にしなくても、気にする人がいる」
「……白洛因、どういう意味?」
「俺にはもう好きな人がいるんだ。じゃあな」
白洛因は電源を切り、部屋に戻ろうとしたとき、鄒おばさんの声が聞こえた。
「因子、ご飯よ。はやく大海を呼んできて」
顧海は部屋の中でまだ腹を立てている。白洛因は窓を叩き、冷たい声で告げた。
「出て来い、飯だぞ」
顧海はうまく感情を隠し、食事の間も楽しそうに笑っていた。さらにあれこれ料理を箸でつまんでは白洛因の茶碗に入れてくれ、しゃべったり笑ったりもした。だが白洛因はわかっていた。こいつは何か企んでいるかもしれない。時限爆弾が炸裂する前に手を打ったほうがいい。
午後、顧海は電話を受けて出かけて行った。白洛因は祖父母とともに過ごしていたが、あたりが暗くなってからやっと顧海は電話をよこした。口調はいつもと変わらず、「早くこっちに帰って来いよ」と催促する。だが白洛因は知っていた。顧海がこのままで済ませるはずがない。
扉を開けると、顧海はソファーで襟を正し、うやうやしく座っていた。
この様子だと裁判でも行うつもりか? 白洛因は近づく。
「開けてみろ」
顧海は平静な様子で言った。白洛因は少し驚き、ようやくローテーブルに置かれた大きな箱に気づく。いったいなんだ? 白洛因は疑惑に満ちて箱を開いた。
眩しくて目がくらみそうだ! プラチナのネックレス、金の腕輪、ダイアモンドの指輪、有名ブランドの時計……。
「なんだこれは」
白洛因は呆然とする。顧海は顎を上げた。
「お前にやる」
「俺にくれるって?」
白洛因は気づいた。すべてのものがペア仕様になっていて二つずつある。
顧海はソファーの上で身を起こし、白洛因の隣に座った。
「ほら、つけてやるよ」
白洛因はあわてて顧海を止める。
「どうかしてるぞ。俺みたいな男がこんなにアクセサリーをつけるわけがないだろう」
顧海は真面目に答えた。
「お前だけじゃない。俺もつける」
「午後どこに行ってたかと思えば、これを買ってたのか?」
「まだあるぞ」
そう言うと、顧海は隣にあった大きな箱を引き寄せ、中から色々取り出す。二人の名前が入ったリストバンド、名前の入ったベルト、二人の顔がプリントされたリュック、お互いのサイズが書かれたパンツ……箱の底が見えると、顧海は持ち上げてひっくり返す。金属音が二度響き、白洛因が拾い上げると、それはお互いの座右の銘が書かれた爪切りだった……。
白洛因は石のように固まった。
顧海に買えないものなどない。あるのは白洛因が思いつかないものだけだ。身につけて持ち運べるものはすべて二つずつ揃っている。
「そんな金がどこにあったんだ」
白洛因は赤くなったり青くなったりしながら問い詰める。顧海はポケットに手を突っ込み、煙草を咥えてまったく気にしない様子を見せた。
「兄さんが帰る前に二十万元くれた」
「それは当座の生活費にするって言っただろう」
顧海はソファーのひじ掛けに斜めに座り、淡々と答える。
「まだ少し残ってる。全部は使い切ってない」
「どれくらい残ってるんだ?」
白洛因は振り返り、アクセサリーが詰まった箱を見た。楽観的な状況ではない。顧海はポケットを探って二百元足らずの金を取り出すと、全部白洛因の手に押し込んだ。
白洛因は歯噛みをする。自分の金ではないとはいえ、胸が痛まないはずはない。
「顧海、たった二つの腕時計のためにここまでする必要があるか? こんな無駄遣いをしなくても、俺と彼女はよりを戻したりしないぞ」
顧海は静かに耳を傾けていたが、その瞬間突然顔色を変え、大股で白洛因の元へ近づき、彼の目を見て尋ねた。
「それは本当か?」
「お前を騙してどうするんだ」
顧海は白洛因の肩を強く揺さぶる。
「なんでもっと早く言わないんだ?」
白洛因は怒鳴る。
「お前が俺に言わせなかったんだろう!」
顧海は口を一文字に引き結び、白洛因の肩を叩いた。
「こっちに来てみろ」
白洛因は嫌な予感がした。二人は一緒にエレベーターに乗り、地下一階に行くと、顧海は鍵を取り出し自分の家の車庫を開ける。するとそこにはまったく同じ車が二台あった。一台は普段顧海が運転している車、新しい車はどうしたのか聞くまでもない。隣には二台の新しいマウンテンバイクが添えられている。
白洛因の顔は怒りで青くなった。顧海は軽く咳払いをする。
「カッとなってつい買っちまった」
白洛因は飛び上がって顧海の頭を叩きまくった。そして力尽き、悄然として尋ねる。
「金はどこからもってきたんだ?」
「母さんが俺に残した貯金を崩した」
白洛因は泣きたくなる。
「まさか家も買ったとか言うなよ?」
顧海は渋々答えた。
「お前も知ってるだろうが今の不動産はとても高くて、この金じゃ足りないけど、いずれ……」
「わあああああ」
白洛因は叫び、顧海の首を絞め、ギリギリと歯を噛みしめる。罵ろうにも口から言葉は出ず、何か言おうとしても喉が詰まる。白洛因は彼から手を放して壁際に蹲り、黙り込んだ。
顧海の母親に申し訳が立たない。白洛因は忸怩たる思いだった。金の問題じゃない。顧海が金持ちだと知ってはいても、それでも申し訳なさに胸が塞いだ。
「俺は後悔してないぞ!」
長い沈黙の後、顧海は突然口を開いた。それはまるで宣誓のようで、白洛因は怒りに顔色を変える。
「お前はしてなくても、俺が後悔してるんだ!」
こうなると知っていれば携帯をいつも肌身離さず持っていたのに、まさか彼女が突然電話をかけてきて、それをたまたま顧海が取るなんて思わなかった。
顧海は白洛因の隣に来てしゃがみ、彼の頭を撫でて慰める。
「気にするなよ。お前へのプレゼントで家を傾けても俺はかまわない。俺なんてまだたいしたことないぞ。少し前に見たニュースだと、ある男が彼女にネックレスを買うために自分の腎臓を売ったらしい。そいつに比べたら俺はまだまともだ。少なくとも自分の許容範囲内だし」
「そんなのと比べてどうするんだ」
白洛因は怒りに声を詰まらせた。
「そいつは頭がどうかしてるんだ」
「誰だって若い頃は衝動的だし、愛情のために喜んでバカなことをする。お前はまだそこまで俺を愛してないんだ。この野郎、お前の心にはまだ他の誰かがいるんじゃないか」
「また蒸し返すのか?」
白洛因は顧海を押しやる。顧海はぐらりと体を傾け、危うく尻もちをつくところだった。それから微妙に位置をずらし、白洛因と並んでしゃがみこむ。二人は互いに言葉もなく、そのまま蹲っていた。一月の寒さの中、気温が低い車庫で、互いに言葉にならない狂気を抱く。
しばらく経ってから顧海は煙草に火をつけ、白洛因に渡そうとしたが受け取らない。
「俺が買ったのはそもそも値打ちがあるものだぞ。金やダイヤモンドは投資だと思えばいい。いつか俺たちの金が足りなくなったら売ればいいんだし」
白洛因は怒りで内出血しそうになる。顧海は振り返って白洛因を眺め、手を伸ばして彼の頬を摘まむ。白洛因は身を躱したが、顧海はさらに手を伸ばし、白洛因の肩を引き寄せ、もう片方の手で彼の顎を擦った。
「そろそろ髭を剃らなきゃな。帰ったら剃ってやるよ」
白洛因はいいともダメだとも答えない。
「いいよ、もうなにも考えるな」
顧海は優しい言葉であやす。
「買っちまったものは仕方ない。もう少し喜べよ」
白洛因は変わらず表情を曇らせたままだった。顧海は顔を近づけ、白洛因の耳にキスをし、優しい声で呼び続ける。
「ベイビー、ベイビー、可愛いベイビー……」
いつもなら白洛因はとっくに張り飛ばしているだろうが、誰にでも心が弱っているときはある。白洛因は憤慨する一方で心の奥底まで申し訳なく思っていた。顧海の恥知らずな様子を見ていると、直接喉に噛みついてやりたい気持ちになる。
顧海は煙草の火をもみ消し、白洛因の手を引いて立ち上がらせた。
「ここでしゃがんでるのは寒すぎる。行くぞ。車の中に座ろう」
13
あなたにおすすめの小説
先輩たちの心の声に翻弄されています!
七瀬
BL
人と関わるのが少し苦手な高校1年生・綾瀬遙真(あやせとうま)。
ある日、食堂へ向かう人混みの中で先輩にぶつかった瞬間──彼は「触れた相手の心の声」が聞こえるようになった。
最初に声を拾ってしまったのは、対照的な二人の先輩。
乱暴そうな俺様ヤンキー・不破春樹(ふわはるき)と、爽やかで優しい王子様・橘司(たちばなつかさ)。
見せる顔と心の声の落差に戸惑う遙真。けれど、彼らはなぜか遙真に強い関心を示しはじめる。
****
三作目の投稿になります。三角関係の学園BLですが、なるべくみんなを幸せにして終わりますのでご安心ください。
ご感想・ご指摘など気軽にコメントいただけると嬉しいです‼️
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?
perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。
その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。
彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。
……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。
口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。
――「光希、俺はお前が好きだ。」
次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。
アイドルくん、俺の前では生活能力ゼロの甘えん坊でした。~俺の住み込みバイト先は後輩の高校生アイドルくんでした。
天音ねる(旧:えんとっぷ)
BL
家計を助けるため、住み込み家政婦バイトを始めた高校生・桜井智也。豪邸の家主は、寝癖頭によれよれTシャツの青年…と思いきや、その正体は学校の後輩でキラキラ王子様アイドル・橘圭吾だった!?
学校では完璧、家では生活能力ゼロ。そんな圭吾のギャップに振り回されながらも、世話を焼く日々にやりがいを感じる智也。
ステージの上では完璧な王子様なのに、家ではカップ麺すら作れない究極のポンコツ男子。
智也の作る温かい手料理に胃袋を掴まれた圭吾は、次第に心を許し、子犬のように懐いてくる。
「先輩、お腹すいた」「どこにも行かないで」
無防備な素顔と時折見せる寂しげな表情に、智也の心は絆されていく。
住む世界が違うはずの二人。秘密の契約から始まる、甘くて美味しい青春ラブストーリー!
地味な俺は、メイクしてくるあいつから逃げたい!!
むいあ
BL
___「メイクするなー!帰らせろー!!」___
俺、七瀬唯斗はお父さんとお母さん、先生の推薦によって風上高校に入ることになった高校一年生だ。
風上高校には普通科もあるが、珍しいことに、芸能科とマネージメント科、そしてスタイリスト科もあった。
俺は絶対目立ちたくないため、もちろん普通科だ。
そして入学式、俺の隣は早川茜というスタイ履修科の生徒だった。
まあ、あまり関わらないだろうと思っていた。
しかし、この学校は科が交わる「交流会」があって、早川茜のモデルに選ばれてしまって!?
メイクのことになると少し強引な執着攻め(美形)×トラウマ持ちの逃げたい受け(地味な格好してる美形)
溺愛極道と逃げたがりのウサギ
イワキヒロチカ
BL
完全会員制クラブでキャストとして働く湊には、忘れられない人がいた。
想い合いながら、…想っているからこそ逃げ出すしかなかった初恋の相手が。
悲しい別れから五年経ち、少しずつ悲しみも癒えてきていたある日、オーナーが客人としてクラブに連れてきた男はまさかの初恋の相手、松平竜次郎その人で……。
※本編完結済。アフター&サイドストーリー更新中。
二人のその後の話は【極道とウサギの甘いその後+ナンバリング】、サイドストーリー的なものは【タイトル(メインになるキャラ)】で表記しています。
【完結】俺とあの人の青い春
月城雪華
BL
高校一年の夏、龍冴(りょうが)は二つ上の先輩である椰一(やいち)と付き合った。
けれど、告白してくれたにしては制限があまりに多過ぎると思っていた。
ぼんやりとした不信感を抱いていたある日、見知らぬ相手と椰一がキスをしている場面を目撃してしまう。
けれど友人らと話しているうちに、心のどこかで『椰一はずっと前から裏切っていた』と理解していた。
それでも悲しさで熱い雫が溢れてきて、ひと気のない物陰に座り込んで泣いていると、ふと目の前に影が差す。
「大丈夫か?」
涙に濡れた瞳で見上げると、月曜日の朝──その数日前にも件の二人を見掛け、書籍を落としたのだがわざわざ教室まで届けてくれたのだ──にも会った、一学年上の大和(やまと)という男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる