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第6章
大罪
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(お母さんを助けなきゃ…!)
先程までは父の異常な様子に怯えていたが、立ち上がってしまえば思いの外すんなりと動くことができた。
幸い両親は言い争っており、こちらの様子には気づいていない。この隙に、裕璃はそっとキッチンに忍び込み、普段あまり使用していない筋引き包丁を手に取った。
彼女が包丁の種類、ましてや名前など知る由もないが、筋引き包丁は普段使うものよりも細長い造りになっており、何かを斬るという目的を果たすには最も適していると言えた。
(お父さん、多分もう元には戻れないだろうな…このままじゃお母さんが殺されちゃう。…しょうがないよね)
ふと両親の様子を確認すると、父が母に包丁を振りかぶっていた。
「死ねぇぇえええ!!!」
(やばい…!!)
裕璃は全速力で父の背後に回ると。
ザシュッッッ
包丁を両腕で掲げ思い切り頸動脈を掻き切った。
「~ッ!!?!?」
父は高く血柱を立てながら、声を上げることもできずにそのまま崩れ落ちた。
(良かった!間に合った!)
しかし、ここで誰もが予想できなかった奇跡のような悲劇が訪れる。
サクッッ
(…えっ?)
裕璃は目の前に広がる現実があまりにも受け入れ難く、絶句した。
母の胸に包丁が刺さっている…!?
そう。父が包丁を振りかぶった際、刃先が下になるように握っていたため、崩れた勢いで正面にいた母を刺してしまったのだ。
実際には、憎しみに溺れた父が意識の途絶えようとする中コントロールしたことで母に刺さったのだが、裕璃はそんなこととも知らずに自責の念に苛まれた。
「ご、ごめんなさい…!!お母さん…!本当にごめんなさい!!死なないで!!待ってね、今すぐ救急車呼ぶから!!お願い!生きて…!!」
滂沱の涙を流し、震える指で近くにあった携帯から救急車を呼ぼうとすると、スッと手を添えられた。
「えっ…?」
「…ユリ…逃げて………はやく……」
裕璃は困惑した。瀕死の母が、救急車を呼ぶのを拒んでいるのだ。当然の反応だろう。
「なんで…!?このままじゃお母さん死んじゃうよ!!」
「誰かにこの現状を……ゔぅ…見られ…れば、貴女が犯罪…者に…なっ…ちゃう……早く…逃げなさ、い…」
そう言って儚く微笑むと、カクリと気を失った。
母の言葉を反芻し、ハッとする。
父の頸を斬ったのは確かに自分であるし、罪を犯したことには変わりない。
しかし、事の全貌を知る母はそれでも自らの命よりも、唯一の愛娘が全ての責任を負わないようにすることを優先したのだ。
裕璃はそのことに気づくと、涙を拭って亡命する決心をした。
「ありがとう…お母さん。ごめんね、お父さん。わたし、ちゃんと生き延びるよ」
救急車を呼ばずに逃げろと言われたが、母はもしかしたら助かるかもしれないと思うとやはり電話せずにはいられない。
そこで、救急車を呼んでから最低限の物を持って逃げることにした。
血塗れのまま外を歩く訳にはいかないが、風呂に入る余裕がある訳でもない。
椅子にかかっていた父の黒いパーカーを羽織り、フードを被ると血液のシミと顔を粗方隠すことができた。
僅かなお小遣いの入った財布と菓子パン、Tシャツをリュックにねじ込み家を出ようとすると、先程電話した救急車のサイレンが聞こえてきたため、裏口からそっと外に出る。
そして、全力疾走で少し離れた公園に着くと植え込みの陰に隠れて息を吐いた。
家の前には小さな人だかりができていた。
自分の家が三人家族であることは近所の人々に知られているので、これから探されるのは確実だろう。
(わたしがあんなこと言わなかったら、こんなことにならなかったのかな…)
再び零れた涙を拭い天を仰ぐと、一つも星が見られない、真っ黒な空が広がっていた。
(早く…遠くまで逃げなくちゃ…)
立ち上がろうとしたその時、人の気配を感じて中途半端な姿勢で身を強張らせた。
人影が通り過ぎるまで大人しくしているつもりだったが、バランスを保てずに小枝を踏みつけミシッと音を鳴らしてしまった。
(しまった…!)
声が出そうになり慌てて口を押さえつけたが無意味だったようで、足音がこちらに近づいてきたかと思うと裕璃の目の前で止まった。
「…こんな時間に植え込みの陰で何してるの?」
思いの外軽快な男性の声に少しだけフードを捲り顔を上げると、血痕の残る頬を見た男は軽く目を見開いた。
「ん?キミ、もしかしてさっきすぐそこで運ばれてった夫婦の子供ちゃん?なんか警察が娘がいないだの探せだの言ってたけど」
「……もしそうだって言ったら、お兄さんは通報しますか?」
震えつつも果敢に尋ねる裕璃を一瞥すると、男はクスリと笑って頭を撫でた。
「…しないよ。キミはこれからどうするつもりなの?」
「…分からない。けど、逃げなくちゃ」
「じゃあ取り敢えずうち来る?もう夜になっちゃってるし、行く宛もないんでしょ。お風呂も入っていいから」
裕璃としては今すぐにできるだけ遠くに行きたかったが、確かに血みどろのままではいけないし、一旦どこかに身を隠す必要があると判断し、ついて行くことにした。
「…よろしくお願いします」
「ん、キミ、名前は?」
「…裕璃、です」
苗字も言うべきか、と思ったが、自分が殺してしまった両親と同じ苗字を名乗ることは、今の裕璃にはできなかった。
「裕璃ちゃん、ね。俺の名前は律紀。じゃあ行こうか。できるだけ人気のない道を通るから安心して」
律紀と名乗る男はそう言うと、裕璃の手を引いて歩き出した。
「…血塗れの子供が怖くないの」
ぽつりと小さく尋ねると、律紀は笑って答えた。
「何か事情があるんでしょ~?そんな思いつめた顔しちゃってさ。ウチには訳アリの人間がたくさんいるから大丈夫。あ、中学生の女の子もいるんだ。仲良くなれるといいね~」
裕璃は律紀の、何かを察しながらも根掘り葉掘りと探らない対応に感謝した。
(この人に見つけられて良かったかもしれないな)
繋いだ手の温もりを感じながら、そんなことを思っていた。
先程までは父の異常な様子に怯えていたが、立ち上がってしまえば思いの外すんなりと動くことができた。
幸い両親は言い争っており、こちらの様子には気づいていない。この隙に、裕璃はそっとキッチンに忍び込み、普段あまり使用していない筋引き包丁を手に取った。
彼女が包丁の種類、ましてや名前など知る由もないが、筋引き包丁は普段使うものよりも細長い造りになっており、何かを斬るという目的を果たすには最も適していると言えた。
(お父さん、多分もう元には戻れないだろうな…このままじゃお母さんが殺されちゃう。…しょうがないよね)
ふと両親の様子を確認すると、父が母に包丁を振りかぶっていた。
「死ねぇぇえええ!!!」
(やばい…!!)
裕璃は全速力で父の背後に回ると。
ザシュッッッ
包丁を両腕で掲げ思い切り頸動脈を掻き切った。
「~ッ!!?!?」
父は高く血柱を立てながら、声を上げることもできずにそのまま崩れ落ちた。
(良かった!間に合った!)
しかし、ここで誰もが予想できなかった奇跡のような悲劇が訪れる。
サクッッ
(…えっ?)
裕璃は目の前に広がる現実があまりにも受け入れ難く、絶句した。
母の胸に包丁が刺さっている…!?
そう。父が包丁を振りかぶった際、刃先が下になるように握っていたため、崩れた勢いで正面にいた母を刺してしまったのだ。
実際には、憎しみに溺れた父が意識の途絶えようとする中コントロールしたことで母に刺さったのだが、裕璃はそんなこととも知らずに自責の念に苛まれた。
「ご、ごめんなさい…!!お母さん…!本当にごめんなさい!!死なないで!!待ってね、今すぐ救急車呼ぶから!!お願い!生きて…!!」
滂沱の涙を流し、震える指で近くにあった携帯から救急車を呼ぼうとすると、スッと手を添えられた。
「えっ…?」
「…ユリ…逃げて………はやく……」
裕璃は困惑した。瀕死の母が、救急車を呼ぶのを拒んでいるのだ。当然の反応だろう。
「なんで…!?このままじゃお母さん死んじゃうよ!!」
「誰かにこの現状を……ゔぅ…見られ…れば、貴女が犯罪…者に…なっ…ちゃう……早く…逃げなさ、い…」
そう言って儚く微笑むと、カクリと気を失った。
母の言葉を反芻し、ハッとする。
父の頸を斬ったのは確かに自分であるし、罪を犯したことには変わりない。
しかし、事の全貌を知る母はそれでも自らの命よりも、唯一の愛娘が全ての責任を負わないようにすることを優先したのだ。
裕璃はそのことに気づくと、涙を拭って亡命する決心をした。
「ありがとう…お母さん。ごめんね、お父さん。わたし、ちゃんと生き延びるよ」
救急車を呼ばずに逃げろと言われたが、母はもしかしたら助かるかもしれないと思うとやはり電話せずにはいられない。
そこで、救急車を呼んでから最低限の物を持って逃げることにした。
血塗れのまま外を歩く訳にはいかないが、風呂に入る余裕がある訳でもない。
椅子にかかっていた父の黒いパーカーを羽織り、フードを被ると血液のシミと顔を粗方隠すことができた。
僅かなお小遣いの入った財布と菓子パン、Tシャツをリュックにねじ込み家を出ようとすると、先程電話した救急車のサイレンが聞こえてきたため、裏口からそっと外に出る。
そして、全力疾走で少し離れた公園に着くと植え込みの陰に隠れて息を吐いた。
家の前には小さな人だかりができていた。
自分の家が三人家族であることは近所の人々に知られているので、これから探されるのは確実だろう。
(わたしがあんなこと言わなかったら、こんなことにならなかったのかな…)
再び零れた涙を拭い天を仰ぐと、一つも星が見られない、真っ黒な空が広がっていた。
(早く…遠くまで逃げなくちゃ…)
立ち上がろうとしたその時、人の気配を感じて中途半端な姿勢で身を強張らせた。
人影が通り過ぎるまで大人しくしているつもりだったが、バランスを保てずに小枝を踏みつけミシッと音を鳴らしてしまった。
(しまった…!)
声が出そうになり慌てて口を押さえつけたが無意味だったようで、足音がこちらに近づいてきたかと思うと裕璃の目の前で止まった。
「…こんな時間に植え込みの陰で何してるの?」
思いの外軽快な男性の声に少しだけフードを捲り顔を上げると、血痕の残る頬を見た男は軽く目を見開いた。
「ん?キミ、もしかしてさっきすぐそこで運ばれてった夫婦の子供ちゃん?なんか警察が娘がいないだの探せだの言ってたけど」
「……もしそうだって言ったら、お兄さんは通報しますか?」
震えつつも果敢に尋ねる裕璃を一瞥すると、男はクスリと笑って頭を撫でた。
「…しないよ。キミはこれからどうするつもりなの?」
「…分からない。けど、逃げなくちゃ」
「じゃあ取り敢えずうち来る?もう夜になっちゃってるし、行く宛もないんでしょ。お風呂も入っていいから」
裕璃としては今すぐにできるだけ遠くに行きたかったが、確かに血みどろのままではいけないし、一旦どこかに身を隠す必要があると判断し、ついて行くことにした。
「…よろしくお願いします」
「ん、キミ、名前は?」
「…裕璃、です」
苗字も言うべきか、と思ったが、自分が殺してしまった両親と同じ苗字を名乗ることは、今の裕璃にはできなかった。
「裕璃ちゃん、ね。俺の名前は律紀。じゃあ行こうか。できるだけ人気のない道を通るから安心して」
律紀と名乗る男はそう言うと、裕璃の手を引いて歩き出した。
「…血塗れの子供が怖くないの」
ぽつりと小さく尋ねると、律紀は笑って答えた。
「何か事情があるんでしょ~?そんな思いつめた顔しちゃってさ。ウチには訳アリの人間がたくさんいるから大丈夫。あ、中学生の女の子もいるんだ。仲良くなれるといいね~」
裕璃は律紀の、何かを察しながらも根掘り葉掘りと探らない対応に感謝した。
(この人に見つけられて良かったかもしれないな)
繋いだ手の温もりを感じながら、そんなことを思っていた。
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