【第一部完結】翡翠色の風に乗せて〜私はダメなんかじゃない〜

碧風瑠華

文字の大きさ
1 / 16

第一話 優雅なる拒絶 〜また貴方なの?〜

しおりを挟む
 「お嬢様、アランディル第三王子殿下がお見えです。ただいま庭園へご案内しております」

 侍女の言葉に、セリーヌは胸に手を当て、ひとつ深く息を吐いた。

 「また、先触れもなしに……心の準備をする暇もないわね」

 ポツリとつぶやく声には、諦めと絶望が滲んでいた。
 彼の存在を感じると未だに身体が強張る。

 伯爵家の娘である以上、逃げるわけにはいかない。
 セリーヌは覚悟を決め、ゆっくり庭園へと歩を進めた。



 第三王子アランディル・エル・クロワ。

 国王が若き日に隣国ノヴェラ王国へ留学していた折、大商家ヴァルモ家の令嬢との間にもうけた庶子である。

 王家に迎え入れられたのは二十歳を迎えてから。

 最近王族として公にされると、貴族社会はざわめいた。

 「嘘でしょう? 陛下がそんなことを?」
 「密かに憧れてましたのに」
 「本当に陛下の御子なのか? 騙されているのでは?」

 と、紳士らしからぬ笑みを浮かべ、国王を軽んじる者もいた。

 アランディルは甘やかされ、自由奔放に育った。
 縛られることも、何かの責任を負うこともないままに。

 周囲の媚びにも気付かず、女性たちの微笑みも恋情と勘違いしているのだ。
 「俺に惚れない女はいない」と、本人はこれを真実だと思い込んでいる。

 アランディルいわく

 「俺って見た目もいいし、意識高いし大変なんだよ」

 と、本気でかなり勘違いしている。

 ある日、側近の文官が申し出た。

 「広報院より、殿下の写像を広報用にいただきたいとのことです」

 「俺の幻影札を作る? いくらでもどうぞ。飛ぶように売れて足りなくなるよ」

 「いえ、国民への紹介のため、殿下のお姿を魔道具で写すだけです。今回は、声や動きを記録した幻影札の作成はありません」

 満面の笑みで話していたアランディルは、顔を曇らせた。

 「僕の幻影札が発売されないなんて……今頃、街のご婦人方の悲鳴が聞こえるようだよ」

 と、「作れ」と言わんばかりに、憂いをおびた表情で側近を見つめていた。

 そのやりとりを目撃したセリーヌは、本気で言ってることに、ますます彼に対し苦手意識が拭えなくなった。

 男爵家や子爵家の令嬢たちは、「素敵ですわね。国宝級の美男ですわ」と賞賛する者もいた。

 しかし、上位貴族の令嬢たちは冷ややかで、美形だと思う者はいなかった。
 それは、アランディルの魔導具開発院での振る舞いを知っているからだ。

 セリーヌは常々、「心のありようは顔に現れる」と思っている。

 (どこがどう素敵だというの? あれを美形というのは理解できないわ)と、心の内で溜息をついた。

 三か月前、セリーヌはアランディルの配下で、懸命に魔導具開発に取り組んでいた。
 が、アランディルの傲慢さにより職を辞した。
 辞職してまで距離を置いたにもかかわらず、たった三か月で彼の婚約者候補に選ばれてしまったのだ。

 三か月の間に、少しでも心身が回復していなければ、今この場にセリーヌは居られなかっただろう。

 王宮から婚約者候補の通達を受けた際、セリーヌは思わず「ふざけてますわ」と叫びそうになった。
 しかし、手にしていた扇がバキッと折れた音で冷静さを取り戻し、叫び声を飲み込んだ。

 とにもかくにも、王家からの命令であれば、伯爵家に断る権利はなかった。

 アランディルの婚約者候補は、王子妃としては珍しく下位貴族家も含まれていた。
 侯爵家三名、伯爵家・子爵家・男爵家一人ずつの計六名となっており、政治的配慮が透けて見えた。

 セリーヌのみ、アランディルが候補に加えたと噂が流れていた。



 セリーヌが庭園のガゼボに着いたとき、アランディルは足を組み替えながら、獲物をいたぶるような視線でセリーヌを見た。
 ニヤリと口角をあげて。

 「遅いね。待たせているという自覚はあるのかな?」

 手にしたティースプーンをくるくると回し、陽光を反射してセリーヌを指した。

 「僕はね、貴重な時間を、君のために割いているのだよ。わかってる?」

 叱責するでもなく諭すわけでもないその声は、ただただ不快だった。

 唇を舐めながら話すアランディルに、蛇の舌なめずりが重なって見えた。
 セリーヌは、微笑みを浮かべながら、身の周りに結界を張るイメージを作った。

 (おぞましき言葉の刃、どうか心まで届きませんように……頑張りなさい、わたくし)


 ガゼボに静かな緊張感が漂う。

 どうやって、このお茶会を乗り切ろうかしら……セリーヌの苦悩は続く。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

醜悪令息レオンの婚約

オータム
ファンタジー
醜悪な外見ゆえに誰からも恐れられ、避けられてきたレオン。 ある日、彼は自分が前世で遊んでいたシミュレーションRPGの世界に転生しており、 しかも“破滅が確定している悪役令嬢の弟”として生きていることに気付く。 このままでは、姉が理不尽な運命に呑まれてしまう。 怪しまれ、言葉を信じてもらえなくとも、レオンはただ一人、未来を変えるために立ち上がる――。 ※「小説家になろう」「カクヨム」にも投稿しています。

学園長からのお話です

ラララキヲ
ファンタジー
 学園長の声が学園に響く。 『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』  昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。  学園長の話はまだまだ続く…… ◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない) ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

豚公子の逆襲蘇生

ヤネコ
ファンタジー
肥満体の公爵令息ポルコは婚約者の裏切りを目撃し、憤死で生涯を終えるはずだった。だが、憤怒の中に燃え尽きたはずのポルコの魂は、社内政争に敗れ命を落とした男武藤の魂と混じり合う。 アニメ化も決定した超人気ロマンスファンタジー『婚約者の豚公子に虐げられていましたが隣国皇子様から溺愛されています』を舞台に、『舞台装置』と『負け犬』落伍者達の魂は、徹底した自己管理と泥塗れの知略で再点火する。 ※主人公の『原作知識』は断片的(広告バナーで見た一部分のみ)なものとなります。 己の努力と知略を武器に戦う、ハーレム・チート・聖人化無しの復讐ファンタジーです。 準備を重ねて牙を剥く、じっくり型主人公をお楽しみください。 【お知らせ】 エピローグ「溺れる愛より確かな」は 2026/02/28 より公開中です。

最後に言い残した事は

白羽鳥(扇つくも)
ファンタジー
 どうして、こんな事になったんだろう……  断頭台の上で、元王妃リテラシーは呆然と己を罵倒する民衆を見下ろしていた。世界中から尊敬を集めていた宰相である父の暗殺。全てが狂い出したのはそこから……いや、もっと前だったかもしれない。  本日、リテラシーは公開処刑される。家族ぐるみで悪魔崇拝を行っていたという謂れなき罪のために王妃の位を剥奪され、邪悪な魔女として。 「最後に、言い残した事はあるか?」  かつての夫だった若き国王の言葉に、リテラシーは父から教えられていた『呪文』を発する。 ※ファンタジーです。ややグロ表現注意。 ※「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載。

うるせえ私は聖職者だ!

頭フェアリータイプ
ファンタジー
ふとしたときに自分が聖女に断罪される悪役であると気がついた主人公は、、、

処理中です...