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第二話 静かな庭の嵐 〜邂逅〜
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夏の名残と秋の気配が交差する月。
陽射しはやわらかく、少しひんやりとした風が時折吹いてくる。ルクレ邸の庭園は、木々や花たちが、夏から秋に移りゆく季節を楽しんでいた。
色あせぬ緑の中には、ほのかに黄色が混じり始めた葉があった。咲き残るバラの合間を、時折、蝶が横切っていく。
邸の西庭から小道を挟んだ先にある白い大理石で作られた八角形のガゼボ。
元々、この邸はセリーヌの祖父であるセリュール侯爵の邸宅だったため、柱にはセリュール侯爵家の紋章が刻まれていた。
ガゼボの椅子にアランディルは腰を下ろし、穏やかな景色を眺めている。
アランディルは元部下のセリーヌを、自らの婚約者候補に挙げてから、この邸に、もう何度も足を運んでいる。
「暇なのか?」と問われれば、決して暇ではない。
この庭の空気が、手入れされすぎていない、自然に近い静けさが心地よかった。
セリーヌと会うと、必ず嫌味を言ってしまうくせに。
彼女の反応にぞくぞくするのでアランディルは嫌味を止められない。
彼女は決して泣かない。
泣きさえすれば手を緩めてやるのに。
その強さがアランディルの執着心に火をつけていた。
(今日はセリーヌに何を言ってやろう。どんな顔をするんだろう。泣くかな?)
アランディルの心とは裏腹に、陽射しはまだ明るいけれど、どこか丸くなったような、そんな午後だった。
——ガサッ
ガゼボのそばにある繁みから、何かが飛び出した。
アランディルは反射的に腰の剣に手をかけたが、すぐに小動物だとわかり、肩の力を抜いた。
「……ウサギ?」
ドロップイヤーの小さなウサギが、アランディルを興味深そうにジッと見つめていた。
「待って~! フルフル~!」
かすかに鈴が鳴るような音とともに、繁みを割って、濃い青のドレスを着た女性が飛び出してきた。
全身、葉っぱまみれだった……髪には小枝までついている。
それでも気品を失っていない、不思議な姿だった。
目の前の女性は、ウサギを捕まえ優しく抱き上げ、ようやくアランディルの存在に気付いた。
一瞬『しまった』という表情を見せたが、彼女は何事もなかったように、優雅に片手で淑女の礼をとった。
アランディルは言葉を失った。
女性は、陽の光をうけて輝く金の髪と、楚々とした立ち居振る舞い。
一見して気品あふれる令嬢が、よりにもよって繁みから葉っぱまみれで現れたのだ。
髪には小枝までつけて。
その見事なギャップに、アランディルは耐えきれず吹き出してしまった。
令嬢は顔を真っ赤に染め、プルプルと身体が震えていた。
怒っているのか、羞恥なのか、表情からは読み取れない。
が、あまりの愛らしさに、そんなことどうでも良いとアランディルは思ってしまった。
「これは、失礼した……君は? 私はアランディル・エル・クロワ。この国の第三王子だ」
「第三王子殿下には、初めてお目にかかります。わたくし、エルミージュ・ヴェル・ルクレ。セリーヌの姉でございます」
「セリーヌに姉が居たのか……これほどの愛くるしいご令嬢の噂を一度も聞いたことがないとは、信じがたいな。あなたの存在に気づけなかったのは、大きな損失だな」
「まぁ……お戯れがすぎますわ」
伏し目がちに、艶やかでどこか甘く響く声だった。
アランディルは、「また一目惚れされたかな?」と、小さく呟き、まんざらでもない思いでいた。
これが、アランディルとエルミージュの最初の邂逅であった。
◇ ◇ ◇ ◇
エルミージュは見目は麗しいが、かなりのお転婆な令嬢なのかと、アランディルは思っていた。
しかし、あの日以降、彼女は背筋の伸びた、凛とした貴族令嬢としての振る舞いしか見せなかった。
「妹がお待たせして、申し訳ありません」
と、彼女はたびたびセリーヌを待つ間、どこからともなく現れては話し相手になった。
アランディルは、セリーヌと過ごす時間は決して嫌ではなかった。
アランディルの希望で婚約者候補に入れたセリーヌをむしろ気に入っている。
他の者と婚約させないようにひそかに邪魔をし、奪い取ってまで候補に入れたのだ。
だが、彼女が一語一語慎重に言葉を選んで話しているのが、ピリピリと伝わってくる。
アランディルといる時は、涙はもちろん笑顔すら見せない。
それに比べて、エルミージュは柔らかな空気をまとい、どこか放っておけない面がある。
彼女の涙も見たことはなかった。
貴族らしい品位を保ちつつも、感情豊かにコロコロと変わる表情。他者を惹き込む笑顔。
セリーヌもエルミージュも、かなりの美姫だった。
アランディルはエルミージュのことが、気になって仕方なかった。
(いつも俺の相手をしてくれる……俺に気があるのか? だが、妹が婚約者候補だから身を引いているのか……健気だな。どちらを選べば良いかな?)
と、心の内では勝手に姉妹を天秤にかけていた。
アランディルは、彼女についてもっともっと知りたかった。
王家の記録を調べたり、側近に尋ねようとしたが、いつも忙しさに紛れて後回しにしてしまい、結局、調べることができなかった。
「社交界デビューは済んでいるよな?」「年齢を聞いたら失礼かな?」
彼女の名前を、どこか昔に聞いたことがあるような……そんな気もするんだよな。
陽射しはやわらかく、少しひんやりとした風が時折吹いてくる。ルクレ邸の庭園は、木々や花たちが、夏から秋に移りゆく季節を楽しんでいた。
色あせぬ緑の中には、ほのかに黄色が混じり始めた葉があった。咲き残るバラの合間を、時折、蝶が横切っていく。
邸の西庭から小道を挟んだ先にある白い大理石で作られた八角形のガゼボ。
元々、この邸はセリーヌの祖父であるセリュール侯爵の邸宅だったため、柱にはセリュール侯爵家の紋章が刻まれていた。
ガゼボの椅子にアランディルは腰を下ろし、穏やかな景色を眺めている。
アランディルは元部下のセリーヌを、自らの婚約者候補に挙げてから、この邸に、もう何度も足を運んでいる。
「暇なのか?」と問われれば、決して暇ではない。
この庭の空気が、手入れされすぎていない、自然に近い静けさが心地よかった。
セリーヌと会うと、必ず嫌味を言ってしまうくせに。
彼女の反応にぞくぞくするのでアランディルは嫌味を止められない。
彼女は決して泣かない。
泣きさえすれば手を緩めてやるのに。
その強さがアランディルの執着心に火をつけていた。
(今日はセリーヌに何を言ってやろう。どんな顔をするんだろう。泣くかな?)
アランディルの心とは裏腹に、陽射しはまだ明るいけれど、どこか丸くなったような、そんな午後だった。
——ガサッ
ガゼボのそばにある繁みから、何かが飛び出した。
アランディルは反射的に腰の剣に手をかけたが、すぐに小動物だとわかり、肩の力を抜いた。
「……ウサギ?」
ドロップイヤーの小さなウサギが、アランディルを興味深そうにジッと見つめていた。
「待って~! フルフル~!」
かすかに鈴が鳴るような音とともに、繁みを割って、濃い青のドレスを着た女性が飛び出してきた。
全身、葉っぱまみれだった……髪には小枝までついている。
それでも気品を失っていない、不思議な姿だった。
目の前の女性は、ウサギを捕まえ優しく抱き上げ、ようやくアランディルの存在に気付いた。
一瞬『しまった』という表情を見せたが、彼女は何事もなかったように、優雅に片手で淑女の礼をとった。
アランディルは言葉を失った。
女性は、陽の光をうけて輝く金の髪と、楚々とした立ち居振る舞い。
一見して気品あふれる令嬢が、よりにもよって繁みから葉っぱまみれで現れたのだ。
髪には小枝までつけて。
その見事なギャップに、アランディルは耐えきれず吹き出してしまった。
令嬢は顔を真っ赤に染め、プルプルと身体が震えていた。
怒っているのか、羞恥なのか、表情からは読み取れない。
が、あまりの愛らしさに、そんなことどうでも良いとアランディルは思ってしまった。
「これは、失礼した……君は? 私はアランディル・エル・クロワ。この国の第三王子だ」
「第三王子殿下には、初めてお目にかかります。わたくし、エルミージュ・ヴェル・ルクレ。セリーヌの姉でございます」
「セリーヌに姉が居たのか……これほどの愛くるしいご令嬢の噂を一度も聞いたことがないとは、信じがたいな。あなたの存在に気づけなかったのは、大きな損失だな」
「まぁ……お戯れがすぎますわ」
伏し目がちに、艶やかでどこか甘く響く声だった。
アランディルは、「また一目惚れされたかな?」と、小さく呟き、まんざらでもない思いでいた。
これが、アランディルとエルミージュの最初の邂逅であった。
◇ ◇ ◇ ◇
エルミージュは見目は麗しいが、かなりのお転婆な令嬢なのかと、アランディルは思っていた。
しかし、あの日以降、彼女は背筋の伸びた、凛とした貴族令嬢としての振る舞いしか見せなかった。
「妹がお待たせして、申し訳ありません」
と、彼女はたびたびセリーヌを待つ間、どこからともなく現れては話し相手になった。
アランディルは、セリーヌと過ごす時間は決して嫌ではなかった。
アランディルの希望で婚約者候補に入れたセリーヌをむしろ気に入っている。
他の者と婚約させないようにひそかに邪魔をし、奪い取ってまで候補に入れたのだ。
だが、彼女が一語一語慎重に言葉を選んで話しているのが、ピリピリと伝わってくる。
アランディルといる時は、涙はもちろん笑顔すら見せない。
それに比べて、エルミージュは柔らかな空気をまとい、どこか放っておけない面がある。
彼女の涙も見たことはなかった。
貴族らしい品位を保ちつつも、感情豊かにコロコロと変わる表情。他者を惹き込む笑顔。
セリーヌもエルミージュも、かなりの美姫だった。
アランディルはエルミージュのことが、気になって仕方なかった。
(いつも俺の相手をしてくれる……俺に気があるのか? だが、妹が婚約者候補だから身を引いているのか……健気だな。どちらを選べば良いかな?)
と、心の内では勝手に姉妹を天秤にかけていた。
アランディルは、彼女についてもっともっと知りたかった。
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