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第九話 【過去】静寂は崩壊の調べ 〜歪んだ空間〜 ※パワハラ・モラハラあり
しおりを挟む※この章にはパワハラ・モラハラ描写があります。 苦手な方は閲覧をお控えください。
これはまだ、セリーヌがアランディルの言葉に踊らされていた頃の話。
エルデリア王国、魔導具開発院の執務室。
部屋の規模に対して、人が多すぎる。
すれ違うこともままならず、あちこちで道を譲り合う。
そもそも、第一開発部から第三開発部までを一室に押し込めているのが間違いだった。
うららかな午後の陽気とは裏腹に、鉛のように重く、息苦しい空気が溜まった部屋の一角に、第二開発部職員たちは、息を殺して耳をそば立てていた。
空気の主は、第二開発部長官である、第三王子アランディル・エル・クロワと、魔導具開発院職員のセリーヌ・ヴェル・ルクレ伯爵令嬢だった。
「何度言えばわかるんだ? こんな簡単なことすらできないのか?」
「すみません。 どう展開させても仰るとおりにはならないのです」
「何が言いたい? 僕の設計が悪いということかな?」
「…………」
「黙ってないで、なんとか言ったらどうなんだ? 僕はもう出掛けなければならない。 君の相手をしている暇はないんだ。 必ず期日までに完成させておけよ」
アランディルは一方的に会話を切り上げ、足早に魔導具開発院を後にした。
セリーヌにすれ違いざま、「君、出来る人って、触れ込みだよな」と耳元で囁いていった。
扉が閉まる音とともに、室内に満ちていた重くのしかかる息苦しさが、ふっと和らぐ。
聞き耳を立てていた第二開発部職員たちは一斉に息をついた。
安堵のため息。呆れと諦めの入り混じった、それは深い深いため息だった。
セリーヌは何度も試した。
アランディルの指示に従い生活の助けになる魔導具を作成しているが、どうしても指示通りにはならない。
彼は情報を小出しにする。そのため、何度も仕様確認にアランディルのもとに通うことになる。
アランディルは、口を開けば、「君は駄目だな」「君がいるから、赤字だよ」とセリーヌに言う。
そんな彼が、セリーヌは苦手だ。関わりたくない相手だった。
結局この魔導具は、どうやっても完成しなかった。
困り果てたセリーヌは、第三開発部長官に相談し、見てもらったが、
「あれ? なんだこれ? これをこうやれば出来る……はず……え~ どうして?」
第三開発部長官でも手こずっていた。
どうやら、とてもおかしな仕組みになっていて、特殊なことをしなければ指示通りにはいかなかったとわかった。
この結果に、セリーヌは眉間にシワが寄った。
(私の時間を返せ!)
かつて、この場所は、もっと自由で、風通しの良い空間だったのに、と遠い目になった。
◇ ◇ ◇
静かな昼下がり、笑い合う同僚、上下関係に縛られず意見を交わし合う環境。
風通しの良い、澄み渡る青空のような場所が、かつての魔導具開発院だった。
だが、アランディルが第二開発部長官に就任してからというもの、部署の空気は一変した。
空気は急激に冷え込み、毎日氷点下の中に身を置いていた。
室内からは笑い声はもとより、話し声も消えた。
「どうしてこうなるんだ? 君たちに、頭はついているのか?」
アランディルから理不尽な命令や叱責が飛ぶのは日常茶飯事である。
常に不機嫌そうな顔をして、他者と会話をしない。もちろん挨拶すらも。
アランディルは、己を誇示するかのように人前で大声で叱責する。
セリーヌはもとより、職員の多くが、自分が叱責されるよりも、他人が罵倒される声を聞かされることに、何よりの苦痛を感じていた。
救けたくても、状況が掴めなければ手が出せない。
歯がゆい思いをしている者たちは、そっと席をはずし、その場から姿を消すことくらいしかできなかった。
職員たちは、常に彼の顔色を窺い、今日は誰が標的になるのかと息を潜め、気配を殺して働いていた。
アランディルは、セリーヌに対しては、何を言ってもいいかのように、容赦がなかった。
心ない言葉を浴びせられ続ける日々を送る中、理由もなく涙が流れそうなことが増えたことに、セリーヌはふと気付いた。
好きだった乗馬も遠ざかっていることに。
甘い物もよく欲しくなるが、何を食べても美味しいと感じられなかった。
(もう無理かな……続けるのは)
そう感じていたセリーヌは、開発の仕事は楽しい。やりがいもある。
本来なら辞めたくなどないが、信頼していた先輩が退職するという知らせを、密かに知らされた時、彼女は、その機に乗じて、静かに退職届を出した。
先輩やセリーヌの辞職の意向を耳にした国王からは、非公式で引き止めが入ったが、彼女たちの意思は変わらなかった。
「意志を固める前に相談してよ~」と、実にフランクに国王から言われた。
(いや「辞めようと思うんです」って、国王に相談する人がいるわけないでしょ!)
「申し訳ありません」と、悲しげな笑みを浮かべ、心で反論していた。
「国外には出ず、ルクレ邸で静養する」と約束することで、国王は渋々受け入れた。
風が心地良く、花々が芽吹く季節。
柔らかな陽光と澄み渡る空の下、セリーヌは魔導具開発院から去った。
これで、アランディルとは社交場で姿を見かけるくらいで、関わることはないと思い安堵していたセリーヌだったが、安息の日々は続かなかった。
嵐の前の静けさだったと、この時のセリーヌは知る由もなかった……
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