11 / 16
第十一話 風は心を運ぶ 〜終章〜
しおりを挟む疾走する馬のたてがみをかすめる冬風が、ふと黄昏月のざわめきを思い起こさせた。
セリーヌは、アランディルの婚約者候補から逃れる具体的な行動は何もできなかった。
どう逃れようかと悩んだ。嫌って欲しいと願いながら、訪問を受け入れるしかなかった。
労せずして、婚約者候補から外された。
そこにエルミージュの暗躍があったということを後で知り、涙した。
婚約者候補であった頃、セリーヌはアランディルの待つガゼボに向かう途中、彼を窓から見かけていた。
その時の彼は、他者を痛めつけることが喜びなのかと思える平素とはかけ離れた、柔らかな笑顔を浮かべていた。
セリーヌは、下位貴族の令嬢たちが褒めるほど、彼をかっこいいと思ったことはない。
けれど、いつ頃からか、セリーヌを待つアランディルは、とても穏やかな笑みを浮かべるようになっていた。
独りで微笑んでいる姿を見て——何を空想しているのだろう、と不思議に思った。
青藍の間で、彼のエルミージュへの独白劇を見せられたとき、ガゼボの情景が思い起こされた。
そして、セリーヌには視えないエルミージュと、本当に会えていたのだと彼女は瞬時に理解した。
エルミージュと接する人たちは、みんなあんな顔をしていたからだ。
穏やかな顔で、いつも笑い声が絶えなかった。
みんな、エルミージュに様々な話を聞いてもらいたがっていた。
そんな過去の情景が走馬灯のように脳裏に浮かんだ。
けれど、あの時セリーヌは
——わたくしは優しくなどない。
エルミージュの存在が、「真実でしたよ」なんて、教えてやらないわ。
あなたなどに渡してなるものですか……
と、ささやかな意趣返しをしたのだった。
それでも、エルミージュがこの世界の者としてアランディルと出会っていたら、婚約者だったら……五年前の、あの出来事さえなかったら。
あんな笑顔を引き出せた彼女であれば、アランディルは変われたかもしれない。
あれほど自己愛が強いアランディルも、彼が耳を傾けることのできる相手からの言葉であれば、己を省みて、より良き方向へ自らを変えていけたのではないか?
王族として、人を統べる立場を、全うできる内面へと成長できたのではないか?
と、考えても仕方のないことを思ってしまった。
人と人との出会いは貴重だ。良くも悪くも作用する。
セリーヌの心はいま回復途中にある。
一体どれだけのものを失っていたのだろう。甘みも感じるようになってきている。
あの日、蔵書閣で、あの本に出会わなければ……雷に打たれたように気づけなければ、今の自分はここにはいないと、不思議さに震えがくる。
あれは、間違いなくエルミージュの仕業だろう。
おそらくエルミージュが、伝えていたのは、
—— あなたは、だめなんかじゃないわ。本来の自分を思い出して、取り戻して。
本当にどうして自分は駄目だと思ってしまっていたのだろう。
わたくしなんてって考える性格ではなかったのに、とセリーヌは思った。
アランディルからの、「お前は駄目だ」という言葉の呪縛が解けたセリーヌは、緑の風が吹く中、エルミージュとの想い出の地へ、リオネルと共に愛馬を走らせた。
「待ちなさいリオネル。わたくしの前を走るなんて」
リオネルは不敵な笑みを浮かべていた。
あの鈴のような音が、シャンシャンと嬉しそうに鳴り響く。
—— なあに? エルミージュ とセリーヌは囁きかけた。
10
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
醜悪令息レオンの婚約
オータム
ファンタジー
醜悪な外見ゆえに誰からも恐れられ、避けられてきたレオン。
ある日、彼は自分が前世で遊んでいたシミュレーションRPGの世界に転生しており、
しかも“破滅が確定している悪役令嬢の弟”として生きていることに気付く。
このままでは、姉が理不尽な運命に呑まれてしまう。
怪しまれ、言葉を信じてもらえなくとも、レオンはただ一人、未来を変えるために立ち上がる――。
※「小説家になろう」「カクヨム」にも投稿しています。
学園長からのお話です
ラララキヲ
ファンタジー
学園長の声が学園に響く。
『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』
昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。
学園長の話はまだまだ続く……
◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない)
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げています。
豚公子の逆襲蘇生
ヤネコ
ファンタジー
肥満体の公爵令息ポルコは婚約者の裏切りを目撃し、憤死で生涯を終えるはずだった。だが、憤怒の中に燃え尽きたはずのポルコの魂は、社内政争に敗れ命を落とした男武藤の魂と混じり合う。
アニメ化も決定した超人気ロマンスファンタジー『婚約者の豚公子に虐げられていましたが隣国皇子様から溺愛されています』を舞台に、『舞台装置』と『負け犬』落伍者達の魂は、徹底した自己管理と泥塗れの知略で再点火する。
※主人公の『原作知識』は断片的(広告バナーで見た一部分のみ)なものとなります。
己の努力と知略を武器に戦う、ハーレム・チート・聖人化無しの復讐ファンタジーです。
準備を重ねて牙を剥く、じっくり型主人公をお楽しみください。
【お知らせ】
エピローグ「溺れる愛より確かな」は 2026/02/28 より公開中です。
最後に言い残した事は
白羽鳥(扇つくも)
ファンタジー
どうして、こんな事になったんだろう……
断頭台の上で、元王妃リテラシーは呆然と己を罵倒する民衆を見下ろしていた。世界中から尊敬を集めていた宰相である父の暗殺。全てが狂い出したのはそこから……いや、もっと前だったかもしれない。
本日、リテラシーは公開処刑される。家族ぐるみで悪魔崇拝を行っていたという謂れなき罪のために王妃の位を剥奪され、邪悪な魔女として。
「最後に、言い残した事はあるか?」
かつての夫だった若き国王の言葉に、リテラシーは父から教えられていた『呪文』を発する。
※ファンタジーです。ややグロ表現注意。
※「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる