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番外編 姫との夏休み
第4楽章①
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掃除機がぶんぶん鳴る音を聴きながら、亮太はこれから来る友人を何処に連れて行こうか思案していた。横浜は初めてだと言っていたので、いっそ如何にも、な場所がいいだろうか。
「おにい、朝から熱心だね」
部屋を覗いた妹の蘭が、呆れを醸し出しながら言った。亮太は掃除機を動かす腕を止めずに彼女を軽く睨みつける。
「当たり前だろ、客人を迎えるんだぞ」
蘭はドアの枠に寄りかかりながら失笑した。
「彼女でも呼ぶのかって勢いじゃん」
これから我が家に来るのは、彼女くらい大切な友人だ。部屋をきれいにして何が悪い。亮太は鼻白む。
まったく、いつの間にこんな生意気な態度を取るようになったんだ。おまえが泣いたらおむつを替え、尻を拭いてやった恩を忘れたか。亮太の苛立ちは、7つ下の妹が高校生になり、子供っぽさが抜けてきたことへの戸惑いの裏返しだった。
「てかおにい、今夜黎のこと追い出して寝るの?」
蘭の言葉に、はたと動きを止めた亮太は、掃除機のスイッチを切った。妹の言う通りだ、この部屋は弟と共用である。未成年の傍で、友人と飲みながら語らうわけにはいかない。
元々この部屋は、双子の蘭と黎が一緒に使っていた。2人が小学5年生になった時、蘭が弟と一緒の部屋は嫌だと言い出したので、亮太は自分の部屋を蘭に譲った。そしてここを、千駄木に引っ越すまで黎と使ってきたのである。
「じゃあ、黎には下で寝てもらおう」
亮太の決断は早かったが、蘭はぷっ、と笑った。
「おにいが三喜雄と下で寝たほうがよくね?」
「俺の友達を呼び捨てるんじゃねえよ……俺たち明日は遅寝したいんだけどな」
妹と弟は学校だが、亮太はまだ夏休み中なのだ。仕方ないから、黎が部活から戻ったら交渉しようと考えた。蘭は暇なのか、掃除機のコードを片づける兄を観察している。
「……おにい、今夜は夕ご飯作ってくれるんだよね?」
「あ? そのつもりだけど、おまえ友達と昼から出かけるんだろ? 飯要るの?」
「三喜雄に会いたいから帰ってくるつもり」
ん、と亮太は妹の言葉に頷いた。兄の友人が家にやって来るなど経験が無いので、興味津々なのだろうが、それだけではない。蘭はなかなかしっかり者で、友達と映画を見たり服を買いに行ったりしても、だらだら喋る時間を長引かせることが目的である飲食代は、無駄だと言って使わないのだ。亮太としては、見習いたいところである。
まあ、亮太がこれまで家に友人を呼ばなかったのは、蘭と黎が小さくてややこしかったからなのだが……亮太は蘭に先を歩かせ、掃除機を抱えて階段を降りた。
カレーでも作るか。根菜はともかく、たぶんサラダにできる野菜が無い。夜に飲む酒も仕入れなければならない。三喜雄が横浜に着く前に、スーパーに行こうと考える。外は晴れて暑そうだったが、亮太は買い物に行く気満々だった。
片山三喜雄は時間通りに、JR横浜駅の中央改札から出てきた。鞄を左右両方の肩にかけて、少し戸惑うような空気感を醸し出しているのが、離れた場所から見ても分かった。他所から来た人だと丸わかりで、笑いを禁じ得ない。
亮太は早足で友人に近づき、名前を呼んだ。三喜雄は亮太の姿を認めて、ぱっと笑顔になり、業界挨拶をした。
「おはよう」
「遠路お疲れ、3時だけどな」
三喜雄の顔を見ていると何となく抱きつきたくなった亮太だが、我慢しつつ突っ込むと、彼はにかっと笑って、だな、と応じた。
「ほんとに横浜に着くのかって、先週のつくばに続いてどきどきしたよ」
「つくば? 何しに行ってきたんだ?」
亮太は着替えが入っているらしい三喜雄の鞄を持ってやる。あ、ごめん、と言ってから、彼は説明を始めた。
「声楽科の学部に、俺たちと同い年の1回生がいるんだ……つくばに彼の発表会を観に行った」
地下鉄の乗り場のほうに三喜雄を促しながら、「同い年の1回生」の意味を亮太は考える。
「それはもしや……受験し直し組か?」
違うことを他の大学で勉強していたり、社会人になり数年を過ごしたりした者が、絵や音楽への憧憬を捨てきれず、あの大学を受験することは多い。彼らは経済的にも年齢的にも背水の陣を敷いて入学する場合が多いので、社会人聴講生とはまた違った雰囲気を持ち、揃って皆勉強熱心だ。
三喜雄はそうそう、と明るく答えたが、続いた言葉は想定外だった。
「筑波の理系卒」
「ええっ! もったいない、食えなくなるのにどうして芸大なんかに来るんだよ!」
驚きのあまり声が大きくなったので、周りの人々にちらちら見られてしまった。小さくなる亮太を見て、三喜雄が笑う。
「確かに俺もそう思う……けどいい声だよ、バスでね、ボディコントロールが割と上手みたいで安定感があって」
「おにい、朝から熱心だね」
部屋を覗いた妹の蘭が、呆れを醸し出しながら言った。亮太は掃除機を動かす腕を止めずに彼女を軽く睨みつける。
「当たり前だろ、客人を迎えるんだぞ」
蘭はドアの枠に寄りかかりながら失笑した。
「彼女でも呼ぶのかって勢いじゃん」
これから我が家に来るのは、彼女くらい大切な友人だ。部屋をきれいにして何が悪い。亮太は鼻白む。
まったく、いつの間にこんな生意気な態度を取るようになったんだ。おまえが泣いたらおむつを替え、尻を拭いてやった恩を忘れたか。亮太の苛立ちは、7つ下の妹が高校生になり、子供っぽさが抜けてきたことへの戸惑いの裏返しだった。
「てかおにい、今夜黎のこと追い出して寝るの?」
蘭の言葉に、はたと動きを止めた亮太は、掃除機のスイッチを切った。妹の言う通りだ、この部屋は弟と共用である。未成年の傍で、友人と飲みながら語らうわけにはいかない。
元々この部屋は、双子の蘭と黎が一緒に使っていた。2人が小学5年生になった時、蘭が弟と一緒の部屋は嫌だと言い出したので、亮太は自分の部屋を蘭に譲った。そしてここを、千駄木に引っ越すまで黎と使ってきたのである。
「じゃあ、黎には下で寝てもらおう」
亮太の決断は早かったが、蘭はぷっ、と笑った。
「おにいが三喜雄と下で寝たほうがよくね?」
「俺の友達を呼び捨てるんじゃねえよ……俺たち明日は遅寝したいんだけどな」
妹と弟は学校だが、亮太はまだ夏休み中なのだ。仕方ないから、黎が部活から戻ったら交渉しようと考えた。蘭は暇なのか、掃除機のコードを片づける兄を観察している。
「……おにい、今夜は夕ご飯作ってくれるんだよね?」
「あ? そのつもりだけど、おまえ友達と昼から出かけるんだろ? 飯要るの?」
「三喜雄に会いたいから帰ってくるつもり」
ん、と亮太は妹の言葉に頷いた。兄の友人が家にやって来るなど経験が無いので、興味津々なのだろうが、それだけではない。蘭はなかなかしっかり者で、友達と映画を見たり服を買いに行ったりしても、だらだら喋る時間を長引かせることが目的である飲食代は、無駄だと言って使わないのだ。亮太としては、見習いたいところである。
まあ、亮太がこれまで家に友人を呼ばなかったのは、蘭と黎が小さくてややこしかったからなのだが……亮太は蘭に先を歩かせ、掃除機を抱えて階段を降りた。
カレーでも作るか。根菜はともかく、たぶんサラダにできる野菜が無い。夜に飲む酒も仕入れなければならない。三喜雄が横浜に着く前に、スーパーに行こうと考える。外は晴れて暑そうだったが、亮太は買い物に行く気満々だった。
片山三喜雄は時間通りに、JR横浜駅の中央改札から出てきた。鞄を左右両方の肩にかけて、少し戸惑うような空気感を醸し出しているのが、離れた場所から見ても分かった。他所から来た人だと丸わかりで、笑いを禁じ得ない。
亮太は早足で友人に近づき、名前を呼んだ。三喜雄は亮太の姿を認めて、ぱっと笑顔になり、業界挨拶をした。
「おはよう」
「遠路お疲れ、3時だけどな」
三喜雄の顔を見ていると何となく抱きつきたくなった亮太だが、我慢しつつ突っ込むと、彼はにかっと笑って、だな、と応じた。
「ほんとに横浜に着くのかって、先週のつくばに続いてどきどきしたよ」
「つくば? 何しに行ってきたんだ?」
亮太は着替えが入っているらしい三喜雄の鞄を持ってやる。あ、ごめん、と言ってから、彼は説明を始めた。
「声楽科の学部に、俺たちと同い年の1回生がいるんだ……つくばに彼の発表会を観に行った」
地下鉄の乗り場のほうに三喜雄を促しながら、「同い年の1回生」の意味を亮太は考える。
「それはもしや……受験し直し組か?」
違うことを他の大学で勉強していたり、社会人になり数年を過ごしたりした者が、絵や音楽への憧憬を捨てきれず、あの大学を受験することは多い。彼らは経済的にも年齢的にも背水の陣を敷いて入学する場合が多いので、社会人聴講生とはまた違った雰囲気を持ち、揃って皆勉強熱心だ。
三喜雄はそうそう、と明るく答えたが、続いた言葉は想定外だった。
「筑波の理系卒」
「ええっ! もったいない、食えなくなるのにどうして芸大なんかに来るんだよ!」
驚きのあまり声が大きくなったので、周りの人々にちらちら見られてしまった。小さくなる亮太を見て、三喜雄が笑う。
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