8 / 36
3 歩み寄り
3-①
しおりを挟む
翌週、杉本教授に進捗の報告をすべきだと思った三喜雄は、授業が終わった後に彼を捕まえた。当たり障りのない話にまとめようとしたのに、杉本は笑いそうになりながら、廊下で三喜雄に言った。
「共演者にキレたんだって? その片山くんが見たかったなって、昨日教授会で皆で話してたとこだよ」
最低だ。三喜雄はあ然とした。辻井が練習初日の様子を、杉本に報告することは予想していたが、杉本はそれを何故他の先生がたに拡散するのか。完全に楽しまれている。
「それで? もう辞める?」
杉本の言い方がやや腹立たしかったが、いえ、と三喜雄は軽く否定した。
篠原のほうこそ、辞めると申し出ていないのだろうかと、三喜雄は不思議に思っていた。あの日彼は、最後まで不機嫌を隠そうともしなかった。そんなに嫌なら、彼は普段から辻井や牧野と大学で顔を合わせているのだから、とっとと辞めると言いそうなものなのだが。
考えているうちに、あの日の気まずい空気を思い出して不愉快になってきた。篠原を大切な後輩に似ていると思ったことが、後輩に申し訳なく、恥ずかしくなる。
「私からは辞めると言わないつもりです、いい曲ですし、研究のお手伝いですから」
三喜雄の言葉に、杉本はにやりと笑った。
「片山くんのそういう切り替えは、プロ向きだね……共演者とウマが合わないなんてことは、これからいくらでもあるから」
三喜雄は何も答えなかった。
杉本いわく、音楽研究科の全院生の中で、プロになることを明確な目標にしていないのは、三喜雄だけだった。別に粋がっている訳ではない。歌で食べていけるほどの実力も胆力も自分には無いと考えているからだ。歌は続けていきたいが、主たる収入は教職で得ようと考えていた。自分の技術や音楽的な知見を磨いておけば、教える時にも役に立つ。辻井のようなキャリアチェンジ、あるいはキャリアのスライドも、ちょっと魅力的だ。
一般的な文系や理系の大学院生だって、皆が専攻の研究者になるつもりではないだろう。なのに芸術系の院生は、何故全員プロを目指すと見做されるのだろうか。その枠は非常に限られているのだから、正直なところ、そこに自分が入る可能性があると考えている同級生たちのほうがどうかしていると、三喜雄は思っていた。
「共演者にキレたんだって? その片山くんが見たかったなって、昨日教授会で皆で話してたとこだよ」
最低だ。三喜雄はあ然とした。辻井が練習初日の様子を、杉本に報告することは予想していたが、杉本はそれを何故他の先生がたに拡散するのか。完全に楽しまれている。
「それで? もう辞める?」
杉本の言い方がやや腹立たしかったが、いえ、と三喜雄は軽く否定した。
篠原のほうこそ、辞めると申し出ていないのだろうかと、三喜雄は不思議に思っていた。あの日彼は、最後まで不機嫌を隠そうともしなかった。そんなに嫌なら、彼は普段から辻井や牧野と大学で顔を合わせているのだから、とっとと辞めると言いそうなものなのだが。
考えているうちに、あの日の気まずい空気を思い出して不愉快になってきた。篠原を大切な後輩に似ていると思ったことが、後輩に申し訳なく、恥ずかしくなる。
「私からは辞めると言わないつもりです、いい曲ですし、研究のお手伝いですから」
三喜雄の言葉に、杉本はにやりと笑った。
「片山くんのそういう切り替えは、プロ向きだね……共演者とウマが合わないなんてことは、これからいくらでもあるから」
三喜雄は何も答えなかった。
杉本いわく、音楽研究科の全院生の中で、プロになることを明確な目標にしていないのは、三喜雄だけだった。別に粋がっている訳ではない。歌で食べていけるほどの実力も胆力も自分には無いと考えているからだ。歌は続けていきたいが、主たる収入は教職で得ようと考えていた。自分の技術や音楽的な知見を磨いておけば、教える時にも役に立つ。辻井のようなキャリアチェンジ、あるいはキャリアのスライドも、ちょっと魅力的だ。
一般的な文系や理系の大学院生だって、皆が専攻の研究者になるつもりではないだろう。なのに芸術系の院生は、何故全員プロを目指すと見做されるのだろうか。その枠は非常に限られているのだから、正直なところ、そこに自分が入る可能性があると考えている同級生たちのほうがどうかしていると、三喜雄は思っていた。
32
あなたにおすすめの小説
マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~
Repos
ライト文芸
カフェ開業を夢見たマキノが、田舎の古民家を改装して開業する物語。
おいしいご飯がたくさん出てきます。
いろんな人に出会って、気づきがあったり、迷ったり、泣いたり。
助けられたり、恋をしたり。
愛とやさしさののあふれるお話です。
なろうにも投降中
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
マキノのカフェで、ヒトヤスミ ~Café Le Repos~
Repos
ライト文芸
田舎の古民家を改装し、カフェを開いたマキノの奮闘記。
やさしい旦那様と綴る幸せな結婚生活。
試行錯誤しながら少しずつ充実していくお店。
カフェスタッフ達の喜怒哀楽の出来事。
自分自身も迷ったり戸惑ったりいろんなことがあるけれど、
ごはんをおいしく食べることが幸せの原点だとマキノは信じています。
お店の名前は 『Cafe Le Repos』
“Repos”るぽ とは フランス語で『ひとやすみ』という意味。
ここに訪れた人が、ホッと一息ついて、小さな元気の芽が出るように。
それがマキノの願いなのです。
- - - - - - - - - - - -
このお話は、『Café Le Repos ~マキノのカフェ開業奮闘記~』の続きのお話です。
<なろうに投稿したものを、こちらでリライトしています。>
彼はオタサーの姫
穂祥 舞
BL
東京の芸術大学の大学院声楽専攻科に合格した片山三喜雄は、初めて故郷の北海道から出て、東京に引っ越して来た。
高校生の頃からつき合いのある塚山天音を筆頭に、ちょっと癖のある音楽家の卵たちとの学生生活が始まる……。
魅力的な声を持つバリトン歌手と、彼の周りの音楽男子大学院生たちの、たまに距離感がおかしいあれこれを描いた連作短編(中編もあり)。音楽もてんこ盛りです。
☆表紙はtwnkiさま https://coconala.com/users/4287942 にお願いしました!
BLというよりは、ブロマンスに近いです(ラブシーン皆無です)。登場人物のほとんどが自覚としては異性愛者なので、女性との関係を匂わせる描写があります。
大学・大学院は実在します(舞台が2013年のため、一部過去の学部名を使っています)が、物語はフィクションであり、各学校と登場人物は何ら関係ございません。また、筆者は音楽系の大学・大学院卒ではありませんので、事実とかけ離れた表現もあると思います。
高校生の三喜雄の物語『あいみるのときはなかろう』もよろしければどうぞ。もちろん、お読みでなくても楽しんでいただけます。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる