レターレ・カンターレ

穂祥 舞

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3 歩み寄り

3-②

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 自主練習をしてからアルバイト先のドーナツショップに向かい、閉店作業が始まると、忙しさに追われていた時間が少し緩む。昼間杉本には辞めないとぶち上げたものの、次回の練習で篠原圭吾に会った時、果たして一緒に歌う気になれるだろうかと、食洗器に入れるカップやソーサーを予洗いしながら三喜雄は思い始めた。
 共演者とウマが合わなかったとしても、出演料をもらう以上は、本番までに曲を仕上げ、滞りなく舞台に上げる義務がある。それはプロでもアマでも同じだ。ただ、あの曲の性質からして、気の合わない者同士が歌うと上手くいかないような気がする。
 三喜雄は勝手なことを考えていた。
 俺はあの歌を歌いたい。篠原はあの歌そのものが気に入らないっぽいことを、確か牧野さんは練習が始まる前に口にした。だったら、あっちが辞めると言ってくれたらいいのに。
 アルバイトを終えて1Kの自宅に帰ると、辻井からメールが来ていた。ダイニングテーブルの椅子を引いて、スマートフォンでメールボックスを開く。彼は先週の練習をねぎらってくれた上で、篠原にメールアドレスを教えていいかと訊いてきた。えっ、と三喜雄は驚いたが、続く文章にとりあえず目を通す。

『篠原くんが、この間のことを謝りたいのだそうです。片山くんが構わないのであれば、話を聞いてやってほしいと私からもお願いします。』

 ふうん、と三喜雄はひとりごちた。面倒くさいな、と感じたが、拒絶することもないだろう。辻井のメールは続く。

『篠原くんは本当は特殊な音楽を学びたいと希望しています。それで、声楽専攻の他の院生とあまり話が合わないことや、彼自身の性格もあり、誰に対しても距離を置きがちです。』

 そうなのか。三喜雄はそれを読み、これまで篠原に対し抱いてきた悪感情の中に、色の違う物質が混じり始めたのを感じた。初めて一緒に歌う人間に対してあんな態度を取るなら、普段顔を合わせる人間にもつんけんしていてもおかしくない。でもそれが、周囲と考えが違うことで生じる孤独感からきているものだとしたら……三喜雄も軽くではあるが、似たような気持ちを抱いているので、多少理解できる。
 とはいえ、何にせよ、篠原の態度が大人げないのは揺るがない事実だ。同情を覚えたといって、共演に積極的になれるかと言えば、そうではなかった。

『人としても歌手としても、篠原くんにひと皮剥けるきっかけになるかと考え、今回あの曲を渡したのですが、先週のような歌が続くのならば彼を降ろします。また、片山くんが彼とは歌えないと思うなら、いつでも遠慮なく私に申し出てください。』

 自分に決定権があるらしいと知った三喜雄は、逆に困惑する。
 同じ楽譜を一緒に歌うという作業に関してだけ言えば、決して嫌な訳ではなかった。篠原は音程が正確で、くどいヴィブラートの無いいい声の持ち主だ。三喜雄の声と良くブレンドする感じがあることも、演奏上無視できない。
 歌や吹奏楽器は音に個性が強く出るため、複数の奏者が各々どれだけ正確なピッチで演奏していても、響きが上手く溶け合わないということが起こり得る。「声がよく合う」ことは、国見も言ったように、重唱をするときにとても大切だ。
 三喜雄は返信のページを開いた。まず辻井に連絡をもらったことに対する礼を述べ、少し迷ったが篠原にアドレスを教える許可を出した。篠原が謝りたいというなら、とにかく聞こう。ちょっと気が重いが、決定権のある人間の義務だと考えることにする。
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