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4 自主練習
4-③
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三喜雄は瑠美の発言に首を捻った。彼女はボーイズラブ愛好家で、たまに自分の周辺の男子を妄想の餌食にしているという噂だが、どうもそういう意味らしい。この場で強く否定するのは何となく篠原に失礼な気がしたので、そこはスルーしておいた。
「外部の人を呼んでもいいみたいだから、人数確定したら言って」
華やかな2人は、ありがと、楽しみにしてる、と明るく言いながら食堂を出て行った。彼女らに微笑しながら会釈した篠原が、ぷっと笑う。
「みっきぃって……」
三喜雄もそう呼ばれて嬉しい訳ではないのだが、声楽の世界は圧倒的に女性が優勢なので、男子がマスコット扱いされても仕方がない。
「前期の試験前くらいから定着してるんだ……あ、2人ともオペラコース」
篠原は彼女らを見送る視線を三喜雄に戻した。
「ぽいよね、でもこの大学の院ともなると、おバカのふりをしてるようにも思えるな」
「そう? 彼女らはおバカじゃないけどあれは地だよ」
「そうか……うちのオペラコースの女子と共通項が多そう、2分でわかった」
2人で笑った。三喜雄はオペラコースの連中が嫌いなわけではないが、教員を含めたオペラ至上主義の空気感にたまにうんざりするので、思わぬところで同志を得て、楽しい。
片山くんは歌曲か、と、篠原は呟く。
「オペラの作りかたとはちょっと違うなと思ったんだけど、歌詞がわかりやすかったのは納得……」
「俺たち何語でも歌詞命で、摩擦音強めだから」
嫌味のつもりはなかったが、それを聞いた篠原はごめん、と小さくなった。三喜雄も機会を逃さず、謝る。
「こっちこそいろいろ言ってごめん……確かにこないだ、気合い入れ過ぎてちょっと発音強かったと思う、後で合わせた時のほうが自然だったかな」
「あ、2回目は割と気持ちよかったかも」
やっぱりそうか。三喜雄は反省する。あの時1回目と同じ調子で歌っていたら、篠原のほうから、あいつとは歌いたくないと言い出したかもしれなかった。
2人のカップからコーヒーが無くなったのを見計らって、三喜雄は言った。
「練習室空いてたら、ちょっと歌おうか? 動きも、俺たちである程度決めていいと思うから」
篠原は笑顔で頷いた。やっぱり歌うのが好きなのだなと思う。だいぶ打ち解けてくれたから、今日は乗ってくれるだろうか。一緒に立ち上がり、カップを返却に行った。
練習室の防音扉を閉め、ピアノの鍵盤蓋を開けた。各々軽くウォーミングアップをして歌い始めると、篠原はもうほとんど暗譜しているようだった。
やめるどころか気合いを入れて練習していた様子だが、何にせよ暗譜が早いのは感心だ。三喜雄もなるべく楽譜を外して歌うようにする。芝居は苦手で、やっていていたたまれないと言いつつ、篠原は歌いながら少し手振りをつけ、身軽にくるくると歩き回ってみせた。
「えっと、この時くじらは下手のほうがいい?」
「1回場所チェンジする? 4小節かけて入れ替わるとかどうかな」
こういう時は、オペラの実技の授業が役に立つ。大嫌いだと口にした篠原だが、必修の授業で学んでいるのだろう、彼の提案する動きはオペラの場当たりの原則……舞台にいる人物が客席から見て縦に並ばないように位置取りしたり、移動の際に後ろ向きで歌うことにならないようにしたりといったことを、きちんと守っていた。
「外部の人を呼んでもいいみたいだから、人数確定したら言って」
華やかな2人は、ありがと、楽しみにしてる、と明るく言いながら食堂を出て行った。彼女らに微笑しながら会釈した篠原が、ぷっと笑う。
「みっきぃって……」
三喜雄もそう呼ばれて嬉しい訳ではないのだが、声楽の世界は圧倒的に女性が優勢なので、男子がマスコット扱いされても仕方がない。
「前期の試験前くらいから定着してるんだ……あ、2人ともオペラコース」
篠原は彼女らを見送る視線を三喜雄に戻した。
「ぽいよね、でもこの大学の院ともなると、おバカのふりをしてるようにも思えるな」
「そう? 彼女らはおバカじゃないけどあれは地だよ」
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2人で笑った。三喜雄はオペラコースの連中が嫌いなわけではないが、教員を含めたオペラ至上主義の空気感にたまにうんざりするので、思わぬところで同志を得て、楽しい。
片山くんは歌曲か、と、篠原は呟く。
「オペラの作りかたとはちょっと違うなと思ったんだけど、歌詞がわかりやすかったのは納得……」
「俺たち何語でも歌詞命で、摩擦音強めだから」
嫌味のつもりはなかったが、それを聞いた篠原はごめん、と小さくなった。三喜雄も機会を逃さず、謝る。
「こっちこそいろいろ言ってごめん……確かにこないだ、気合い入れ過ぎてちょっと発音強かったと思う、後で合わせた時のほうが自然だったかな」
「あ、2回目は割と気持ちよかったかも」
やっぱりそうか。三喜雄は反省する。あの時1回目と同じ調子で歌っていたら、篠原のほうから、あいつとは歌いたくないと言い出したかもしれなかった。
2人のカップからコーヒーが無くなったのを見計らって、三喜雄は言った。
「練習室空いてたら、ちょっと歌おうか? 動きも、俺たちである程度決めていいと思うから」
篠原は笑顔で頷いた。やっぱり歌うのが好きなのだなと思う。だいぶ打ち解けてくれたから、今日は乗ってくれるだろうか。一緒に立ち上がり、カップを返却に行った。
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「えっと、この時くじらは下手のほうがいい?」
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