レターレ・カンターレ

穂祥 舞

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6 オンライン

6-③

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『何でそんな無欲なわけ笑。もしかして怖いとか? 俺は怖いよ。それでもプロかって言われたら、たぶん死にたくなる』

 怖い。なるほど、そうなのかもしれない。大学院を出たら、「まだ学生だから」と言い訳できなくなる。今はいい声だとか何だとか、たまにちやほやされるが、掌を返されることもあり得る。
 ぽこん、と新しい吹き出しが画面に現れた。

『でも自分が選んだ道だし、進むしかないし』

 篠原の言葉は、自分と三喜雄の両方に向けているようだった。あの時も、自分が選んだのだからと、歯を食いしばったなと三喜雄は思い起こす。最近高3の頃のことがしきりに思い出されるのは、やはり後輩に似ている篠原と接しているからかもしれない。



 5年前の春。
 師匠の藤巻が大学の実技試験のために、三喜雄に与えた練習課題は厳しく、第一志望は国立大だったので、受験勉強を後回しにする訳にもいかない。所属するグリークラブではバスバリトンパートのリーダーを任され、三喜雄は気ばかり焦り、やや鬱屈気味の日々を過ごしていた。
そんな時に、1学年下の美術部員の高崎奏人かなとと出会った。6限目が終わり、グリークラブが活動を開始するまでの短い時間に、音楽室にやってきてピアノを弾いていた彼に、三喜雄が声をかけた。
 帯広出身の高崎は、かの地の冬のように、一見人を寄せつけない雰囲気を持っていた。しかし話してみると優しくいい子で、何よりも頭の回転が速く、人をよく見ていた。高崎は譜読みがまともにできない三喜雄を手伝い、わかりやすい伴奏で支えてくれるので、音楽面で頼りにするようになった。また三喜雄は彼と話すうち、勉強と歌の練習に追われてごちゃごちゃしている自分の心の中を、手探りながらも整理できるようになっていった。
 高崎はその美貌と優秀さで密かに有名だったが、美術展で次々と賞を獲ったことで、美術部の3年の部長から妬まれ辛く当たられているという噂があった。三喜雄は噂が事実だと証明する場面を目撃してしまうと同時に、酷い仕打ちを受けているにもかかわらず、高崎が美術部長を慕い続けていることに気づいた。賢い高崎がなぜそんな気持ちになるのかがわからず、腹立たしかった。部長の話を持ち出すと、あの人は片山さんほど強くないのだなどと高崎は言い、話を打ち切ろうとする。
 高崎との関係を壊したくなかった三喜雄は、このことに触れないようになった。それでも彼と過ごすひとときからは、いつも何らかの学びがあり、グリークラブの仲間たちと過ごすのとはまた違う、琴線に触れるようなじわっとした楽しさがあった。



 篠原からのメッセージにスマートフォンが震え、三喜雄は我に返った。

『11月中旬に1回、本番の会場で歌ってみてもいいみたい』
『そうなのか、それはいいね』

 これであと3回、本番までに2人で合わせることができるので、良いものに仕上げられそうに思えた。愚痴につき合ってくれた篠原に礼を述べ、次回の練習の場所と時間を確認し合ってから、三喜雄はトークルームを閉じた。
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