その歌声に恋をする

穂祥 舞

文字の大きさ
21 / 69
2 程よい距離感、大事にします

6月 ⑧

しおりを挟む
 12歳までスペインとオーストラリアで暮らし、帰国して東京の中学校に通っていた。あちらでは日本語学校に通っていたため、英語はともかく、スペイン語はそんなにできない。
 マドリードにいた頃に、教会の少年合唱団に誘われて歌を始めた。シドニーでも当然のように合唱団に所属していたので、日本に帰ってきて、中学の合唱部が何となく特殊な団体のように見做されていて驚いた。合唱部のレベルは高かったが、顧問の音楽教諭のヒステリックで高圧的な指導が熱心で良いと解釈されていたのが、気持ち悪かった。
 スペインとオーストラリアのことを屈託なく話す杉原は、楽しそうだった。それだけに、日本に帰ってきて以降、窮屈な思いをしているようにも受け取れてしまう。

「杉原もそうかもしれないけど、9組ってやっぱ、外国のほうが過ごしやすかったと思ってる人が多いのかな」

 颯斗の問いに、さあね、と杉原は答える。

「俺に関して言えば、東京の中学校のせいで日本のイメージが悪くなった」
「でも札幌は、東京よりのんびりしてるんじゃないか?」

 颯斗は東京を全く知らないが、杉原も多少そう思っているようだった。

「そうだな、それに加えて、一高より札幌北星のほうが気楽……女がいないからかな?」

 意外な発言に驚いた。この容姿ならモテるだろうに……いや、モテるから逆に、女にまとわりつかれて鬱陶しいのかもしれない、のだが。

「えっと杉原、今の発言は部活中しないほうがいい」

 颯斗のおかしな注意喚起に、ベッドの上の美青年は小首を傾げた。颯斗は続ける。

「彼女が欲しいと思ってる奴はグリーに普通にいて、合唱祭とか合同演奏会で他校の女子とお近づきになるのを目標にしてることも多い」
「ふうん……俺が女がいないほうがいいって思ってることと、それが何の関係があるんだ」

 杉原は案外鈍い。というか、顔整いはこんなものなのかもしれない。

「おまえがそういう発言をすると、彼女が欲しくても出来ない連中から嫉視を向けられる」
「は? 何でだよ」
「顔のいい奴は黙っててもモテるからそういう贅沢を言う、みたいな」

 ぷっと杉原は吹き出した。

「瀬尾も今そう思ったのか」
「いや……」

 颯斗は現在のところ、女子と交際すること自体にあまり興味が無い。交際相手に細々と気を遣う自信が無いし、拗れると面倒くさそうだからだ。

「俺は男同士つるんでるほうが楽しいかも」

 すると杉原は、疲れたような顔になった。こんな表情になってもきれいなので、不思議な生き物だ。

「おまえが女はスルーモードだから言うんだけど……ここだけの話、俺マジで女って怖いんだわ」
「怖い?」

 颯斗にとって身近な女性は、母親と妹だ。颯斗は3人きょうだいの一番上で、2歳下の弟と、3歳下の妹がいる。確かにキレた母はアンタッチャブルな存在になるし、へそを曲げた妹ほど扱いにくいものは無い。

「あ、まあ、女性性の独特な恐ろしさってあるかな」

 颯斗の緩い共感が、杉原はちょっと嬉しいようだった。

「だよな、俺はグリーのメンバーの嫉視より、女たちの嫉視とか水面下の攻撃のほうが恐ろしい」
「え、そんな攻撃を受けたことがあるのか」

 思わず颯斗は訊いてしまったが、杉原はふっと口を噤んだ。
 これは訊いてはいけないことのようだ。杉原にそんな気は無かったのに好意があると勘違いされて、尾行されたり怒られたり泣かれたりしたのだろうか(などという、やや陳腐な想像しか湧かない颯斗である)。

「お二人さん、ぼちぼち昼休み終わるぞ」

 上履きをぱたぱたいわせてやってきた原田は、男子たちにあっさりと言い、杉原のほうを見た。

「杉原は明日から、別の場所で友達と過ごせ……保健室で昼休みは卒業な?」

 杉原が怒りだすと思い颯斗は身構えたが、彼はえーっ? と気怠げな声を上げただけだった。そして気を悪くする様子もなく、ベッドから脚を下ろした。

「仕方ねぇなぁ、原田ちゃんにも迷惑だしな」
「気分が悪い時は来ていいからな」

 なぜ原田がいきなり杉原にこんなことを言い出したのか、それになぜ自分が原田からにっこり笑いかけられているのか、颯斗はよくわからなかった。まあしかし、杉原の保健室での常駐が終わるのは、いいことなのだろうと思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

坂木兄弟が家にやってきました。

風見鶏ーKazamidoriー
BL
父子家庭のマイホームに暮らす|鷹野《たかの》|楓《かえで》は家事をこなす高校生。ある日、父の再婚話が持ちあがり相手の家族とひとつ屋根のしたで生活することに、再婚相手には年の近い息子たちがいた。 ふてぶてしい兄弟に楓は手を焼きながら、しだいに惹かれていく。

きっと世界は美しい

木原あざみ
BL
人気者美形×根暗。自分に自信のないトラウマ持ちがはじめての恋に四苦八苦する話です。 ** 本当に幼いころ、世界は優しく正しいのだと信じていた。けれど、それはただの幻想だ。世界は不平等で、こんなにも息苦しい。 それなのに、世界の中心で笑っているような男に恋をしてしまった……というような話です。 大学生同士。リア充美形と根暗くんがアパートのお隣さんになったことで始まる恋の話。少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。

元カノの弟と同居を始めます?

結衣可
BL
元カノに「弟と一緒に暮らしてほしい」と頼まれ、半年限定で同居を始めた篠原聡と三浦蒼。 気まずいはずの関係は、次第に穏やかな日常へと変わっていく。 不器用で優しい聡と、まっすぐで少し甘えたがりな蒼。 生活の中の小さな出来事――食卓、寝起き、待つ夜――がふたりの距離を少しずつ縮めていった。 期限が近づく不安や、蒼の「終わりたくない」という気持ちに、聡もまた気づかないふりができなくなる。 二人の穏やかな日常がお互いの存在を大きくしていく。 “元カノの弟”から“かけがえのない恋人”へ――

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2025.11.29 294話のタイトルを「赤い川」から変更しました。 ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

王様のナミダ

白雨あめ
BL
全寮制男子高校、箱夢学園。 そこで風紀副委員長を努める桜庭篠は、ある夜久しぶりの夢をみた。 端正に整った顔を歪め、大粒の涙を流す綺麗な男。俺様生徒会長が泣いていたのだ。 驚くまもなく、学園に転入してくる王道転校生。彼のはた迷惑な行動から、俺様会長と風紀副委員長の距離は近づいていく。 ※会長受けです。 駄文でも大丈夫と言ってくれる方、楽しんでいただけたら嬉しいです。

ルームメイトが釣り系男子だった件について

perari
BL
ネット小説家として活動している僕には、誰にも言えない秘密がある。 それは——クールで無愛想なルームメイトが、僕の小説の主人公だということ。 ずっと隠してきた。 彼にバレないように、こっそり彼を観察しながら執筆してきた。 でも、ある日—— 彼は偶然、僕の小説を読んでしまったらしい。 真っ赤な目で僕を見つめながら、彼は震える声でこう言った。 「……じゃあ、お前が俺に優しくしてたのって……好きだからじゃなくて、ネタにするためだったのか?」

サラリーマン二人、酔いどれ同伴

BL
久しぶりの飲み会! 楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。 「……え、やった?」 「やりましたね」 「あれ、俺は受け?攻め?」 「受けでしたね」 絶望する佐万里! しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ! こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。

鈴木さんちの家政夫

ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて鈴木家の住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。

処理中です...