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2 程よい距離感、大事にします
6月 ⑧
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12歳までスペインとオーストラリアで暮らし、帰国して東京の中学校に通っていた。あちらでは日本語学校に通っていたため、英語はともかく、スペイン語はそんなにできない。
マドリードにいた頃に、教会の少年合唱団に誘われて歌を始めた。シドニーでも当然のように合唱団に所属していたので、日本に帰ってきて、中学の合唱部が何となく特殊な団体のように見做されていて驚いた。合唱部のレベルは高かったが、顧問の音楽教諭のヒステリックで高圧的な指導が熱心で良いと解釈されていたのが、気持ち悪かった。
スペインとオーストラリアのことを屈託なく話す杉原は、楽しそうだった。それだけに、日本に帰ってきて以降、窮屈な思いをしているようにも受け取れてしまう。
「杉原もそうかもしれないけど、9組ってやっぱ、外国のほうが過ごしやすかったと思ってる人が多いのかな」
颯斗の問いに、さあね、と杉原は答える。
「俺に関して言えば、東京の中学校のせいで日本のイメージが悪くなった」
「でも札幌は、東京よりのんびりしてるんじゃないか?」
颯斗は東京を全く知らないが、杉原も多少そう思っているようだった。
「そうだな、それに加えて、一高より札幌北星のほうが気楽……女がいないからかな?」
意外な発言に驚いた。この容姿ならモテるだろうに……いや、モテるから逆に、女にまとわりつかれて鬱陶しいのかもしれない、のだが。
「えっと杉原、今の発言は部活中しないほうがいい」
颯斗のおかしな注意喚起に、ベッドの上の美青年は小首を傾げた。颯斗は続ける。
「彼女が欲しいと思ってる奴はグリーに普通にいて、合唱祭とか合同演奏会で他校の女子とお近づきになるのを目標にしてることも多い」
「ふうん……俺が女がいないほうがいいって思ってることと、それが何の関係があるんだ」
杉原は案外鈍い。というか、顔整いはこんなものなのかもしれない。
「おまえがそういう発言をすると、彼女が欲しくても出来ない連中から嫉視を向けられる」
「は? 何でだよ」
「顔のいい奴は黙っててもモテるからそういう贅沢を言う、みたいな」
ぷっと杉原は吹き出した。
「瀬尾も今そう思ったのか」
「いや……」
颯斗は現在のところ、女子と交際すること自体にあまり興味が無い。交際相手に細々と気を遣う自信が無いし、拗れると面倒くさそうだからだ。
「俺は男同士つるんでるほうが楽しいかも」
すると杉原は、疲れたような顔になった。こんな表情になってもきれいなので、不思議な生き物だ。
「おまえが女はスルーモードだから言うんだけど……ここだけの話、俺マジで女って怖いんだわ」
「怖い?」
颯斗にとって身近な女性は、母親と妹だ。颯斗は3人きょうだいの一番上で、2歳下の弟と、3歳下の妹がいる。確かにキレた母はアンタッチャブルな存在になるし、へそを曲げた妹ほど扱いにくいものは無い。
「あ、まあ、女性性の独特な恐ろしさってあるかな」
颯斗の緩い共感が、杉原はちょっと嬉しいようだった。
「だよな、俺はグリーのメンバーの嫉視より、女たちの嫉視とか水面下の攻撃のほうが恐ろしい」
「え、そんな攻撃を受けたことがあるのか」
思わず颯斗は訊いてしまったが、杉原はふっと口を噤んだ。
これは訊いてはいけないことのようだ。杉原にそんな気は無かったのに好意があると勘違いされて、尾行されたり怒られたり泣かれたりしたのだろうか(などという、やや陳腐な想像しか湧かない颯斗である)。
「お二人さん、ぼちぼち昼休み終わるぞ」
上履きをぱたぱたいわせてやってきた原田は、男子たちにあっさりと言い、杉原のほうを見た。
「杉原は明日から、別の場所で友達と過ごせ……保健室で昼休みは卒業な?」
杉原が怒りだすと思い颯斗は身構えたが、彼はえーっ? と気怠げな声を上げただけだった。そして気を悪くする様子もなく、ベッドから脚を下ろした。
「仕方ねぇなぁ、原田ちゃんにも迷惑だしな」
「気分が悪い時は来ていいからな」
なぜ原田がいきなり杉原にこんなことを言い出したのか、それになぜ自分が原田からにっこり笑いかけられているのか、颯斗はよくわからなかった。まあしかし、杉原の保健室での常駐が終わるのは、いいことなのだろうと思った。
マドリードにいた頃に、教会の少年合唱団に誘われて歌を始めた。シドニーでも当然のように合唱団に所属していたので、日本に帰ってきて、中学の合唱部が何となく特殊な団体のように見做されていて驚いた。合唱部のレベルは高かったが、顧問の音楽教諭のヒステリックで高圧的な指導が熱心で良いと解釈されていたのが、気持ち悪かった。
スペインとオーストラリアのことを屈託なく話す杉原は、楽しそうだった。それだけに、日本に帰ってきて以降、窮屈な思いをしているようにも受け取れてしまう。
「杉原もそうかもしれないけど、9組ってやっぱ、外国のほうが過ごしやすかったと思ってる人が多いのかな」
颯斗の問いに、さあね、と杉原は答える。
「俺に関して言えば、東京の中学校のせいで日本のイメージが悪くなった」
「でも札幌は、東京よりのんびりしてるんじゃないか?」
颯斗は東京を全く知らないが、杉原も多少そう思っているようだった。
「そうだな、それに加えて、一高より札幌北星のほうが気楽……女がいないからかな?」
意外な発言に驚いた。この容姿ならモテるだろうに……いや、モテるから逆に、女にまとわりつかれて鬱陶しいのかもしれない、のだが。
「えっと杉原、今の発言は部活中しないほうがいい」
颯斗のおかしな注意喚起に、ベッドの上の美青年は小首を傾げた。颯斗は続ける。
「彼女が欲しいと思ってる奴はグリーに普通にいて、合唱祭とか合同演奏会で他校の女子とお近づきになるのを目標にしてることも多い」
「ふうん……俺が女がいないほうがいいって思ってることと、それが何の関係があるんだ」
杉原は案外鈍い。というか、顔整いはこんなものなのかもしれない。
「おまえがそういう発言をすると、彼女が欲しくても出来ない連中から嫉視を向けられる」
「は? 何でだよ」
「顔のいい奴は黙っててもモテるからそういう贅沢を言う、みたいな」
ぷっと杉原は吹き出した。
「瀬尾も今そう思ったのか」
「いや……」
颯斗は現在のところ、女子と交際すること自体にあまり興味が無い。交際相手に細々と気を遣う自信が無いし、拗れると面倒くさそうだからだ。
「俺は男同士つるんでるほうが楽しいかも」
すると杉原は、疲れたような顔になった。こんな表情になってもきれいなので、不思議な生き物だ。
「おまえが女はスルーモードだから言うんだけど……ここだけの話、俺マジで女って怖いんだわ」
「怖い?」
颯斗にとって身近な女性は、母親と妹だ。颯斗は3人きょうだいの一番上で、2歳下の弟と、3歳下の妹がいる。確かにキレた母はアンタッチャブルな存在になるし、へそを曲げた妹ほど扱いにくいものは無い。
「あ、まあ、女性性の独特な恐ろしさってあるかな」
颯斗の緩い共感が、杉原はちょっと嬉しいようだった。
「だよな、俺はグリーのメンバーの嫉視より、女たちの嫉視とか水面下の攻撃のほうが恐ろしい」
「え、そんな攻撃を受けたことがあるのか」
思わず颯斗は訊いてしまったが、杉原はふっと口を噤んだ。
これは訊いてはいけないことのようだ。杉原にそんな気は無かったのに好意があると勘違いされて、尾行されたり怒られたり泣かれたりしたのだろうか(などという、やや陳腐な想像しか湧かない颯斗である)。
「お二人さん、ぼちぼち昼休み終わるぞ」
上履きをぱたぱたいわせてやってきた原田は、男子たちにあっさりと言い、杉原のほうを見た。
「杉原は明日から、別の場所で友達と過ごせ……保健室で昼休みは卒業な?」
杉原が怒りだすと思い颯斗は身構えたが、彼はえーっ? と気怠げな声を上げただけだった。そして気を悪くする様子もなく、ベッドから脚を下ろした。
「仕方ねぇなぁ、原田ちゃんにも迷惑だしな」
「気分が悪い時は来ていいからな」
なぜ原田がいきなり杉原にこんなことを言い出したのか、それになぜ自分が原田からにっこり笑いかけられているのか、颯斗はよくわからなかった。まあしかし、杉原の保健室での常駐が終わるのは、いいことなのだろうと思った。
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