その歌声に恋をする

穂祥 舞

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2 程よい距離感、大事にします

6月 ⑨

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 春の合唱祭は、かつては5月下旬に開催されていたが、感染症の拡大に伴う中断がきっかけで、約1ヶ月後ろ倒しで開催されるようになり、今に至る。出場するのは主に高校と大学の合唱団体で、社会人の合唱団も幾つかエントリーする。
 土曜日を丸一日使うこのイベントは一般公開されていて、近所に住む人や歌好きの老若男女がホールの客席を満杯にする。6月半ばの北海道のベストシーズン中ということもあり、旅行者が立ち寄ることも多い。今日も、青空に雲がうっすら浮くだけの快晴だった。
 パイプ椅子の並んだ講堂とは全く違う雰囲気に、グリークラブの面々はやや怖気づく。1年生はもちろんだが、2年生以上のメンバーも、きちんとしたホールで歌うのは昨年12月の定期演奏会以来だ。颯斗の鼓動も、楽屋口から中に入った途端に早まっていた。
 エントリーしている合唱団は、開演前に、ほんの6、7分のリハーサルの時間を順番に与えられていた。札幌北星高校グリークラブは午後の1番目の出演で、リハから本番までに時間が空いてしまうが、そこは出演順のくじ引きの結果なので仕方がない。
 グリーの面々は緊張の面持ちで舞台に出て、半数がひな壇に上がり立ち位置を確認する。指揮の秋原と2人のパートリーダーが、全員の顔が舞台から見えるように、並びを微調整していった。今日の舞台は広いが、1年生のためにもあまり横に広がらず、普段の全体合奏時の間隔をなるべく守るよう打ち合わせた。
 声を後ろから飛ばす役割を担うために、3年生はソロが無ければ、最後列に並ぶことが多い。また、しっかり歌える者はパートの境目に立ち、他のメンバーが隣のパートに引きずられないようガードする。
 2列で並んだ男子たちを見渡し、秋原は声を張った。

「両端はその場所覚えといてくれ、手を挙げて」

 2列目の一番上手かみてに立つ颯斗は、言われた通りに手を挙げ、目印に客席の椅子を端から数える。本番は緊張してたぶん客席なんか見ることができないのだが、一番に舞台に出る颯斗が立ち位置をしっかり決めないと、全員が混乱する。結構責任重大だ。
 下手しもて側を見ると、杉原が手を挙げながら客席を見て、颯斗と同じことをしていた。彼がこちらを向き目が合ってしまったので、颯斗は無視されることを予想しつつ、挙げていた手を軽く振った。すると杉原はにこりともせず、ひらひらと手を振り返してきた。
 マジか。颯斗は杉原の挙動に驚いた。右隣に立つ石橋と、その向こうの浅沼が、手を振り合っているバスとテノールを見比べる。

「瀬尾さんと杉原さん、何げに仲いいですよね」

 話す機会は多少あるかもしれないが、そんなに親しくはないと思う。ただ、石橋はおそらく、部活中に杉原とほとんど接触していないから、より異星人感が高いのだろう。

「ああ見えて割とフレンドリーだぞ」
「マジすか、最近のアニメの話とか通じますかね?」
「マンガは読むみたいだから、原作モノはわかるんじゃないか?」

 こそこそ話していると、石橋の向こうで浅沼がにやついていた。くだらない会話は、緊張を和らげてくれるのだ。

「はい、じゃあ3曲全部、冒頭だけ合わせてくよー」

 伴奏者として黒いレースのワンピースを身につけた小菅が、グランドピアノの前から男子たちに声をかけた。はい、と全員の声が揃う。



 午前中の演奏が全て終わると、昼休みに入った。高校生の出演者のために、ホール内の会議室が昼食会場として用意されており、颯斗はグリーの全員を率いてそちらに向かった。
 札幌北星高校グリークラブ様と書かれた札が置かれているテーブルに、自由に座るよう指示する。先生がたを合わせて27個の弁当を受け取らなくてはいけないので、秋原と颯斗が部屋の入り口に向かおうとすると、後ろから小山と杉原がついてきた。

「2人じゃ無理だろ」

 小山があっさり言う。杉原が自発的に動いてくれるのも驚きだが、有り難く手伝ってもらうことにする。
 ごちゃつく受け渡しスペースで、颯斗が弁当の入った袋を受け取っていると、お茶を持っている杉原が、誰かに声をかけられているのが視界の端に入った。

「札幌北星のグリーに入ったんだ、今年からだよな?」

 そんな声がした。颯斗は両手に弁当を下げてそちらを見たが、無表情になった杉原がろくに返事もしないことに気づき、変な空気にぎくりとした。
 颯斗に背中を向け杉原に話しかけているのは、札幌一高の制服の男子だった。
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