緑の風、金の笛

穂祥 舞

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1 ひとりたび

2-②

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 自分の家では滅多に食卓に上がらないメニューに、奏人ははしゃいでいた。チーズが沢山とろけたじゃがいものグラタン、酸っぱいドレッシングが回しかけられた新鮮なレタスのサラダ、玉ねぎとトマトのとろりとしたスープ、外側がパリパリしたバケット。

「奏人くんはこういうメニューは好き?」

 大人たちは白ワイン、奏人は麦茶で乾杯したあと、奏大に訊かれた。奏人は頷く。

「……家であまり食べないから、グラタンとか」
「和食が多いの?」

 奏人は再度頷く。焼き魚も野菜の胡麻和えも、味噌汁も好きだ。でも学校の級友たちのように、自分の誕生日にエビフライを作ってもらったとか、クリスマスにローストチキンを買ってもらったとかいう経験は、無い。それがやや一般的でないと分かったのは、つい最近だ。
 奏人はグラタンのじゃがいもを吹いて冷ましてから、頬張る。甘さと塩辛さが口の中で同居し、広がった。こんなに美味しいのに。

「この子の家は変に古風なの、バタくさいものを毛嫌いしてる感じ」

 バタくさいという言葉の意味を尋ねると、伯母は西洋風ってことよ、と微笑しながら教えてくれた。

「だからここに来たらバタくささを満喫させてあげるの」
「へぇ、僕は毎日魚と味噌汁って憧れるけどなぁ」

 奏大はフォークでサラダをつついて言った。奏人と目が合うと、やはり口許を緩めながら。

「奏大くんのお父様はフレンチのシェフなのよ、安曇野で一番のホテルのレストランでお勤めしてらっしゃるわ」

 なるほど、基本食事はバタくさいのかな。奏人は思った。

「……平松さんも料理人なんですか?」

 奏人が思いきって訊くと、彼はううん、と応えた。

「僕は笛吹きだよ、……そんな他人行儀な話しかたをしないで、奏大でいいしタメで話して」

 奏人は困惑する。目上の者に級友と同じような口の利き方をしたと祖母にバレたら、きっと引っ叩かれるだろう。それに……笛吹きとは何なのだろう?

「奏大くんはフルーティストよ、彼の大学の秋学期のテストを私が手伝うからここに来てるの……全然説明してなくて混乱したわね、かなちゃん」
「フルート……」

 奏人の胸に、奏大への尊敬の思いが湧く。管楽器奏者は、無条件に憧れの対象だ。

「友達になってくれたお礼に一曲プレゼントするよ」

 奏大に言われて、奏人は自然と笑顔になった。酔っ払ってなければね、と伯母が笑いながらつけ足した。
 楽しい。時間を気にせず、初対面の人を交えて、笑って話しながらとる食事がこんなにときめくものなのだと、奏人は知らなかった。家の夕飯の時も、いつもでなくてもいいから、こんな風だったらいいのに。
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