緑の風、金の笛

7 えんそうかい

2-③

　奏人はそんな風に言われて照れた。そして、きっとそんな時は来ないのだろうなと、心の片隅で思う。ふと今日は、自分にとって最後の、自由に弾ける演奏会になるかもしれないと考えた。中学生になったらピアノは辞めさせられるかもしれないし、続ける許可が下りたとしても、ピアノの先生からは「中学生らしい」曲を手渡されるだろう。他の楽器とアンサンブルしたり、背伸びしてロマン派の音楽を弾いたりはできない。

「奏人くん、どうかした？　もう緊張してきた？」

　奏大に訊かれて、首を横に振った。

「何ていうか、もうすぐ自由な夢の時間が終わるんだなって思って‥‥‥」

　奏人はつい弱気な口調になってしまう。奏人の気持ちを察したのだろう、奏大はフルートをテーブルの上に置き、奏人の座るピアノの椅子の角に腰を下ろした。奏人は彼のために、少しお尻を隅に寄せる。

「夢じゃないよ奏人くん、家に帰ったら醒めてしまうものでもない‥‥‥この数日でいろんな経験をしていっぱい考えたと思うんだけど、それが絶対奏人くんの根っこの一部になる」
「‥‥‥そうかなぁ」

　奏人が呟くと、奏大の手が頭の上に乗った。

「今はわからないかもしれないけど、もうちょっと大人になったらわかる」
「あ、でも僕お父さんとおばあちゃんの言いなりにならないって決めた」

　奏人が顔を上げると、奏大はそれはいい、と笑った。

「ただお父さんとおばあさんが、奏人くんが嫌いであれをするなこれをするなと言ってるんじゃないことは、覚えておいてあげよう」

　奏大のこれまでの発言とは逆の意味合いの言葉に、奏人は思わずえっ、と返す。

「それは当たり前だよ、おばあさんが口うるさいのはきっと、奏人くんが将来恥ずかしい思いをしないようにマナーなんかを教えてるんだろうし、お父さんもその方針に賛成してるんだと思う」

　奏人は困惑する。帯広に帰ったら、父と祖母と喧嘩する気満々でいたからである。奏大は薄茶色の瞳に優しい笑いを浮かべて、続ける。

「僕が家族の言いなりにならないでって言うのは、子どもは大人の所有物じゃないし、こうなって欲しいってのを押しつける相手じゃないと、奏人くんが家族に教えるためでもあるし‥‥‥奏人くん自身が宣言することで家族から自立する準備を始めたらいいと思うからだ」