夜は異世界で舞う

穂祥 舞

文字の大きさ
33 / 229
6 逡巡

6

しおりを挟む
 晴也は簡易ドリップのコーヒーを美味しそうに飲む晶を、異星人を見るような気持ちで視界に入れていた。何を考えているのか、全くもって理解不能だ。
 椅子が無いので、晴也は踏み台に腰掛けていた。とりあえず、先週末に部屋の掃除をがっつりしておいて良かったと思う。彼の部屋ほどではないが、そこそこ小綺麗に生活していると思って貰えそうだった。

「今日も忙しかった?」

 晶は指先でちょっと眼鏡を上げて、普通に訊いてきた。晴也は問い返す。

「昼と夜とどっちの話?」
「うん、両方」
「……どっちもまあまあ」

 何ちゃんと答えてるんだ、馬鹿じゃないのか俺。

「乗り切れて良かった、昨日の今日だから心配だったんだ、あんなに泣いてたし寝不足だっただろうし」

 晴也は少し視線を落とす。昨日のことを持ち出されると、気持ちがしぼむ。

「……気を遣わせてごめんなさい」
「こっちが気を遣わせてるんだろうな」

 晶の言葉に、ある意味そうかと晴也は思う。

「ハルさんは気にしないでいい、俺が好きでやってることだ」
「そんな訳にはいかないだろ、寒い中遅い時間に来てくれてるんだから」

 晶はちらっと笑みを見せたが、コーヒーをひと口飲んでから、探るような視線を送って来た。

「迷惑だと思ってないから家に入れてくれたんだよね?」

 晴也は少し迷ってから、うん、まあ、と曖昧に答えた。

「……ちょっと誰もいない家に帰るのが怖かったから、……有り難いとも思ってる」

 言葉を選んで、続けた。

「何が怖い?」
「山形さんや知らない人が待ち伏せしてたらどうしようかって……変だよな」

 晴也は胸の中に溜まったおりを吐き出したくて、つい言ってしまう。晶は声に同情を混じらせた。

「……ハルさんの反応は普通だ、あんな目に遭ったんだから」
「男なのに情けないよね」

 晶は晴也の小さな言葉を聞き洩らさなかった。

「男も女も関係ない、……ロンドンじゃ男が男に襲われるのもありがちだし」

 それは聞いたことがある。外国では、トイレなどで男だってレイプされると……嫌な話である。晴也は小さく息をつく。

「ハルさん、うちに来ない?」

 晶があまりにあっさり言うので、晴也はうーん、と食事に誘われたかのような反応をしてしまった。はたと目を見開き、言葉の意味を飲み込む。

「……何言ってんの?」
「ハルさんに安心して生活してもらいたいなと思って」

 奇妙な沈黙が場を支配する。晴也は晶の眼鏡の奥の目をまじまじと見た。至って真面目な発言のようである。明るい照明の下だとほぼ黒の瞳なんだなと、初めて気づいた。

「……何でおまえと一緒に暮らすのが安心なんだよ、むしろ不安しかねぇよ」

 晴也の口調は当然のように雑になった。どうやったら、そんな飛躍した発想が出て来るのか。
 晶はしかし少しもめげない。

「どうして? 生活の時間帯も似てるし」
「いやもう全然意味がわからない、おまえマジでどうかしてる、何目指してんの?」

 晶はややいやらしく唇を歪める。

「そりゃまあハルさんの貞操は保証しないけど」

 晴也は思わず腰を浮かせた。しまった、やはり家に上げるべきでなかった。反射的にその場から逃げ出そうとすると、がっちり左手首を掴まれた。晴也は肩をすくめる。

「ああもう、嘘だから……逃げないで」

 晴也は晶の手を強く振り払った。これだけのことで、心臓がばくばくする。恐怖は一瞬だけ感じたが、それは奇妙な甘みを纏っていた。

「ハルさんが独りでいるのが怖くなくなるまででいい」
「だからっ、おまえといるほうが怖いからっ、そういう冗談やめろ」
「あのさ、ハルさん……俺あなたのこと真剣に好きだし、からかう気持ちなんか全くないよ……どう言ったら分かって貰える?」

 晶は立ったままの晴也をじっと見上げて言う。彼がそんな風にするのが、近眼が理由だということも晴也は理解しつつあったが、普段他人と目を合わさずに話す癖がついている晴也には、きつかった。耐えられずにぷいと横を向く。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

隣のチャラ男くん

木原あざみ
BL
チャラ男おかん×無気力駄目人間。 お隣さん同士の大学生が、お世話されたり嫉妬したり、ごはん食べたりしながら、ゆっくりと進んでいく恋の話です。 第9回BL小説大賞 奨励賞ありがとうございました。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

男の娘と暮らす

守 秀斗
BL
ある日、会社から帰ると男の娘がアパートの前に寝てた。そして、そのまま、一緒に暮らすことになってしまう。でも、俺はその趣味はないし、あっても関係ないんだよなあ。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...