夜は異世界で舞う

穂祥 舞

文字の大きさ
上 下
61 / 229
9 結花

4

しおりを挟む
 優秀な執事吉岡は、たらふく飲める店としてチェーンの安居酒屋などで手抜きをせず、真っ当な食べ物メニューを持ち、飲み放題のドリンクメニューがやたらと充実した店を探し出して来た。お嬢様が上機嫌で生ビールと枝豆をオーダーするのを見て、相好を崩す。
 晶が下心を持ってこの店に晴也を連れてきて、飲ませた上に家飲みなどと称し自宅に連れ込もうとしていることは、分かっていた。不埒極まりないと晴也は思うのだが、確かに一緒にいると面白いことも多いので、この男を嫌いではないし……キスなんかさせてるし。結論が出ないまま、ビールのジョッキがやって来る。
 乾杯すると、晶は手早く食べるものをオーダーする。晴也が食べられないものは無いと言ったので、野菜や焼き魚を取り混ぜ結構な点数である。彼はアスリートのようなものなので、食べるらしいのだ。

「あービール美味い」

 晶は幸せそうに言った。

「ハルさんの一人芝居はここまではほぼミス無しだな、可愛い彼女を連れてるって目で見られるの気持ちいい」

 あけすけ過ぎて笑えたが、晴也は晴也で、イケメンを連れて歩き女性の羨望の眼差しを浴びるのは、慣れると結構快感だった。しかも彼女らは、自分を女だと思ってくれている。
 食事が次々にやって来て、いい匂いが食欲をそそる。晴也は晶が意外と綺麗に箸を使うのを見て、心地よく感じる。ビールのジョッキはあっという間に空き、2杯目を頼んだ。

「何でも美味いな、来たことある店か?」

 晴也が訊くと、マキのお勧めの店だという。

「渋谷で酒呑みを満足させられる店って言ったらここを教えてくれた」

 人と飲みに行かず、会社の飲み会にも参加しない晴也は、良い店を知っているのだなと感心する。
 晶は串揚げのソースを晴也のほうに置きながら言った。

「はいそれで、さっきデパートで会った夫婦とは何があったんだ?」

 ああ、と晴也はやや投げやりな口調になる。

「彼女が好きだったんだよ、でも彼女あいつが好きでさ、俺あいつと授業一緒のこと多くて割とよく話したから、橋渡し頼まれたんだ」
「あの人ハルさんが彼女を好きだって知ってたのか?」
「話したことはなかったけど気づいてたかも」

 晴也は別にそのことはどうでも良かった。彼女への気持ちは淡いものだったし、彼は男女問わず好かれる人間だったから、彼女には彼のほうが相応しいと思っていた。
 ショックだったのは、彼らの結婚式に呼んでもらえなかったことである。サークルの同期のほとんどが出席したと、職場の近くで偶然会った後輩から聞かされた。それ以降、サークルの仲間で何かあってもいつもハブられている気がしてならず、苛々させられるのに疲れて、学生時代からの全てのつき合いを断った。
 そこまで話すつもりは無かったのに話してしまい、くだらない話をしたと晴也は後悔した。

「ハルさんはプライドが高いんだね」

 晶はサラダを取り分けながら言った。晴也はは? とやや棘のある声を返す。

「そうじゃない? キューピッド役だった自分が式に呼ばれないのが納得いかないし、そのことを皆に知られてるのも嫌で皆切ったんだ」
「……だったらどうなんだよ」

 不愉快さを押し殺し晴也は呟く。チューハイと肉じゃががやって来たので、空いた皿を店員に渡した。

「いいと思うよ、恩知らずと関係を続けるなんて馬鹿馬鹿しいし、大学の友人はハルさんが長くつき合うのに相応しくなかっただけのことだ」

 肉じゃがを頬ばる晶は言葉を選ばなかった。恩知らずは言い過ぎだとサラダを口に入れながら晴也は思う。

「ハルさんは誇り高い人だ、あの夫婦とすれ違う時に真っ直ぐ前を見て進んだあなたを見て、俺の目に狂いは無いと確信した」
「もういいよショウさん、買いかぶられるのも疲れる」

 晴也は晶を黙らせたくて言い、チューハイをがぶ飲みする。安居酒屋のそれと違い、アルコールとレモンの味がして美味だ。

「何を買い被ってるって?」
「俺はあんたが言うほどの人間じゃないってこと」

 晶もジョッキを傾けてから、笑った。平気な顔をしている彼を見て、晴也の胸につまらない対抗心が湧く。こいつ強いのか、潰せるかな。
しおりを挟む

処理中です...