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9 結花
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「俺はハルさんみたいな人がほんとに好きで……昨日けしかけて渋谷に行くと言ってくれるかどうか賭けたんだ、するとあなたは俺の思った通り完璧に女になって来てくれた」
晴也は目を細めながら演説するくそダンサーに向かって舌打ちした。俺を試したな、そんな気はしていたが。ふざけやがって。
「そうそう、遊ばれるのもムカつくだろ? ほんとそうして睨んで来るのもゾクゾクする、最高」
「黙れ変態! 俺が女の恰好をしていて人目があることを感謝しろ、椅子を蹴倒してタマに蹴り入れたいわ、くっそ」
晶はテーブルに突っ伏して笑う。晴也は頭を叩いてやった。彼は笑いながら顔を上げて、黒い瞳を真っ直ぐ向けてくる。
「……でも自信ついただろ? 本気のハルさんをおそらく誰一人として男と疑わなかった」
「こんなことに自信持って何の役に立つんだよ、馬鹿じゃねぇの」
おいおい、と晶は身体を起こし、大袈裟に言う。
「誰にでも出来ることじゃないよ?」
晴也も大仰に溜め息をついた。手のひらで転がされている自分が腹立たしい。
「とにかく、大したことない交友関係が少ないからってハルさんが自己卑下しなくていいんだって話」
ハイボールがやって来たので、二人して残ったチューハイを一気に空ける。
「あ、サーモンのカルパッチョに白ワインお願いします」
晴也が言うと、店員はデキャンタで出せると応じた。晶を横目で見て、じゃあグラス2つで、とにこやかに答えた。
「お嬢様、ちゃんぽんは危険かと存じますが」
「黙れ吉岡、急性アルコール中毒になったらちゃんと救急車呼べよ……ただしおまえが倒れても俺は放置するからな」
「酷いおっしゃりよう」
言いながらハイボールをジュースのように飲み、チヂミをぱくぱく平らげる晶を見て、胃袋どうなってんだと晴也は思う。
学生時代の友達は、たいしたことない交友関係なのだろうか? 四大卒の人間は、大学で一緒だった者と一生つき合うことが圧倒的に多いし、伴侶を見つける者だっているのに。
「俺は高卒だし卒業してすぐイギリスに行ったから、学生時代の友達っていないよ」
「……でも誕生日を祝ってくれる人は沢山いるじゃないか」
「あの日来てたメールとかのこと? 向こうで出来た知り合いだよ、お互いに蹴落とし合う中で関係の残った……数少ない」
ワインが来たので、2つのグラスに注ぎ、片方を晶に渡す。
「さっき話した彼女は……心を病んだ、役欲しさに枕営業したって噂までばら撒かれて」
「ええっ? ライバルを引きずり下ろすのにそこまで?」
晴也は驚く。日本の芸能界なら、そんな話も聞くが。
「台湾の子で、何でも出来る優秀な人だったんだ……彼女は『エビータ』のタイトルロールを見事に演じた、でもあっちじゃアジア人やアフリカ系は実力があってもなかなか役が貰えないから、白人だけでなく有色人種にもやっかまれたんだろう」
その彼女も気の毒だし、世界的なミュージカルの聖地でそんなことがあるなんて、がっかりしてしまう。
「あの、彼女とショウさんとは……」
晴也が恐る恐る訊くと、晶はにやにやしながらグラスを傾けた。
「気になる? 気にしてくれてる?」
「うるさい、ゲイって言ってたくせにほんとはバイなのか確認だけだよ」
晴也の返事に彼は笑いを消した。
「俺は恋愛感情は無かった、でも向こうはたぶんそうじゃなかった」
「……モテ自慢ですか?」
晶は違う、と嫌な顔をして答える。これは冗談にしてはいけないやつだと晴也は察したが、晶のほうが冗談に逃げた。
「ハルさんに訊かれると何でもゲロしたくなるから駄目だぁ」
「そんなおまえの都合は知らねぇし」
それから2人は飲み放題メニューに載っているほとんどの種類の酒を試飲した。そそくさと男子トイレの個室に飛び込み、晶の手に一万円札をねじ込んだ晴也は、すっかり出来上がって店を出た。寒くてマフラーを巻き直す。
晴也は学生時代から、飲み過ぎて記憶を飛ばしたりそこら辺で嘔吐しくたばったりしたことはない。そんなことは万死に値する恥だ。今もやや足許は怪しいが、目的地を見失うほどではなかった。
右側に歩く晶はしれっとした顔をしていた。ラブホテルに連れ込んで放置しようと思っていたのに、つまらない奴だ。
晴也は目を細めながら演説するくそダンサーに向かって舌打ちした。俺を試したな、そんな気はしていたが。ふざけやがって。
「そうそう、遊ばれるのもムカつくだろ? ほんとそうして睨んで来るのもゾクゾクする、最高」
「黙れ変態! 俺が女の恰好をしていて人目があることを感謝しろ、椅子を蹴倒してタマに蹴り入れたいわ、くっそ」
晶はテーブルに突っ伏して笑う。晴也は頭を叩いてやった。彼は笑いながら顔を上げて、黒い瞳を真っ直ぐ向けてくる。
「……でも自信ついただろ? 本気のハルさんをおそらく誰一人として男と疑わなかった」
「こんなことに自信持って何の役に立つんだよ、馬鹿じゃねぇの」
おいおい、と晶は身体を起こし、大袈裟に言う。
「誰にでも出来ることじゃないよ?」
晴也も大仰に溜め息をついた。手のひらで転がされている自分が腹立たしい。
「とにかく、大したことない交友関係が少ないからってハルさんが自己卑下しなくていいんだって話」
ハイボールがやって来たので、二人して残ったチューハイを一気に空ける。
「あ、サーモンのカルパッチョに白ワインお願いします」
晴也が言うと、店員はデキャンタで出せると応じた。晶を横目で見て、じゃあグラス2つで、とにこやかに答えた。
「お嬢様、ちゃんぽんは危険かと存じますが」
「黙れ吉岡、急性アルコール中毒になったらちゃんと救急車呼べよ……ただしおまえが倒れても俺は放置するからな」
「酷いおっしゃりよう」
言いながらハイボールをジュースのように飲み、チヂミをぱくぱく平らげる晶を見て、胃袋どうなってんだと晴也は思う。
学生時代の友達は、たいしたことない交友関係なのだろうか? 四大卒の人間は、大学で一緒だった者と一生つき合うことが圧倒的に多いし、伴侶を見つける者だっているのに。
「俺は高卒だし卒業してすぐイギリスに行ったから、学生時代の友達っていないよ」
「……でも誕生日を祝ってくれる人は沢山いるじゃないか」
「あの日来てたメールとかのこと? 向こうで出来た知り合いだよ、お互いに蹴落とし合う中で関係の残った……数少ない」
ワインが来たので、2つのグラスに注ぎ、片方を晶に渡す。
「さっき話した彼女は……心を病んだ、役欲しさに枕営業したって噂までばら撒かれて」
「ええっ? ライバルを引きずり下ろすのにそこまで?」
晴也は驚く。日本の芸能界なら、そんな話も聞くが。
「台湾の子で、何でも出来る優秀な人だったんだ……彼女は『エビータ』のタイトルロールを見事に演じた、でもあっちじゃアジア人やアフリカ系は実力があってもなかなか役が貰えないから、白人だけでなく有色人種にもやっかまれたんだろう」
その彼女も気の毒だし、世界的なミュージカルの聖地でそんなことがあるなんて、がっかりしてしまう。
「あの、彼女とショウさんとは……」
晴也が恐る恐る訊くと、晶はにやにやしながらグラスを傾けた。
「気になる? 気にしてくれてる?」
「うるさい、ゲイって言ってたくせにほんとはバイなのか確認だけだよ」
晴也の返事に彼は笑いを消した。
「俺は恋愛感情は無かった、でも向こうはたぶんそうじゃなかった」
「……モテ自慢ですか?」
晶は違う、と嫌な顔をして答える。これは冗談にしてはいけないやつだと晴也は察したが、晶のほうが冗談に逃げた。
「ハルさんに訊かれると何でもゲロしたくなるから駄目だぁ」
「そんなおまえの都合は知らねぇし」
それから2人は飲み放題メニューに載っているほとんどの種類の酒を試飲した。そそくさと男子トイレの個室に飛び込み、晶の手に一万円札をねじ込んだ晴也は、すっかり出来上がって店を出た。寒くてマフラーを巻き直す。
晴也は学生時代から、飲み過ぎて記憶を飛ばしたりそこら辺で嘔吐しくたばったりしたことはない。そんなことは万死に値する恥だ。今もやや足許は怪しいが、目的地を見失うほどではなかった。
右側に歩く晶はしれっとした顔をしていた。ラブホテルに連れ込んで放置しようと思っていたのに、つまらない奴だ。
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