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13 破壊、そして
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晴也が店にピザと焼きおにぎりを持って出ると、おおっ、と店内に拍手が起きた。すっかり酒が醒めた晴也は、皆酔っているから、洒落にならない痴話喧嘩を笑いにしてくれたのだと感じた。気恥ずかしさを押し込めつつテーブルを一つずつ回って謝り、男女問わず客に慰められる。
「その後のことを聞きに来るよ」
「仲直りしててくれることを祈るわ」
ママは晴也が派手に話題を提供してしまったことを心配したが、ルーチェに晶のダンスを観に行った人たち以外は、皆随分長く店に居てくれたので、そこは喜んでいた。
23時を過ぎ、最後の客たちが名残惜しげに去ると、ホステス全員でひと息つく。
「ハルちゃんのプライベートの犠牲の上に今日の売り上げは成立したな」
ママの言葉に、晴也はもう一度すみません、と頭を下げた。
「ハルちゃんが身バレしなかったらいいんだけど」
「いいですよ、もうバレて困るのは父くらいしかいませんから」
麗華は麦茶を飲みながら、溜め息混じりに言う。
「ハルちゃんは勇気があるなあ、俺も彼女に店に来てもらおうかな……」
「いいんじゃないか、ハルちゃんの場合は明里さんがより納得してくれた感あったし」
美智生の言葉に麗華は頷く。婚約者にもうひとりの自分の姿を見て欲しいという風に心が動くのは、健全だと晴也も思う。
「ああでも、俺ももう少しハルちゃんの気持ちを汲むべきだったわ……優弥もあの日以来、ハルちゃんとショウのこと心配してたんだよなぁ」
美智生に言われて、晴也は首を横に振った。
「いいんです、ずっと自分の中でくすぶってた問題が表に出ただけです」
「でも彼全然引かなかったな、悪いけど面白い」
麗華に言われて、晴也も自分が何に気を揉んでいたのかわからなくなってきていた。あまりに思いきり晶の頬を叩いて、全部頭の中から飛んで行ってしまったようだった。
「もっと信じてあげたらいいんじゃないかな、彼のことも自分のことも」
「そうそう、俺は今夜は遠慮するけど経過報告頼むよ」
皆に言われながら、晴也はテーブルを拭く。晶に強引に約束させられてしまったが、これから一体何を話せばいいのかわからない。他所の店で、明里もいることだし、あまりぎゃあぎゃあ言い合いになるのもまずい。
麗華と美智生が上がり、晴也はルーチェのショーが終わる時間まで、月末の締めの作業をするママを手伝うことにした。給与計算をするママの邪魔にならないよう、酒を含めた食材の在庫の確認をする。
「ハルちゃんはこういうことも昼間するのか?」
「基本しないですけど、総務や庶務の棚卸しの手伝いをしたことがあるので」
量も多くないし、会社の備品をカウントするのに比べたら随分楽だった。
「ハルちゃん、昼の仕事の転職を考えるなら言ってくれ、多少力になれると思う……これはショウさんとの間とは別の話なんだろ?」
ママに言われて、晴也はお菓子の袋を数える手を止める。
「……はい、ありがとうございます……部署を変わればマシかなとは思うんですが」
この店では晴也と晶が男同士で痴話喧嘩をすることを、当たり前のように受け止めてもらえる。しかし一般社会はそうではない。晴也が女装趣味とおかしな性的指向を持つ人物として、引かれるのが現実だ。
あっという間に40分ほど経ち、ママの戸締まりを見守ってから、晴也はルーチェに明里を迎えに行った。彼女は一緒に行っためぎつねの客とすっかり打ち解けたらしく、店の入り口の階段を、話しながら上がって来た。
「お兄ちゃんお疲れさま、私たちだけ楽しんでごめんね」
一緒に出てきた男女にハルちゃんなの? と驚かれた。当然だ、可愛らしいホステスがぼさっとした陰気な男に変貌したのだから。彼らは晶の舞台の感想を口々に述べる。
「彼氏カッコよかったぁ、痺れた」
「ほっぺたについた手の形が隠せなかったみたいだけど」
あ、そうですか、と晴也は苦笑した。不思議なことに、普段の姿に戻ってしまうと、気の利いた言葉が出て来なくなってしまう。
ぞろぞろと連れ立って駅に向かい、皆におやすみと挨拶して別れてから、朝まで営業する喫茶店に入る。明里は興奮が醒めないのか、この寒いのにアイスコーヒーを頼んだ。晴也は温かいダージリンティーをオーダーする。
「その後のことを聞きに来るよ」
「仲直りしててくれることを祈るわ」
ママは晴也が派手に話題を提供してしまったことを心配したが、ルーチェに晶のダンスを観に行った人たち以外は、皆随分長く店に居てくれたので、そこは喜んでいた。
23時を過ぎ、最後の客たちが名残惜しげに去ると、ホステス全員でひと息つく。
「ハルちゃんのプライベートの犠牲の上に今日の売り上げは成立したな」
ママの言葉に、晴也はもう一度すみません、と頭を下げた。
「ハルちゃんが身バレしなかったらいいんだけど」
「いいですよ、もうバレて困るのは父くらいしかいませんから」
麗華は麦茶を飲みながら、溜め息混じりに言う。
「ハルちゃんは勇気があるなあ、俺も彼女に店に来てもらおうかな……」
「いいんじゃないか、ハルちゃんの場合は明里さんがより納得してくれた感あったし」
美智生の言葉に麗華は頷く。婚約者にもうひとりの自分の姿を見て欲しいという風に心が動くのは、健全だと晴也も思う。
「ああでも、俺ももう少しハルちゃんの気持ちを汲むべきだったわ……優弥もあの日以来、ハルちゃんとショウのこと心配してたんだよなぁ」
美智生に言われて、晴也は首を横に振った。
「いいんです、ずっと自分の中でくすぶってた問題が表に出ただけです」
「でも彼全然引かなかったな、悪いけど面白い」
麗華に言われて、晴也も自分が何に気を揉んでいたのかわからなくなってきていた。あまりに思いきり晶の頬を叩いて、全部頭の中から飛んで行ってしまったようだった。
「もっと信じてあげたらいいんじゃないかな、彼のことも自分のことも」
「そうそう、俺は今夜は遠慮するけど経過報告頼むよ」
皆に言われながら、晴也はテーブルを拭く。晶に強引に約束させられてしまったが、これから一体何を話せばいいのかわからない。他所の店で、明里もいることだし、あまりぎゃあぎゃあ言い合いになるのもまずい。
麗華と美智生が上がり、晴也はルーチェのショーが終わる時間まで、月末の締めの作業をするママを手伝うことにした。給与計算をするママの邪魔にならないよう、酒を含めた食材の在庫の確認をする。
「ハルちゃんはこういうことも昼間するのか?」
「基本しないですけど、総務や庶務の棚卸しの手伝いをしたことがあるので」
量も多くないし、会社の備品をカウントするのに比べたら随分楽だった。
「ハルちゃん、昼の仕事の転職を考えるなら言ってくれ、多少力になれると思う……これはショウさんとの間とは別の話なんだろ?」
ママに言われて、晴也はお菓子の袋を数える手を止める。
「……はい、ありがとうございます……部署を変わればマシかなとは思うんですが」
この店では晴也と晶が男同士で痴話喧嘩をすることを、当たり前のように受け止めてもらえる。しかし一般社会はそうではない。晴也が女装趣味とおかしな性的指向を持つ人物として、引かれるのが現実だ。
あっという間に40分ほど経ち、ママの戸締まりを見守ってから、晴也はルーチェに明里を迎えに行った。彼女は一緒に行っためぎつねの客とすっかり打ち解けたらしく、店の入り口の階段を、話しながら上がって来た。
「お兄ちゃんお疲れさま、私たちだけ楽しんでごめんね」
一緒に出てきた男女にハルちゃんなの? と驚かれた。当然だ、可愛らしいホステスがぼさっとした陰気な男に変貌したのだから。彼らは晶の舞台の感想を口々に述べる。
「彼氏カッコよかったぁ、痺れた」
「ほっぺたについた手の形が隠せなかったみたいだけど」
あ、そうですか、と晴也は苦笑した。不思議なことに、普段の姿に戻ってしまうと、気の利いた言葉が出て来なくなってしまう。
ぞろぞろと連れ立って駅に向かい、皆におやすみと挨拶して別れてから、朝まで営業する喫茶店に入る。明里は興奮が醒めないのか、この寒いのにアイスコーヒーを頼んだ。晴也は温かいダージリンティーをオーダーする。
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