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13 破壊、そして
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「お兄ちゃん、ショウにLINEしてあげた?」
言われて晴也は、少し迷ってから晶のアカウントのブロックを外した。そして駅前の喫茶店にいる旨を、事務的に書いて送信した。ほぼ間髪入れずにスマートフォンが震える。
「返事早っ」
明里が笑う。OK、と犬が笑うスタンプが返ってきたのを見て、何となくほっとする自分を認めたくない晴也である。
紅茶を飲みながら、明里からショーの様子を聞いていると、入口の自動ドアが開いた。晶は兄妹にすぐに気づいてこちらにやって来た。とりあえず晴也は、お疲れさまと声をかけた。あまり彼に横に来て欲しくなかったが、仕方ないので少し椅子を寄せる。
「お疲れさまでした、めぎつねから直接行った人たち、みんな大喜びでしたよ」
明里は声を弾ませて、椅子をひいた晶に言った。それは良かった、と彼は眼鏡の奥の目を笑いの形にする。その横顔をつい見つめている自分に気づき、晴也はふいと視線を外した。
「ハルさん何してたの?」
「……ママの棚卸し手伝ってた」
晴也は俯き気味になって言い、紅茶に口をつけた。晶は同じものを、と店員にオーダーした。
「……手形引かないですね」
明里は晶の右側を覗き込むようにして言った。晶はふふっと笑う。
「女性に打たれてここまでならないですよね、ハルさんは男だと実感させられました」
「メンバーに突っ込まれたんじゃないですか?」
そりゃあもう、と晶は大袈裟な身振りで両手を上げた。
「誰に殴られたんだ、ハルさんだ、どうしてですか、って感じでリハーサルがなかなか始められない」
晴也はイラッとして、晶の横顔を睨みつけた。
「それでまだ俺に何の話があるんだ、場合によってはもう一回殴るぞ」
明里は凄む兄をたしなめた。
「やめてよお兄ちゃん、吉岡さんのこと好きなんでしょ? 何でそんな言い方するの」
晴也は好きかどうかには答えず妹に向き直る。
「おまえもわかるだろうが、こいつは遅かれ早かれまた世界の舞台に戻るんだ……俺がくっついてたら邪魔なだけだろ」
「だからハルさん、どうしてそうなる」
晶が割り込んでくる。晴也は彼をちらっと見た。
「今のうちに身を引くのが……お互いのためだと」
「ちょい待った! ハルさんは大きな誤解をしてる……確かにサイラスのオファーを受けたいと思ってる、でも俺は彼に条件を出した、練習と本番を合わせて最長2ヶ月しか渡英しない……それでいいなら出演するって」
そんなことが可能なのか? 言葉を遮られた上に意外な話を聞かされた晴也はぽかんとして、次に明里と顔を見合わせた。晶は続ける。
「当たり前だろ? これが終わってからあっちで仕事が貰える保証もないんだ、俺はそんなにおめでたくないぞ」
そんな短期間の練習で本番に臨むなんて、どっちがおめでたいんだ? 晴也は逆に晶が心配になった。
「そんな条件サイラスさんが飲むのか? 気合い入った新作なんだろ?」
晶は晴也の言葉に目を細めた。
「気に入らないなら他の奴に頼んだらいい」
晶の表情はほとんど不遜にさえ見えた。……それでもサイラスは自分にパックを演って欲しいと言ってくるだろうという意味か。晴也は呆れ、次にぞくぞくした。晶の剥き出しの我と自信を見た気がした。こいつは舞台の外でも、恐ろしいくらい楽しませてくれる。
明里も困惑を声に混じらせた。
「口出ししてごめんなさい、吉岡さん、いいんですか? 兄の言いたいことは私もわかります、チャンスなのに」
晶は店員が紅茶のポットを置くのを待ってから、言った。
「サイラスは他にも今イギリスにいない人間に声をかけています、俺の出した条件下ならOKできる人がもっといるはずだと思って」
晴也はのんびり紅茶をカップに注ぐ晶を覗き込んだ。
「おまえはどうなんだよ、それで全くの新作を仕上げられるのか?」
「あらかじめ台本と振りを貰っておけば……2ヶ月毎日練習すればいけるんじゃないかな? この2年ドルフィン・ファイブでやって来たことよりむしろ楽だと思うんだけど」
晶自身がそう言うなら大丈夫なのだろう。しかしそのスケジュールを聞き、晴也にはもうひとつ気がかりがあった。
「演技とダンスのことだけじゃない、脚の……膝のことはどうなんだよ」
明里が向かいの席でやや緊張したのがわかった。しかし晶は兄妹の心配をよそに、表情をふわりと和らげる。
「ハルさんが俺の脚まで心配してくれるなんて……感激してちんこが」
「黙れ馬鹿、女性の前だぞ!」
晴也はひやっとなり、思わず晶を遮った。明里はきょとんとする。
「整形の先生にも相談するよ、これまで以上にちゃんとメンテナンスするから心配しないで」
どさくさに紛れて晶が顔を近づけてくるので、晴也は彼の肩を押しやった。横目で明里の様子を伺ってしまう。
言われて晴也は、少し迷ってから晶のアカウントのブロックを外した。そして駅前の喫茶店にいる旨を、事務的に書いて送信した。ほぼ間髪入れずにスマートフォンが震える。
「返事早っ」
明里が笑う。OK、と犬が笑うスタンプが返ってきたのを見て、何となくほっとする自分を認めたくない晴也である。
紅茶を飲みながら、明里からショーの様子を聞いていると、入口の自動ドアが開いた。晶は兄妹にすぐに気づいてこちらにやって来た。とりあえず晴也は、お疲れさまと声をかけた。あまり彼に横に来て欲しくなかったが、仕方ないので少し椅子を寄せる。
「お疲れさまでした、めぎつねから直接行った人たち、みんな大喜びでしたよ」
明里は声を弾ませて、椅子をひいた晶に言った。それは良かった、と彼は眼鏡の奥の目を笑いの形にする。その横顔をつい見つめている自分に気づき、晴也はふいと視線を外した。
「ハルさん何してたの?」
「……ママの棚卸し手伝ってた」
晴也は俯き気味になって言い、紅茶に口をつけた。晶は同じものを、と店員にオーダーした。
「……手形引かないですね」
明里は晶の右側を覗き込むようにして言った。晶はふふっと笑う。
「女性に打たれてここまでならないですよね、ハルさんは男だと実感させられました」
「メンバーに突っ込まれたんじゃないですか?」
そりゃあもう、と晶は大袈裟な身振りで両手を上げた。
「誰に殴られたんだ、ハルさんだ、どうしてですか、って感じでリハーサルがなかなか始められない」
晴也はイラッとして、晶の横顔を睨みつけた。
「それでまだ俺に何の話があるんだ、場合によってはもう一回殴るぞ」
明里は凄む兄をたしなめた。
「やめてよお兄ちゃん、吉岡さんのこと好きなんでしょ? 何でそんな言い方するの」
晴也は好きかどうかには答えず妹に向き直る。
「おまえもわかるだろうが、こいつは遅かれ早かれまた世界の舞台に戻るんだ……俺がくっついてたら邪魔なだけだろ」
「だからハルさん、どうしてそうなる」
晶が割り込んでくる。晴也は彼をちらっと見た。
「今のうちに身を引くのが……お互いのためだと」
「ちょい待った! ハルさんは大きな誤解をしてる……確かにサイラスのオファーを受けたいと思ってる、でも俺は彼に条件を出した、練習と本番を合わせて最長2ヶ月しか渡英しない……それでいいなら出演するって」
そんなことが可能なのか? 言葉を遮られた上に意外な話を聞かされた晴也はぽかんとして、次に明里と顔を見合わせた。晶は続ける。
「当たり前だろ? これが終わってからあっちで仕事が貰える保証もないんだ、俺はそんなにおめでたくないぞ」
そんな短期間の練習で本番に臨むなんて、どっちがおめでたいんだ? 晴也は逆に晶が心配になった。
「そんな条件サイラスさんが飲むのか? 気合い入った新作なんだろ?」
晶は晴也の言葉に目を細めた。
「気に入らないなら他の奴に頼んだらいい」
晶の表情はほとんど不遜にさえ見えた。……それでもサイラスは自分にパックを演って欲しいと言ってくるだろうという意味か。晴也は呆れ、次にぞくぞくした。晶の剥き出しの我と自信を見た気がした。こいつは舞台の外でも、恐ろしいくらい楽しませてくれる。
明里も困惑を声に混じらせた。
「口出ししてごめんなさい、吉岡さん、いいんですか? 兄の言いたいことは私もわかります、チャンスなのに」
晶は店員が紅茶のポットを置くのを待ってから、言った。
「サイラスは他にも今イギリスにいない人間に声をかけています、俺の出した条件下ならOKできる人がもっといるはずだと思って」
晴也はのんびり紅茶をカップに注ぐ晶を覗き込んだ。
「おまえはどうなんだよ、それで全くの新作を仕上げられるのか?」
「あらかじめ台本と振りを貰っておけば……2ヶ月毎日練習すればいけるんじゃないかな? この2年ドルフィン・ファイブでやって来たことよりむしろ楽だと思うんだけど」
晶自身がそう言うなら大丈夫なのだろう。しかしそのスケジュールを聞き、晴也にはもうひとつ気がかりがあった。
「演技とダンスのことだけじゃない、脚の……膝のことはどうなんだよ」
明里が向かいの席でやや緊張したのがわかった。しかし晶は兄妹の心配をよそに、表情をふわりと和らげる。
「ハルさんが俺の脚まで心配してくれるなんて……感激してちんこが」
「黙れ馬鹿、女性の前だぞ!」
晴也はひやっとなり、思わず晶を遮った。明里はきょとんとする。
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