142 / 229
13 破壊、そして
8
しおりを挟む
「お兄ちゃん、ショウにLINEしてあげた?」
言われて晴也は、少し迷ってから晶のアカウントのブロックを外した。そして駅前の喫茶店にいる旨を、事務的に書いて送信した。ほぼ間髪入れずにスマートフォンが震える。
「返事早っ」
明里が笑う。OK、と犬が笑うスタンプが返ってきたのを見て、何となくほっとする自分を認めたくない晴也である。
紅茶を飲みながら、明里からショーの様子を聞いていると、入口の自動ドアが開いた。晶は兄妹にすぐに気づいてこちらにやって来た。とりあえず晴也は、お疲れさまと声をかけた。あまり彼に横に来て欲しくなかったが、仕方ないので少し椅子を寄せる。
「お疲れさまでした、めぎつねから直接行った人たち、みんな大喜びでしたよ」
明里は声を弾ませて、椅子をひいた晶に言った。それは良かった、と彼は眼鏡の奥の目を笑いの形にする。その横顔をつい見つめている自分に気づき、晴也はふいと視線を外した。
「ハルさん何してたの?」
「……ママの棚卸し手伝ってた」
晴也は俯き気味になって言い、紅茶に口をつけた。晶は同じものを、と店員にオーダーした。
「……手形引かないですね」
明里は晶の右側を覗き込むようにして言った。晶はふふっと笑う。
「女性に打たれてここまでならないですよね、ハルさんは男だと実感させられました」
「メンバーに突っ込まれたんじゃないですか?」
そりゃあもう、と晶は大袈裟な身振りで両手を上げた。
「誰に殴られたんだ、ハルさんだ、どうしてですか、って感じでリハーサルがなかなか始められない」
晴也はイラッとして、晶の横顔を睨みつけた。
「それでまだ俺に何の話があるんだ、場合によってはもう一回殴るぞ」
明里は凄む兄をたしなめた。
「やめてよお兄ちゃん、吉岡さんのこと好きなんでしょ? 何でそんな言い方するの」
晴也は好きかどうかには答えず妹に向き直る。
「おまえもわかるだろうが、こいつは遅かれ早かれまた世界の舞台に戻るんだ……俺がくっついてたら邪魔なだけだろ」
「だからハルさん、どうしてそうなる」
晶が割り込んでくる。晴也は彼をちらっと見た。
「今のうちに身を引くのが……お互いのためだと」
「ちょい待った! ハルさんは大きな誤解をしてる……確かにサイラスのオファーを受けたいと思ってる、でも俺は彼に条件を出した、練習と本番を合わせて最長2ヶ月しか渡英しない……それでいいなら出演するって」
そんなことが可能なのか? 言葉を遮られた上に意外な話を聞かされた晴也はぽかんとして、次に明里と顔を見合わせた。晶は続ける。
「当たり前だろ? これが終わってからあっちで仕事が貰える保証もないんだ、俺はそんなにおめでたくないぞ」
そんな短期間の練習で本番に臨むなんて、どっちがおめでたいんだ? 晴也は逆に晶が心配になった。
「そんな条件サイラスさんが飲むのか? 気合い入った新作なんだろ?」
晶は晴也の言葉に目を細めた。
「気に入らないなら他の奴に頼んだらいい」
晶の表情はほとんど不遜にさえ見えた。……それでもサイラスは自分にパックを演って欲しいと言ってくるだろうという意味か。晴也は呆れ、次にぞくぞくした。晶の剥き出しの我と自信を見た気がした。こいつは舞台の外でも、恐ろしいくらい楽しませてくれる。
明里も困惑を声に混じらせた。
「口出ししてごめんなさい、吉岡さん、いいんですか? 兄の言いたいことは私もわかります、チャンスなのに」
晶は店員が紅茶のポットを置くのを待ってから、言った。
「サイラスは他にも今イギリスにいない人間に声をかけています、俺の出した条件下ならOKできる人がもっといるはずだと思って」
晴也はのんびり紅茶をカップに注ぐ晶を覗き込んだ。
「おまえはどうなんだよ、それで全くの新作を仕上げられるのか?」
「あらかじめ台本と振りを貰っておけば……2ヶ月毎日練習すればいけるんじゃないかな? この2年ドルフィン・ファイブでやって来たことよりむしろ楽だと思うんだけど」
晶自身がそう言うなら大丈夫なのだろう。しかしそのスケジュールを聞き、晴也にはもうひとつ気がかりがあった。
「演技とダンスのことだけじゃない、脚の……膝のことはどうなんだよ」
明里が向かいの席でやや緊張したのがわかった。しかし晶は兄妹の心配をよそに、表情をふわりと和らげる。
「ハルさんが俺の脚まで心配してくれるなんて……感激してちんこが」
「黙れ馬鹿、女性の前だぞ!」
晴也はひやっとなり、思わず晶を遮った。明里はきょとんとする。
「整形の先生にも相談するよ、これまで以上にちゃんとメンテナンスするから心配しないで」
どさくさに紛れて晶が顔を近づけてくるので、晴也は彼の肩を押しやった。横目で明里の様子を伺ってしまう。
言われて晴也は、少し迷ってから晶のアカウントのブロックを外した。そして駅前の喫茶店にいる旨を、事務的に書いて送信した。ほぼ間髪入れずにスマートフォンが震える。
「返事早っ」
明里が笑う。OK、と犬が笑うスタンプが返ってきたのを見て、何となくほっとする自分を認めたくない晴也である。
紅茶を飲みながら、明里からショーの様子を聞いていると、入口の自動ドアが開いた。晶は兄妹にすぐに気づいてこちらにやって来た。とりあえず晴也は、お疲れさまと声をかけた。あまり彼に横に来て欲しくなかったが、仕方ないので少し椅子を寄せる。
「お疲れさまでした、めぎつねから直接行った人たち、みんな大喜びでしたよ」
明里は声を弾ませて、椅子をひいた晶に言った。それは良かった、と彼は眼鏡の奥の目を笑いの形にする。その横顔をつい見つめている自分に気づき、晴也はふいと視線を外した。
「ハルさん何してたの?」
「……ママの棚卸し手伝ってた」
晴也は俯き気味になって言い、紅茶に口をつけた。晶は同じものを、と店員にオーダーした。
「……手形引かないですね」
明里は晶の右側を覗き込むようにして言った。晶はふふっと笑う。
「女性に打たれてここまでならないですよね、ハルさんは男だと実感させられました」
「メンバーに突っ込まれたんじゃないですか?」
そりゃあもう、と晶は大袈裟な身振りで両手を上げた。
「誰に殴られたんだ、ハルさんだ、どうしてですか、って感じでリハーサルがなかなか始められない」
晴也はイラッとして、晶の横顔を睨みつけた。
「それでまだ俺に何の話があるんだ、場合によってはもう一回殴るぞ」
明里は凄む兄をたしなめた。
「やめてよお兄ちゃん、吉岡さんのこと好きなんでしょ? 何でそんな言い方するの」
晴也は好きかどうかには答えず妹に向き直る。
「おまえもわかるだろうが、こいつは遅かれ早かれまた世界の舞台に戻るんだ……俺がくっついてたら邪魔なだけだろ」
「だからハルさん、どうしてそうなる」
晶が割り込んでくる。晴也は彼をちらっと見た。
「今のうちに身を引くのが……お互いのためだと」
「ちょい待った! ハルさんは大きな誤解をしてる……確かにサイラスのオファーを受けたいと思ってる、でも俺は彼に条件を出した、練習と本番を合わせて最長2ヶ月しか渡英しない……それでいいなら出演するって」
そんなことが可能なのか? 言葉を遮られた上に意外な話を聞かされた晴也はぽかんとして、次に明里と顔を見合わせた。晶は続ける。
「当たり前だろ? これが終わってからあっちで仕事が貰える保証もないんだ、俺はそんなにおめでたくないぞ」
そんな短期間の練習で本番に臨むなんて、どっちがおめでたいんだ? 晴也は逆に晶が心配になった。
「そんな条件サイラスさんが飲むのか? 気合い入った新作なんだろ?」
晶は晴也の言葉に目を細めた。
「気に入らないなら他の奴に頼んだらいい」
晶の表情はほとんど不遜にさえ見えた。……それでもサイラスは自分にパックを演って欲しいと言ってくるだろうという意味か。晴也は呆れ、次にぞくぞくした。晶の剥き出しの我と自信を見た気がした。こいつは舞台の外でも、恐ろしいくらい楽しませてくれる。
明里も困惑を声に混じらせた。
「口出ししてごめんなさい、吉岡さん、いいんですか? 兄の言いたいことは私もわかります、チャンスなのに」
晶は店員が紅茶のポットを置くのを待ってから、言った。
「サイラスは他にも今イギリスにいない人間に声をかけています、俺の出した条件下ならOKできる人がもっといるはずだと思って」
晴也はのんびり紅茶をカップに注ぐ晶を覗き込んだ。
「おまえはどうなんだよ、それで全くの新作を仕上げられるのか?」
「あらかじめ台本と振りを貰っておけば……2ヶ月毎日練習すればいけるんじゃないかな? この2年ドルフィン・ファイブでやって来たことよりむしろ楽だと思うんだけど」
晶自身がそう言うなら大丈夫なのだろう。しかしそのスケジュールを聞き、晴也にはもうひとつ気がかりがあった。
「演技とダンスのことだけじゃない、脚の……膝のことはどうなんだよ」
明里が向かいの席でやや緊張したのがわかった。しかし晶は兄妹の心配をよそに、表情をふわりと和らげる。
「ハルさんが俺の脚まで心配してくれるなんて……感激してちんこが」
「黙れ馬鹿、女性の前だぞ!」
晴也はひやっとなり、思わず晶を遮った。明里はきょとんとする。
「整形の先生にも相談するよ、これまで以上にちゃんとメンテナンスするから心配しないで」
どさくさに紛れて晶が顔を近づけてくるので、晴也は彼の肩を押しやった。横目で明里の様子を伺ってしまう。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
隣のチャラ男くん
木原あざみ
BL
チャラ男おかん×無気力駄目人間。
お隣さん同士の大学生が、お世話されたり嫉妬したり、ごはん食べたりしながら、ゆっくりと進んでいく恋の話です。
第9回BL小説大賞 奨励賞ありがとうございました。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる