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14 万彩
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「あのですね、早川さん……あなたが過去嫌な思いをしたことには、同情します……でもそのかたとショウさん……吉岡さんを同列に置くのは少し違うと思うんですが」
戸惑いつつ、晴也は晶の名誉のためにも話す。
「吉岡さんはサラリーマンです、もちろんダンスはあの人の血肉ですよ、でも今はそれで食べて行くことは……あの人自身は諦めてますし、他の部分でも基本的に真面目です」
早川は不愉快そうに応じた。
「騙されてるんじゃないのか」
「俺も最初はからかわれてると思ったんです、でもそうじゃなかったみたいで」
「おまえはあの人が本当に好きなのか? 上手いこと言われて舞い上がってるだけじゃないのか……おまえゲイじゃないだろう?」
早川の質問に対して、自分でも不思議なくらい、するりと返答が出た。
「好きです、大体俺あの人の容姿が好みなので、初めてルーチェに行って5人で踊るのを見た日も、あの人に一番目が行ったんです……昔は好きな女性もいたので自分はゲイじゃないと思っていました、バイセクシャルなのかもしれません」
今度は早川があ然となった。真面目だが陰気で性的なことに興味が無さそうな後輩が、見かけから恋愛に入るバイセクシャルだと聞かされれば、ショックなレベルかもしれない。
でもそれが真実なのだから、仕方がない。そして晶は、昼間の陰気な晴也にも、夜の蝶になる晴也にも、同様に好意を示してくれる。もし早川が自分に好意を抱いていたとしても、2人の晴也を受け入れてはくれないだろうと思う。
話が一段落つき、お互いお菓子とコーヒーを口にし始める。晴也はふと、早川はまだその俳優に、無意識の未練を残しているのではないかと感じた。テレビで彼の姿を見てしまえば、忘れたくても忘れるのは難しいだろう。
「とにかく吉岡さんに困らされるようなことがあったら、俺にとは言わないがすぐに誰かに相談しろ」
いや、もう十分晶には困らされていますが……晴也は早川の言葉に、苦笑が出そうになるのを堪える。やはり早川は無駄なお節介をする人だ。
「……いろいろ衝撃が大きくてメンタルをやられそうだ、ほんとに吉岡さん許せない」
まだそんなことを言う早川に、少し釘を刺しておこうと晴也は思った。
「早川さんって割と先入観で人を見るし、自分基準で他人のことを判断して動きますよね? それちょっと考えたほうがいいです」
晴也の言葉に、早川は頬をひくひくさせた。釘ではなく、鉄の杭を打ち込んでしまったようだった。
「……メンタル破壊された」
「あ、その感じ方は真っ当だと思いますよ」
早川は悔しそうに呟く。
「おまえをそんな風にした吉岡を俺は一生呪う」
「だからね、吉岡さんのせいじゃなくて、たぶん俺の素ですから……だから俺はコミュ障だって言ってるんです」
晶を庇えば庇うほど、晴也が晶に騙されているように早川には思えるのだろう。困った人だ。ここまでくると、笑えてしまう。
「あいつが出てくる以前はおまえは言葉を選ぶ優しい奴だった」
「今だって言葉は選んでますって……じゃあ吉岡さんにそう伝えておきますね」
「ああ、いつか必ず潰すと言っておけ、二度と俺の前でへらへらとお辞儀なんかできないようにしてやるってな」
早川は、初めてダンサーとしての晶を見たあの夜の話をしているようだった。笑顔で優雅に頭を下げた晶が、相当癇に障ったと見える。
晴也はずっと苦笑が出るのを我慢し続けた。この状況を少し面白いと思ってしまう俺って……オム・ファタルなのか? 晴也は眉間の皺が消えない早川を見ながら、ちょっと困惑してしまう。
気になって仕方がなかったが、早川さんもしかして俺のこと好きなんですか、と訊くのは、やめておこうと思った。それにもしかすると、俳優の彼は、早川に振られたのがショックで、誰とでも寝るようになってしまったのかも……これも言わないほうがいい。
人と人との関係は難しい。晴也はコーヒーを飲み干して、男性でも女性でもいいから、早川にいい人が現れるといいなと、心から思った。
戸惑いつつ、晴也は晶の名誉のためにも話す。
「吉岡さんはサラリーマンです、もちろんダンスはあの人の血肉ですよ、でも今はそれで食べて行くことは……あの人自身は諦めてますし、他の部分でも基本的に真面目です」
早川は不愉快そうに応じた。
「騙されてるんじゃないのか」
「俺も最初はからかわれてると思ったんです、でもそうじゃなかったみたいで」
「おまえはあの人が本当に好きなのか? 上手いこと言われて舞い上がってるだけじゃないのか……おまえゲイじゃないだろう?」
早川の質問に対して、自分でも不思議なくらい、するりと返答が出た。
「好きです、大体俺あの人の容姿が好みなので、初めてルーチェに行って5人で踊るのを見た日も、あの人に一番目が行ったんです……昔は好きな女性もいたので自分はゲイじゃないと思っていました、バイセクシャルなのかもしれません」
今度は早川があ然となった。真面目だが陰気で性的なことに興味が無さそうな後輩が、見かけから恋愛に入るバイセクシャルだと聞かされれば、ショックなレベルかもしれない。
でもそれが真実なのだから、仕方がない。そして晶は、昼間の陰気な晴也にも、夜の蝶になる晴也にも、同様に好意を示してくれる。もし早川が自分に好意を抱いていたとしても、2人の晴也を受け入れてはくれないだろうと思う。
話が一段落つき、お互いお菓子とコーヒーを口にし始める。晴也はふと、早川はまだその俳優に、無意識の未練を残しているのではないかと感じた。テレビで彼の姿を見てしまえば、忘れたくても忘れるのは難しいだろう。
「とにかく吉岡さんに困らされるようなことがあったら、俺にとは言わないがすぐに誰かに相談しろ」
いや、もう十分晶には困らされていますが……晴也は早川の言葉に、苦笑が出そうになるのを堪える。やはり早川は無駄なお節介をする人だ。
「……いろいろ衝撃が大きくてメンタルをやられそうだ、ほんとに吉岡さん許せない」
まだそんなことを言う早川に、少し釘を刺しておこうと晴也は思った。
「早川さんって割と先入観で人を見るし、自分基準で他人のことを判断して動きますよね? それちょっと考えたほうがいいです」
晴也の言葉に、早川は頬をひくひくさせた。釘ではなく、鉄の杭を打ち込んでしまったようだった。
「……メンタル破壊された」
「あ、その感じ方は真っ当だと思いますよ」
早川は悔しそうに呟く。
「おまえをそんな風にした吉岡を俺は一生呪う」
「だからね、吉岡さんのせいじゃなくて、たぶん俺の素ですから……だから俺はコミュ障だって言ってるんです」
晶を庇えば庇うほど、晴也が晶に騙されているように早川には思えるのだろう。困った人だ。ここまでくると、笑えてしまう。
「あいつが出てくる以前はおまえは言葉を選ぶ優しい奴だった」
「今だって言葉は選んでますって……じゃあ吉岡さんにそう伝えておきますね」
「ああ、いつか必ず潰すと言っておけ、二度と俺の前でへらへらとお辞儀なんかできないようにしてやるってな」
早川は、初めてダンサーとしての晶を見たあの夜の話をしているようだった。笑顔で優雅に頭を下げた晶が、相当癇に障ったと見える。
晴也はずっと苦笑が出るのを我慢し続けた。この状況を少し面白いと思ってしまう俺って……オム・ファタルなのか? 晴也は眉間の皺が消えない早川を見ながら、ちょっと困惑してしまう。
気になって仕方がなかったが、早川さんもしかして俺のこと好きなんですか、と訊くのは、やめておこうと思った。それにもしかすると、俳優の彼は、早川に振られたのがショックで、誰とでも寝るようになってしまったのかも……これも言わないほうがいい。
人と人との関係は難しい。晴也はコーヒーを飲み干して、男性でも女性でもいいから、早川にいい人が現れるといいなと、心から思った。
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