夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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14 万彩

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 晴也は少し唇を尖らせた。

「通じてなくはないぞ、多少気持ちは乱された」
「じゃあナツミちゃんが謝る理由になるじゃないか、あの時ハルさん……何でミチルさんやナツミちゃんには話して俺には話してくれないって怒ってたよな?」
「それは別というか、ショウさんはナツミちゃんのほうが話しやすいんだろうなと思った」
「……まあサイラスの舞台の話はしばらくハルさんに伏せておくつもりだったからな」

 晶はナツミの自分に対する気持ちに関して、言質げんちしない。ある意味ひどい男だと晴也は思った。

「……何とか言えよ、ナツミちゃん可哀想だろ」

 晴也が我慢出来ずに言うと、晶はへ? と数度瞬きした。

「ハルさんは俺のどのような返事を期待してる?」
「別に期待する答えなんて無いわ」
「正直に言えばああそうなんだ、以上、って感じなんだけど?」

 晶はあっさりと言った。

「ナツミちゃんはいい子だと思うよ、ハルさんと違って自分はこうしたいってのをはっきり言えるのは彼の魅力だ、ついて行きたいタイプと上手くいくと思うな」

 晴也はふうん、と応じる。ハルさんと違って、は余計な気がしたが。

「俺はハルさんみたいに複雑怪奇な人が好きなんだ、しかももしかしたら人じゃないかも的な」

 晴也は晶の言葉にぶすったれる。好きと言われても、何だかあまり嬉しくない。

「ああ、鳥なんだろ、はいはい」
「気まぐれな文鳥だ、懐いてくれてるのかどうかわからない……」

 晶を目だけで見ると、彼は勝手にとろけた顔になっていた。

「……そこそこ懐いてるよ」

 晴也は呟いて目を逸らした。ふふふ、と晶の楽しげな笑い声が降ってくる。

「あーそうだハルさん、美智生さんに何か話しただろ」
「何を?」
「仲直りしてどこまでやったとか」

 晴也はティーカップに指をぶつけ、がちゃんと音を立ててしまった。

「いやいやいや、そんなことは何も……」

 赤面しそうになるのを懸命にこらえたが、晶は疑いの眼差しを送ってくる。

「美智生さんがハルさんに対して過保護過干渉なんだよ、優しく扱えとか俺が思ってるよりずっと純粋だから傷つけるなとか……」
「あ、だってミチルさんは俺のお兄ちゃんだから……」

 晴也は煮詰まって来た頃、美智生からのLINEも数度既読スルーしたので、晶と一緒におろおろしていたらしい。

「あの時挙げ句の果てに俺が責められたんだけど」
「うわぁ、俺から謝ります、すみません……」

 晴也はいたたまれなくなってきて、空いたタルトの皿を片づけ始めた。晶が自分の一挙一動を見つめているのを感じて、そわそわしてしまう。

「ハルさんがコミュ障だなんてほんとに誰が言ったんだ、そこらじゅうで愛されてるから気が気でなくなるよ」

 晶も空いたティーカップをシンクに置いてくれる。彼は小さなテーブルが片づくと、晴也の前に回って来て、言った。

「ハルさん、お昼寝タイムだ」

 晴也はえっ、と低く洩らした。昼間っから、本当にこいつは……。

「おまえってマジでエロいこととダンスのことしか頭に無いんだな」

 晶は晴也の発言に、眉を上げた。

「えっハルさん、そんな気になってるの? 俺は純粋に昼寝がしたいんだけど……」

 晴也はしばし黙り、うつむいて今度こそ赤面した。晶が覗き込んでくる。

「ハルさんがお望みならいくらでもおつき合いいたしますが」
「要らないっ、寝るだけならそれでいいから」
「よく踊ってお腹いっぱいになって眠くなってきた……」

 しかもぽかぽかと良い天気なのだ。部屋の中も暖かく、横になりたい気持ちはわからなくもなかった。
 人の家で昼寝を希望する晶もどうなのだろうと思いつつ、ベッドを軽く整えた。晶はわざわざ、ジーンズから練習の時に使っていたスウェットに穿き替えている。

「おやすみ、何時に起こせばいい?」

 晴也はベッドに座った晶に、チンアナゴのぬいぐるみを手渡した。彼はそれを見て笑顔になったが、とんでもないことを言う。

「添い寝して」
「はぁっ⁉」
「一緒に寝よう」

 休日に割と昼寝をする晴也は、実は晶の提案に異存は無かったが、このエロダンサーを信用していいものかと思う。

「……ちんこに触るな、チューもするな」

 晴也は、チンアナゴを握りながら嬉しげに自分を見上げる晶に命じた。彼は眉の裾を下げる。

「ちんこに触る気は今は無い、チューも駄目?」
「……舌を入れてくるな」

 晶は黒い瞳を輝かせて、くくっと笑う。

「……何か全部逆説に聞こえるんだけど」

 晴也は咄嗟とっさに反論した。

「違う! 今言った禁止事項をやらかしたらその瞬間に叩き出すからな!」
「はいはい……ハルさんに誘惑されてるようにしか思えないってお兄ちゃんに報告しとく」

 晴也は口を開きかけたが、晶に手首を掴まれ引っぱられたので、言葉を飲み込んだ。

「着替えますか?」

 晶に肩を抱かれ、至近距離で尋ねられた晴也は、のけ反りながらうん、と答えた。そそくさと寝間着のスウェットに穿き替えて、晶の横にごろりと転がる。

「ハルさん大好き」

 晶はチンアナゴを自分の顔の前に持ってきて、無邪気に言った。晴也は落ち着かなかったが、本当に晶が素直に目を閉じたので、身体の緊張をゆっくり解いた。
 きれいな顔だな。晴也は目の前の男を見つめて、しみじみと思う。チンアナゴは彼の顔のそばに寝そべり、晴也のほうを向いていた。
 こいつがイギリスの公演を無事に終えて、日本に戻って来たら。晴也は考えた。そうしたら……一緒に暮らしてもいいかもしれない。
 その結論は晴也の胸を暖色系の温かいもので満たしたが、反面、そんなことを考える自分が少し怖い。これは晶への依存ではないのか。そんな風になってから、彼を失うようなことになったら……。
 晶の呼吸が深くゆっくりになった。本当に寝たのかと少し呆れたが、自分の前でこれだけ無防備になる彼が、やはり愛おしかった。……見えない先のことを、考え過ぎるのは良くない。晴也は自分に言い聞かせながら、静かに眠る晶を見つめた。そして、チンアナゴに添えられた彼の手の甲に、そっと自分の手を重ねた。
 たったそれだけのことで、とても幸せに思えた。こんな時間をもっと過ごせたら……でもこんな望みは単なる甘えだ……晴也の気持ちが揺れる。そのうち瞼が重くなってきて、晴也の思考にも靄がかかり始めた。ベランダからやって来た春の風がカーテンを揺らして、首筋を微かに撫でたのが心地良かった。
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