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15 昼に舞う蝶とダンサー
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「さっきのも女子ウケすると思います、藤田さんと牧野さんが喜びそう」
「うん、鼻血噴くんじゃない? ショウさんあのギリシアっぽい恰好めちゃ似合う、写真撮りたいわ」
皆で喉を潤し、空いたグラスを下げてもらう。美智生がテーブルに肘をついた。
「意外と水曜と金曜で曲の使い回ししないんだよな」
「ミチルさんみたいに、水金両方来るお客さんがいるからなんじゃ……」
晴也が言うと、美智生は俺のせい? と背筋を伸ばした。そうそう、とナツミも笑った。
「俺は同じプログラムでも全然いいんだよ?」
「ひと言優弥さんに言ってあげたらどうですか?」
「てか俺水曜は年に数回来るか来ないかだって、ハルちゃん一緒に働いてるじゃん」
少し酔って来たのか、ナツミがあははと声を立てて笑った。先週あんなに泣いていたことを思うと、朗らかに笑ってくれて晴也は安心する。
10分ほどして舞台が再開し、これも昔良く流行ったダンスナンバーに乗せて5人が飛び出してきた。Tシャツにタイトなジーンズという普通の衣装だが、ダンサーたちは腰をくねらせ、口許に微笑を浮かべて誘うような目線を客席に送ってくる。
「何、このエロさ……」
ナツミが思わずといったように呟いた。変に濃厚な空気が店内に充満してきたように思えて、晴也は舞台から視線を外し、ジントニックを口にした。次に視界を舞台に移した瞬間、ショウと目が合った。彼は晴也をじっとりと見つめながら、腕をこちらに伸ばし、舌先でちらりと上唇を舐めた。晴也は裸を見られたような気分になり、背筋がぞくぞくして椅子の上で縮み上がる。
「……今ショウさん、めっちゃハルちゃんのこと見てたよね?」
ナツミに言われて、晴也はぷるぷると首を横に振った。前のテーブルに座る男性まで、晴也を振り返っている。ここにいるショウのファンに刺されそうで恐ろしい。その濃い目線を直送するなっつーんだよ!
曲が終わり5人が拍手に応えるまで、晴也は生きた心地がしなかった。美智生は蕩けた、などと言いながら、椅子の背に体重を預けている。
「着実にセクシー度増してるよなあ、ドルフィン・ファイブ……」
「もう俺ショウに抱かれたい」
「あ、わかる」
隣のテーブルからそんな声がした。晴也はその瞬間、どきどきの中に微かな雑味が混じるのを感じた。……え、何だこれ……?
ダンサーたちの着替えが終わったのだろう、一旦舞台に照明が入ったが、すぐにすうっと暗くなった。舞台が赤紫のような色になり、ほとんど何も見えない。その中で、かさかさという小さく軽い音と足音がした。
打楽器の音が鳴る。僅かに上手から差した照明が、5人の後ろ姿を浮かび上がらせ、彼らがほぼ全裸でかがんでいることを客席に知らしめた。ナツミがきゃっ、と小さく叫び、晴也もどきりとした。
下手からも照明が入り、打楽器がリズムを刻む。あの曲だと晴也は思い出す。高田馬場の駅前の貸しレッスン室で、晶が練習していた、パーカッションだけの難しい曲。
背中を向けて横一列に並んだ5人は、舞台の奥に向かい礼拝するポーズを取った。晶は何と言っていただろうか、確か……古代の神事。太鼓が高らかに鳴り、くるりと彼らが振り返り、中腰でポーズを取ると、見たこともないようなドルフィン・ファイブの姿に客席が息を飲んだ。全員が腰蓑だけをつけ、髪を逆立てて、頬や額に赤や白の色を入れていた。
打楽器の数が増え、ダンサーたちの動きが大きくなる。足と腰でリズムを刻み、肩を抱いてこちらを見るが、さっきの曲とは違って、5人ともにこりともしない。やや客席より上を、何かがいるかのように凝視し続けてステップを踏み続ける。晴也はこの世にあらざるものでも降りてきたような気がして、違う意味でぞくっとした。
「何、これ……」
美智生があ然として、言った。5人は憑かれたように、打楽器のアクセントに合わせて、腕を上げ、回し、手を合わせる。足を踏み鳴らし、床に手をついて上体を反らせた。大切な儀式が進行していることを表しているようだった。
音が鎮まると5人は一斉に舞台から捌けた。すぐに音に合わせユウヤが走り出てきて、トランポリンを使ったかのように高くジャンプし、下手に走り去る。晴也はようやく、ジャンプひとつにも個性が出ていることを感じる余裕が出てきた。タケルが力強く幅の広い横跳びを見せると、ショウはふわりと前後に開脚して舞い、ほとんど足音を立てずに上手の袖に飛び込んだ。マキが2度軽やかにバク転し、反対側から出て来たサトルが回転跳びで舞台を横切ると、思わずといったような溜め息が客席から洩れた。
新しいリズムが始まり、いつものユウヤを頂点にした三角形で5人が揃うと、互いの手足がぶつかるのではないかとひやひやするような、激しいダンスが始まった。しかし5人の腕の高さや脚を振り抜く速さはぴったりと合い、打楽器だけの音楽を可視化するようだった。また完璧なシンクロが、踊りを神に捧げる神聖なセレモニーが行われていると観客に印象づける。
普段はクールに踊るショウの額に、汗が光ったことに晴也は気づいた。足を踏み鳴らすような振りは、体力を使うのだろう。太鼓のリズムはどんどん速くなって、首を振る5人が狂気じみてきたようにも見える。客席の全員が酒を飲むことも忘れて、舞台の上の5人に目を奪われていた。
一瞬の音の空白がうまれた時、ダンサーたちはふわりと跳んだ。地に足がつき、10本の腕がそれぞれ別の方向に伸びたと同時に、大きな音が鳴る。照明がカットダウンした。
しばらく何の音もしなかった。舞台に白い光が入り、ポーズを取ったままの5人が照らし出されると、彼らに拍手が一気に押し寄せた。晴也も我に返った。クリスマスの「シング・シング・シング」に負けないくらいの歓声が起こり、晴也は呆然としたまま手を叩いた。
ダンサーたちは皆ふらりと立ち上がって、ようやく笑顔を見せた。そして客席を見渡し、深々と頭を下げた。
ユウヤがマイクを通さず、ありがとうございました、と言った。口笛が鳴り、拍手がひときわ大きくなった。マキとサトルは嬉しそうに手を振る。2人のファンとおぼしき客席の男性たちが、手を振り返した。5人は客席に笑顔を向けながら、上手と下手に分かれて袖に引っ込む。
「もう私今夜眠れない、一体何を見たのって感じ」
ナツミは興奮を抑え切れない口調で言った。晴也も心臓がどきどきするのが治らず、喉が渇いてジントニックをがぶ飲みしてしまった。
「うん、鼻血噴くんじゃない? ショウさんあのギリシアっぽい恰好めちゃ似合う、写真撮りたいわ」
皆で喉を潤し、空いたグラスを下げてもらう。美智生がテーブルに肘をついた。
「意外と水曜と金曜で曲の使い回ししないんだよな」
「ミチルさんみたいに、水金両方来るお客さんがいるからなんじゃ……」
晴也が言うと、美智生は俺のせい? と背筋を伸ばした。そうそう、とナツミも笑った。
「俺は同じプログラムでも全然いいんだよ?」
「ひと言優弥さんに言ってあげたらどうですか?」
「てか俺水曜は年に数回来るか来ないかだって、ハルちゃん一緒に働いてるじゃん」
少し酔って来たのか、ナツミがあははと声を立てて笑った。先週あんなに泣いていたことを思うと、朗らかに笑ってくれて晴也は安心する。
10分ほどして舞台が再開し、これも昔良く流行ったダンスナンバーに乗せて5人が飛び出してきた。Tシャツにタイトなジーンズという普通の衣装だが、ダンサーたちは腰をくねらせ、口許に微笑を浮かべて誘うような目線を客席に送ってくる。
「何、このエロさ……」
ナツミが思わずといったように呟いた。変に濃厚な空気が店内に充満してきたように思えて、晴也は舞台から視線を外し、ジントニックを口にした。次に視界を舞台に移した瞬間、ショウと目が合った。彼は晴也をじっとりと見つめながら、腕をこちらに伸ばし、舌先でちらりと上唇を舐めた。晴也は裸を見られたような気分になり、背筋がぞくぞくして椅子の上で縮み上がる。
「……今ショウさん、めっちゃハルちゃんのこと見てたよね?」
ナツミに言われて、晴也はぷるぷると首を横に振った。前のテーブルに座る男性まで、晴也を振り返っている。ここにいるショウのファンに刺されそうで恐ろしい。その濃い目線を直送するなっつーんだよ!
曲が終わり5人が拍手に応えるまで、晴也は生きた心地がしなかった。美智生は蕩けた、などと言いながら、椅子の背に体重を預けている。
「着実にセクシー度増してるよなあ、ドルフィン・ファイブ……」
「もう俺ショウに抱かれたい」
「あ、わかる」
隣のテーブルからそんな声がした。晴也はその瞬間、どきどきの中に微かな雑味が混じるのを感じた。……え、何だこれ……?
ダンサーたちの着替えが終わったのだろう、一旦舞台に照明が入ったが、すぐにすうっと暗くなった。舞台が赤紫のような色になり、ほとんど何も見えない。その中で、かさかさという小さく軽い音と足音がした。
打楽器の音が鳴る。僅かに上手から差した照明が、5人の後ろ姿を浮かび上がらせ、彼らがほぼ全裸でかがんでいることを客席に知らしめた。ナツミがきゃっ、と小さく叫び、晴也もどきりとした。
下手からも照明が入り、打楽器がリズムを刻む。あの曲だと晴也は思い出す。高田馬場の駅前の貸しレッスン室で、晶が練習していた、パーカッションだけの難しい曲。
背中を向けて横一列に並んだ5人は、舞台の奥に向かい礼拝するポーズを取った。晶は何と言っていただろうか、確か……古代の神事。太鼓が高らかに鳴り、くるりと彼らが振り返り、中腰でポーズを取ると、見たこともないようなドルフィン・ファイブの姿に客席が息を飲んだ。全員が腰蓑だけをつけ、髪を逆立てて、頬や額に赤や白の色を入れていた。
打楽器の数が増え、ダンサーたちの動きが大きくなる。足と腰でリズムを刻み、肩を抱いてこちらを見るが、さっきの曲とは違って、5人ともにこりともしない。やや客席より上を、何かがいるかのように凝視し続けてステップを踏み続ける。晴也はこの世にあらざるものでも降りてきたような気がして、違う意味でぞくっとした。
「何、これ……」
美智生があ然として、言った。5人は憑かれたように、打楽器のアクセントに合わせて、腕を上げ、回し、手を合わせる。足を踏み鳴らし、床に手をついて上体を反らせた。大切な儀式が進行していることを表しているようだった。
音が鎮まると5人は一斉に舞台から捌けた。すぐに音に合わせユウヤが走り出てきて、トランポリンを使ったかのように高くジャンプし、下手に走り去る。晴也はようやく、ジャンプひとつにも個性が出ていることを感じる余裕が出てきた。タケルが力強く幅の広い横跳びを見せると、ショウはふわりと前後に開脚して舞い、ほとんど足音を立てずに上手の袖に飛び込んだ。マキが2度軽やかにバク転し、反対側から出て来たサトルが回転跳びで舞台を横切ると、思わずといったような溜め息が客席から洩れた。
新しいリズムが始まり、いつものユウヤを頂点にした三角形で5人が揃うと、互いの手足がぶつかるのではないかとひやひやするような、激しいダンスが始まった。しかし5人の腕の高さや脚を振り抜く速さはぴったりと合い、打楽器だけの音楽を可視化するようだった。また完璧なシンクロが、踊りを神に捧げる神聖なセレモニーが行われていると観客に印象づける。
普段はクールに踊るショウの額に、汗が光ったことに晴也は気づいた。足を踏み鳴らすような振りは、体力を使うのだろう。太鼓のリズムはどんどん速くなって、首を振る5人が狂気じみてきたようにも見える。客席の全員が酒を飲むことも忘れて、舞台の上の5人に目を奪われていた。
一瞬の音の空白がうまれた時、ダンサーたちはふわりと跳んだ。地に足がつき、10本の腕がそれぞれ別の方向に伸びたと同時に、大きな音が鳴る。照明がカットダウンした。
しばらく何の音もしなかった。舞台に白い光が入り、ポーズを取ったままの5人が照らし出されると、彼らに拍手が一気に押し寄せた。晴也も我に返った。クリスマスの「シング・シング・シング」に負けないくらいの歓声が起こり、晴也は呆然としたまま手を叩いた。
ダンサーたちは皆ふらりと立ち上がって、ようやく笑顔を見せた。そして客席を見渡し、深々と頭を下げた。
ユウヤがマイクを通さず、ありがとうございました、と言った。口笛が鳴り、拍手がひときわ大きくなった。マキとサトルは嬉しそうに手を振る。2人のファンとおぼしき客席の男性たちが、手を振り返した。5人は客席に笑顔を向けながら、上手と下手に分かれて袖に引っ込む。
「もう私今夜眠れない、一体何を見たのって感じ」
ナツミは興奮を抑え切れない口調で言った。晴也も心臓がどきどきするのが治らず、喉が渇いてジントニックをがぶ飲みしてしまった。
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