夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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15 昼に舞う蝶とダンサー

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 吉岡バレエスタジオの発表会を、メイクスタッフとして手伝った経験は、晴也にとって新鮮で気持ちの弾むものだった。
 ハンガーにかけられて並ぶ、スパンコールや羽根のついた煌びやかな衣装。化粧品とヘアスプレーの匂い。緊張した表情の子どもたち、出演者以上に落ち着きの無い保護者たち。楽屋の中は常に慌ただしい。楽屋は生徒全員を入れるには決して広くはなかった。出番が済んだ子たちが、カーディガンなどを羽織って保護者と出て行くと、プログラムの後半に出演する女の子たちが入って来る。晴也のほうが、目が回りそうだった。
 晶のダンスクラスの生徒たちは、前半の部の中ほどに出演した。晴也は女の子の楽屋前の廊下に椅子と化粧道具を出し、衣装に着替え終わった子たちのメイクを順番に手伝った。母親たちがそれなりにメイクの練習をしてきたので、晴也は思ったより手を取られなかったが、緊張して震える子の瞼にアイラインを引くのには苦労した。
 晶に頼まれたこともあり、晴也は舞台袖で生徒たちの手を順番に握ってやったあと、舞台裏の通路を小走りで通り抜け、客席から彼らの晴れ姿を見守った。
 メイクや衣装は普通の少年少女たちを舞台人に変える。晴也は小さなダンサーたちが躍動する姿に、胸がじんと熱くなった。晶の生徒たちは、スポットライトを浴びて、広い舞台の上でのびのびと踊った。個性を生かした少人数で踊るパートと、腕や脚の高さをきっちり揃えた群舞のパートのコントラストが楽しい。晶の振り付けも巧みだが、小さなダンサーたちは振付家の意図をしっかり把握して、自分たちのものにしていた。
 大きな拍手を浴びて頭を下げる子どもたちは、皆誇らしげな表情だった。晴也は拍手もそこそこに、ホールを出て関係者しか入れない扉を押し、舞台袖に戻る。晶が生徒たちを迎えて、1人ずつハグしていた。晴也も晶のそばに行き、彼らにお疲れさま、と順に声をかけていると、女性の講師から、生徒たち一人一人に出演の記念品を渡すよう頼まれてしまった。
 数人の女の子は、晴也にもぎゅっと抱きついて来た。初舞台だと聞いていたメンバーの中には、感極まって涙ぐむ子もいて、晴也ももらい泣きしてしまいそうだった。晴也は忙しい晶の代わりに、生徒たちを楽屋に導き、晴也と同じように客席から楽屋に走って戻って来た保護者の元に帰した。
 前半の子どもの部が全て終わると、出演者全員が集まって、集合写真を撮った。舞台の上は、子どもたちの衣装で色と光の洪水だった。晴也も晶に腕を引かれて、写真の隅に収まる羽目になった。



 後半の大人の部を、明里が観に来ることになっていたので、晴也は妹と合流すべく楽屋を辞そうとしたのだが、晶に捕まり彼の母……バレエスタジオの主宰者の元に連れて行かれてしまった。
 吉岡沙代子さよこは元バレエダンサーらしい、姿勢の美しい華やかなオーラを持つ人だった。晶と同じ切れ長の、力の強い目で見つめられ、晴也は小さくなったが、彼女は晴也に謝礼の入った封筒を手渡し、笑顔で言ったのだった。

「今日はいきなりお手伝いを頼んだりしてほんとに申し訳ありませんでした……どうもありがとう、晶は馬鹿だから貴方に苦労をかけると思いますけれど、どうぞよろしくお願いします」

 驚いた晴也はいえ、としか返せず、口を押さえて真っ赤になった。晶も予想外の母親の言葉に、珍しく焦っていた。

「おい、何の話をしてるんだよ!」

 沙代子はあら、と馬鹿息子に向かって眉を上げた。

「まりから聞いたの、あなたが新宿で知り合ったきれいな男の子に熱を上げてるってね……クラスのお母さんたちから福原さんの話を聞いてすぐにわかったわよ、何をこそこそボーイフレンドに手伝わせてるんだか……」

 まりとは晶の姉のダンサー、吉岡鞠のことだろう。息子と母は言い合いを始めた。

「あのお喋り魔女、次会ったらシメてやる」
「もうすぐロンドンでまた鞠に世話になるくせに、シメるなんて言うのはおやめなさい」
「姉貴の世話にはならないよ、滞在先はサイラスに頼むんだから」

 沙代子は晶を無視して、晴也に言った。

「ダンスクラスの子たちのメイクがとても良かったって、バレエクラスの保護者や講師が早速噂しています、お勉強をなさったの?」

 晴也は冷や汗が出そうになったが、晶が素早く割り込んだ。

「話はまた別の機会にしろよ、これからの用意もあるし、ハルさんは妹さんが観に来るから客席に行ってもらわないと」
「まあ、妹さんを呼んでくださったの? 最後まで楽しんでいってくださいね……またうちにも寄ってちょうだい、こんなきれいな息子が増えると思うと嬉しいわ」

 晴也はどぎまぎしながら、過分な気遣いをしてもらったことに対して丁寧に礼を言い、晶に引きずられるようにして沙代子の前を辞した。
 後半の舞台も生徒の誘導などがあるらしい晶とは、その日ほとんど話ができなかった。発表会が終わった後も、車を出してスタジオに持って帰らないといけないものがあると晶が言ってきたので、晴也は明里と、バスや電車を使って都内まで帰った。
 それでも晴也は、楽しい一日になって良かったと満足だった。明里も久しぶりに、本格的なバレエを観ることができたと喜んでくれた。



 明里には先週から、タケルの生徒の舞台にもつき合って貰っていた。例のヘンデルのフルートソナタは、タケルのアレンジで、大学生たちが清々しく、でもちょっぴり同性愛的なものも匂わせながら踊った。女性たちは白いエンパイアドレスを着て、まさしく晶の話した「ボッティチェリのプリマヴェーラ」のようで美しかった。
 晴也は才能豊かな若いダンサーの踊りや、振付家としてのタケルの力に感動する一方で、互いの身体が触れ合いそうな距離であのダンスをこなしたショウたちを、改めてすごいと思った。そして触れ合ってもいないのに、ちょっとした手の動きや首の角度、視線の送り方で官能を踊りに散りばめるショウは、やはり踊り手の中でも格が違うと感じたのだった。
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