夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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15 昼に舞う蝶とダンサー

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 めぎつねでナツミを、ドルフィン・ファイブのメンバーと一緒に見送り、営業課で久保と一緒に送別会をしてもらって(久保は実家の農園のホームページのURLを教えてくれた)、晴也の旧年度の業務が終了した。
 4月に入り、総務課に異動した晴也は、営業課よりも幅広い事務業務に、脳みそをフル回転させている。人事や経理はそれぞれの部署の担当ではあるが、入り口が総務である内容も多い。そういったこともフォローしなくてはいけない部署なのだと、晴也は初めて理解する。
 そういった意味で、総務課にいると、相談を持ちかけられるようなシチュエーションも多い。総務課の人々は、コミュ障で無愛想だと悪名高い晴也が、他部署の者からつまらないことを訊かれても比較的丁寧に対応することに、驚いている様子だった。晴也にしてみれば、めぎつねで酔った客からつまらない自慢話を聞かされるよりは、随分ましだった。それに、わからないから聞いてくる相手に対して、いい加減に答えるのは不義理だとも思う。



 ある日の午後、総務課に来客があった。彼は入り口に近い場所に座る社員に、明るく尋ねた。

「こんにちは、私ウィルウィンの営業の吉岡と申します、福原さんはいらっしゃいますか?」

 晴也がよく知るその声は、静かな総務課の部屋の天井に柔らかく反響した。パソコンの画面に集中していた晴也は、思わずえっ、と声を立てた。部屋にいた人間の目が一斉に客人に向かい、続けて晴也を見る。少し奥まったデスクにいる晴也は、首を伸ばし、確かに地味なスーツの銀縁眼鏡の男が入り口近くに立っているのを見た。
 総務課の社員は、晴也が取引先の営業担当と「デキてしまったらしい」ことを皆知っていた。微かな声が上がる。

「あの人福原さんの……」
「あの人なんだ、まさかわざわざ会いに来た?」
「よく見たらイケメンじゃん」
「知らなかったの? ダンサーらしいよ」

 広がるさざめきに晴也はいたたまれなくなり、顔を火照ほてらせながら立ち上がった。そして無言で部屋の入り口に向かう。
 晶は晴也の顔を見て、笑顔になった。つられそうになるのをこらえ、彼の前に立つ。

「何しに来たんだよ、おまえが用があるのは崎岡課長だろ⁉」

 晴也は小声で言ったつもりだったが、総務課は営業課よりも静かなため、ボリュームの絞り具合を誤った。次の瞬間、部屋中に小さな笑いが湧いた。

「とにかくっ! 外に出ろよっ」

 晴也は冷や汗をかきながら晶の腕を引っぱったが、晶までくすくす笑った。

「いえ、福原さんか天河さんにと思ったのですが、天河さんはいらっしゃらないようなので」

 天河は課長と共に、人事のフロアで会議中である。
 晶は紙袋を掲げながら言った。

「これをまた総務課の皆さんに味見していただきたく」

 晴也は紙袋の中を覗いて、あ、と言った。

「主に東南アジアから輸入を考えているお菓子です、先日のように感想をいただけると嬉しいです」

 晶は晴也に紙袋を手渡しながら、総務課の連中に見えないように、右手で晴也の左手の指を掴んだ。晴也はびくりとなって、思わず彼の手を振り払う。
 あっ、これは可哀想だったかも……晴也は晶の顔を盗み見した。晶は眉の裾を下げたが、すぐに切れ長の目に笑いを浮かべた。晴也もほっとして口許をほころばせかける。

「お忙しいところお手数ですが、是非今回もご意見をお願いいたします」

 晶の声に、ここは会社だったと顔を引き締め、晴也は応じた。

「いつもありがとうございます、頂きっぱなしで恐縮です」
「いえいえ、こちらがお願いしておりますから」

 晶は爽やかな笑顔で言ったが、ふっと晴也の左の耳に唇を近づける。

「俺は代わりに福原さんの処女を頂戴するから、総務課の分はチャラだ」
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