夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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16 熱誠

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 拍手が止まない間に、照明が明るく暖かい色になった。胡弓の音が入った前奏が始まる。ジャケットを脱いで袖に放り投げ、Tシャツ姿で素早く横一列に並んだ5人を見て、美智生が今日はこれ? と笑った。

「営みの、街が暮れたら、色めき……」

 5人が身体を横向きにして、歌に合わせ腕を顔の周りで上げ下げするのを見て、客席から歓声が起こった。ドラマの主題歌に合わせ、沢山の人が自分たちの踊る動画を投稿した、有名なダンスが始まった。夏紀は可愛いと手を叩いて喜んだ。
 恋ダンスと呼ばれるそれは、実は難しいと評されているが、ドルフィン・ファイブのメンバーには物足りないように見えた。5人とも歌を口ずさみながら、客席にくまなく目線を送り、手を振る客に頷いたりウインクをしたりしている。
 晴也は明里と一緒にショウに手を振ってみた。彼がこちらを向いて唇をきゅっと尖らせるのを見て、美智生が笑った。

「何あれ、チューサインかな」
「イケメンの変顔最高っ」

 夏紀と明里がやいやいと盛り上がる。
 歌が2番に入ると、こういうダンスが一番得意なマキが真ん中に来て、振りにアレンジが加わり始めた。上体を反らせ足を上げたり、2回ターンをしたりして、K-POPダンスのようになる。5人のキレの良さに自然と手拍子が始まった。

「胸の中にあるもの、いつか見えなくなるもの……」

 また振りがオリジナルに戻った。ダンサーたちの楽しげな満面の笑みに、こちらの顔もつい綻ぶ。

「……一人を超えていけ」

 後奏もぴたりと合ったダンスを見せ、5人は最後のポーズを決めた。やんややんやの喝采となった客席に明かりが入り、5人は手を振りながら二手に分かれて袖に戻って行った。
 晴也はカウンターを振り返り、素早くビールを頼んだ。横に並ぶ3人も同じことを考えていたと見え、オーダーを始める。

「もうビール2杯出しておいてください」

 明里のオーダーに美智生が爆笑した。

「この兄妹ほんとよく飲むよ、俺も見習ってビールとハイボール」

 カウンターの店員は笑いながらはい、と美智生に応じた。

「ぶっちゃけお客様が飲むタイミングまで考えてプログラム組んでるのは、ドルフィン・ファイブだけですよ」
「コンサートじゃないし飲みに来てるから、それは有り難いかな」
「我々も有り難いです」

 休憩は10分も無かっただろうが、店内が落ち着いてきたところで、客席が暗くなり舞台に照明が入った。医療ドラマの音楽がいきなり始まって、白衣のタケルを先頭に、5人の医師が全員舞台に出てくる。期待に満ちた拍手が起きた。

「珍しいパターンだなぁ」

 美智生が半笑いで言った。「マイティドクター」を初めて見る夏紀がこちらに身体を傾ける。

「何が始まるの?」
「定番の小芝居だ」

 部長らしきタケルが、もったいぶった咳払いをすると音楽が止まった。彼は4人に向かって言った。

「皆聞いていると思うが、来月からしばらく吉岡先生がご友人の病院の手伝いに行くことになった」

 サトルがえっ、と裏返った声を上げる。初耳だったらしい。4人が一斉にじろりと彼を見るのが可笑しい。バインダー片手のマキが突っ込む。

「外科の朝礼で寝てたんだろ」
「そんなとこで寝ませんよ」

 晴也は小さく笑った。サトルは外科のデキない研修医だと、前に美智生が教えてくれた。この小芝居においては、一応全員が固定キャラを持っているらしい。

「ぼ、僕の研修はこれから誰が見てくれるんですか?」

 サトルが言うと、タケルはユウヤのほうを見る。

「篠崎先生にお願いするかな」
「いや俺呼吸器内科ですよ、診療科違いますから」

 ユウヤの答えに客席が笑う。ショウが隣に立つサトルの頭を黙って撫で始めるのが、余計に笑いを誘った。

「先生、僕ついて行っていいですか?」
「英語出来ないからダメ」

 ショウが笑顔できっぱりと言い、サトルがうっ、と顔を手で覆うのがまた可笑しくて、晴也は笑ってしまう。

「まあわたなべ君の研修は何とでもなるだろう、吉岡先生の代わりの外科医を臨時に雇うことになると思うのだが……」

 タケルは言葉を切る。ユウヤが彼の顔色を窺いながら、何か問題が? と訊く。

「水曜日に出勤したくないと言う人が多くてな、どうしたものか」

 客席がどっと笑った。マキがあっけらかんと言う。

「ああ、俺も最初どうかと思ったからわかりますよぉ」
「今はどうなんだね」
「モテるなら患者は男でも女でも嬉しいです!」

 そこかしこで高い笑い声が起きた。ショウがやけに爽やかな笑顔でマキに言った。

「うちの病院の模範的な勤務医だね」

 タケルが満足そうに頷く。どんな病院なんだ。晴也は笑った。

「だから俺の時みたいに黙って雇えばいいんじゃないですか?」
「待って、それってはらだ先生は水曜勤務の内容を聞かされなかったってこと?」

 ショウの問いに、マキはちらっとユウヤを見て、声を低くした。

「俺は篠崎先生に騙されたと思ってます」
「おいおい、ちゃんと説明したぞ! 人聞きの悪いこと言うなよ!」

 ユウヤが手を振って必死なのがまた笑えた。サトルがぽつりと洩らす。

「僕もはっきり聞かされませんでした……怖い病院ですよ……」

 笑いが起こる中、突然、マイケル・ジャクソンが始まった。ユウヤを頂点にした三角形に並んだ医師たちが踊り始める。

「Dangerous! The girl's so dangerous!」

 口笛が鳴った。美智生は大喜びである。5人は白衣と聴診器をなびかせながら、深刻な表情で踊る。それがかえって可笑しくて、明里が拍手しながら身体をよじった。

「ちょっと待って、これヤバいっ」

 5人がマイケル風にポーズを決めると、照明がカットダウンした。すぐに舞台は明るくなり、笑顔でダンサーたちが拍手に応える。

「笑わずに踊るのがブームなんですかね」

 晴也が言うと、美智生はそうかも、と言って笑った。

「つか俺たち患者だったって初めて知ったわ」
「ミチルさんは重症患者でしょ?」

 おかしな医師たちが手を振りながら上手に去ると、15分の休憩となった。
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