トーク・サイレンス・スローリィ

穂祥 舞

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 夏休みが明けて、久しぶりに石野と電車で会った時、晟一は自分でも可笑おかしくなるほど、有頂天になった。初めて進学塾なるものの夏期講習を体験したこと、クラスの友達と琵琶湖で泳いだこと、京都のカルチャーセンターで、初歩の手話を学んだこと……聞いて欲しい話が沢山あったし、彼がお盆休みに東京の友人に会いに行くと言って(書いて)いたので、その話も教えて欲しかった。
 自分ばっかり話してるわ、と晟一はふと思う。石野は筆談なので、どうしても話の速度が遅くなる。そうや、俺ができるようになったら、もっと手話で話してもろたらええよな。勝手に決めた。石野は変わらない柔らかな微笑をたたえて、お喋りな晟一の顔を見ながら頷いてくれるのだった。



 9月も終わりに近づいたある朝、ちょっと暑いのがましになりましたねと言い合ってから、石野は少し躊躇ためらうようにメモに筆を走らせた。

(10月1日づけで転勤することになりました)
「えっ……転勤って……」

 晟一は動揺した。それは、10月になったら、もうこの電車に乗らへんってこと……?

(木下君とこの数ヶ月おしゃべりできてほんとに楽しかった)

 何言うてんの? 意味わからへん。電車がたてるガタゴトという音も、車内アナウンスも聞こえなくなった。
 石野は言葉を失った晟一を心配そうに覗き込む。晟一は心臓をばくばく言わせながら、どうしよ、と小さな子どもみたいに一人で逡巡した。……どうしようもない…… だって石野さんの仕事やもん。そやけど、何でこんなに……泣きそうなんやろ?
 週に3日か4日、朝に15分だけ話す相手。10くらい歳上の、先生でも友達でも親戚でもない人。俺、よう考えたら石野さんのこと何も知らん。家の最寄り駅、会社……旅行が好きなこと、くらいしか。何で口が利かれへんのかさえ知らんのに。
 降りる駅が近づいた。晟一は慌てて網棚から鞄を降ろそうとして、電車の揺れによろめいた。右に立っていた石野が肩を抱いて支えてくれた。意外とがっちりした身体つきだとわかり、どきっとする。それが瞬時に胸の痛みに変わる。
 晟一は鞄を抱きしめて、込み上げてきたものをこらえようとしたが、無理だった。熱い水が目からこぼれ出す。右斜め後ろで、石野が息を飲んだ気配がした。前に座るお姉さんも変な顔をしてこちらを見上げている。恥ずい、消えたい……扉が開き、晟一はうつむいたまま、石野の腕から逃れた。
 人の波に揉まれながら、電車から吐き出された晟一は、後ろから肘を掴まれて振り返った。石野が電車を降りてきていた。晟一は呆然とする。

「何してんの……」

 かすれた声で言うと、彼は晟一をホームのベンチに連れて行き、座らせた。そして正面に立ち、右手の親指と人差し指で作った輪を眉間に当てて、それを解きながら顔の前で手を立てた。

「何で石野さんが謝んの……?」

 晟一が震える声で言うと、石野は困ったように横を向いた。それを見ていると、余計に泣けた。晟一は鼻をすすり、手の甲で目を擦る。
 石野は晟一の右に座り、さっきと同じように肩を抱いてくれた。やや人目が気になったが、少し寄り掛かってみると、荒ぶった感情が治まるような気がした。

「俺のほうこそごめんなさい……それと……いっつもありがとう」

 晟一が言葉を振り絞ると、石野は空いている右手で頭を撫でてくれた。大きくて、優しい手だった……また新しい涙が出た。
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