今宵貴方と見る月は ～あきとかなnext 〜 《あきとかな後日談集》

拝啓、北の国から

12月17日 9：00①

「あ、塚山つかやまさんだ」

　休日の朝、朝食の片づけを終えた奏人がテレビをつけると、民放の音楽番組が始まったばかりだった。ゲストはテノール歌手の塚山天音あまねほか、海外でも活躍している話題の若い歌手たちだった。彼らはオーケストラの前に出てきて、指揮者と司会者の間に立ち、各々の演奏についてインタビューを受けている。
　ソファに身体を預けていた暁斗は、座り直した。アップになっても隙の無い塚山の身のこなしに、スタイリストがついているのかもしれないが、芸能人みたいだなと思う。

「この人ほんとかっこいいよな、あの時も華があると思ったけど、何かクラシックの歌手のイメージ覆すな」
「歌手っぽく寸胴だけど、上手く隠してるよね」

　あの時とは、6月の暁斗の誕生日に開催された都内でのコンサートのことである。奏人の伯母のピアニスト、濱はま涼子りょうこが主宰するコンサートに、塚山がゲスト出演していたのだ。
　塚山がオーケストラをバックに、プッチーニのオペラ「トゥーランドット」の有名なアリア、「誰も寝てはならぬ」を歌い始めた。フルオーケストラに負けない、明るくてよく伸びるいい声だ。ミラノでの公演が好評を博し、彼を一気に有名にしたという。

「盛り上がるところのパワーだけじゃなく、静かなとこが繊細なのも素敵だね……ちゃんとラブソングだとわかる」

　対訳の字幕が出ており、暁斗もなるほど、と思った。奏人の講評は的を得ている。有名なテノール歌手がこぞって歌う曲だけれど、高音を張るばかりでは足りないということらしい。

「6月のコンサートで伯母さんも言ってたけど、この役って『ダッタンの王子』なんだよね……イケメンのアジア人ってヨーロッパの女性に人気あるから、見かけも嵌まって話題になるのはわかる」

　奏人は楽しげに言った。

「何にせよ、オペラとかバレエで日本人が活躍するのを見るのって、僕は結構嬉しいな」
「少し前なら考えられなかったからなぁ」

　他に出演していたのは、ソプラノとメゾソプラノの女声2人だった。

「片山かたやまさんはこういう場所に呼ばれないのかな」

　暁斗は人の良さそうな、奏人の高校の先輩であるバリトン歌手の顔を思い出し、言った。何故か暁斗もその歌手、片山三喜雄みきおとSNSで繋がっていて、ちょこちょこ雑談をしている。
　奏人はふふっと笑った。

「地味だからじゃない？　それか、片山先輩たぶん事務所に入ってないから、テレビ局が連絡取れないとか」

　事務所という言葉に、暁斗は驚く。

「えっ、クラシックの演奏家もそういうの所属するの？」
「テレビの仕事とか雑誌の取材が多い人はそうみたいだよ、オペラのスケジュール管理や出演の交渉を1人でするのは大変だしね」
「そうなのか……」

　この番組は、ゲストにそこそこ突っ込んだ質問をするコーナーが好評で、本日のお題は「歌手の恋愛事情」だった。指揮者が、ヤバくない？　と笑い、そうなんですか？　と司会者は早速塚山に話を振る。

「私含めて、割とくっついたり離れたりしますよね……」

　正直過ぎる塚山に、客席から笑いが出て、ソプラノとメゾソプラノは、否定しない。

「若い頃は、カップルの役につくとそのまま盛り上がっちゃうんですよね」
「でも歌手同士は破綻率高いです、ピアニストと上手くいってる人は多いかもしれません」

　酒も入っていないのに、ざっくばらんすぎないか？　暁斗も笑ってしまう。女性2人が、結婚するなら音楽を生業にしていない人がいいと口を揃えるので、指揮者と客席が笑う。

「塚山さんは？　結婚願望はあります？」

　司会者に訊かれて、塚山はそうですねぇ、と首を傾げた。

「結婚するなら片山としたいですね、私」

　塚山の発言に、暁斗は奏人と同時に、はあっ？　と叫んだ。テレビの中で、指揮者とソプラノもへっ？　と声を裏返す。

「バリトンの片山くんのこと？」

　指揮者の突っ込みに、塚山は笑顔ではい、と答えた。客席の一部から爆笑が聞こえる。すると画面の右下に、片山の上半身の写真と、「片山三喜雄さん」とテロップが出た。