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拝啓、北の国から

12月28日 21:30②

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 三喜雄は一応フォローを入れておく。

「それ羨ましがらなくても、今頃おまえのインスタ爆発してるだろ?」

 まあな、と塚山はブーツの底で薄く積もってきた雪を踏みしめる。

「片山、やっぱオペラには出ない?」

 いきなり言われて、三喜雄はは? と応じた。

「何でその話?」
「いや、おまえヴェルディ歌えるじゃん、片山くんにクッソいやらしい役やってほしいなって速水さんが言ってたぞ」

 マジですか、と三喜雄は苦笑した。オペラにおいてバリトンという声域は、テノールと比べると年齢が高い役を当てられている。喜劇の花形もあるが、絶対的ヒールや胡散臭い人物役も多く、まだまだ若手と言われる三喜雄の世代には、役作りが難しい。それに、「レクイエム」はいくらオペラ風味だといっても、あくまでも宗教曲だ。ちょっとばかり上手く歌えたとしても、それがそのままオペラにつながる訳ではない。

「いや、オペラいいわ……拘束時間長くてしんどい」

 三喜雄は適当に答えたが、それも大きい。非常勤とはいえ、小学校の音楽教諭でもある三喜雄にとっては、本番が近くなると無闇に合わせ練習が増えるオペラは負担だ。
 塚山は不満げに言う。

「そんなこと言うなよ、一緒にやったら楽しいよ?」
「だって日本のオペラ界隈ってノリで何でも進めるから、振り回されて嫌だ……万が一お声をかけてもらえるなら別だけど、オーディションは受けない」

 言いながら、だから塚山はこの界隈で歌って行けるのだと思う。彼自身は社会人としていい加減ではないが、例えば時間に遅れた共演者のせいで練習が進まなかったり、重要な変更をいきなり明日までに仕上げろと言い渡されたりしても、案外腹を立てない。三喜雄はそういう点では、塚山ほど寛大ではなかった。
 塚山には黙っているが、ドイツで勉強していた時、古い時代のオペラには首を突っ込んでいた。どっちみち向いていないが、オペラが面白いことだって、多少知っているつもりだ。
 車道が見えてくると、ふと現実に戻ったような気分になった。車が少ないのは、仕事仕舞いを迎えた会社が多いからだろう。でもすすきのは賑わっているかもしれない……今夜札幌に泊まる高崎と桂山も、一杯飲みに行っていそうだ。
 家に帰れば、ひと足先にホールから出た家族が、軽食を用意して待ってくれているだろう。結婚した姉は札幌市内に暮らしているが、今夜はご主人とそのまま実家に泊まると言っていた。

「なぁ片山、いつ温泉行く?」

 塚山に訊かれ、本気だったのかと三喜雄は思ったが、まあつき合ってもいいかと思う。

「日帰りでいいなら、明日明後日にしようか? 俺、年明けは3日から6日までずっと、今日の打ち上げ含めて飲み会」

 塚山は苦笑する。頼んだタクシーと思しき車が、ゆっくり近づいてきた。

「人気者だなぁ……明後日とか混んでるかな、ちょいリサーチするわ」
「頼んだ、忘年会はおまえとが最終になるよ」

 三喜雄はタクシーに向かって手を挙げる。ドライバーは2人が手一杯であるのを見て、すぐにトランクを開けてくれた。
 三喜雄の実家と塚山の実家は地下鉄で2駅離れているだけである。これから北に向かい、三喜雄が先に降りることになるが、しらふでタクシーを一緒に使うのは、初めてかもしれない。
 コートの雪を手で払って、塚山から順に後部座席に乗りこむと、車の中の暖かさにほっとした。三喜雄が公園のほうを見ても、ここからはホールの姿は見えない。雪はだんだん強くなり、まるでさっきまでの高揚感が、夢だったような気がした。
 窓の外を見る三喜雄に、塚山が静かに言った。

「片山とあのホールで一緒に歌うって夢が叶ったぞ、いい一年の締めくくりになった」

 三喜雄はうん、と頷く。

「塚山とあの曲であのホールに戻れて良かったよ、何かやり残した宿題を仕上げて出したような感じがする」
「わかりみ……次回は何を持ってく? それこそ草野さんも交えて、オペラのガラとかフルオケでやりたいな」

 珍しく塚山は穏やかで生真面目だった。いつもこんな調子なら、友達にでも嫁にでもなってやるのにと三喜雄は思った。

「ピアノ伴奏がいい、フルオケ怖い」
「え、そこビビるとこかよ」

 同時に小さく笑った。ひとつ大きな山を越えた同い年の歌手たちを乗せて、タクシーは冬の繁華街を走り抜けて行った。
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