ほさちのBL小品詰め合わせ

穂祥 舞

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腐れ縁の定義

 三喜雄には、長いつき合いのテノールの友人がいる。ミラノのコンクールで1位を獲り、歌劇場でデビューして評価され、帰国後、日本でも人気が出た。プッチーニなどのロマン派のオペラの舞台は、今や彼の独壇場となりつつある。実力があるだけでなく容姿にも恵まれているため、至極当然の成り行きだ。

「そんなに長いつき合いじゃないですよ」

 三喜雄はそのテノール、塚山天音について、何故か微苦笑気味で私に言う。

「出会ったのは、高校3年の時ですから」
「それでも、知り合って16、7年ですね?」
「ああ、そのうちお互い留学してた3年半は、ノーカウントですかね」

 基本的に三喜雄は、塚山さんと友達だと思われたくないらしい。2人は得意な歌も、音楽活動に対するスタンスもかなり違うからだ。
 また、三喜雄がいつまでも「地味でしょぼいバリトン」と自称しているのとは違い、塚山さんは自分が「容姿と実力を兼ね備えたテノール」であることを自覚している。三喜雄は、それが嫌味だし馬鹿っぽいと手厳しいが、私に言わせれば、セルフプロデュースが下手な日本人演奏家の中で強い輝きを放っていて、非常に小気味いい。
「そんなに否定してあげたら、可哀想ですよ」
 私の言葉に、三喜雄は肩をすくめた。彼は大活躍する長年の友人に、一抹の引け目を感じているのだが、嫉妬とは少し違うらしい。
 塚山さんは異性愛者のようだけれど、とある人気の音楽番組で三喜雄について、「嫁にするなら片山」と発言したことがある。以来三喜雄は、塚山さんとの関係を若いクラシックファンから、ネット上で面白がられ続けていた。

「ノアさんは、俺が塚山とそういう関係だって言われるのが不快じゃないんですか?」

 おっと、三喜雄がこちらに牙を剥いてきた。あまり塚山さんの話を続けるのはよくないかもしれない。しかし三喜雄はたまに狡くて、私の彼への気持ちを知っていて、こんな言い方をするのだ。

「三喜雄が塚山さんとそういう関係でないことは、よく知っているつもりですよ」
「あ、そう……」

 唇を少し尖らせる三喜雄が可愛らしい。ただ、塚山さんは奔放でプライドが高く、同業者とはあまり親しくしないと聞く。そんな彼が唯一、心を許しているのが三喜雄のようなので、その関係性はそれなりに私の嫉妬心を刺激するのだ。

「そういう関係は日本語で……確か、腐れ縁と言いましたか?」

 私が言うと、三喜雄は表情を和らげた。

「そうですね、そんな感じです」
「私と三喜雄の関係も、腐れ縁になりそうですね……」

 私は少しもったいぶって言った。

「昔一度顔を合わせて、再会して一緒に暮らし始めて、今夜もこうしてお茶を飲みながら話してるあたり」

 すると三喜雄は、すぐ眉間に薄く皺を寄せる。

「ノアさんと俺の関係は、腐れ縁じゃないです」
「そう? では何なのかな」

 私は笑いを堪えながら訊いた。予想通り、うっ、と三喜雄は口ごもり、頬骨のあたりをほんのりと染める。
 三喜雄が何らかの好意を私に抱いているのはわかっている。だからたまに私はこうして、恋愛を含めた深い人間関係の構築に臆病な彼の心を、言葉にさせようと試みる。しかし彼はなかなか素直でないというのか、自分の気持ちを認めようとしないのだ。
 三喜雄は壁の時計をちらっと見てから、すっくと立ち上がった。

「お風呂の用意します」

 そして私の顔を見ずに、ぱたぱたとリビングから出ていく。私はその背中を見送ってから、その場でしばらく、くつくつと独りで笑い続けた。
 音楽家でない私が、三喜雄と魂レベルの交流をすることは不可能だ。もし塚山さんが同性愛者なら、彼のほうが何かのきっかけで、三喜雄の心を掴む可能性が高いと思う。
 もしそんなことになったとしても、私はあの可愛いバリトンを近くで見守り続けるだろう。たとえいつか、2人の関係が腐れ縁になってしまったとしても。


*初出 2026.2.7 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題「腐れ縁」
 三喜雄と天音を初めてぶつけたのは『あいみるのときはなかろう』の最後のほうでしたが、2人がこんな長いつき合いになるとは、私が思っていませんでした。しかし『彼はオタサーの姫』でも、彼らを恋愛関係にする気は全く無かったんですよね……。
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