ほさちのBL小品詰め合わせ

穂祥 舞

文字の大きさ
21 / 93

きみの黒い、見開かれた目を見ると

しおりを挟む
 小田亮太は、芸大生の自主コンサートで共演するバリトンの片山三喜雄と、ピアニストの松本咲真の3人で、三喜雄がアルバイトをしている、千駄木駅前のドーナツショップで打ち合わせをしていた。ランチタイムコンサートの主催者であるヴァイオリニストの柳瀬から、少し遅れるので曲順辺りから決め始めてくれとメッセージが来ていた。
 昨年秋はシューベルトばかりを演奏したが、今回はオール・モーツァルト・プログラムだ。出演者も7名と、なかなか大掛かりである。

「え、長調短調の入れ替わりでええんちゃうの?」

 咲真が関西弁でのんびりと言う。亮太は突っ込んだ。

「おまえのためにセトリ考えてるんだよ、ずっと弾きっぱなしになるのに」
「俺はかまへんで」

 咲真は自分のソロ曲も持っているが、あと3曲は伴奏だ。亮太が演奏する、クラリネット五重奏曲の第1楽章をピアノ伴奏に編曲したものは、かなり体力が要るはずだった。
 三喜雄がドーナツ片手に言う。

「クラリネットかヴァイオリンがトリがいいんじゃないか?」
「ほなその前に、学部の子らに出てもらお、そこで俺休むわ」

 今回は、学部生にも声をかけた。2回生が「魔笛」のパミーナとパパゲーノの二重唱を用意していて、ピアニストも連れてきてくれる。
 三喜雄はドーナツを飲み下し、半笑いで言った。

「柳瀬さんと松本がどっちも泣かせの2楽章だからさ、俺が間でおちゃらけとくといいかな」

 亮太はそれに同意した。三喜雄は歌曲を2曲用意していて、おちゃらけてはいないが、どちらも明るく美しい歌だ。
 歌曲はあまり知らない亮太だが、三喜雄の歌はとても好きである。まろやかで包み込んでくるような声と、明瞭な詞。
 咲真が、思いついたように笑った。

「片山が歌う『クローエに』って、何かエロくない?」

 亮太はコーヒーに咽せそうになったが、そうだよ、と三喜雄はあっさり答える。

「俺あの曲初めてもらったのが大学2回生になったばっかりの時で、その頃は気づかなかった」
「まだ童貞やったからかなぁ?」
「うるさいぞ」

 2人の会話に、今度こそ亮太は咽せた。何故咲真は三喜雄にそんな突っ込み方をするんだと、嫉妬混じりに思う。この2人はどちらも外部、しかも首都圏外からの入学者で、そのことをきっかけに仲良くなったと三喜雄から聞いていたが、そんな話もする仲だとは。
 亮太は気になって、つい三喜雄に詞の訳を訊いてしまった。

「えっと、『君を抱きしめてその薔薇色の頬にキスをする』くらいから盛り上がってきて、最後は『酔った目を暗い雲が覆い隠して、僕は君の隣で疲れてしまった』」

 ヤッてイッてるってことか。亮太はあの可愛らしい歌のかなりあけすけな内容に、ややあ然とする。三喜雄はそれこそ、童貞然とした無邪気な表情でさくっと訳したが、そんな三喜雄がエロいと感じてしまった。

「ソプラノ結構よくこれ歌うよな、みんなわかってて歌ってるんだろか?」
「どうかな? 歌詞の意味をちゃんと噛み砕かないで、ぼんやり歌ってるとわからないってとこが、エロ面白かったりするんだけど」

 亮太と三喜雄が真面目に語っていると、咲真は何を思ったのか、いきなり訊いてくる。

「おまえらの初めてのセックスがいつやったか正確に教えろ」

 亮太はうっかり高2、と口走りそうになったが、その話は今どうでもいい。大学院生の会話ではないし、ここは飲み屋ではない。
 しかし三喜雄は、これもさくっと答えた。

「2回生の秋」

 亮太は思わず突っ込む。

「遅いな」
「そうかな?」

 咲真が嬉々として割り込んでくる。

「俺は1回の夏、片山に勝った」
「……俺は高2の冬ですけど」

 何やら我慢できずに口にしてしまった亮太に、2人が同時におおっ、と感嘆した。その様子にやや自尊心をくすぐられる自分はバカだと、亮太は自分を密かに恥じた。
 ただしこれは女との話だ。亮太は男とも経験があるので、それなら2人の初体験よりも遅い。しかし亮太がバイセクシャルであることは、三喜雄しか知らないから、口にチャックをしておく。
 咲真はそれを聞いただけで満足したのか、ドーナツを手にした。高校生かよ、と突っ込みたくなる。
 亮太もドーナツに齧りつきながら、前に座る三喜雄のきれいな形の目と、その中で笑うほぼ黒の瞳をこっそりと見つめた。
 三喜雄は亮太が、友情以上の気持ちを自分に寄せているのを知っていながら、良い具合にスルーしてくれている。亮太も今の関係を壊したくないので何も言わない。どうしても三喜雄と、深い関係になりたい訳でもなかった。でも、キスだけでいいから、三喜雄の「男が相手の」初めてを奪ってやりたいような気はする。亮太はそんなことを、ちらっと思ってしまう。
 いきなり人に脱童貞の時期を尋ねてくる咲真も「やられた」のかもしれないが、モーツァルトはたまにこんな具合に、プレイヤーの気持ちをおかしなところで揺さぶってくるのだ。


*初出 2024.5.11 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題「初めての○○」
 『彼はオタサーの姫』の音楽男子たち、院の2年目の初夏あたりでしょうか。コンサートでパパゲーノを歌うのは、共感覚持ちの深田一樹です。三喜雄の言う「泣かせの2楽章」とは、ヴァイオリンソナタ第21番(K.304)とピアノソナタ第8番(K.310)なのですが、誰かこの内容でコンサートしてほしい(笑)。
 これを書いた頃、私自身が「クローエに」を練習していました。高校生の頃から歌ってみたかった歌で楽しかったですが、「ときめきが感じられない」と先生に言われてかなり苦労しました。三喜雄は大丈夫です、きっとエロチャーミングに歌ったはずです!
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

邪魔はさせない

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 病棟で知り合った2人。生まれ変わって異世界で冒険者になる夢を叶えたい!

視線の先

茉莉花 香乃
BL
放課後、僕はあいつに声をかけられた。 「セーラー服着た写真撮らせて?」 ……からかわれてるんだ…そう思ったけど…あいつは本気だった ハッピーエンド 他サイトにも公開しています

泣き虫な俺と泣かせたいお前

ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。 アパートも隣同士で同じ大学に通っている。 直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。 そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。

彼はオタサーの姫

穂祥 舞
BL
東京の芸術大学の大学院声楽専攻科に合格した片山三喜雄は、初めて故郷の北海道から出て、東京に引っ越して来た。 高校生の頃からつき合いのある塚山天音を筆頭に、ちょっと癖のある音楽家の卵たちとの学生生活が始まる……。 魅力的な声を持つバリトン歌手と、彼の周りの音楽男子大学院生たちの、たまに距離感がおかしいあれこれを描いた連作短編(中編もあり)。音楽もてんこ盛りです。 ☆表紙はtwnkiさま https://coconala.com/users/4287942 にお願いしました! BLというよりは、ブロマンスに近いです(ラブシーン皆無です)。登場人物のほとんどが自覚としては異性愛者なので、女性との関係を匂わせる描写があります。 大学・大学院は実在します(舞台が2013年のため、一部過去の学部名を使っています)が、物語はフィクションであり、各学校と登場人物は何ら関係ございません。また、筆者は音楽系の大学・大学院卒ではありませんので、事実とかけ離れた表現もあると思います。 高校生の三喜雄の物語『あいみるのときはなかろう』もよろしければどうぞ。もちろん、お読みでなくても楽しんでいただけます。

白花の檻(はっかのおり)

AzureHaru
BL
その世界には、生まれながらに祝福を受けた者がいる。その祝福は人ならざるほどの美貌を与えられる。 その祝福によって、交わるはずのなかった2人の運命が交わり狂っていく。 この出会いは祝福か、或いは呪いか。 受け――リュシアン。 祝福を授かりながらも、決して傲慢ではなく、いつも穏やかに笑っている青年。 柔らかな白銀の髪、淡い光を湛えた瞳。人々が息を呑むほどの美しさを持つ。 攻め――アーヴィス。 リュシアンと同じく祝福を授かる。リュシアン以上に人の域を逸脱した容姿。 黒曜石のような瞳、彫刻のように整った顔立ち。 王国に名を轟かせる貴族であり、数々の功績を誇る英雄。

あなたの隣で初めての恋を知る

彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

寂しいを分け与えた

こじらせた処女
BL
 いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。  昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。

ある日、友達とキスをした

Kokonuca.
BL
ゲームで親友とキスをした…のはいいけれど、次の日から親友からの連絡は途切れ、会えた時にはいつも僕がいた場所には違う子がいた

処理中です...