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夏、一緒にシャワー
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「おかえり、とっととシャワー浴びてこい」
隆史が穂積より帰宅が遅くなると、玄関で靴を脱ぐなり言われた。年上の恋人がこう口にするようになったら、夏が来たなと隆史は思うのだ。
隆史が18歳年上の穂積と出会ったのは、ゲイ専デリヘルのスタッフと客としてである。妹と自分の学費を稼ぐために、家族にもひた隠しにしてきた性的指向を換金することにした。手や口を使い、1時間客を楽しませることで、とんでもない報酬が得られた。
しかし、それまで男とまともに交際したことが無かった隆史にとって、デリボーイのアルバイトは緊張を伴うものだった。客筋の良い店だったので、どんくさい隆史が直接客から不手際を詰られることは無かった。面接をして隆史を雇ってくれた元締めの女性も、固定客がなかなかつかない隆史をクビにするとは言わない。それが逆に、隆史をいたたまれない気持ちにした。
そんな隆史を何故か気に入り、大学卒業と同時にデリヘルを辞める時まで指名してくれたのが、大手事務機器メーカーの企画課長だった穂積である。スタッフを卒業する際に、この飄々として何からも縛られたくない男から、これから個人的に交際してほしいと言われた時は本当に驚き、最初はからかわれているのかと思った。しかし隆史にとっても、穂積の存在は他の客たちとは少し違ったので、迷わず受け入れた。
隆史が新卒採用された省庁で心と身体を壊し、故郷に帰らざるを得なくなるなどして、2人のこれまでの道のりは決して平坦ではなかった。けれどこうして、ジェネレーションギャップも楽しみつつ、一緒に暮らしている。
隆史が髪を洗い終わろうとした時、浴室の外から穂積の声がした。
「入るぞ、まだちょっと飯が炊けないからな」
「えっ、先シャワーしてたんじゃなかったの?」
隆史は髪をタオルで包み、穂積のために洗い場に場所をつくってやる。パートナーのこういう気まぐれも、特に夏にはよくあることだ。
湯気の中に素っ裸の穂積が入ってきた。彼は出会った頃から体型を維持しているが、身体を壊した時からあまり体重が戻っていない隆史は、貧相な自分の身体を明るい場所で見られるのが、まだ少し恥ずかしい。
「おまえが汗だくになる季節がやってきたからな、背中流してやるよ」
やや脈絡の無い穂積の言葉に、隆史は笑ってしまう。北陸育ちの隆史は東京の暑さが苦手で、まあ穂積よりは汗かきだとは思うが。
お洒落な穂積は、男たちが夏に汗でワイシャツを背中に貼りつかせているのを見るのが嫌いだ。臭いを発していようものなら、見知らぬ他人相手でも軽く舌打ちをすることがある。男なら、夏に汗をかいたり臭いが出たりすることは仕方がない。しかし、ろくに対策をしない無神経さが許せないのだという。
隆史は背中を洗ってもらいながら、穂積は言葉が強く、たまに誤解されることもあるようだけれど、本当にいい人だと思う。会社で慕っている後輩も多いようだし、隆史に対しても誠実だ。
せっかく手に入れた官僚への道を諦めきれなかった隆史には、病んでいる自覚さえなかった。穂積はそんな隆史に心療内科に行くよう諭し、隆史が退職と帰省を決めた時も、金沢まで来て、実家の母に挨拶と説明をしてくれた。
シャワーで背中の泡を流してもらうと、穂積と交代した。ふわりと穂積の肌の匂いがしたが、彼は加齢臭だと言い気にしていて、ボディソープも体臭対策重視のものに変えた。
加齢臭じゃないと思うんだけどなぁ。隆史は何度か穂積に言っているが、まあしばらく好きにさせておこうと思っている。
隆史がデリヘルの仕事で覚えた、他人の身体の洗い方は、今でも役に立っている。穂積は隆史に身体を洗ってもらうのが好きで、今日も背中が終わると、くるっと隆史のほうを向いた。
「前も洗うの?」
隆史はわかっていて訊く。うん、と穂積は頷いた。こういう時のこの男は、少し可愛らしい。
たぶん僕は、この人が要介護の状態になっても、身体の隅々を拭いてやることができるだろう。こんなことを言うと、激怒した後で泣いてしまいそうだから、口にしないけれど。
穂積に、いつまでもかくしゃくとしていてほしいのは大前提だ。隆史は穂積の腕に泡だらけのタオルをゆっくりと滑らせた。
*初出 2025.6.28 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題「シャワー」「汗」
『あきとかな』サブキャラCPの近況です。実は隆史の転職を巡って、結構苦労している(という設定の)2人ですが、こんな具合に元気に仲良くやっています(たまに『後日談集』に登場します)。リアルで年の差カップルへの風当たりが何となく強い昨今ですが、お互いが大人になりきちんと判断した結果なら、個人的には全然いいと思うんですけれど。
隆史が穂積より帰宅が遅くなると、玄関で靴を脱ぐなり言われた。年上の恋人がこう口にするようになったら、夏が来たなと隆史は思うのだ。
隆史が18歳年上の穂積と出会ったのは、ゲイ専デリヘルのスタッフと客としてである。妹と自分の学費を稼ぐために、家族にもひた隠しにしてきた性的指向を換金することにした。手や口を使い、1時間客を楽しませることで、とんでもない報酬が得られた。
しかし、それまで男とまともに交際したことが無かった隆史にとって、デリボーイのアルバイトは緊張を伴うものだった。客筋の良い店だったので、どんくさい隆史が直接客から不手際を詰られることは無かった。面接をして隆史を雇ってくれた元締めの女性も、固定客がなかなかつかない隆史をクビにするとは言わない。それが逆に、隆史をいたたまれない気持ちにした。
そんな隆史を何故か気に入り、大学卒業と同時にデリヘルを辞める時まで指名してくれたのが、大手事務機器メーカーの企画課長だった穂積である。スタッフを卒業する際に、この飄々として何からも縛られたくない男から、これから個人的に交際してほしいと言われた時は本当に驚き、最初はからかわれているのかと思った。しかし隆史にとっても、穂積の存在は他の客たちとは少し違ったので、迷わず受け入れた。
隆史が新卒採用された省庁で心と身体を壊し、故郷に帰らざるを得なくなるなどして、2人のこれまでの道のりは決して平坦ではなかった。けれどこうして、ジェネレーションギャップも楽しみつつ、一緒に暮らしている。
隆史が髪を洗い終わろうとした時、浴室の外から穂積の声がした。
「入るぞ、まだちょっと飯が炊けないからな」
「えっ、先シャワーしてたんじゃなかったの?」
隆史は髪をタオルで包み、穂積のために洗い場に場所をつくってやる。パートナーのこういう気まぐれも、特に夏にはよくあることだ。
湯気の中に素っ裸の穂積が入ってきた。彼は出会った頃から体型を維持しているが、身体を壊した時からあまり体重が戻っていない隆史は、貧相な自分の身体を明るい場所で見られるのが、まだ少し恥ずかしい。
「おまえが汗だくになる季節がやってきたからな、背中流してやるよ」
やや脈絡の無い穂積の言葉に、隆史は笑ってしまう。北陸育ちの隆史は東京の暑さが苦手で、まあ穂積よりは汗かきだとは思うが。
お洒落な穂積は、男たちが夏に汗でワイシャツを背中に貼りつかせているのを見るのが嫌いだ。臭いを発していようものなら、見知らぬ他人相手でも軽く舌打ちをすることがある。男なら、夏に汗をかいたり臭いが出たりすることは仕方がない。しかし、ろくに対策をしない無神経さが許せないのだという。
隆史は背中を洗ってもらいながら、穂積は言葉が強く、たまに誤解されることもあるようだけれど、本当にいい人だと思う。会社で慕っている後輩も多いようだし、隆史に対しても誠実だ。
せっかく手に入れた官僚への道を諦めきれなかった隆史には、病んでいる自覚さえなかった。穂積はそんな隆史に心療内科に行くよう諭し、隆史が退職と帰省を決めた時も、金沢まで来て、実家の母に挨拶と説明をしてくれた。
シャワーで背中の泡を流してもらうと、穂積と交代した。ふわりと穂積の肌の匂いがしたが、彼は加齢臭だと言い気にしていて、ボディソープも体臭対策重視のものに変えた。
加齢臭じゃないと思うんだけどなぁ。隆史は何度か穂積に言っているが、まあしばらく好きにさせておこうと思っている。
隆史がデリヘルの仕事で覚えた、他人の身体の洗い方は、今でも役に立っている。穂積は隆史に身体を洗ってもらうのが好きで、今日も背中が終わると、くるっと隆史のほうを向いた。
「前も洗うの?」
隆史はわかっていて訊く。うん、と穂積は頷いた。こういう時のこの男は、少し可愛らしい。
たぶん僕は、この人が要介護の状態になっても、身体の隅々を拭いてやることができるだろう。こんなことを言うと、激怒した後で泣いてしまいそうだから、口にしないけれど。
穂積に、いつまでもかくしゃくとしていてほしいのは大前提だ。隆史は穂積の腕に泡だらけのタオルをゆっくりと滑らせた。
*初出 2025.6.28 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題「シャワー」「汗」
『あきとかな』サブキャラCPの近況です。実は隆史の転職を巡って、結構苦労している(という設定の)2人ですが、こんな具合に元気に仲良くやっています(たまに『後日談集』に登場します)。リアルで年の差カップルへの風当たりが何となく強い昨今ですが、お互いが大人になりきちんと判断した結果なら、個人的には全然いいと思うんですけれど。
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