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しおりを挟むフロウティアが出ていき、香月は部屋の奥にある寝室へ向かった。
扉を開けると寝室にはベッドが置かれていた。傍には小さなサイドテーブルが備えてあり、上にはランプらしきものがある。付け方はわからない。だが、今は灯りは要らない。
香月は倒れ込むようにベッドへと身を委ねる。
「カツキ、大丈夫?」
器用に香月とベッドの間から逃れたヴィレムが心配そうに香月に聞いてくる。
「大丈夫、でも、少し考えを整理したいの。だから、ちょっと休むね」
「わかった、僕は傍に控えてるから」
ヴィレムはそれ以上何も言わず、傍にいる気配だけを残した。だから香月は遠慮なく今までに至る経緯を思い出した。
今日は色んなことがいっきに起こった。朝、事故に遭い命を失った。諦めていたら女神が現れて、とんでもない選択肢を香月に与えた。
どちらも突拍子なく、逃げ出したかった。でも、リローズはそれを許さなかった。あくまで二択。それ以外は存在しないというように。だから香月は選ぶしかなかった。
選んだ先は異世界へ行くという事。不安と、少しの期待。
今はまだ教会しか見ていない。なんだか旅行に来たような気分で、これからこの世界で暮らすという実感はあまり湧かない。
実感はなくても、事実ではある。
これからもどうしたいのか、自分自身、よくわからない。確かな目標も無く、ただ流されるままにいる。突然、異世界に来たのだから急ぐ必要はないと思う一方で、何かしていなければ自分自身が保てないような、言い難い焦燥が頭を擡げる。
この感覚はきっと他人には理解できない。似たような気持ちは理解できても、本当に当人が感じているものは本人にしか分からないのだから。
誰にも吐き出せない思い。他人に言っても分かってもらえない感情。
だから、香月は安易に手を伸ばせる魔法に手を出そうとしてしまう。現在は簡単にとはいうない状況だが、一番身近に試せる新しいこと。
しかしフロウティアもヴィレムもいい顔はしない。
(やりたいのに......リローズも駄目だって言うのかな?)
果たして、リローズは了承するのか、反対するのか。聞いてみないとわからない。
(ううん、反対されてもやればいい。だって、私は自由だもの......そうでしょう、リローズ?)
ただ勝手にする気にもなれず、香月はそのまま眠りについた。
香月が眠ったのを見て、ヴィレムはフロウティアの元へ転移した。
「フロウティア、リローズ様は了承すると思う?」
儀式の準備を粛々と進めるフロウティアは自室で机に向き合い、書類を整理している最中であった。移動してきたヴィレムに目線を一度だけ注ぎ、すぐに書類へと戻す。
「さぁ、わたくしにはわからないわ。でも、カツキ様が願うならば、許可されるんじゃないかしら?」
ヴィレムとフロウティアは元々顔見知りである為、気安い態度でやり取りをする。
「カツキは、どうして魔法に拘るんだろう?」
ヴィレムは心底不思議そうにする。
ヴィレムの中では、香月が望めば魔法はもちろん、その他の事柄であっても、何だって自分が叶えるという心積りだ。ただ、それは香月が動くのではなく、自分がする、という認識である。
香はヴィレムの唯一無二の主である。魔法を行使する必要は無いのだ。攻撃も、結界も転移も、望めばいい。余程のことでない限り、ヴィレムは香月の希望通りにする。その自信もある。
そう考えている故に、香月が自ら魔法を使いたいという気持ちが理解できない。
「魔法を使ったことがないから使ってみたいんでしょうね。一度使えばその欲求は満たされると思うけれど、その一度で気取られれば、狙われるでしょうね」
一方、まだ人間であるフロウティアはなんとなく香月の気持ちが分かる。香月から本音を聞いたわけでもないし、あくまで憶測になるが同じ人間として、使用したことがない未知なるものへの好奇心。一度芽生えれば満たされるまで欲望は尽きないだろう。香月は魔法であったというだけ。
ただ香月の好奇心を満たすために魔法を使う危険性は計り知れず、故にフロウティアは簡単に使用すればいいとは言い難い。
「うーん、じゃあやらせてあげたいなぁ。カツキに我慢を強いるのもなぁ......。結界重ねがけしても無駄かなぁ?」
考えを巡らせ、案を出す。
ヴィレムはカツキに我慢を強いたい訳では無い。むしろ、自由に生きて欲しい。
元の世界での暮らしは分からないが、贅沢の限りを尽くすのもいいし、城に住みたいなら住めばいい。土地が欲しいなら献上させればいいし、金銀財宝もこの世界にあるもの全てが香月の物と言っても過言ではない。これはヴィレムだけの考えでなく、リローズの考えなのだから。
香月が残虐な行為を行おうとも、人間や他種族が反発しようとも関係ない。
ここは香月の為に選ばれた場所。香月が好きにしていい世界。
魔法以外ならば、リローズに許可を取らずともいい。破壊も再生も、香月の気持ち次第で決めていい。その日着る服を決めるのと同じ感覚で国を消しても、不満は出ようとも香月を排除できない。リローズがさせない。
でも香月がやりたいと願ったのは魔法。贅沢でも、暴虐的な行為でもなかった。
「やってみないとわからないわね。何事も無く終わるかもしれないし、最悪の事態に陥るかもしれない。全てはその瞬間にしか、わからないわ」
ヴィレムの提案にフロウティアは答える。フロウティアにとっても未知の領域なのだ。だからリローズに聞くのが一番早い解決策だと思った。
聞かねばわからないが、聞かずに実行に移すのはリスクが高い。
「じゃあ、リローズ様に聞いた方がいいね、今後のためにも」
「そうね、そうするべきよ」
「わかった。僕はカツキの元へ戻るよ」
そう告げ、ヴィレムは現れた時と同じように姿を消して香月のところへ戻った。
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