神々の愛し子

アイリス

文字の大きさ
16 / 50

16

しおりを挟む



「ここは......?」



香月は周りを見回す。先程まで近くにいたヴィレムもリローズもいない。真っ暗な闇の中には香月一人が立っている。



灯りは無く、出口も見えない。




香月はここから脱出する為にもう一度魔力を込めて、リローズとヴィレムの元へ転移しようと試みる。だが、転移できない。



(どうして!?)



転移ができないわけではない、きっと。一度成功している。失敗はあれど、できないことはないと思う。



諦めずに何回でもやろう、そう決意と共に香月は魔力を込め──。



ぞくりと、肌が粟立つ。



真っ暗な空間に風が吹いた。香月の金色に近い茶色い髪が靡く。



姿は見えないが、何かが訪れたことを示すような風に、香月は周りを警戒する。




(誰も、いない。何も、いない......)




と、思った。安心して、息をついた。その時、暗闇から手が伸びてきた。その手は香月の腕を掴み、引き寄せる。




「何っ!?放して!」




香月は抵抗しようと身を捩るが、反対に抱き込まれる。香月よりも遥かに身長が高く、体つきがしっかりしている。香月は腕の中にすっぽり包み込まれていた。




「ああ、やっと」




感嘆する声。その声は低く艶があり、腕の主が男性であることを示す。




逃れようともがくが、びくともしない。強い力で抱き締められ、逃げられない。



暗闇の中で目が慣れてきたのか、暗がりの中でも辺りが視認できるようになってきた。周りは何も無い空間で、香月を抱きしめるものの姿もぼんやりと、見え始める。




彼の腕の中にいる為、顔は見えない。わかるのは香月の顔に触れる肌触りの良い服と、髪が長い事。



どれ位の間、彼の腕の中に居ただろうか。永遠のような、刹那のような。時間感覚が乏しい。ここは暗いから余計そう感じる。時間の経過がはっきりと確認できない。




その間も香月は魔法を込めて転移しようと試みているが、成功しない。



「やっと、逢えたのに逃すはずない」




唐突に、彼は言った。香月が何度も転移しようとしているのに気付いたのかもしれない。




「いつも貴女は俺たちを拒む。俺たちも貴女に無体を強いたくないから、いつも諦める」




彼は、香月に言っている。だが、香月には彼が何のことを言っているのかわからない。理解できない。




「ああ、愛しい人。早く貴女を迎え入れたい......」




「貴方は誰?私は、貴方のことを知らない。貴方は誰かと、私を間違えているんじゃ......」




ないか、そう告げようとしたら更なる力で抱き締められる。強すぎる力に香月は自身で立っていられなくなる。




「っ......」




息を吸うのも苦労するくらいに強く、骨が軋む。




「あぁ、ごめんね、苦しいよね?」




香月が苦痛に耐えかねているのに気が付いたのか、少し力が緩められる。



拘束から解放され、香月はそのまま座り込む。



荒くなった呼吸を整え、見えないとわっているが上を見上げる。




「何を、したい、の......」




香月は息を整えつつ、彼にたずねる。空気を急速に取り込もうとする為、とても苦しいが聞かずにはいられなかった。




誰かと勘違いしているような気がするし、香月を求めているような気もする。




「何をしたいかって......?もちろん、貴女を連れて行きたい」



「何処へ......?」




「我らが居るべき処」




それが何処なのか確かめようと口を開きかけた香月の顔を、彼の手が包み込む。




「ねぇ、早く俺を愛して。俺を救って。俺を罰して。貴女を助けれず、見殺しにし、生き永らえている俺を許さず、憎み......それでも、最後には俺と共にいて......」



懇願するような響き。



願いのようで、決定事項であるような、反論は認めないような強さも滲む。




香月は言葉を飲み込む。




ここで言い争っても無意味だ。




わけのわからない男性の言い分を黙って聞いているのは癪だが、力で叶わない。転移もできない今の状況で怒らせるのは得策ではない。




今はやんわりと会話をして、刺激せず、逃げる手段を考えるべきだろう。



助けが来るのを待つべきか、自ら動くべきか。




「今の貴女も美しいけど、我らの住処にその身体では行けないよ?地上に縫いとめる器を棄てて、戻ろう?」



顔を包む手が緩慢に動き、輪郭を撫でる。



更に移動し、首元へ──。



そして、ゆっくりと首を覆う。徐々に力が込められ、締められてゆく。




「やめっ......」



段々と強く、圧迫されてゆき、息が出来なくなる。空気を求め喘ぐが、望むようにはいかず苦しみが募る。



(私は、また死ぬの?こんなにも、すぐに、呆気なく?)



香月は生理的に流れる涙で滲む視界に映る男性の手を必死で剥がそうと爪をくい込ませ、抵抗する。



(私はこの世界で何もしてない──!魔法も、景色も、食べ物も買い物も、したいことが沢山あるのに)




また死ぬのも嫌だ。異世界を堪能し、楽しみ尽くして、寿命で息を引き取るならまだいいが、こんな強制的に再び歩み始めた人生を台無しにされれのは御免だ。




(死にたくない──死にたくないの!誰でもいいっ、助けて、助かる術を教えて......)



リローズやヴィレム、フロウティアの顔を思い浮かべる。



だが、そんな都合よく助けは来るはずもなく。




香月の意識は闇の中へ溶け込んだ。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は、聖女っていう柄じゃない

波間柏
恋愛
夜勤明け、お風呂上がりに愚痴れば床が抜けた。 いや、マンションでそれはない。聖女様とか寒気がはしる呼ばれ方も気になるけど、とりあえず一番の鳥肌の元を消したい。私は、弦も矢もない弓を掴んだ。 20〜番外編としてその後が続きます。気に入って頂けましたら幸いです。 読んで下さり、ありがとうございました(*^^*)

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

【本編完結】異世界再建に召喚されたはずなのになぜか溺愛ルートに入りそうです⁉︎【コミカライズ化決定】

sutera
恋愛
仕事に疲れたボロボロアラサーOLの悠里。 遠くへ行きたい…ふと、現実逃避を口にしてみたら 自分の世界を建て直す人間を探していたという女神に スカウトされて異世界召喚に応じる。 その結果、なぜか10歳の少女姿にされた上に 第二王子や護衛騎士、魔導士団長など周囲の人達に かまい倒されながら癒し子任務をする話。 時々ほんのり色っぽい要素が入るのを目指してます。 初投稿、ゆるふわファンタジー設定で気のむくまま更新。 2023年8月、本編完結しました!以降はゆるゆると番外編を更新していきますのでよろしくお願いします。

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

不確定要素は壊れました。

ひづき
恋愛
「───わたくしは、シェノローラよ。シェラでいいわ」 「承知しました、シェノローラ第一王女殿下」  何も承知していないどころか、敬称まで長々とついて愛称から遠ざかっている。  ───こいつ、嫌い。  シェノローラは、生まれて初めて明確に「嫌い」と認識する相手に巡り会った。  そんなシェノローラも15歳になり、王族として身の振り方を考える時期に来ており─── ※舞台装置は壊れました。の、主人公セイレーンの娘が今回は主人公です。舞台装置~を読まなくても、この話単体で読めます。 ※2020/11/24 後日談「その後の彼ら。」を追加

処理中です...