32 / 50
32
しおりを挟む怒鳴りつけられた香月は口を噤んだ。恐れからではない。ただ、これ以上口を開いても無駄だと悟ったのだ。
シュリクロンの父親である男は己の欲に忠実で貪欲な人間。香月は元の世界でも同じような人間を何人も見てきた。
そういった人間は、話し合いをしても分かり合えないものだ。こちらがどれだけ心を尽くそうとも、自らの考えと要望を満たすことに余念が無く、留まることを知らない。
香月は彼をどうするべきか悩む。本当ならシュリクロンが対処してくれたら楽なのだが、当の本人は顔色を悪くさせたまま身動ぎすらしない。否、動けないんだろう。
香月は内心ため息をついた。この場を穏便に済ませる方法を思いつかない。先程からヴィレムは怒りで今にも手を出しそうであるし、香月は話すのが億劫に感じて、喋る気もない。頼みの綱のシュリクロンは俯いたままで使い物にならない。
状況を覆す術を探すのがしんどい。かと言って、物理的に解決することも遠慮したい。
「フォーディス伯爵閣下、貴方は何様ですか?」
そこへ、教会の主であるフロウティアがやって来た。
「きょ、教皇猊下!?」
フロウティアは颯爽と現れ、香月を庇うような位置に入る。
「フロウティア......」
香月がフロウティアの名前を呟けば直ぐに振り返る。
「あぁ、カツキ様、申し訳ございません。ご不快な思いをさせてしまいましたね」
フロウティアは香月の腕を取り、慰めるように抱きしめる。その声には思い遣りが溢れ、香月はフロウティアの登場に心底安堵した。
「これ以上この場にいるのが不愉快であれば、もうお戻り頂いて大丈夫ですよ」
疲労を滲ませる香月の姿にフロウティアは眉をひそめ、声をかける。
「ううん、シュリクロンが心配だから戻らない......」
香月はあの状態のシュリクロンをこの場に残していくのが不安だった。
だからフロウティアは香月に部屋へ戻ってもいいと提案してくれたが、断った。
「そうですか......では、ここは手短に済ませましょう」
フロウティアは香月が戻らない意志を示すと、一刻も早く終わらせるべく動き出す。
「伯爵閣下、もう一度問いましょう。貴方は何様ですか?愛し子は神に定められ認められた者。たかが貴族より遥かに有用な人間ですよ?リローズ様に裁きを下されても文句を言えないほど、愛し子に対する暴言と暴挙、見過ごすわけにはいきません」
フォーディス伯爵に言い聞かせるような述べ方だったが、フロウティアの声は恐ろしく冷たかった。
フォーディス伯爵は顔色を真っ青にし、フロウティアの言葉を受け止める。
「今、貴方が無事なのは二人が感情を暴走させていないからです。もし二人が悲しみ、嘆き、泣けば、リローズ様は容赦なく鉄槌を下したでしょう。......命拾いしましたね?」
フロウティアは畳み掛けるように告げる。フォーディス伯爵は身体を震わせ、膝をつく。最後の言葉を告げる際、フロウティアはにっこり微笑み、フォーディス伯爵に囁く。それはとてもとても良い笑顔で。
「あぁ、それに教会内での勝手な行動──教会は独立した権利と権力を持ちます。帝国内に本部を構えていますが、帝国に属している訳では無い。ご存知ですよね?それが意味することも、伯爵閣下なら、言わなくても理解頂けますよね?」
フロウティアの脅しの数々に、フォーディス伯爵は遂に言葉すら発しない。言葉にならない。口を開くも空気の音ばかりがする。開いては閉じてを繰り返し、音にすらならなかった。
「貴方は誰に喧嘩を売っているのですか?全く、その頭は飾りですか?いくらフロウティアの両親といえ、侵してはいけないものを理解することもできないのですか?」
フロウティアは困ったというように頬に手を当て、嘆息する。
「フ、フロウティア様......」
そこへ、シュリクロンがフロウティアに声をかける。
「あら、シュリクロン。話せるようになったの?」
フロウティアは振り返り、シュリクロンに視線を移す。
「は、はい。申し訳ございません」
「謝らなくていいわ、言い返せないのはわかっているから。でも、それなら、私にもっと早く知らせるべきね。遅いわよ、シュリクロン」
フロウティアはシュリクロンの状態は予想済みだったのか、言い返せないことを咎めるのではなく、フロウティアに助けを求めるのが遅いことに対して苦言を呈する。
シュリクロンは直ぐに謝罪する。反射的といってもいいくらい早い。
「はい、申し訳ございません」
フロウティアはシュリクロンにもっと早く知らせるように言っている。つまり、シュリクロンがフロウティアを呼んでくれたということ。
それで香月は助かったと感じている。助け舟を出すべきだろう。
「フロウティア、シュリクロンを責める前にこの人、どうするの?」
「そうですね、まずは教会に連れて行き、皇帝陛下にお知らせしましょう」
「教皇猊下、皇帝陛下にお知らせするのは......」
フォーディス伯爵が慌ててフロウティアに言うが、フロウティアはそれを綺麗に無視する。
視線だけをフォーディス伯爵へ向け、瞳を細める。
「フォーディス伯爵閣下、ローズナイド帝国の貴族が愛し子を侮辱したのですよ?」
だから、報告は必須。
「仮に、私が黙っていたとしましょう。なら、貴方に罰を与えるのは誰でしょう?私?皇帝陛下?いいえ、リローズ様でしょうね?」
「リ、リローズ様が手を出せるのは、彼女を貶める者でしょう」
「そう言われていますね。ですが、女神たるかの方が、本当にそうだと?そう思っているなら、おめでたいですね。でも、真実を知る必要はありませんよ、貴方は今からそれどころではないですから」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
162
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる