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第一章:抵抗組織「桜」
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封鎖開始から十七日目の夜、新宿区西新宿の地下二百メートルにある廃坑施設——「桜」の基地では、僅かな電灯の光が湿った壁を照らしていた。
神林颯太は鉄製の机に向かい、手元の古いノートパソコンにデータを打ち込んでいる。画面には東京二十三区の地図が表示され、赤いマークがグールの出没地、青いマークが化物の生息域として記されていた。彼の隣には浅倉ハルが座り、懐中電灯を灯しながら入手したEAAの文書を整理していた。
「神林さん、これ見て!文書の奥付に『大蔵省 堂前宗一郎』って名前があるんだ」
ハルが指差す箇所には、細かい文字で人名と日付が記されていた。颯太はその名前をノートに書き留め、眉間に皺を寄せた。
「堂前宗一郎……EAA最高顧問である大蔵大臣か。序章の時に研究者が言っていた人物だ」
「あと、この地図には地下施設の位置がいくつか記載されてるけど、どこも警戒が厳しそうだよ。特に渋谷区の『第7実験棟』と新橋の『データ管理センター』は、セキュリティレベルが最も高いって書いてある」
颯太が地図を手に取ると、基地の入り口から足音が響いた。元警察官の沢村健一が、高校生の山本拓也と共に戻ってきた。二人の顔には土を被ったような汚れが付いており、拓也は腕に包帯を巻いていた。
「様子はどうだ?」颯太が尋ねると、沢村は首を振った。
「悪化してるね。EAAの『排除作戦』が本格化して、街中はあちこちで銃声が鳴ってる。先程は千代田区で戦闘機が民家に攻撃したところを目撃した」
「俺も……グールの人たちがEAAの兵士に追いかけられてるのを見たんだ」拓也が低い声で話し始める。「でもあの人たち、決して無差別に人を襲ってるわけじゃない。逃げてるだけなんだ……」
拓也の話に、基地にいる他のメンバーたちも顔を曇らせた。「桜」のメンバーは現在、男女合わせて二十三人。全員がEAAの支配や実験で家族や友人を失い、この地下で必死に生き残っていた。
「俺たち、このままじゃ駄目だよ」
声を上げたのは、元看護師の五十嵐あやだ。彼女は封鎖前に勤務していた病院で、グールとして運ばれてきた患者たちを看ていた。
「グールの人たちは、まだ治せる可能性があるんだ。体の変形は実験薬の副作用で、脳には傷がない場合が多いんだよ。でもEAAはただ殺してる……」
「五十嵐さんの言う通りだ」颯太が立ち上がり、全員の視線を集めた。「俺たちはただ生き残るだけじゃない。EAAの企みを暴き、この街を本当の意味で奪還しなければならない。そのためには、まずEAAの実験内容を明らかにする証拠を集めなければならない」
「でも、相手は軍隊や特殊兵器だよ。俺たちには拳銃やナイフしかないんだ」
メンバーの一人が不安を口にした。颯太は机の下から古い東京地図を取り出し、机の上に広げた。
「だからこそ、俺たちは『桜』として組織を固め、戦略を立てなければならない。今、我々には三つの目標がある。第一に、生き残っている市民を保護し、安全な避難所を確保すること。第二に、EAAの実験施設を探査し、証拠を集めること。第三に、グールや化物との接触を試み、彼らと共に戦う可能性を探ること——」
「神林さん、それって無謀じゃない?」ハルが驚いた表情で尋ねる。「グールや化物は危険な存在だよ」
「序章の時、美咲——俺の妻が俺たちを助けてくれた。グールたちにもまだ理性が残っている可能性がある。そして化物は都市のインフラと繋がっているから、もし彼らと協力できれば、EAAの兵器を無力化することもできるんだ」
颯太の言葉に、メンバーたちは沈黙した。沢村が立ち上がり、颯太の肩を叩いた。
「神林の言う通りだ。俺も警察官として、正義のために戦うことを誓った。この『桜』を本物の抵抗組織にするため、俺も力を貸す」
「俺も!妹を助けるために、何でもする!」拓也が続けて立ち上がった。
次々とメンバーたちが意を決し、颯太の周りに集まってきた。ハルも深い呼吸をしてから、拳を握り締めた。
「分かった!私も神林さんと一緒に戦う!」
その夜、「桜」は正式に組織としての規則と目標を定め、各メンバーに役割を割り当てた。沢村を戦闘班長とし、拓也たち若者たちを斥候に配置。五十嵐あやを医療班長とし、負傷者のケアを担当させる。ハルは情報班長として、EAAの情報収集と分析を任された。そして颯太は代表として、全体の指揮を取ることになった。
「これからが本当の戦いだ。我々は一人ではない。この街にはまだたくさんの仲間がいる。そしていつか、この灰色の首都に桜が咲く日が必ず来る!」
颯太の叫び声が、狭い基地に響き渡った。
封鎖開始から二十三日目、朝の七時。
ハルと拓也は、渋谷区の街中を斥候として探索していた。二人は迷彩服に身を包み、顔には保護マスクを着け、静かに道路に沿って進んでいた。
街は壊滅的な様相を呈していた。車がぶつかり合って炎上した跡や、建物の壁に弾痕が無数に残されている。道端にはEAAの兵士や市民の遺体が放置されており、空気には鉄臭と腐敗臭が混じった悪臭が漂っていた。
「ハルさん、あそこに何かいるよ」
拓也が指差す方向には、コンビニのシャッターの隙間から、小さな人影が覗いていた。ハルは慎重に近づき、声をかけた。
「大丈夫ですか?我々は抵抗組織『桜』です。助けに来ました——」
シャッターが少し開き、中から少年が顔を出した。見た目は十歳くらいで、頬はやつれており、瞳には恐怖がにじんでいた。
「……本当に助けてくれるの?EAAの人は、俺たちを感染症患者だと言って殺そうとしたんだ」
「もちろんだ。君は一人?」
「いや、ここには他に五人の子供と、先生がいるんだ」
少年の名前は佐藤駿太だった。彼は封鎖前に通っていた小学校の児童たちと、担任の教師・林美穂と共に、このコンビニの地下に隠れて生き残っていた。
ハルと拓也は駿太に導かれ、コンビニの地下倉庫へと入った。狭い空間には五人の子供と、三十代の女性がいた。女性は林美穂で、手には包帯を巻いたまま、子供たちを守るように構えていた。
「林先生、我々は『桜』という組織で、EAAに抗っています。安全な避難所があるので、一緒に行きましょう」
「本当に大丈夫ですか?EAAの人は、子供たちでも容赦なく攻撃してきました」
林美穂の声には不安がにじんでいた。ハルは彼女の手を取り、優しく頷いた。
「大丈夫です。我々はみんなで力を合わせて、この街を取り戻すんです」
その時、地上から大きな爆発音が響き、建物がガタガタと震えた。倉庫の天井から土が落ちてきた。
「何だって!?」拓也が身構えると、コンビニのシャッターがガチャガチャと開かれる音がした。ハルは拳銃を抜き、出口を見張った。
すると、シャッターの向こうからグールの姿が現れた。それは女性の姿をしており、制服からは元教師らしいことが分かった。彼女は白濁った瞳でハルたちを見つめ、唸り声を上げながらも、なぜか攻撃を仕掛けてこなかった。
「先生……?」
駿太が小さな声で叫ぶ。グールは駿太の声に反応し、ゆっくりと手を伸ばした。その手の指は変形していたが、掌には小さな鉛筆が握られていた。
「これは……駿太くんの鉛筆だよ」林美穂が囁く。「彼女は、駿太くんたちの担任助手だった山本先生なんだ……」
山本先生は鉛筆を駿太の手に渡し、その後、ゆっくりと後退していった。その姿が消えると、地上からEAAの兵士の声が聞こえてきた。
「確認せよ!この地域には感染体と残留民が潜伏しているはずだ!見つけ次第、排除すること!」
「逃げなければ!」
ハルが叫ぶと、林美穂は子供たちを連れ、倉庫の奥にある別の出口へと向かった。拓也は先頭に立って道を開き、ハルは最後尾を押さえながら、静かに街の中を移動した。
途中、彼らは倒れているEAAの兵士の遺体から無線機と弾薬を回収した。ハルが無線機を操作すると、EAAの本部からの通信が聞こえてきた。
「全部隊、注意せよ!『第7実験棟』にて重要データの回収作業を開始する。実験体の管理には万全を期すこと。なお、残留民は全て感染体とみなして処分すること!」
「第7実験棟……渋谷区にあるんだよね?」拓也が尋ねると、ハルは頷いた。
「これは重要な情報だ。神林さんに知らせなければならない。それにしても……山本先生は、子供たちを守るために動いていたんだね」
「グールの人たちも、本当は人間なんだ……」駿太が小さな声で話した。
ハルは駿太の頭を優しく撫でる。「そうだよ。だからこそ、俺たちは彼らを助けなければならないんだ」
やがて彼らは「桜」の基地へと到着した。颯太たちは子供たちと林美穂を迎え入れ、医療班の五十嵐あやが子供たちの体調を確認した。
「無事で良かった。でも、EAAが第7実験棟でデータ回収を始めてるという情報は重大だ」颯太が無線機を手に取り、メンバーたちを集めた。「我々は今夜、第7実験棟へ潜入し、証拠を奪取する作戦を立てる。今回の作戦が成功すれば、EAAの企みを世界に暴くことができる!」
「でも、相手は本格的なセキュリティだよ。俺たちには……」
「今回は一人でも多くの仲間がいる」沢村が拳銃を手に取り、微笑んだ。「子供たちや林先生を守るためにも、この作戦は成功させなければならない。『桜』の一員として、全員で力を合わせよう!」
メンバーたちは意気込みを高め、作戦の準備を始めた。基地の片隅で、駿太が山本先生から受け取った鉛筆を握り締め、静かに願っていた。
「先生……きっと大丈夫だよ。俺たちも、きっと街を取り戻すんだ」
封鎖開始から二十五日目、夜の十時。
「桜」のメンバー十三人が、渋谷区の「第7実験棟」へと向かった。颯太を中心に、沢村、ハル、拓也たちが編成され、それぞれ無線機で連絡を取り合いながら進んでいた。
実験棟は地上二十五階、地下十階の超高層ビルだった。外観はガラス張りで近代的だが、窓ガラスは全て曇りガラスで内部が見えず、出入口にはEAAの特殊部隊が厳重に警備していた。
「警戒が本当に厳しいね。正面からは無理だ」沢村が隠れているビルの陰から囁く。「神林、どうする?」
「事前に調べておいた通り、地下三階に貨物用エレベーターの出入り口がある。そこから潜入する」
颯太が指差す方向には、ビルの裏手に小さな扉が見えた。ハルが持ってきた地図によると、そこから地下へと繋がる通路があるという。
「俺たち五人が先頭に入り、残りのメンバーは周囲を警戒しろ。万が一の場合は直ちに撤退すること」
颯太の指示で、沢村、ハル、拓也、そして元特殊部隊員の木村達也が颯太に続いて動き出した。五人は黙って通路を進み、扉の前に到着すると、木村が鍵穴に特殊な工具を差し込んだ。僅かな音と共に鍵が開き、扉は静かに開いた。
中は狭い廊下で、蛍光灯が点滅していた。壁には「絶対立ち入り禁止」という看板が貼られ、足元には黒い液の痕跡が残されていた。
「この臭い……序章の時と同じだ」ハルが鼻をつまんだ。
颯太が懐中電灯を点灯すると、廊下の奥に貨物エレベーターが見えた。エレベーターのドアは開いたままで、中にはいくつかの金属製のカゴが置かれていた。カゴには「実験体A-001」「実験体B-027」というラベルが貼られており、中からは小さな唸り声が聞こえた。
「中にグールがいる……」拓也がつぶやく。
颯太はエレベーターの操作パネルを確認すると、地下七階のボタンを押した。「データ管理室は地下七階にある。まずはそこへ行こう」
エレベーターがゆっくりと下降し始めると、壁の向こう側から大きな音が響いた。振動で蛍光灯が切れ、暗闇の中には湿った足音が近づいてくるのが分かった。
「誰か来てる!」木村が拳銃を構えた。
エレベーターが停止し、ドアが開くと、暗闇の中から数体のグールが現れた。彼らは白衣を着ており、元研究者らしい姿だった。白濁った瞳で颯太たちを見つめながら、ゆっくりと近づいてくる。
「撃たないで!」颯太が制止した。「彼らは攻撃してこない。ただ……何かを伝えたいのかもしれない」
グールの一人が颯太の前に立ち、手で壁を指差した。壁には爪で引っかいたような文字が残されていた。
「『データ……偽り……大蔵……』」ハルが読み上げた。「これは……EAAがデータを偽っていることを教えてくれてるんだ?」
グールは頷き、さらに「地下十階……危険……」という文字を引っかいた。その時、施設内に警報音が鳴り響き、無線機から沢村の声が慌てて聞こえてきた。
「神林!大事だ!EAAの部隊がビルに侵入してきた!彼らはデータを全て消去しようとしてる!」
「分かった!我々は直ちにデータ管理室へ向かう!」
颯太が合図を送ると、グールたちは突然動き出し、廊下の奥へと走っていった。彼らは道案内をしてくれているのだと分かり、颯太たちは後を追った。
やがてデータ管理室に到着すると、室内には数十台のコンピューターが置かれ、画面には無数のデータが表示されていた。ハルが最も大きなモニターに触れると、画面には「人類進化プロジェクト 機密データ」という文字が現れた。
「神林さん、これ見て!」
ハルが操作すると、画面には実験の詳細な記録が表示された。「人類進化プロジェクト」は、実は人類を進化させるどころか、大蔵大臣・堂前宗一郎が率いるグループが「新たな支配階級を創る」ための実験であり、被験者は全て強制的に集められた無実の市民だった。さらに、グールや化物を兵器として世界中に配布し、EAAの支配を拡大する計画まで記されていた。
「これが証拠だ!このデータを全てコピーする!」
ハルがUSBメモリーを差し込み、データのコピーを開始すると、部屋のドアがガチャンと開いた。そこにはEAA特殊部隊の隊長と、白衣を着た男が立っていた。
「貴様らが……抵抗組織『桜』か?」
白衣の男は堂前宗一郎だった。彼の瞳は異様に輝いており、笑顔には人間離れした狂気が宿っていた。
「データをコピーするなんて、愚かなことだ。このデータは人類の未来を切り開く鍵なのだ!」
「未来じゃない!貴様はただ権力を手に入れるために、無数の人々を犠牲にしているだけだ!」
颯太が拳銃を堂前に向けると、部隊長が銃を構えて応戦した。銃声が鳴り響き、モニターが割れて火花を散らした。拓也が床に落ちた鉄棒を掴み、部隊員と戦いを始めた。
「データのコピーはまだ三分かかる!」ハルが叫んだ。
その時、部屋の窓ガラスが割れ、化物が巨大な姿で現れた。それは複数の塊が結合したもので、両腕には光を放つ砲身のようなものが生えていた。化物はEAAの兵士たちに光弾を放ち、次々と倒した。
同時に、先程のグールたちが部屋に入り込み、堂前を取り囲んだ。彼らは攻撃するのではなく、ただ堂前を見つめ、唸り声を上げていた。
「くそっ……化物まで手を貸してやがる!」
堂前が怒りを募らせ、懐から小型のリモコンを取り出した。「しかし、貴様らには勝てない!このビル全体を爆破する装置を作動させる!全てを灰にしてやる!」
リモコンを押す瞬間、沢村が飛びかかり、堂前の手を叩き落とした。リモコンは床に落ちて割れ、警報音がさらに激しく鳴り響いた。
「データのコピー完了!」ハルが叫ぶ。
「撤退だ!」
颯太が合図を送ると、メンバーたちは次々と部屋を出た。化物が通路を開き、グールたちが後ろを押さえながら、彼らをビルの外へと導いた。
ビルを出る瞬間、大きな爆発音が響き、実験棟は炎上し始めた。煙の中から、堂前の叫び声が聞こえてきたが、すぐに炎に飲み込まれた。
颯太たちは息を切らして基地へと戻り、ハルがコピーしたデータを確認した。そこにはEAAの全ての企みが記録されており、さらには世界中の実験施設の位置までが明らかになった。
「このデータを、封鎖区域の外にいるジャーナリストの友人に送る」颯太がパソコンに向かい、メールを打ち込み始めた。「世界に真実を伝えれば、EAAの支配は必ず崩れる。そしてこの『桜』を旗印に、全ての人々が結束すれば、東京を本当に奪還できる!」
基地の中には子供たちの笑い声も聞こえ、メンバーたちは久しぶりに希望に満ちた表情を浮かべていた。だが颯太は、データの最後に記されていた「如月ルナ 特殊対策局長」という名前を見つめ、深い憂いを抱いていた。
——戦いはまだ始まったばかりなのだ。
神林颯太は鉄製の机に向かい、手元の古いノートパソコンにデータを打ち込んでいる。画面には東京二十三区の地図が表示され、赤いマークがグールの出没地、青いマークが化物の生息域として記されていた。彼の隣には浅倉ハルが座り、懐中電灯を灯しながら入手したEAAの文書を整理していた。
「神林さん、これ見て!文書の奥付に『大蔵省 堂前宗一郎』って名前があるんだ」
ハルが指差す箇所には、細かい文字で人名と日付が記されていた。颯太はその名前をノートに書き留め、眉間に皺を寄せた。
「堂前宗一郎……EAA最高顧問である大蔵大臣か。序章の時に研究者が言っていた人物だ」
「あと、この地図には地下施設の位置がいくつか記載されてるけど、どこも警戒が厳しそうだよ。特に渋谷区の『第7実験棟』と新橋の『データ管理センター』は、セキュリティレベルが最も高いって書いてある」
颯太が地図を手に取ると、基地の入り口から足音が響いた。元警察官の沢村健一が、高校生の山本拓也と共に戻ってきた。二人の顔には土を被ったような汚れが付いており、拓也は腕に包帯を巻いていた。
「様子はどうだ?」颯太が尋ねると、沢村は首を振った。
「悪化してるね。EAAの『排除作戦』が本格化して、街中はあちこちで銃声が鳴ってる。先程は千代田区で戦闘機が民家に攻撃したところを目撃した」
「俺も……グールの人たちがEAAの兵士に追いかけられてるのを見たんだ」拓也が低い声で話し始める。「でもあの人たち、決して無差別に人を襲ってるわけじゃない。逃げてるだけなんだ……」
拓也の話に、基地にいる他のメンバーたちも顔を曇らせた。「桜」のメンバーは現在、男女合わせて二十三人。全員がEAAの支配や実験で家族や友人を失い、この地下で必死に生き残っていた。
「俺たち、このままじゃ駄目だよ」
声を上げたのは、元看護師の五十嵐あやだ。彼女は封鎖前に勤務していた病院で、グールとして運ばれてきた患者たちを看ていた。
「グールの人たちは、まだ治せる可能性があるんだ。体の変形は実験薬の副作用で、脳には傷がない場合が多いんだよ。でもEAAはただ殺してる……」
「五十嵐さんの言う通りだ」颯太が立ち上がり、全員の視線を集めた。「俺たちはただ生き残るだけじゃない。EAAの企みを暴き、この街を本当の意味で奪還しなければならない。そのためには、まずEAAの実験内容を明らかにする証拠を集めなければならない」
「でも、相手は軍隊や特殊兵器だよ。俺たちには拳銃やナイフしかないんだ」
メンバーの一人が不安を口にした。颯太は机の下から古い東京地図を取り出し、机の上に広げた。
「だからこそ、俺たちは『桜』として組織を固め、戦略を立てなければならない。今、我々には三つの目標がある。第一に、生き残っている市民を保護し、安全な避難所を確保すること。第二に、EAAの実験施設を探査し、証拠を集めること。第三に、グールや化物との接触を試み、彼らと共に戦う可能性を探ること——」
「神林さん、それって無謀じゃない?」ハルが驚いた表情で尋ねる。「グールや化物は危険な存在だよ」
「序章の時、美咲——俺の妻が俺たちを助けてくれた。グールたちにもまだ理性が残っている可能性がある。そして化物は都市のインフラと繋がっているから、もし彼らと協力できれば、EAAの兵器を無力化することもできるんだ」
颯太の言葉に、メンバーたちは沈黙した。沢村が立ち上がり、颯太の肩を叩いた。
「神林の言う通りだ。俺も警察官として、正義のために戦うことを誓った。この『桜』を本物の抵抗組織にするため、俺も力を貸す」
「俺も!妹を助けるために、何でもする!」拓也が続けて立ち上がった。
次々とメンバーたちが意を決し、颯太の周りに集まってきた。ハルも深い呼吸をしてから、拳を握り締めた。
「分かった!私も神林さんと一緒に戦う!」
その夜、「桜」は正式に組織としての規則と目標を定め、各メンバーに役割を割り当てた。沢村を戦闘班長とし、拓也たち若者たちを斥候に配置。五十嵐あやを医療班長とし、負傷者のケアを担当させる。ハルは情報班長として、EAAの情報収集と分析を任された。そして颯太は代表として、全体の指揮を取ることになった。
「これからが本当の戦いだ。我々は一人ではない。この街にはまだたくさんの仲間がいる。そしていつか、この灰色の首都に桜が咲く日が必ず来る!」
颯太の叫び声が、狭い基地に響き渡った。
封鎖開始から二十三日目、朝の七時。
ハルと拓也は、渋谷区の街中を斥候として探索していた。二人は迷彩服に身を包み、顔には保護マスクを着け、静かに道路に沿って進んでいた。
街は壊滅的な様相を呈していた。車がぶつかり合って炎上した跡や、建物の壁に弾痕が無数に残されている。道端にはEAAの兵士や市民の遺体が放置されており、空気には鉄臭と腐敗臭が混じった悪臭が漂っていた。
「ハルさん、あそこに何かいるよ」
拓也が指差す方向には、コンビニのシャッターの隙間から、小さな人影が覗いていた。ハルは慎重に近づき、声をかけた。
「大丈夫ですか?我々は抵抗組織『桜』です。助けに来ました——」
シャッターが少し開き、中から少年が顔を出した。見た目は十歳くらいで、頬はやつれており、瞳には恐怖がにじんでいた。
「……本当に助けてくれるの?EAAの人は、俺たちを感染症患者だと言って殺そうとしたんだ」
「もちろんだ。君は一人?」
「いや、ここには他に五人の子供と、先生がいるんだ」
少年の名前は佐藤駿太だった。彼は封鎖前に通っていた小学校の児童たちと、担任の教師・林美穂と共に、このコンビニの地下に隠れて生き残っていた。
ハルと拓也は駿太に導かれ、コンビニの地下倉庫へと入った。狭い空間には五人の子供と、三十代の女性がいた。女性は林美穂で、手には包帯を巻いたまま、子供たちを守るように構えていた。
「林先生、我々は『桜』という組織で、EAAに抗っています。安全な避難所があるので、一緒に行きましょう」
「本当に大丈夫ですか?EAAの人は、子供たちでも容赦なく攻撃してきました」
林美穂の声には不安がにじんでいた。ハルは彼女の手を取り、優しく頷いた。
「大丈夫です。我々はみんなで力を合わせて、この街を取り戻すんです」
その時、地上から大きな爆発音が響き、建物がガタガタと震えた。倉庫の天井から土が落ちてきた。
「何だって!?」拓也が身構えると、コンビニのシャッターがガチャガチャと開かれる音がした。ハルは拳銃を抜き、出口を見張った。
すると、シャッターの向こうからグールの姿が現れた。それは女性の姿をしており、制服からは元教師らしいことが分かった。彼女は白濁った瞳でハルたちを見つめ、唸り声を上げながらも、なぜか攻撃を仕掛けてこなかった。
「先生……?」
駿太が小さな声で叫ぶ。グールは駿太の声に反応し、ゆっくりと手を伸ばした。その手の指は変形していたが、掌には小さな鉛筆が握られていた。
「これは……駿太くんの鉛筆だよ」林美穂が囁く。「彼女は、駿太くんたちの担任助手だった山本先生なんだ……」
山本先生は鉛筆を駿太の手に渡し、その後、ゆっくりと後退していった。その姿が消えると、地上からEAAの兵士の声が聞こえてきた。
「確認せよ!この地域には感染体と残留民が潜伏しているはずだ!見つけ次第、排除すること!」
「逃げなければ!」
ハルが叫ぶと、林美穂は子供たちを連れ、倉庫の奥にある別の出口へと向かった。拓也は先頭に立って道を開き、ハルは最後尾を押さえながら、静かに街の中を移動した。
途中、彼らは倒れているEAAの兵士の遺体から無線機と弾薬を回収した。ハルが無線機を操作すると、EAAの本部からの通信が聞こえてきた。
「全部隊、注意せよ!『第7実験棟』にて重要データの回収作業を開始する。実験体の管理には万全を期すこと。なお、残留民は全て感染体とみなして処分すること!」
「第7実験棟……渋谷区にあるんだよね?」拓也が尋ねると、ハルは頷いた。
「これは重要な情報だ。神林さんに知らせなければならない。それにしても……山本先生は、子供たちを守るために動いていたんだね」
「グールの人たちも、本当は人間なんだ……」駿太が小さな声で話した。
ハルは駿太の頭を優しく撫でる。「そうだよ。だからこそ、俺たちは彼らを助けなければならないんだ」
やがて彼らは「桜」の基地へと到着した。颯太たちは子供たちと林美穂を迎え入れ、医療班の五十嵐あやが子供たちの体調を確認した。
「無事で良かった。でも、EAAが第7実験棟でデータ回収を始めてるという情報は重大だ」颯太が無線機を手に取り、メンバーたちを集めた。「我々は今夜、第7実験棟へ潜入し、証拠を奪取する作戦を立てる。今回の作戦が成功すれば、EAAの企みを世界に暴くことができる!」
「でも、相手は本格的なセキュリティだよ。俺たちには……」
「今回は一人でも多くの仲間がいる」沢村が拳銃を手に取り、微笑んだ。「子供たちや林先生を守るためにも、この作戦は成功させなければならない。『桜』の一員として、全員で力を合わせよう!」
メンバーたちは意気込みを高め、作戦の準備を始めた。基地の片隅で、駿太が山本先生から受け取った鉛筆を握り締め、静かに願っていた。
「先生……きっと大丈夫だよ。俺たちも、きっと街を取り戻すんだ」
封鎖開始から二十五日目、夜の十時。
「桜」のメンバー十三人が、渋谷区の「第7実験棟」へと向かった。颯太を中心に、沢村、ハル、拓也たちが編成され、それぞれ無線機で連絡を取り合いながら進んでいた。
実験棟は地上二十五階、地下十階の超高層ビルだった。外観はガラス張りで近代的だが、窓ガラスは全て曇りガラスで内部が見えず、出入口にはEAAの特殊部隊が厳重に警備していた。
「警戒が本当に厳しいね。正面からは無理だ」沢村が隠れているビルの陰から囁く。「神林、どうする?」
「事前に調べておいた通り、地下三階に貨物用エレベーターの出入り口がある。そこから潜入する」
颯太が指差す方向には、ビルの裏手に小さな扉が見えた。ハルが持ってきた地図によると、そこから地下へと繋がる通路があるという。
「俺たち五人が先頭に入り、残りのメンバーは周囲を警戒しろ。万が一の場合は直ちに撤退すること」
颯太の指示で、沢村、ハル、拓也、そして元特殊部隊員の木村達也が颯太に続いて動き出した。五人は黙って通路を進み、扉の前に到着すると、木村が鍵穴に特殊な工具を差し込んだ。僅かな音と共に鍵が開き、扉は静かに開いた。
中は狭い廊下で、蛍光灯が点滅していた。壁には「絶対立ち入り禁止」という看板が貼られ、足元には黒い液の痕跡が残されていた。
「この臭い……序章の時と同じだ」ハルが鼻をつまんだ。
颯太が懐中電灯を点灯すると、廊下の奥に貨物エレベーターが見えた。エレベーターのドアは開いたままで、中にはいくつかの金属製のカゴが置かれていた。カゴには「実験体A-001」「実験体B-027」というラベルが貼られており、中からは小さな唸り声が聞こえた。
「中にグールがいる……」拓也がつぶやく。
颯太はエレベーターの操作パネルを確認すると、地下七階のボタンを押した。「データ管理室は地下七階にある。まずはそこへ行こう」
エレベーターがゆっくりと下降し始めると、壁の向こう側から大きな音が響いた。振動で蛍光灯が切れ、暗闇の中には湿った足音が近づいてくるのが分かった。
「誰か来てる!」木村が拳銃を構えた。
エレベーターが停止し、ドアが開くと、暗闇の中から数体のグールが現れた。彼らは白衣を着ており、元研究者らしい姿だった。白濁った瞳で颯太たちを見つめながら、ゆっくりと近づいてくる。
「撃たないで!」颯太が制止した。「彼らは攻撃してこない。ただ……何かを伝えたいのかもしれない」
グールの一人が颯太の前に立ち、手で壁を指差した。壁には爪で引っかいたような文字が残されていた。
「『データ……偽り……大蔵……』」ハルが読み上げた。「これは……EAAがデータを偽っていることを教えてくれてるんだ?」
グールは頷き、さらに「地下十階……危険……」という文字を引っかいた。その時、施設内に警報音が鳴り響き、無線機から沢村の声が慌てて聞こえてきた。
「神林!大事だ!EAAの部隊がビルに侵入してきた!彼らはデータを全て消去しようとしてる!」
「分かった!我々は直ちにデータ管理室へ向かう!」
颯太が合図を送ると、グールたちは突然動き出し、廊下の奥へと走っていった。彼らは道案内をしてくれているのだと分かり、颯太たちは後を追った。
やがてデータ管理室に到着すると、室内には数十台のコンピューターが置かれ、画面には無数のデータが表示されていた。ハルが最も大きなモニターに触れると、画面には「人類進化プロジェクト 機密データ」という文字が現れた。
「神林さん、これ見て!」
ハルが操作すると、画面には実験の詳細な記録が表示された。「人類進化プロジェクト」は、実は人類を進化させるどころか、大蔵大臣・堂前宗一郎が率いるグループが「新たな支配階級を創る」ための実験であり、被験者は全て強制的に集められた無実の市民だった。さらに、グールや化物を兵器として世界中に配布し、EAAの支配を拡大する計画まで記されていた。
「これが証拠だ!このデータを全てコピーする!」
ハルがUSBメモリーを差し込み、データのコピーを開始すると、部屋のドアがガチャンと開いた。そこにはEAA特殊部隊の隊長と、白衣を着た男が立っていた。
「貴様らが……抵抗組織『桜』か?」
白衣の男は堂前宗一郎だった。彼の瞳は異様に輝いており、笑顔には人間離れした狂気が宿っていた。
「データをコピーするなんて、愚かなことだ。このデータは人類の未来を切り開く鍵なのだ!」
「未来じゃない!貴様はただ権力を手に入れるために、無数の人々を犠牲にしているだけだ!」
颯太が拳銃を堂前に向けると、部隊長が銃を構えて応戦した。銃声が鳴り響き、モニターが割れて火花を散らした。拓也が床に落ちた鉄棒を掴み、部隊員と戦いを始めた。
「データのコピーはまだ三分かかる!」ハルが叫んだ。
その時、部屋の窓ガラスが割れ、化物が巨大な姿で現れた。それは複数の塊が結合したもので、両腕には光を放つ砲身のようなものが生えていた。化物はEAAの兵士たちに光弾を放ち、次々と倒した。
同時に、先程のグールたちが部屋に入り込み、堂前を取り囲んだ。彼らは攻撃するのではなく、ただ堂前を見つめ、唸り声を上げていた。
「くそっ……化物まで手を貸してやがる!」
堂前が怒りを募らせ、懐から小型のリモコンを取り出した。「しかし、貴様らには勝てない!このビル全体を爆破する装置を作動させる!全てを灰にしてやる!」
リモコンを押す瞬間、沢村が飛びかかり、堂前の手を叩き落とした。リモコンは床に落ちて割れ、警報音がさらに激しく鳴り響いた。
「データのコピー完了!」ハルが叫ぶ。
「撤退だ!」
颯太が合図を送ると、メンバーたちは次々と部屋を出た。化物が通路を開き、グールたちが後ろを押さえながら、彼らをビルの外へと導いた。
ビルを出る瞬間、大きな爆発音が響き、実験棟は炎上し始めた。煙の中から、堂前の叫び声が聞こえてきたが、すぐに炎に飲み込まれた。
颯太たちは息を切らして基地へと戻り、ハルがコピーしたデータを確認した。そこにはEAAの全ての企みが記録されており、さらには世界中の実験施設の位置までが明らかになった。
「このデータを、封鎖区域の外にいるジャーナリストの友人に送る」颯太がパソコンに向かい、メールを打ち込み始めた。「世界に真実を伝えれば、EAAの支配は必ず崩れる。そしてこの『桜』を旗印に、全ての人々が結束すれば、東京を本当に奪還できる!」
基地の中には子供たちの笑い声も聞こえ、メンバーたちは久しぶりに希望に満ちた表情を浮かべていた。だが颯太は、データの最後に記されていた「如月ルナ 特殊対策局長」という名前を見つめ、深い憂いを抱いていた。
——戦いはまだ始まったばかりなのだ。
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