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最低限の必要な訓練(女性視点)

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 街から戻ってきたダンに言い渡された訓練。
 その軽い口ぶりに甘い考えをしていたと認めざるを得ない。

 その前日の走り込みレベルで考えていたのが失敗だった。
 私ことキョーコは猛烈に後悔していた。
「はいは~い、嘘はダメですよ~」
 なんで? 化かしのキョーコちゃんなんて呼ばれた私の演技力が見抜かれるなんて。
 脇を抱えられて無理くり起こされて走らされる。なんか恥ずかしいなんて思っている暇もなく、強制的にランニングを続行させられる。
 それが終わると次は棒術の訓練だ。
 棒術ってアレよね、棒をクルクル回すヤツ。なんて思っていたら超実戦形式でダンと言う青年と戦うハメに。同じパーティのウェンディと同時にってことで相手をするが、もう思いっきりやっても届かないの。
 ココに来るまでの道中、魔物の蹴散らし方がおかしかったのは見間違いでもなかったのね。てっきり魔物が弱いのかなとか思ったり。
 んなわけない。そんなこと、ここが『死の森』だと聞かされて以降思ってもいない。
 倒れてそんなことを考えていた私の顔の横に棒が立った。
 ニコリと笑うダンの笑顔がマジで怖かった。
 でも教え方は丁寧だ。何度でも繰り返して教えてくれる。コイツはやはりイイヤツっぽい。


 ウェンディはもう何度めになるか分からない驚きに興奮していた。
 後衛でも戦わなければいけない。
 そんな自分の常識に真っ向から否定する教え。そして非力であろうとも体の使い方で力は出るものだと教えて貰った。
 エルフはドワーフや人種に比べても力が弱い。その線の細さがエルフという種だという証明にもなっていた。
 しかしダンという青年は、エルフでも体の使い方ひとつで力の出し方が変わると教えてくれた。
 闘気オーラという力の使い方にも通ずるその教えは、その後に達人が至る秘儀の一種ではないかと考えた。
 体の流れにそって力を動かす。足から腰、胴体から肩、腕、そして手。
 ダンさんのサポートで闘気オーラを流されたときには変な声が出てしまった。キョーコも同じ状態だったから、私だけそうなったわけではないだろう。
 闘気と魔力。そのどちらも意識すると、私の中のナニカが変わった気がする。
 こんな好奇心を刺激されることがあるなんて。
 ダンという青年の知識の深さに、私はワクワクしていた。


 マロンは今まで器用貧乏と言われ続けていた。
 たしかに手先は器用だし、体も思った通りに動かせる。
 でも武器を振るっても魔物に致命傷を負わせられなかったし、逆に魔物に傷をつけられることも多かった。
 それでもなんとか冒険者として経験を積めば。と考えているときにゴブリンに捕まった。経験を積めばと思っていても、マロンはここで終わりなのだろうと思った。
 そんな時に助けてくれたダン。彼はすごかった。武器を振るう姿に感動を覚えた。
 そしてそんなダンに訓練を付けて貰える流れになった。これは嬉しい。ここぞとばかりにマロンはダンへと質問をした。そして気づいた。
『そっか、それっぽく武器を使ってただけだったんだ』
 マロンはダンの説明とその実際に動く体の筋肉を見て、それを自分も出来る様にと訓練を続けた。
 いきなり裸になるとかちょっとおかしいけど、ダンって人はすごいとマロンは思った。


 ファーニは自分のことを馬鹿にしないダンに良い印象を持っていた。
 ドワーフと言えば斧。
 そんな型にはめるようなドワーフのイメージに、ある一人のドワーフの噂がファーニの耳に入ってきた。
 ドワーフの冒険者。その2つ名が『双剣』だというのだ。
 それからファーニは剣を使って冒険者を続けていた。ドワーフが剣かと馬鹿にされても。ゴブリンに捕まって、もう冒険者は続けられないと諦めたとき、その鋭さに目が釘付けになった。ダンの両手で振るわれる武器の何と鋭いことか。
 そしてダンに「双剣が自分のメインだ」と言って訓練をしてもらった。本当はお金が無くて片手剣1本だったファーニは双剣が初めてだったのだ。それでもダンから懇切丁寧に教えて貰い、さらにドワーフならではの戦闘方法も一緒に考えて貰った。
 ファーニはダンが気になり始めていた。


 クローディアはゴブリンに捕まった時に、しょうがないと諦めていた。
 狩人の父をもつクローディアは、今は亡き父から「狩りをする上で、互いが獲物なのだ」と教えを受けていたからだ。殺される覚悟を持って殺すべし。それが狩るものから狩られるものに変わったところで自然の摂理なのだと。
 それでも一思いに殺されずに、ゴブリンに孕まされ続ける生はやだなと考えていたところでクローディアは助け出された。
 それから助けてくれたダンという青年に自分の弓の腕前を見せる機会が訪れた。気合をいれて弓を披露したが、ダンはその数段上の腕前を持っていた。心の中で落ち込んでいたクローディアだが、突然ダンに手を添えられて弓を構えた時に心臓がはじけそうになった。
 慌てていて矢を持った手を緩めてしまったら、その矢が当たったところが抉れるといった現象を起こした。それと同時にダンに触られていた箇所が熱を持っているのが分かった。
 アーツという技だと言われたが、クローディアはそれよりもダンが気になってしまった。
 その日以降、ダンを目で追いかけているクローディアがいた。


 ポーラはあまり人との付き合いが得意ではなかった。
 馬などの牧場にいる動物達との触れ合いの方が多かったくらいだ。
 ゴブリンが村を襲った時、両親に追い立てられるように家を出たが途中でゴブリンに捕まった。
 そして気づいたらこの広場まで助け出されていた記憶がある。
 そこには何故か別人の姿をしていた両親が居たが、ポーラはその人たちが両親だと分かった。
 私と両親を助けてくれたダンという人は「自分の身は自分で守れるように」と武器の使い方を教えてくれた。
 もう、あんな思いはしたくないと、私は人生で初めてまじめに訓練というものをした。
 なんでか両親がニコニコ私を見ていたけど、良く分からなかった。
 私は脳裏に移るあの人の姿を真似して剣を振るった。


 リルはダンが助けた人達とお風呂に入っていた。
 毎日お風呂はダンさんが決めたルールだ。私とて1匹の牝として番相手に臭いとは思われたくはない。まだ正確には番ではないのだが。
 そんなことを思っていると突然話しかけられた。
「リルさんってダンさんの妻なのかな?」
 妻。つまり番のことだ。突然のことに慌ててしまった。
「え~っと、まだ、そうじゃなくて……。でもでも、そうなりたいなとは思ってまして」
 まさか表情に出ていただろうかと狼狽していると更に言葉が続いた。
「じゃあ、こんなのどう?」
 それは日頃の恩返しだという方法だった。
 そして私はこんな日の為に『お母さま』から秘薬をもらっていたのだ。

 ダンさんがお風呂に入っている間にリビングに秘薬の蓋を外して置く。
 ライとリンの2人は部屋に戻っていると言ってリビングから出て行った。
 全員が押し黙り、誰の心音か分からない音がリビングに流れた。
 そしてダンさんの足音が聞こえてきて――
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