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朝チュン 同僚から聞いた残酷な言葉

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 ぬぼぉっと体を起こすダン。
 リビングに据え付けられた窓からは朝日が差し込んでいた。
 ヒュィーと甲高い声の鳥の鳴き声が聞こえる。
 周りを見渡せば昨日のに参加したメンバーが全員まだ寝ていた。

 同僚から聞いた言葉が思い出される。
『隊長、朝チュンしちゃったんすか? え? 朝チュンってなんだって? 隊長みたいに流されてそのまま情事突入して、朝を迎えちゃった男の事っすよ!』
 その後、ぶっ飛ばした記憶までがセットになって蘇ってくる。
 やっちまった。とダンが頭を抱えた。

 さっさと風呂を沸かして手早く洗い、リビングへと戻ってきたときにはライとリンの2人の姿があった。
「おはようございますダンさん」
「おはよ~さん、ダンさん」
 心なしかライは疲れているようにみえるが気のせいだろうか? 代わりにリンは元気そうだ。なんかツヤツヤしているようにも見える。
「ああ、おはようございます。……えっと、その、昨日の夜のことは」
 ダンが口を濁して言うが、2人はともにいい笑顔をしていた。
 これ以上口を開いても墓穴を掘るだけと感じたダンは、朝食の準備をするために台所に向かった。
 その頃にはリビングのあちらこちらで起き上がる影があった。
「お風呂準備してありますから入ってきてください」
 ダンの声掛けにウロウロとした動きで風呂場へと向かっていく人影。
 とりあえず簡単なもので朝食を作りますかと食材を取り出していくダン。

「え~、皆さんに重要なことをお知らせします」
 簡単にシチューとサラダを出して朝食としたダンは、その食事が終わった段階で話を切り出した。なぜかワクワクしている雰囲気を感じたが、それを無視してダンは話を続ける。
「まず皆さん、自己診断魔法セルフステータスチェックを使ってください」
 その言葉に何故という顔をしながらも各々自分のステータスを見ていく。
「あの、ダンさん? コレは――あっ?」
 ウェンディがステータスを開きながらダンへ質問しようとしたときに、自分のステータスの変化に気が付いた。
 称号に『魔の孕み腹(ゴブリン)』が存在していなかったのだ。その代わりに別の称号があったが――
「あ、ゴブリンの字がない!」
「こっちも称号消えてる」
 と女性陣が全員ワイワイと騒ぎ始めた。軽く咳払いをして注目を集めたダンが話し始めた。
「『魔の孕み腹』はマイナス称号ですが、これは時間経過とともに消えるものです。まあ、皆さんにはそれをより早く無くすためのを続けて貰いましたが」
 それに女性陣が顔を赤くして伏せる。風呂に入るたびにウェンディの持っていた道具で治療を継続していたからだ。確かにちょっと恥ずかしいかもしれないが。
「一先ず人前に出ても大丈夫な状態となりました。でも皆さんはまだ実力が足りていません。これからも訓練は継続しますので、そのつもりでいてくださいね」
 そこまで言い切ったダンにウェンディからの質問が飛ぶ。
「すみません、この『愛し子の守り』ってなんですか?」

 ダンは聞こえないフリをした。

 それを破ったのはキョーコだった。
「そんなのダンさんがやってたようにホイホイっと」
 ステータスの文字を突くように指を動かすとステータスがさらに開かれた。

『愛し子の守り』
 愛しいと思った相手の子を身籠った女性に授かる祝福。流産などをしにくくなる。

 その説明文を読み上げたキョーコは真っ赤な顔で押し黙った。
 ダンはサッと見渡す。
 ウェンディとキョーコ、マロンにクローディア、か。
 ちょっとライとリンが見つめあっているのは、この際無視しておこう。
 逆にリルからの視線の圧が凄い。
 これだから嫌なのだ。
 ダンが『戦乙女の加護』を【呪い】と言う理由が、このとんでもない称号だ。
 普通、熟練の神官職であっても、子供が出来たかどうかを判別するのは難しい。しかしダンの『戦乙女の加護』という称号は神が常に見ているためか、ダンの相手をした女性の状態を把握しているようなのだ。ゆえにダンの子供が出来た女性は『加護』の範囲なのか、このとんでもない称号がつくのだ。
「え~っとですね、その、ひとまずその件は置いておきましょう?」

 しかしダンは逃げることは出来なかった!


 その後、訓練はしっかりと行うことと引き換えに、ダンの夜の時間は女性陣に当てられることとなった。
 ライとリンは夜は決まって姿を消していた。
 ダンはそんな生活が始まってすぐ、元同僚をぶちのめすことに決めた。

「うひぃ!?」
「どうした愚弟」
「いや、なんかものすごい殺気を感じて……。隊長かなぁ?」
「ふむ? 隊長の居場所を感じたなら吐いて貰おうか?」
「ちょ、サブリーダー待った、知らないから! って姉ちゃんも脅そうとしないで!」
 とある任務を行っている部隊の一コマであった。


 それから地獄と天国の訓練が開始から1か月が立った。
 全員訓練でボロボロとなった服装で、しかしその顔は晴れやかなものであった。
「それじゃあ、街へと向かいます。っとその前に」
 ダンは大きな袋を持ってくると地面へと下ろした。更にログハウスに立てかける様に置かれたモノの覆いを取り払った。
「「「おお」」」
 それは簡易な革鎧が人数分と、それぞれが練習していた武器の鉄製の物が置かれていた。
 各々がソレを手にしていく。
「鎧は簡易的な胴体だけのものです。それと武器の方ですが」
 マロンが「おお!?」と武器と一緒に倒れた。ドシンッ! と重そうな音が響いてくる。
 武器は鉄の輝きを持った黒い武器であった。
「え~、武器は黒鉄鋼こくてっこうで出来ています。鉄よりも重いですから気を付けてくださいね」
 全員、武器を恐る恐る持っていく。一番軽いウェンディとキョーコの杖ですら、訓練で使っていた物よりも重たく感じるほどだ。
 それでも訓練で鍛えた体はその武器を持つことに支障はなかった。マロンを覗いて。
「う~、どれか一つだけなのダンさん?」
 練習した武器はどれをとってもマロンにとって外せない武器だった。そんなマロンにダンは一つの道具を差し出した。
 3と刺繍されたマジックバッグだ。
「マロンさんにはこちらも渡しておきますね。まだ使っていなかったバッグです」
 そういって渡されたバッグにマロンは小躍りをして、一つ一つの武器をバッグへとしまっていく。
「ずるい」という面々に、ダンは「まあまあ」と抑える様に言った。
 そんなこんながあったが、全員武装を済ませるとダンの前に並んだ。
「では、街に向かって進みま~す。各自警戒を怠らないように」
 そしてダン達一行は街へと進み始めた。

 結界越しに見る森と、実際に入る森はまた違った雰囲気を持っていた。
 ダンは先頭、リルが殿を歩く一行は左右の森に警戒をして進む。
 ライとリンがダンとリルよりも内側に入って、その手に持った槍をいつでも振り回せるように構えていた。さらに内側にファーニとマロン。一番内側にポーラとクローディア、ウェンディにキョーコといった隊列だ。
 一見すると理想的な隊列に見えるが周りは森だ。どこからでも敵が飛び出してくる環境なのは間違いない。
 そして森には、
「狼型魔物確認!」
 群れで襲ってくる狼型の魔物が居るのだ。
 集団先頭を得意とする狼は、相手の弱点となるところを突いてくるという習性がある。つまりは弱そうな相手を狙うのだ。
 狼達が真っ先に狙うのは――
「げ、やっぱりコッチか」
「ふふ、案の定ですね」
 キョーコやウェンディだった。
 近くに居るとはいえ、距離を置いて歩いていた隊列は間延びをしている状態だ。そしてその2人の内近くに居るクローディアは弓を持っている。弓を持った相手は近づけば怖くないと学習していた狼は、その距離を一気に詰める。ポーラは近接装備だったが、それでも杖を持った相手を殺す時間はある。
 狼達は一撃離脱でキョーコとウェンディだけを狙ったのだ。
 先頭の口が大きく開かれてウェンディを狙った。
 するとウェンディがその手を回した。
 ガッ! と音を立てて下から衝撃が走る。開いた口が強制的に閉じられた。挟まる舌に激痛。
「あらあら」と目の前の獲物が体を回すと、今度は横っ面に強烈な打撃が加えられた。
 ほぼ時間差なくキョーコへと襲い掛かった狼は、その口から棒を差し込まれて一息で絶命した。体の3分の2を棒で刺し貫かれた形だ。
「うえぇ、棒がヌルヌル」
 棒を振るって狼を投げ飛ばしたキョーコが、自身の武器の惨状に涙目となった。
 狼型魔物は自分たちの連携が通じなかった相手に、攻撃を躊躇ってしまった。そもそも弱い個体を狙ったはず。司令塔の狼は一番後方からそれを見て、『ヴォフ!』と合図をだす。
 狼達は一斉に包囲陣形へと動いて、次の掛け声と共に一斉に襲い掛かった。複数同時攻撃だ。
 しかしクローディアは、包囲陣形を取るためにいったん離れた狼を端から狙い撃ちしていった。
 ポーラも手にした槍で狼たちをけん制している。
 攻めあぐねた司令塔の狼は、その狭まった視界で人物を身落としてしまった。
「らぁぁあ!」
 赤い髪のその女は、まさにような横っ飛びの跳躍で司令塔の狼へと接近してきた。その速度はあまりにも早く、狼は2つの剣線を受けて首を落とされた。
 残った狼が独自に判断して攻めてくる。狙いはクローディア。弓を構えた人間だ。
 迫る狼に気づいたクローディアが、素早く腰の武器を引き抜こうとする。その間に緑の影が走りこんだ。
「ウチを忘れて貰っちゃ困るぜぃ。ムキー小さいからって見落としたとかって言うなよ!」
 なぜかマロンが自分自身で怒っていた。素早くバッグから出した武器は鉄鞭とボーラだ。近づいてきていた狼の鼻先を打つように鉄鞭を振るい、まだ距離がある狼の足へとボーラを投げつける。
 それぞれが怯んだが、それで狼達の突進が止まるわけでは無い。
「ナイスアシスト」とクローディアの矢が放たれなければ。

 ダンは問題なく魔物の相手を出来ている一同に感心していた。一応、こういった場合の対処も訓練はしたが、実戦は今日が初めてだったのだ。
「あ、違うか?」とダンは昨日の記憶を思い返していた。

「それでは最終試練を行います」
 昨日、午前中の訓練を自習としてダンが森に入っていき、昼に戻ってきて全員にそう告げた。
 急なことに全員困惑していたが、ダンの言葉を信じて結界の外へと一歩進み出た。
 そこには何やら布が被せられた塊があった。
「では皆さん、武器の準備はいいですか?」一応言われて木製の武器を持ってきていた一同。
「では1人づつ、この魔物と戦ってください」
 そういってダンが布をはぎ取った瞬間、ダンとリルを除く全員の表情が硬くなった。
 ゴブリン。
 憎しみの対象がそこに居た。
 全員が一気に駆け足で詰め寄る。
 ダンはその手前に落ちる様にゴブリンを投げていく。拘束を解いて。
 その後、全員が木製の武器でゴブリンを滅多打ちにしていく様子をダンは見ていた。
 そして頃合いを見て声を掛ける。
「みなさん。ゴブリンは死んでますよ?」
 その言葉に、全員ハッと正気に戻って泣き崩れてしまった。
 とりあえずゴブリンに対して体が強張ることはなさそうだと思った。問題はどう慰めようか、ということにダンは苦心した。

「アレを越えられない人も居ましたからねぇ」
 トラウマというやつだ。ゴブリンに襲われたという記憶が蘇り、体が動かなくなってしまうこともにはあったことだ。
 そうこう考えているうちに狼は全て狩られたようだ。
「とりあえずコレに入れてください」とダンは4と刺繍されたバッグを差し出す。そういやコレにゴブリン詰めたんだっけ? と思いながら近くに居たライへと渡した。
 ライとリンは他の魔物の襲撃を警戒していたが、「とりあえず大丈夫だよ」とダンに言われて狼の回収へと向かった。
「ふむ」と言ってダンは後ろの気配へと手刀を繰り出す。すると風景からにじみ出る様にトカゲ型の魔物が首を無くした姿で現れた。
「ほ~、姿を見えなくする魔物か。始めてみたな。とりあえずしまっておこう」
 ダンは自分用の2番バッグに魔物をしまった。
 狼達を回収し終えたライたちが隊列を戻したのを見て、ダン達は街へと向かった。
 その後1回の狼型の襲撃だけで、ダン達は街にたどり着いた。
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