元兵士その後

ラッキーヒル・オン・イノシシ

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ゴーレムと連戦。ダンジョン調査

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 出現したゴーレムたちと相対するキョーコ達。ダンを除いた7人に対してゴーレムは10体以上――
「ほいっ! と」
 ダンの軽い掛け声と共に、ゴーレムが7体を残して切り裂かれた。
 ダンとゴーレムの距離は剣の間合いではなかった気がするのだが? まあ今更かと気にしないことに決めて、キョーコは自分の目の前にいるゴーレムを見据えた。
 ゴーレムの手にしているものは分類するとなれば、銃剣というヤツだろうと辺りをつける。キョーコの頭の中の銃剣はゲームの中のモノであったが、概ね機能的には間違った解釈ではない武器だった。
 よく見れば剣の中心に筒型の部分が付いている。先ほどの攻撃はその筒の部分からを撃ちだしたのだろう。そういえば、
「みんな、あの攻撃を受けたの?」
 その問いかけに、ファーニとクローディアが答えた。
「ああ、私は腹に受けた。めっちゃシビれたよ」
「私は足に当たった。痛かったけど血は出てない。たぶん木の実位の何かを飛ばしてる」
 そう言った二人の言葉を頭の中で整理する。
『やっぱり銃弾かな? でも血は出てないっていうし、アレかな? ゴム弾ってやつかな。それにしては剣の部分は実際に切れそうだし?』
「あ~、一応言っておきますが、さっきのは目とかに当たるとさすがに潰れると思いますよ? 顔は防いでくださいね」
 ダンがアドバイスとして言った。なるほど素材は分からないが、確かに顔を狙われるのは不味いだろう。それならば、
「先手必勝! ファイアーボール!」
 キョーコは火の玉を放ちながら、手にした薙刀状に強化された棒を振りかぶる。せっかく新調したが、使うのは石突き代わりの刃が付いていない方を使う。先に火の玉がゴーレムの剣を中心にぶつかった。あわよくば爆発でもしてくれればなと思いつつ。ゴーレム本体を目掛けて棒を振り下ろした。
 火にあぶられながらも、ゴーレムは剣を構えてキョーコの棒を防御した。防御されたのは当然として、素早く手元に棒を引き戻して突きを放つ。
 狙うはゴーレムの手元。剣を握る手の部分だ。素早い動きが出来ないのか、キョーコの突きがゴーレムの手を破壊した。手としての形が無くなったゴーレムは、当然手にしていた剣を取り落とした。そうするとゴーレムは手首から先がない腕をキョーコへと叩きつけようとする。
 棒で受け流しつつ、キョーコは距離を取った。
 ほかのメンバーも各々攻撃を加えているようだ。
 そこでクローディアの戦いが目に入った。クローディアは弓でゴーレムを攻撃していたが、その矢がゴーレムに当たるたびに小さな爆発を起こしていた。
「あれはアーツってヤツね」
 見ると闘気オーラの光が矢から漏れている。魔力とは違う力だが、訓練の度にダンが目の前で使っているのを何度も見ている。
「こう? いや、こうかな?」
 頭で訓練の時のダンを思い出しながら棒を突き出すキョーコ。ふと『そういえば全然相手に対してビビらなくなってるな』と思った。相手を侮っているわけではないが、恐怖心はいつのまにやら消えていた。
 そしていくつかの突きに闘気を乗せることが出来た。
『アーツ『オーラスラスト』を習得しました』
 何度目かになるシステムアナウンスが脳内に聞こえてくる。
『本当にこの世界はどうなってるんだろ?』
 キョーコ以外もゴーレムを倒し終わったようだ。


 ゴーレムを倒し終わったキョーコ達を見て、ダンはまずまずの結果だと思った。とりあえずダンの見立てでは、先程のゴーレム達はだったからだ。
 おそらくこのダンジョン内では一番格下のゴーレムであろう。
「みなさ~ん」
 チョイチョイと指で何かを指し示すダン。ソレにつられて、全員が顔を
「げっ!」とは誰の言葉だったのだろうか? 見上げる視線の先、建物の上に一つの影が見える。その影が跳躍して落ちてきた。
 足を4本持った人型ゴーレムだ。胴体から四方に飛び出る形の足を備えている。
「いや~、結構な大きさですね」
 腕と肩に筒型のパーツが付いている。兜のような造形の顔がダン達を捕らえると、その筒をダン達へと向けた。
『シンニュウシャ、ハイジョ!』
 先程の攻撃よりも大きな音が鳴り響いた。筒の全てはダンへと向けられていた。
 カッ! とぶつかる音が響くと同時に爆発がダンを包み込む。
『テキセイソンザイ、ハイジョ1』
 ゴーレムは次いで別の相手を狙おうと、その胴体を回転させて標的を見据えようとした。
「……あの~? 排除出来てませんよ?」
 爆発から生まれた煙が散ると、そこにのダンが立っていた。パンパンと体を叩きながら煤を払い落としていく。
 ゴーレムは再度ダンを狙おうと、胴体をダンへと向けて――
「そう何度も攻撃させるとお思いで?」
 ダンは拳を勢いよく振りぬいた。ドスンと音をたてて、ゴーレムの胴体の一部がきれいに打ち抜かれた。
「いやいやダンさん。無茶苦茶でしょうアナタ」
 どう見ても先程のゴーレムを上回る装甲を持っていそうなのに、それを無手で打ち壊したダンの常識を超える攻撃に全員ドン引きだった。
「それよりも皆さん。?」
 ダンのその問いかけに、メンバーは困惑していた。ダンはそのまま腕を上げて一言。
「ほら、来ますよ?」
 その言葉と同時に、頭上から影が迫ってきた。
「「「うあ、わわ!」」」
 同型機が落ちてきた。ダンは次は皆さんの番かな、と腕組をして観戦するつもりだった。だが追加で現れたゴーレムは先程の戦闘でダンを一番の脅威と認定したのか、後ろに下がろうとするダンを兜の奥に目が存在するかのように視線で追いかける。
『コウキョウイ、シンニュウシャ、ハイジョ!』
「うん? ほいさっ!」
 再度自分に向かられた筒に、ダンは右足を蹴り上げてゴーレムをかち上げた。
「みなさーん、呆けてないで攻撃してくださいー!」
 ゴーレムを足でするアンタに援護必要? と皆が視線でそういっていた。

 先程のゴーレムよりは強力な個体であったが、ファーニとマロンとリルが足にダメージを与えて、残ったメンバーが胴体及び顔の部分を集中攻撃することによって、4つ足ゴーレムは比較的短時間で倒すことが出来た。
 さすがに次はないだろうと一応の警戒をする一同だったが、心配は杞憂に終わり、追加でゴーレムが出現することはなかった。
「そういえばキョーコさん。先ほどを読んでいませんでしたか?」
 ダンがゴーレムを回収しながらキョーコに訊ねた。
「え? ああ、あの字? というかダンさんも読めるんじゃないの?」
 そういうキョーコだったが、ダンは首を横に振った。
「いえ、残念ながら読むことが出来ませんね。……後日お願いしたいことが出来ましたので、その時はご協力してもらえますか?」
「……? まあ、無理な事じゃなければ?」
「助かります。それで質問なんですが、は何と書いてあるんですか?」
 ダンは先程キョーコが見ていた壁を指さして聞いた。
「えっと、『新宿、サイキョー防衛線』かな? なんかで書かれたものっぽいけど」
 指を動かしながらキョーコが読み上げる。それにダンは疑問をぶつけた。
「すみません。キョーコさんはをドコで覚えたんですか?」
「え~っと、ムラ、かな?」
「ほほう、村ですか。ちなみにどちらのご出身で?」
「え? え~っと、ムラ。です」
 何故か焦った様子のキョーコに、ダンは何か確信したのか何度も頷いた。
「なるほど……。『シン』のような言い回しをしますね」とそのダンの呟きにキョーコが反応した。
「『シン』? ダンさん、シンを知ってるんですか? シンは今どこ⁉」
 キョーコはダンへと掴みかかった。ダンはその腕をそっと掴むと聞き返す。
「え~っと? シンってのがだと知っているようですね? 他に何かありますか?」
「『シンドウ』とか『マリっち』とか言ってませんでした?」
「『シンドウ』。それと『マリっち』って『マリナ』さんのことですか?」
 そのダンの言葉に、キョーコは「ああ」と泣き出してしまった。
 しばらくそっとしておいて、周辺の警戒を始める一同。幸い次のゴーレムに襲われる前にキョーコは泣き止んで顔を上げた。
「詳しくは帰ってから話しますけど、シンは私のです」
 そのキョーコの言葉に、ダンは首を傾げた。
「あれ? あいつの姉? 知ってるし、姉はだけのはず?」
 ダンの言葉に、キョーコは驚愕の表情でダンに問い詰めた。
「その言い方だと既に姉が居るっぽい⁉ 私と言う姉が居ながらどういうことなんですか!?」
「ええ!? そこのところの事情は、僕の方が聞きたいんですけど?……とりあえず落ち着いて。ダンジョンの探索に戻りましょう。話は街に戻ってから、ということで」
 そうしてキョーコを促して、一同はゴーレムの出てきた場所から遺跡の建物内へと侵入していった。

 平坦な床を歩いていく。なだらかで繋ぎ目のない床に感心しつつ、ダン達は警戒をしながら内部を進んで行く。
 途中キョーコが壁や天井に書かれている文字を見ながら進んで行く。
「待機所?」
「なにか見つけましたかキョーコさん」
 ダンと並んで歩いていたキョーコが何やら足を止めた。警戒と索敵にダンが。キョーコは先頭に立って文字を解読する係だ。その後ろにウェンディ、マロン、クローディアが並んで、その周囲をリル、ファーニ、ポーラが横や後ろからの不意打ちに警戒する陣形だ。
 歩いている通路は幅が広く、並んで歩いても問題はなさそうだった。
 ともあれキョーコが気になった場所を教えて貰いながら、ダンがその場所へと警戒網を広げていく。
「記憶にある場所ですか?」
「それがまったく……。外観以外は記憶と違ってますね」
 キョーコが「ここ着た覚えがある」と言ったのが原因だ。とはいえ自分で言ったように内部空間の大きさはともかく、その内部の造りは手作りの壁で遮られているのだった。
「でもそこに待機所って書いてあるんです」
「待機?……ゴーレムの待機場所ってことですかね?」
「そこまではなんとも」
 開けて確認するしかないと判断したダンは自分一人だけ扉に近づくと、扉に手を掛けてわずかに力を込めた。
 バキッっと硬いものが壊れるような音がして、扉が横にスライドした。
「鍵を素手で壊した?」
「あ~、正確に言えば手前に引く扉かと思って、枠ごと外れました」
 ダンはそのまま扉をずらして中を覗き込んだ。その部屋はテーブルと、なにやら金属の小物がそこかしこに散らばっている。敵が居ないことを確認したダンは部屋へと入った。キョーコ達も続けて入っていく。
 テーブルにはゴーレムのパーツが乗っていた。本体は見えない。
「これって、保守員の待機所かな?」
「ホシュインとは?」
「えっと、ゴーレムの整備とかをする人達の部屋かなぁと」
 キョーコの見解を聞きつつ、ダンは散らばる金属で出来たモノを持ち上げる。
「……変な形のハンマーですか?」
「工具みたいですね。あ、だ」
 キョーコの持ち上げたソレを見るダン。『キリっぽいな。あれで穴でも開けるのかな?』と考えていた。
「ダンさん、空いてるマジッグバックに全部入るかな?」
 そう聞かれて、ダンは自分用の道具系を入れた1番バッグを差し出した。キョーコはソレを受け取ると散らばっている工具をどんどんと入れていく。
『宿に戻ったら分別しておかないと』と思いつつ、ダンは何かないかと部屋を見まわした。
「ん? これは……」そういってダンが手に取ったのは見たこともない素材のカードだった。埃を指で拭い取ると光沢のある、しかし金属ではない軽い素材のカードだった。
「キョーコさん、コレに見覚えは?」
「え? ん~、カードキー、かな?」
「キー? これで鍵を回すんですか?」
 両手で軽く持ってみれば、随分と柔らかい感じがする。これで鍵が回るのだろうか? とダンが思っているとキョーコが慌てた様子で止めてくる。
「待って待って、それたぶん、だから」
 その慌てようにダンはこのカードの素材が壊れやすいのだろうと思い、キョーコへと手渡した。素材を知っているならその管理も任せようと思ったからだ。決して面倒くさくなったからではない。
 とりあえず部屋の中が空っぽになったような感じがする場所を抜け出した。
「次は何処を目指します?」
 ダンの問いかけに、キョーコは指を額に当てて考え込む。
 1分ほどして結論が出たようだ。その顔が上がる。
「ここはだったから、その職員が居た部屋を目指します」
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