前世魔王だった僕は、前世勇者だった男に求婚されたので逃げ出しました

榎村まこと

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終章

第70話 勇者対邪神②

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 目を閉じて神経を集中させていた僕は、気づいたら無数の星が広がる空間にいた。
 ここはどこだ?
 望遠鏡で見たことがある惑星が見える……まさか、宇宙? 
 でも本当に勇者が宇宙にいるとしたら、人間の肉体では生きられる筈がない。
 恐らく宇宙の風景によく似た、異次元の世界なのだろう。
 自分の手を見てみると、向こうの景色が見えるくらい透けているのが分かる。
 今、僕は精神体のみが此処に来ているみたいだ。


 ドォォォォォォォォォン!!!


 目の前で、大きな爆発が起きる。
 それがどれほどの規模なのか、正直把握できないけれど、多分、余裕で世界が滅亡するんじゃないだろうか。
 僕は今、肉体のない精神体だけの状態なので、もろに爆破を食らっても負傷することはない。
 目を凝らさないと見えない速さで、ゼムベルトとアレムが剣を交えている。
 剣がぶつかり合うたびに、空気の衝撃が伝わる。

【おのれ、おのれ、おのれ、勇者! 脆弱な人間のくせに神に逆らうとは】
「その脆弱な人間を弄んだ結果が今だ。他の神からの助けがない、ということは、他の神もお前の行動は自業自得によるものだ、と思っているんじゃないのか?」
【うるさい、うるさい! あんな偽善に満ちた奴らの助けなど必要ない! ミレムもミレムだ。神でありがなら、人間に従うとは】
「ミレムが人間に従う?」

 アレムの言葉に、ゼムベルトは訝る。
 彼にも身に覚えのないことなのだろうか?

【惚けるな、貴様が転生できたのはミレムにそうさせたからだろう!? しかも勇者の力をそのままに転生させるとは愚かな】
「俺を転生させたのはミレムじゃなく 大神たいしんだぞ?  お前がミレムの加護だと思っているのも大神のものだ」
【た……大神だと!? 何故、大神が干渉をしてきたんだ!?】
「その様子だとようだな。ミレムが大神に断罪された事は覚えていないのか?」
【ミレムが断罪……? 中々地上に降りて来ないからおかしいとは思っていたが、ミレムが何故大神に断罪されたんだ】
「お前もミレムも俺たちを弄びすぎた。それが大神の怒りに触れた」
【馬鹿な……大神がお前ら人間の事など気にかけるわけがない】
「そうだな。俺が人間ならな」


 言うが否や、ゼムベルトは剣を振り下ろした。
 アレムは歯を食いしばり、その剣を受け止める。
    女神が断罪された?  
 しかもさっき大神って言っていたよな? 大神とは神々の王にあたる存在だ。
 その力は他の神々を圧倒し、ミレムもアレムも大神からしたら赤子のようなものだといわれている。
 僕も本でしか読んだことなかったけれど。
 アレムのヒステリックな声が空間に響き渡る。

【巫山戯るな! 大神がどんな干渉をしてきたのかは知らないが、我は神だ! 我を完全に始末したら他の神々が黙っていない!】
「今の時点で黙っているのにか? 低級神が一人死んだところで誰も気に止める者はいないんじゃないのか? というよりも、俺に倒された前世の時点でもうお前は見放されているのかもしれないな」
【黙れ、黙れ、黙れ!!】


 アレムはまるで子供のように駄々をこねているように見えた。
 僕の目から見ても、邪神は苦戦しているみたいだ。
 依り代である肉体を僕がボロボロにした所為もあるのだろうけど、それ以前に歴然とした力の差を感じた。

 勇者は一体何者なんだ?
 魔王として戦って来た時から、人族ではまず有り得ない力に驚いていたけれど。

 剣と剣で押し合っていた状態からいったん離れ、距離をおいてから、アレムはがむしゃらに、光の弾丸を投げつける。ゼムベルトは防御魔法によってそれを弾き返す。
 あの光の弾丸一つでも大陸を吹っ飛ばす威力がありそうなんだけどな。
 レベルが違いすぎて僕が入り込む余地はない。もともと精神体だから入り込めないんだけど。
 
 邪神は防御魔法の効果がなくなった隙をつき、黒い炎でもって勇者の体を燃やそうとした。
 どんなに鍛え上げられた人間の体でも、一瞬で灰に変えてしまう。
 しかしゼムベルトは、炎をもろに浴びたにもかかわらず、火傷一つしていなかった。
 シキの皮をかぶった邪神は絶望に満ちた表情を浮かべた。

「そ……そんな……その体は人間の体じゃないのか?」

 その問いかけにゼムベルトは答えずに、軽く肩をすくめた。
 そして掌をアレムに向けて言った。


「そろそろ片を付けさせてもらう。大神から与えられた最強のスキルだが、前世では使う機会がなかったからな」


 ゼムベルトの青い目が、その瞬間淡い紅色に染まる
 その目を見たアレムは、この時初めて恐怖に顔を引きつらせた。

【何故……人間如きが神の力を】
「俺が人間じゃないからだろ?」

 自嘲めいたゼムベルトの言葉に、邪神は怪訝な表情になった。
 ゼムベルトは冷ややかな声で呪文を唱える。
 それはまるで神が罪人に判決を下すかのように無慈悲な表情だった。


神々の断罪オリュスエンド


 ゼムベルトがそう呟いた瞬間、この場が真っ白になった。
 異次元空間は真っ白な光に満たされてゆく。
 シキの肉体はその白いにかき消されるかのように消滅し、中身であるアレムの魂が剥き出しとなる。
 魂は黒い炎によく似ていた。
 やがて黄金の光が魂の周りに集まり蕾の形に変える。そして大輪の花を咲かせた。


「散れ」


 ゼムベルトがそう言った瞬間、花びらが散り光の中へと消えて行く。
 アレムの魂は華となって散り、完全に消滅したのだ。
 同時に真っ白な空間にも次々と罅が入り、くずれてゆく。
 まるで薄い壁が剥がれるかのように白い空間は崩壊し、元の宇宙(のような)空間に戻る。


「ジュノ、そこにいるのだろう? 一緒に帰ろう」
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