前世魔王だった僕は、前世勇者だった男に求婚されたので逃げ出しました

榎村まこと

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終章

第71話 魔王が亡くなった後

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「ジュノ、そこにいるのだろう? 一緒に帰ろう」


 ゼムベルトは僕がそこにいたことに気づいていたようだ。
 ゆっくり歩いて近づいてきた。
 僕は目に涙を浮かべ、拳を握りしめ彼に向かって怒鳴った。

「ゼム、何故此処に来たんだ!? 記憶が蘇ったのであれば、僕を助けに来る必要はないだろう!?」

 ゼムベルトは歩み寄る足を止めない。
 僕は彼が今どんな顔をしているのか、怖くて見る事ができなかった。
 だけど、今まで言えなかった事を言わないといけない。僕は一際強い口調でゼムベルトに訴えた。  

「僕はあの魔王だ! 君の仲間も殺したし、何より君に何日も苦しい戦いを強いた、あの魔王なのに!!」
「その点はお互い様だろう? 俺は君の大切な配下を殺した。そして、何日も苦しい戦いを強いたのは俺も同じ」

 ゼムベルトは俯く僕の頬にそっと触れてきた。
 あれ? 温かい?
 僕は精神体、ゼムベルトは肉体の筈なんだけど、何故か触れ合う感覚がする。
 神様と同等の力を持つゼムベルトだ。しかもあのアレムをあっさり倒してしまう程の力の持ち主だ。精神体に触れることなど訳もないのだろう。


「で……でも、君には大切な人がいたのだろう? 僕を倒せば、大切な人に会えるって言われて勇者になったのだろう? 君は赤子から人生をやりなおしているから、僕と愛し合った記憶は無いはず。別の好きな人が出来ても、責めることはできないよ。僕は君の幸せを願って」

 僕の言葉はそこで止まる。
 ゼムベルトが唇を重ねてきたからだ。
 僕を一度黙らせるかのように。
 
「うぁ……ふっ……んん……」

 何で、今更キスなんてするんだ!? ……離せ、離してくれ。
 身じろいで抵抗するけれど、当然ながらびくともしない。
 僕が大人しくなるまで、ゼムベルトは唇を離さなかった。
 やがて僕が抵抗をやめると、ゼムベルトは唇を離し、僕の両肩に手を置いて食い入るようにこっちを見詰めてきた。

「俺が会いたかったのは、あんただアシェラ! 俺は物心がついてから、あんたと暮らした日々、あんたと愛し合った事も全部思い出したんだ!……それ以来、あんたのことしか考えられなくなった!」
「嘘だ……」
「嘘じゃない!! アシェラに会いたいと、ひたすら願っていたら、光の女神が現れて、勇者になれば、アシェラに会うことができるって言われたんだ。だけど、いざ魔王を倒したら、魔王の正体はあんただったんだ……あの時、俺は死よりも深い絶望に陥った」
「……!?」


 次の瞬間。
 僕の脳内に映像が流れてくる。
 何もかもなくなった大地の真ん中。
 僕の亡骸を抱きしめ、泣いているイルの姿があった。
 これは過去の映像だ。
 過去の出来事をゼムベルトが僕に送り込んでいるんだ。
 それまで分厚い暗雲に覆われていた雲に光が差し込んだのはその時。
 イベルドが見上げると、雲の隙間から美しい女性が舞い降りてきた。虹色に輝く真っ白なドレスを身に纏い、長く艶やかな髪、そして瞳は輝くような黄金だ。
 無邪気な少女のような声が直接頭の中に伝わる。

【お前が会いたがっていたアシェラに会えたでしょう? 勇者イベルド】
 
 そう告げる女神の笑顔はぞっとするほど残忍なものだった。
 だけど、もっと恐ろしかったのは、僕の亡骸を抱きしめたまま表情を凍らせたイルだった。
 まるでイルの表情に呼応するかのように、周辺の空気が凍てつく。
 女神もイベルドの異変に気づいたのか、訝しげな表情を浮かべている。


「俺にアシェラを殺させてそんなに愉快か? ミレムよ」
【そう怒るでない。イベルドよ。魔王を倒した礼に、そなたには大いなる富と権力をあたえよう。それとも美しい女性が良いか?】
「そんなものはいらない!」
【そのような醜い魔族と成り下がった者のことなど忘れるが良い】
「何故、アシェラは魔王になったんだ!? あんなに優しかったアシェラが何故、何故なんだ!? 答えろ!! ミレム」
【お前は一度、愚王の命で仕込まれた毒酒を飲んで死んだのだ。そこの愚かな人間はお前を生き返らせる為に、邪神と魔王になるという契約をした】
「…………!?」

 ああ、ミレムは僕と邪神の約束事を知っていたのか。
 アレムもミレムが勇者を見出したことは知っていたみたいだし、互いに互いを監視していたのだろうな。
 イルは絶望に満ちた表情を浮かべていた……自分の所為で僕が魔王になったと思っているんだ。
 魔王になったのはイルのせいじゃない。僕自身の選択なのに。
 そう言ってあげたかったけれど、これは過去の映像だ。今の僕にはどうすることもできない。

「巫山戯るな!今すぐアシェラを生き返らせろ!!」
【魔族に身を落とした人間に慈悲など】
「黙れ!! アシェラがいない世の中などなんの意味も無い!! 俺の願いを聞き入れぬつもりがないのであれば、今すぐ全世界を滅ぼしてやる!!」

 次の瞬間、イベルドの体が白炎に包まれた。
 炎じゃない。白い光が炎のようにゆらめいているんだ。
 僕はふと地面に目をやる。
 勇者と魔王の激しい戦いの後に残った瓦礫の破片が、白光に触れた瞬間蒸発してしまったかのように消えてしまったのだ。
 これは全てを無にしてしまう白光だ。この光が広がったら、この世界は無に変わる。
 女神は驚愕に目を見張った。

【そんな……その光は、お前のような人間が持って良いものではない!!】

 女神はカッと目を見開き、イベルドに向かって雷撃を食らわせる。
 その衝撃はかなりのもので、大地に大きなクレーターが出来ていた。
 だけどイベルドの体はびくともしない。

【く……これ以上力を入れたら世界が半壊するが、やむを得まい】

 女神の黄金の目が赤く光る。上空の黒い雲が大きく渦巻き、先ほどよりも更なる破壊をもたらす雷撃が襲ってくるのは予想できた。
 これはあくまで、僕の脳内に直接送られている過去の映像。
 今の僕にはどうすることも出来ない。
 それでもイルの方へ手を伸ばしかけた時、強烈な光が視界を覆った。
 イルが放つ白光とよく似ている。
 だけどこの光はイルが放つ白光とは比較にならないくらい強い光だ。


「あああああああぁぁぁぁーーーっっ!!」


 断末魔の叫び声は女神のもの。彼女は白光を浴びた瞬間、急にミイラのように痩せ細り、真珠のような白い肌は罅が割れ、茶色に変色する。
 あんなに神々しく目映いほど美しい女性の姿をしていたのに、たちまち痩せ細った木に姿を変えたのだ。


 過去の映像はそこで途切れる。
 

「映像として見せられるのはここまでだ……大神の体から放たれる光はあまりに強烈でな。俺の力でも映像として具現することができない」
「大神……大神が現れたのか?」
「ああ」


 過去の映像を僕の脳内に送り込むゼムベルトの能力もさることながら、映像化できない大神の存在の登場に僕は目眩を覚える。


「大神は何故イルたちの元に?」
「どうも俺の父親だったらしい」
「は?」

 あまりのことに僕は目が点になった。
 大神がイベルド……いやイルの父親!?
 ゼムベルトは何とも言えない表情を浮かべ語り出した。
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