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終章
第72話 イルの秘密
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「俺と姉は、大神と人間である俺の母親との間に生まれたらしい」
父親は大神、母親は人間だから、ゼムベルトは半神ということになるのか。
人間以上の力を感じてはいたけれど、大神の血を引いているのであれば、邪神アレムを倒せたのも頷ける。
「大神は人間に化けて、しばらくの間俺の母親と暮らしていたらしいが、ある日、本妻である女神に見つかり、天界に戻らなければならなくなった」
……ようするに大神は愛人と楽しく過ごしていた所、本妻に見つかって家に連れ戻されたわけだな。大神様も人間くさいところがあるんだな。
「父親は病気で死んだものだと認識していたが、どうも大神によって俺の記憶は改ざんされていたみたいだ。父親がいなくなってから、母も程なくして病で亡くなった。残された俺と姉は村人から厄介者扱いされ……あとは、あんたも知っている通りだ」
イルは魔物の襲撃を受けた時、村人達の囮にされて魔物の襲撃をうけた。
倒れているのを助けたのがアシェラだった時の僕だ。
「……イルが苦労している時、大神様は何をしていたんだ?」
「当時は本妻である女神の監視が厳しくて、俺たちのことを助けたくても助けられなかったらしい」
「だからといって」
「もし大神があの時点で手を差し伸べていたら、俺や姉は女神の怒りに触れ、二度と転生できない無間地獄に落とされていたかもしれないそうだ」
恐ろしい女神様だ……大神が少しでも気に掛けようものなら、ゼムベルトは死よりも苦しい目に合うところだったのか。
僕は精神体だけど、全身の血の気が引くような感覚がした。
「それだったら、大神がイルを助けに来た時は大丈夫だったのか?」
「本妻の目を盗んで助けに来たそうだ。ミレムは大神によって木の姿に変えられた。俺の心を弄んだことに怒りを覚えていたのもあったようだが、一番の理由はミレムが本妻に告げ口をすること恐れていたのだと思う」
ミレム神が木になっていたなんて。
だけど、アレムはそのことには触れていなかったよな。
「アレムはミレムのことを監視していた筈だ。ミレムが大神に断罪されたことは何故分からなかったんだ? ミレムが木になっていた事も知らなかったようだし」
「アレムの記憶が改竄されていたのだろう。本当はミレムと同様木にでもするつもりだったのかもしれないが、俺自身がアレムへの復讐を望んでいたからな。敢えて生かして、記憶だけを書きかえたようだ」
本当に大神様にとって、ミレム神もアレム神も取るに足らない存在なのだろうな。
ということは、今のゼムベルトはミレム神の加護を受けたわけじゃないのか。
ゼムベルトの聖痕は? ノアも勇者の仲間として聖痕があったけれど、あれも実はミレムの加護じゃなかったら……大神の加護だったということか。
「大神は父親として何も出来なかったから、何でも願い事を言うように言ってきた。それで俺は、お言葉に甘えて願いを言うことにした」
「もしかして、願いって僕を転生させることだったの?」
「ああ、最初はアシェラを生き返らせろ、と言ったのだけど、生き返らせても肉体はボロボロだから長くは生きられないと大神に言われた。それよりも二人とも転生して、新たな人生を歩んだ方が良いのではないかと言われ、癪ではあるが一理あると思った」
確かにあの時の僕は、何日も勇者と戦い続けて身体もボロボロだったからな。それにあんな戦った直後に生き返っていたら、ものすごく気まずかったと思う。
「そこで俺はアシェラを人間として転生させること。理不尽に死んだ者達も平和な世界に転生させるように、と言った」
「僕たちだけじゃなく、皆の分まで……」
「ああ。俺たちだけが幸せになるわけにはいかないからな。あと、これから邪神を倒すことも黙認するように頼んだ。半分、神の血を引いているとは言え、人間が神を倒すことを良く思っていない神も多いからな。そしたら大神が条件を出してきた。厳しい試練を乗り越え、神同等の力を得たら、神々も俺の力を認め、黙認するだろうと」
「厳しい試練?」
「神というのは人に試練を与えるのが好きなようだ……大神が気まぐれで建てた塔や海神が拘って造った海底迷宮、しまいには本妻の女神によって、暗黒神が生み出した黒炎地獄にも叩き落とされた」
「……結局、本妻の女神に地獄に叩き落とされたんだね」
「まぁ、二度と転生できない無間地獄を彷徨うよりはマシだったな。とにかく俺はがむしゃらに、人界や魔界にいる魔物とは比べものにならないくらい強い魔物を、数え切れないくらい倒していった」
遠い目で話すゼムベルト……うん……君がそんな顔するなんて、人間の考えには及ばないくらい厳しい試練だったんだろうな。
「まぁ、根性を買われたのか、本妻の女神には気に入られたけどな。数多くいる大神の愛人の子で、気に入られたのは俺だけらしい」
大神様の愛人の子って、イルやイルの姉さんだけじゃないんだな。
だけど敵に回したら、とてつもなく怖そうな女神様に気に入られたのは何よりだ。
想像も付かないほど厳しい試練を乗り越えて、勇者イベルドは邪神アレムまで倒してしまった。
「俺が寿命で死んだ後、大神は俺たちを今世に転生させたわけだ。能力が前世のままだったのは、邪神が復活することを見越していたからかもしれないな」
「……」
僕が普通の人間と違って魔力が異様に高かったり、魔物と戦うたびに経験値を得て強くなったのも、ひょっとして大神の計らいによるものだったのだろうか。
今考えても、妖精族イプティーから力を分けてもらったとはいえ、人間の身で魔族の全軍を転移させた僕の力は尋常じゃ無かった。
あんな劣悪な家でも生き残れたのは、大神様の加護があったからかもしれないね。
僕は何とも言えない気持ちになる。
勇者イベルドが好きだった人は、僕だった。それは素直に嬉しい。だけど僕の為にずっと苦しい戦いをしてきたのかと思うと気持ちは複雑だ。
ゼムベルトはそんな僕に優しく笑いかける。
「大神は約束した。今まで助けられなかった分、ジュノと共に幸せな人生を送ることができるようにすると」
「ゼム」
「ジュノ、今度こそ幸せになろう。そうすれば俺の今までの苦労も全て報われるんだ」
「ゼム……本当に、本当に僕でいいの?」
「何度も言わせるな。君以外考えられない」
「……」
変だな……僕は今、精神体なのに。
目頭が熱くなっている感覚がする。
もし、肉体だったら涙が零れていたのかな?
ゼムベルトは僕を胸に抱きしめた。包まれるような抱擁に僕は安堵のあまり目を閉じた。
「一緒に帰ろう、ジュノ。私はもう君を離さない」
「……うん」
今度は素直に頷くことができた。
もっと君に言いたいことが沢山あるのに、今は幸せな気持ちで満たされてしまい、なかなか言葉にならなかった。
僕はゼムベルトの広い背中に手を回す。
イルだった時の君。
イベルドだった時の君。
そしてゼムベルトとして生まれ変わった君。
君との思い出が次々と蘇る。
楽しかったこと、辛かったことも全て。
本当に……君が生きていて良かった。
そう思った次の瞬間、僕の意識は遠くへ飛んだ。
父親は大神、母親は人間だから、ゼムベルトは半神ということになるのか。
人間以上の力を感じてはいたけれど、大神の血を引いているのであれば、邪神アレムを倒せたのも頷ける。
「大神は人間に化けて、しばらくの間俺の母親と暮らしていたらしいが、ある日、本妻である女神に見つかり、天界に戻らなければならなくなった」
……ようするに大神は愛人と楽しく過ごしていた所、本妻に見つかって家に連れ戻されたわけだな。大神様も人間くさいところがあるんだな。
「父親は病気で死んだものだと認識していたが、どうも大神によって俺の記憶は改ざんされていたみたいだ。父親がいなくなってから、母も程なくして病で亡くなった。残された俺と姉は村人から厄介者扱いされ……あとは、あんたも知っている通りだ」
イルは魔物の襲撃を受けた時、村人達の囮にされて魔物の襲撃をうけた。
倒れているのを助けたのがアシェラだった時の僕だ。
「……イルが苦労している時、大神様は何をしていたんだ?」
「当時は本妻である女神の監視が厳しくて、俺たちのことを助けたくても助けられなかったらしい」
「だからといって」
「もし大神があの時点で手を差し伸べていたら、俺や姉は女神の怒りに触れ、二度と転生できない無間地獄に落とされていたかもしれないそうだ」
恐ろしい女神様だ……大神が少しでも気に掛けようものなら、ゼムベルトは死よりも苦しい目に合うところだったのか。
僕は精神体だけど、全身の血の気が引くような感覚がした。
「それだったら、大神がイルを助けに来た時は大丈夫だったのか?」
「本妻の目を盗んで助けに来たそうだ。ミレムは大神によって木の姿に変えられた。俺の心を弄んだことに怒りを覚えていたのもあったようだが、一番の理由はミレムが本妻に告げ口をすること恐れていたのだと思う」
ミレム神が木になっていたなんて。
だけど、アレムはそのことには触れていなかったよな。
「アレムはミレムのことを監視していた筈だ。ミレムが大神に断罪されたことは何故分からなかったんだ? ミレムが木になっていた事も知らなかったようだし」
「アレムの記憶が改竄されていたのだろう。本当はミレムと同様木にでもするつもりだったのかもしれないが、俺自身がアレムへの復讐を望んでいたからな。敢えて生かして、記憶だけを書きかえたようだ」
本当に大神様にとって、ミレム神もアレム神も取るに足らない存在なのだろうな。
ということは、今のゼムベルトはミレム神の加護を受けたわけじゃないのか。
ゼムベルトの聖痕は? ノアも勇者の仲間として聖痕があったけれど、あれも実はミレムの加護じゃなかったら……大神の加護だったということか。
「大神は父親として何も出来なかったから、何でも願い事を言うように言ってきた。それで俺は、お言葉に甘えて願いを言うことにした」
「もしかして、願いって僕を転生させることだったの?」
「ああ、最初はアシェラを生き返らせろ、と言ったのだけど、生き返らせても肉体はボロボロだから長くは生きられないと大神に言われた。それよりも二人とも転生して、新たな人生を歩んだ方が良いのではないかと言われ、癪ではあるが一理あると思った」
確かにあの時の僕は、何日も勇者と戦い続けて身体もボロボロだったからな。それにあんな戦った直後に生き返っていたら、ものすごく気まずかったと思う。
「そこで俺はアシェラを人間として転生させること。理不尽に死んだ者達も平和な世界に転生させるように、と言った」
「僕たちだけじゃなく、皆の分まで……」
「ああ。俺たちだけが幸せになるわけにはいかないからな。あと、これから邪神を倒すことも黙認するように頼んだ。半分、神の血を引いているとは言え、人間が神を倒すことを良く思っていない神も多いからな。そしたら大神が条件を出してきた。厳しい試練を乗り越え、神同等の力を得たら、神々も俺の力を認め、黙認するだろうと」
「厳しい試練?」
「神というのは人に試練を与えるのが好きなようだ……大神が気まぐれで建てた塔や海神が拘って造った海底迷宮、しまいには本妻の女神によって、暗黒神が生み出した黒炎地獄にも叩き落とされた」
「……結局、本妻の女神に地獄に叩き落とされたんだね」
「まぁ、二度と転生できない無間地獄を彷徨うよりはマシだったな。とにかく俺はがむしゃらに、人界や魔界にいる魔物とは比べものにならないくらい強い魔物を、数え切れないくらい倒していった」
遠い目で話すゼムベルト……うん……君がそんな顔するなんて、人間の考えには及ばないくらい厳しい試練だったんだろうな。
「まぁ、根性を買われたのか、本妻の女神には気に入られたけどな。数多くいる大神の愛人の子で、気に入られたのは俺だけらしい」
大神様の愛人の子って、イルやイルの姉さんだけじゃないんだな。
だけど敵に回したら、とてつもなく怖そうな女神様に気に入られたのは何よりだ。
想像も付かないほど厳しい試練を乗り越えて、勇者イベルドは邪神アレムまで倒してしまった。
「俺が寿命で死んだ後、大神は俺たちを今世に転生させたわけだ。能力が前世のままだったのは、邪神が復活することを見越していたからかもしれないな」
「……」
僕が普通の人間と違って魔力が異様に高かったり、魔物と戦うたびに経験値を得て強くなったのも、ひょっとして大神の計らいによるものだったのだろうか。
今考えても、妖精族イプティーから力を分けてもらったとはいえ、人間の身で魔族の全軍を転移させた僕の力は尋常じゃ無かった。
あんな劣悪な家でも生き残れたのは、大神様の加護があったからかもしれないね。
僕は何とも言えない気持ちになる。
勇者イベルドが好きだった人は、僕だった。それは素直に嬉しい。だけど僕の為にずっと苦しい戦いをしてきたのかと思うと気持ちは複雑だ。
ゼムベルトはそんな僕に優しく笑いかける。
「大神は約束した。今まで助けられなかった分、ジュノと共に幸せな人生を送ることができるようにすると」
「ゼム」
「ジュノ、今度こそ幸せになろう。そうすれば俺の今までの苦労も全て報われるんだ」
「ゼム……本当に、本当に僕でいいの?」
「何度も言わせるな。君以外考えられない」
「……」
変だな……僕は今、精神体なのに。
目頭が熱くなっている感覚がする。
もし、肉体だったら涙が零れていたのかな?
ゼムベルトは僕を胸に抱きしめた。包まれるような抱擁に僕は安堵のあまり目を閉じた。
「一緒に帰ろう、ジュノ。私はもう君を離さない」
「……うん」
今度は素直に頷くことができた。
もっと君に言いたいことが沢山あるのに、今は幸せな気持ちで満たされてしまい、なかなか言葉にならなかった。
僕はゼムベルトの広い背中に手を回す。
イルだった時の君。
イベルドだった時の君。
そしてゼムベルトとして生まれ変わった君。
君との思い出が次々と蘇る。
楽しかったこと、辛かったことも全て。
本当に……君が生きていて良かった。
そう思った次の瞬間、僕の意識は遠くへ飛んだ。
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