天使の告知

火消茶腕

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天使の告知

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「こんにちは」
 パソコンをいじっていたフクオの頭上に、突然天使が現れた。その姿は背中に白い羽を付けた、金髪巻き毛の裸の男の子の赤ん坊であり、手には小さな弓矢を握っている。
「えっ」
 突然のことにフクオは幻覚かと思った。そこで二三度目をこすったが、それは消えない。今度はそっと手を伸ばしてみた。するとチョコンと赤ん坊の足に触れた。柔らかく温かい。明らかにそこに実際に存在しているように思える。
「えっ、えっーーー!」
 フクオは混乱し、頭を抱え込んだ。
「なんだ、なんだ!俺、狂ったのか!」

 フクオが激しく動揺しているのを感じたのか、天使が声をかけた。
「どうか落ち着いてくだちゃい」
 その言葉にフクオははっと我に返り、天使を見つめた。なぜか既に動揺はなかった。
「驚かれるのは無理もありまちぇんね。われわれの存在はあなた達人間のぶちゅり法則にそっていましぇんから」
 フクオはまだ驚愕の表情で天使を見ていた。本当にこんなものが存在したなんて。
「とにかく、落ち着いてわたちの話を聞いてくだしゃい。わたちはある使命を持ってあなたに会いに来たのでしゅ」
 背中の羽を軽くパタパタさせて、天使が言った。

「わたちの姿、声を聞いてあなたはどう思いまちたか?」
 不意の質問にフクオはしどろもどろしながら答えた。
「どうって、絵で見たことのある天使そのままだなって思いました」
 そう言いながらもう一度よくその姿を見てあることに気付いた。
「あっ、その弓矢。そうか、キューピッドだ。あなたはキューピッドなんですね。あの男女の仲を取り持つっていうか、その矢に刺されると思わず知らず相手にめろめろになってしまうって話の。そうでしょう」
「そうでしゅ」
 天使が答えた。
「わたちの役目は人間の男女の仲をうまく調整することで、実態は本来ありまちぇん。相手が一番信じやすい姿を取ることになってましゅ。もちろん声や喋り方もでしゅ」
「なるほど。それでそんなベタな姿なわけなんだ」
 
 フクオは感心したが、すぐに別のことを思い立って言った。
「本物のキューピッドさんなら、ぜひ、俺をオオタさんといい仲にしてください。お願いします」
 深々と頭を下げたが、天使の答えはそっけなかった。
「無理でしゅ」
「はっ?」
 事も無げな天使の返事にフクオは顔を上げ、その足にすがった。
「そんな意地悪言わないでお願いしますよ。その矢でちょっと刺せばいいだけじゃないですか」
 そんなフクオの言い分に天使は全く耳を貸さない。
「あなたの言うオオタさんとはあなたと同じ学部のオオタ ミヤのことでしょう。彼女には既に恋人がいましゅ」
「えーっ!」
 突然の報告にフクオはショックを受けた。
「わたちが仲を取り持ちまちたから」
「そんな」
 
 フクオは目の前が暗くなる思いがした。大学入学以来、なんとか仲良くなりたいと願っていた女の子に恋人ができていたとは。
 もっとも、フクオが積極的にオオタ ミヤにアプローチしていたわけではない。フクオもどちらかと言うとそういうことには奥手で、ただ影で見守っていただけに等しかった。

「彼女はとても人気がありましたので、すぐに彼女の想い人と一緒になってもらうことにしたのでしゅ」
 天使はそう言い添えた。
「それはなんで?」
 フクオの質問に軽い溜息をついて天使が答えた。
「人間においては、パートナーを選択しようとするとき、男女でその傾向に差があるのでしゅ。男性の場合、少数の女性に嗜好が集中しやすく、女性では対象となる男性はバラけましゅ。よって、人気が集中している女性から順に、その人の意中の男性と仲を取り持ち、その女性を好きだった男性が他の女性に目を向けやすくするように画策しているわけでしゅ」 

「つまり、オオタさんにはちゃんと好きな人がいて、その人と恋人になれたと」
「そうでしゅ。オオタ ミヤの幸せを願うなら、あなたはあきらめて他の女性を探すべきでしゅ」
「そうか、そうだよな」
 天使の話に納得して、フクオは腕を組んでうなずいた。さようなら、オオタさん。フクオは心のなかでそうつぶやいた。

「じゃ、カガワさん。カガワさんとお付き合いできるようお願いします」
 神妙にしていたのもつかの間、すぐに顔を上げ言ったフクオの言葉に、天使は苦笑いした。
「カガワ ヒメコにも恋人がいましゅ。わたちが仲を取り持ちました」
「えー、カガワさんも。じゃ、タカトモさん。イフクさん。ナガサキさん・・・」
 数人の名前が挙げられたが、すべて同じ答えだった。

「そもそも、あなたはわたちの仕事を誤解していましゅ。私は女性の希望をかなえるのが役目で、男性は対象外なんでしゅ」
「えっ、それじゃあ」
「そう、あなたを好きだという女性がいたので、あなたに会いに来たのでしゅよ」
 
 自分を好きだと思ってくれている女の子がいたことに、フクオは一瞬喜んだ。しかし、喜んでいいのかは相手次第である。
「誰です、それは?」
「マクモ カコです」
「マクモ!マクモってあのサークルの後輩の?あの地味な?いやいや、ちょっと待って下さいよ。あの子は勘弁して下さい。ああいう、ちょっと暗い子って苦手なんだよ」
 フクオの言葉に天使は深い溜息をついた。 
「まったく人間というのは。あなた達がそういうふうだから、私たちがこうして働かなければならないんでしゅよ。いいでちゅか。本来、有性生殖をする生物では、オスが選択権を持つことはないんでしゅ。どの遺伝子を残すのか、決めるのは受けいれるメスだけなんでしゅ。ところが、変に大脳を発達させてしまったために、人間のオスだけがあれこれ贅沢を言う事態になったのでしゅ。それでは中々相手を見つけるのがムズカシイだろうと、わたちたちのご主人が憂いて、それでわたしたちをお遣わしになってるわけでしゅ」
「そんなの、勝手な言い分だろ。無理やり、人のことを好きにさせられるのは正直面白くない」
 フクオは恐れ多くも抵抗を試みた。
「大丈夫でしゅ。全ては記憶に残りまちぇん。また、あなたはわたちが存在することさえ信じないようになるでちょう」
 そう言うと天使はフクオの胸に矢を射た。

「マクモ、この後暇?暇だったらちょっと付き合わない?」
 数日後、後輩を誘うフクオの姿があった。マクモ カコは喜んでうなずいた。

終わり


「これを読んでる独身のみなちゃん。みなちゃんにお知らせがありましゅ。わたちたちの仕事が人間が増えすぎたため中止になりまちた。けれどもわたちたちの主人は人間の繁殖を積極的に邪魔することは考えていないそうでしゅ。ですので、男性のみなちゃんはぜひ多くの女性を視野に入れてくだちゃい。女性のみなちゃんは自信を持って、男性にアピールしてくだちゃい。今までもわたちたちが関わらなくても多くの人間がパートナーを見つけていたのでちゅから、わたちたちが仕事をやめてもきっとうまくいくはずでちゅ。たぶん。きっと……。
 それでは健闘を祈りまちゅ」

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